2019年11月09日

担任至上主義

高校生が模試をしている中、大声で話している中3がいたので、手を口に当て「しー」というジェスチャーをした。

私が通り過ぎると、三人のうち一人の生徒が、
「懐かしい…。」
と、言った。

彼女は、私が中1、中2で担任をした生徒だった。
おそらく、ここ半年以上話をしていない。
だからこそ、そう言われたのだろうが、ちょっとショックを受けた。

生徒にとって、担任とはそんな感じのものなのだ。
これまで担任は、生徒と関われ、自ずと関係も密になると思っていたが、結局はこんなものだ。

「担任ができない教員は、一人前ではない。」
私が新任の頃、ベテラン教員にそんな風に入れたことがある。
以来、「担任になること」を夢見て、三年目にして初めて担任になれた。

私は私立で、いくつかの学校を巡っているが、2校目では、長く非常勤だったので、担任になるまで5年かかった。今の学校は、2年目で担任になっている。
わたしの教員人生は、「担任になること」が、前提のような歩みだったように思う。いわゆる担任至上主義だ。

おそらくは、生徒との距離が縮まれば、指導がしやすいと考えていたのかも知れない。

今年、担任を外してもらい半年。気づいたことがある。

それは、担任だろうが、担任でなかろうが、生徒との関係においては。あまり関係ないということだ。
それよりも、中学生ならば、若い先生の方が、いろいろ相談したいだろう。

一方で、今年初めて中1の担任になったベテランの先生のクラス内の掲示は秀逸だ。
公立中学校で長く務められた方で、指導の引き出しも抱負な方だ。

ベテランならば、そうしたクラス運営もできる。
担任の実力差があれば、周りの先生や、学年主任がフォローすればいい。

「自分のクラスの生徒を何とかしなくっちゃ…。」
そう、焦れば焦るほど、空回りをして、状況を悪化させる。

情けないことだが、私は、ここ半年で、ようやくそのことに気がついた。

今、「担任をやれ」、と言われたら、まだ私にはそのエネルギーはない。

充電期間ということにはなってはいるが、なかなかエネルギーは溜まってゆかないのが現状だ。

これ以上ぶらぶらすることを、許してもらえるのかどうかは分からないが、今しばらく、現状を許していただこう。
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