2018年10月24日

『大地讃頌』

中3が、明日から海外語学研修でオーストラリアに出掛けるので、現地で合唱する歌のリハーサルが行われた。その曲は『大地讃頌』。

語学研修のために少しずつ練習して、現地では学年全員で披露する。
私も大好きな、とても美しい混声四部合唱だ。

「聞きながら泣けてきちゃいました…。」
と、音楽の教員が走り込んできた。

「ずっと不登校で、学校に来ることができなかったS君が加わって、音楽が変わったんです。普段はほとんど会話しないS君が、大声で歌って、それが皆に伝わって、音楽が一つになっているんです。」
その興奮冷めやらぬ中で、熱く語っている。

この中3はトラブルの多い学年だった。
中1では、何人もの生徒が転校。
中2では、犯罪ギリギリの悪さを繰り返し、先輩からも後輩からもそっぽを向かれる。

そんな中で、三人目の学年主任の尽力と、彼らの成長により、今や中学を代表するような立派な学年に育ってきた。

団結力もあり、9月の文化祭では、舞台部門でも展示部門でも最優秀賞を取った。
今、底力のある、パワフルな学年として、いい感じで仕上がりつつある。
そんな中での海外語学研修。
その一つの出し物の一つが学年合唱『大地讃頌』だ。

私は、9月に行われた高校の合唱コンクールで、教員審査員を務めたが、そのとき
「泣けない合唱は、合唱ではない…。」
と言って、一人ひとりの力を合わせた、感謝のハーモニーを求めたが、彼らはまさにそれに近づいてきているということだ。

歌は、感謝を込めて歌うと、歌に力が湧いてくる。
歌そのものが、愛となって、人々の心を癒やしていく。

そんな歌声を求めて、私の学校では中学、高校ともに時期は違うが「合唱コンクール」を行っている。

「オーストラリアで歌声を通して、愛を振りまいておいで…。」

彼らを讃え、語学研修の成功を祈る。


大地讃頌




日本合唱曲全集「土の歌」佐藤眞作品集







男子よ、声を出せ

12月の合唱コンクールに向けて、クラスでの合唱練習が始まった。

昨日、男子のパートリーダーから、
「先生、昼休み暇ですか…。」
と尋ねられ、
「合唱練習なら付き合うよ。」
と、答えたら、まさにその通りであった。
おそらく、ふざけたり真面目にやらない男子がいて、そうしたメンバーを、パートリーダーがまとめきれず、男子全員のパート練習を成立させる自信がないのだろう。

発声練習ですぐに気づいたことは、
「ほぼ全員が声を出していない。」
と、いうことだ。
音取りで精一杯なら、まだ仕方のないことだが、音楽の授業でもある程度の指導はしているので、これは明らかに彼らの手抜き。自分たちの力の1割も出していない。

歌ではない。
ささやきである。
耳をそばだてれば、かすかに聞こえてくる、きわめて小さな音の振動である。

はたまた、隣の教室からは、同じく課題曲を歌っている男子の、爽やかで気持ちのよい声が響く。男子パートの半分の人数であるにも関わらず、よく声が響く。
しかし、一方の私のクラスでは、その十分の一程度の声量でしかない。
というよりも、歌ではない。

「誰かが吹っ切れないと、歌にならないな…。」
「まずは、普段から大きな声を出すことが大事かな。」
「それには、まず返事かな。」
「今までの、クラス運営の手抜きがツケとして回ってきたのかな。」

などなど、自問自答してみて、
「こりゃぁ、一本釣りかな…。」
という結論に至った。一人ずつ、やる気を出させる方法だ。

音程に自信があれば、声は出る。
本来中学生の声は、美しいのだ。
思春期特有の反抗期が、真面目にやることを格好悪いと勘違いし、それにつられて集団心理で同じように動く。

去年仕込んだ生徒は、大方、もう一方のクラスに入っているので、またゼロからの仕込みかな。

数年前に音楽の先生が替わってから、うちでは発声練習として『YUBA』を使っている。
当初は、このメソッドは役に立つのだろうか、と思ったが、今となっては、大切ツールの一つだ。
お手本を真似て声を出しているうちに、いつの間にか、声量がアップしていくことが分かった。

いよいよ、私も介入しなければならなそうだ。
今のままでは、中1にも負ける…。

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クラスを掌握する

昨日の自習で、男子があまりにうるさいということで、ある女子生徒が職員室に助けを求めにきた。そこで、若手の担任が教室に出動した。

「ちょと、男子、いい加減にしなさい。」
若手ながらも指導力のある女性の先生だ。その後、クラスの騒がしさは収まっていく。

実はこの自習、教室には担当の先生がいた。例の新人君だが、うまくクラスを掌握できなかったのだ。

私の新人の頃、自分の指導が甘く、先輩たちに指摘されたり、介入されたときは、顔から火が出るくらいの恥ずかしさを感じたものだ。

だから、私は、若手の先生の授業教室に、生徒を注意するために教室に乱入することは控えている。しかし、荒れて他に迷惑をかけている生徒は、放ってはおけない。

生徒から見れば、先生は先生。だが、ベテランの先生が介入してしまえば、
「あの先生は力がない。」
ということになり、ますます生徒は言うことを聞かなくなるだろう。
ただし、指導を任せるにも限度がある。
新人の先生には試練かもしれないが、恥ずかしい思いを乗り越えて、成長して欲しいと思う。

「○○先生、おもしろい…」
この新人先生の授業を受けている一人の生徒がつぶやいた。

私は、
「まだまだ見込みはあるぞ。」
と思った。

新人だったり、若手の先生だと、指導がままならず、生徒から馬鹿にされる傾向はある。
それは、いつの時代でも変わっていない。

私だって、若い頃、授業を担当していない生徒の掌握は、とても困難だった。

しかし、お互いに知り合い、少しずつでも信頼関係が生まれてきた時には、だんだんと教育活動が成立するようになってくる。ベテランの先生のようにはいかないが、曲がりなりにも先生っぽくなってくるのだ。だから、その意味でも、「おもしろい」と言われるのはよい。コミュニケーションの一歩とも言える。たとえそれが、馬鹿にする意味の言葉であったとしても、そのキャラクターは教育活動にはどこかで役に立つ。

「うるさくさせてしまって、すいません。」
今日、新人先生が私に謝ってきた。先生自身が、「何とかしなければ…」と思えるのなら、成長していけるだろう。一方、何も感じていなければ、かなりつらい。

明後日は遠足。新人先生にも役割を与えなくてはならない。

「どんな役割なら、彼にもできるのだろうか。」

今晩じっくり考えてみよう…。

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