2018年10月23日

実力テストの自己採点

昨日の学力テストの自己採点を行った。

最近の印刷機は性能が良いので、業者に送る前の生徒たちの答案を簡単に印刷できる。
だから、自己採点のための印刷も、あっという間に終わる。非常に便利になった。
一昔前であれば、「自分の答えを問題冊子に書き写して…」なんてことで、自己採点をしていたが、今やそういうことは必要ない。教育上よい、かどうかは別として、先生が楽になるということは、その分、別のクリエイティブな仕事に時間を割ける、という訳だ。

「あ〜9番、間違えちゃったよ。」

私の数学のクラスでは、「大問1の小問集合と大問2の基礎問題は、一問も間違えてはいけない」と指導している。ここを制覇すれば、偏差値55は簡単に超えることができるからだ。
実力テストの問題は、私の作る定期考査よりはるかに問題数が少ないので、配点が高い。だから、ちょっとミスで、ドバッと点数が下がり、結果、偏差値も落ちていく。

「H君、自己採点の結果を楽しみにしてるよ。」
声かけられた生徒は、まんざらでもなさそうに、得意な数学を採点している。

「あ〜。」
一問間違えた。
「残念。」

などと、たわいのない会話をしながら、採点作業が続く。

「静かに黙って採点しなさい。」
と、私が言いつつ、私自身が話しかけているのだから、矛盾している。だが、こういう時間は、うるさすぎなければいい、と思っている。

「記述式の部分点もあるだろうけど、厳しく採点しろよ。」
甘く採点して、結果が厳しいと、自己採点ばかりが高めに出る。だったら、厳しめに採点しておいた方がいい。

「○×つけて、採点するだけじゃ駄目ですよ。やり直しをするんだよ。」

しつこいくらい、何度もそう念押しする。

さっさと採点を終わらせた生徒が、やり直しを始めた。
そろそろクラス全体が静かにならなければいけない時間だ。

「なんだ、解けた…。」

実力テストの緊張した状態では解けなくとも、後からやってみると難なく解けることはよくあることだ。それを見越しての実力テストだ。

いつかやってくる大学入試なども、そうした緊張した状態で受験する。
そう考えると、ある程度テスト慣れをしていると、有利に働くとも言える。

テストを受けさせられることは、生徒にとっては嬉しいことでないだろうが、社会に出ても、受けなければいけないテストはある。

生まれつきの境遇ではなく、勉強をすれば、身を立てられる時代だ。

実は私は、この歳になってもテスト慣れできない。今でも、抑圧された夢を見る。

私のようにならないために、
「リラックスして試験を受けられる人になってくれ。」
と彼らの将来を願う。

やり直しを繰り返すと、実力が上がるぞ…。
実力が上がってくると…テストは怖くなってくる…かなあ。












先生、うちの子どうですか?

私の学校の場合、系列の高校へそのまま進学できるので、進路指導的な色合いは薄い。だから、話題はほぼすべて「学校での子どもの様子」ということになる。

保護者はたいていの場合、「自分の子どもが、うまく学校生活を送っているか」を知りたいのだ。
思春期、反抗期の中学校時代は、親とのコミュニケーションが一時的に疎遠になる。
親が何を言っても、面倒くさそうに振る舞う。返事をしてくれればまだいい方で、「俺の態度で察しろよ」とばかりに、わがまま放題に振る舞う…そんな時期だ。
だから、なおさら、学校ではどんな生活をしているかについて、情報が欲しいのだ。
「まさか、家と同じような、反抗的な生活をしていないだろうな…。」
と、いう一抹の不安を胸に、恐る恐る担任に尋ねるのである。
「先生、うちの子どうですか? 何かご迷惑おかけてしていませんか?」
と…。

ところが、ここで、
「実は○○君は…。」
と、普段気づいた気になるマイナス面、改善点を、語ってはいけない。

我々教員は、保護者よりも長い時間接していることも多い。実際、朝から晩まで、そして土曜も日曜日も関わっている。だからこそ、彼らの長所も短所もよく見えるのだが、保護者が求めているのは、子どもの短所ではなく、長所なのだ。

だから、「うちの子どうですか?」の裏には、「親が発見していない、何か褒めるべき良い部分はありませんか。」
と、聞きたいのだ。

万一、ここで、文面通りの質問と誤解し、生徒の粗ばかりを話してしまうと、取り返しがつかないことになる。

一度マイナス面をインプットされた保護者は、その後で、どんなに子どもを褒めたところで、最初のイメージは覆すことはでずに、結局、子どもの悪いところを聞かされて帰ることになるのだ。

もちろん同席の子どもだって、担任から、「あれもだめ、これもだめ」と指摘され続けたら、滅入ってしまうだろうし、親だって嬉しくない。

だから、面談時には、保護者も知らない意外な部分で、めいいっぱい生徒のいいところを褒めたい。

我々は教育者なのだから、プラスもマイナスも知った上で、生徒たちを指導している。
その中で、保護者のニーズを察知して、
「有意義な三者面談だった。」
と、思ってもらえる、最大限の努力をしなければならない。

これまで、数多くの失敗を重ねてきた私自身の自戒を込めて…。

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宿題提出状況チェック

週初めになると、宿題提出状況一覧を作るのが、学年主任の仕事の一つになっている。
先週一週間分の、各教科の宿題の提出状況を、クラス毎にリストにして、とりまとめの先生に報告する。

今日も、
「宿題提出状況の方向をお願いします。」
というメッセージが届いた。
最近は便利になって、PCでお互いメッセージやファイルを送り合うことができる。
うちは、全部署でChat&Messengerというフリーソフトを使っている。

本来、宿題のチェックは、授業担当者が行うものだ。
授業をする先生が、宿題出し、それをチェックし、定着を図る。
ところが昨今、学校全体として、「宿題を出さなくてもへっちゃら」というムードになり、さらにまた、
宿題を出させる指導のできない先生も増えてきたのだ。

「宿題くらい授業の一環として、授業担当がきちんと提出させなさい。」
と、いうのが私の考えだが、それができないから、担任の先生に
「○○君と□□さんが宿題を出していないので、先生からも注意して下さい。」
などと、臆面もなく、当たり前のようにお願いされ、
「おい、また△△先生から連絡来てるぞ。宿題だせや。」
と、おかしな伝言ゲームがなされている。

私だったら、
「○○君が宿題を出していませんので、催促してください。」
などとは恥ずかしくて言えない。まさに赤面もの。
「私は、宿題指導もまともにできません。」
と、皆に宣伝しているようなものだ。

もちろん、逆はある。
宿題を全く取り組んでいない生徒がいる若手の教科担当の先生に、
「宿題出していない生徒がいたら、言って下さい。私も協力しますから…。」
と、助け船を出すことはある。

しかしやはり、本来は教科担当の仕事だと思う。

『どう指導して、彼らをやる気にさせるか』
『どんな仕組みで、全員に宿題を提出させるか』
は、教師としての悩みではあるが、いろいろな方法も考え出すという醍醐味もあるだろう。

「宿題はいらない。授業で完結すればいい。」
という意見もある。
しかし私は、理解の早い上位の生徒なら、それでも定着するかもしれないが、こと暗記や繰り返し練習の必要な学習活動においては、絶対的な勉強時間が必要だと思う。

また、
「どうせ答えを写すなら、やらせる意味がない。」
と、考える方もいるが、そうした生徒には、『自分自身には嘘がつけないこと』や、『知的正直さ』をこんこんと語りたい。そのうえで、『学びの楽しさ、喜び』を伝え、少しでも興味を持たせ、やる気にさせたい。

教師が教育活動を拒否してはいけないと思う。

という訳で、今週も「宿題提出状況一覧表」なるものを作っている。
中には、報告がない先生もいるので、
「○○先生、先週の宿題未提出者の人数を教えて下さい。」
などと、聞き回る。

正直なところ、
「本当にこの表を作ることに意味はあるのだろうか。」
「宿題提出率が上がったら、指導がうまくいっていると言えるのだろうか。」
「このシステムにより、若手教員の養成ができているのだろうか。」
などなど、いろいろな疑問点が湧く。

本当は、特定の宿題未提出者への個別指導ではないだろうか。

学校あげて、一覧表作りをすることで、確かに宿題提出状況は高まった。

生徒たちに、「宿題は提出するもの」という、当たり前の認識が得られたならば、そろそろ、次の段階に来ているのではないだろうか。

さて、また先週分の「宿題提出状況一覧表」を作り始めるとするか…。

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