2018年10月20日

駅伝の写真撮影

いろいろなドラマがあった駅伝練習。今日がその本番。
昨年は雨だったが、今年は綺麗に晴れた。
私は、今年も写真撮影。
いつも通りの場所に陣取り、選手を待つ。
手持ちの一眼レフカメラで、選手を狙う。
その間、4時間。

「先生、今年はどんな写真ですか?」
レース後、男子の第一走者のYが尋ねてきた。
「うん、変な写真だよ。」
だいたい、走っている写真の表情は、カメラ目線の写真とは違う。
連写で目の前を通過する選手たちの表情を狙っている私は、その写真の中に、学校を背負って走っている責任感と、全力を尽くそうと努力する、美しいスポーツマンの姿を見る。私にとって、表情など、たまたま見えてくる一瞬の出来事のように思える。

「やめてくださいよぉ。」
「第一走者は、団子で走ってくるから、撮影するの難しいんだ。」
というやりとりの後、
「僕は、去年の先生が写真を撮っている場所、覚えていたんで、わざと他の選手のそばにいたんですよ。」「え、そんなこと考えていたの。それがあと数秒で繰り上げスタート担ってしまった原因か?」
「違いますよ。頑張って、前の選手について行ったんです。」
正確なところは不明だが、確かに去年よりは早い。
残念ながら男子も最終走者が繰り上げスタートになってしまったが、もう後ろから選手が来ていて、ほんのあと何秒かで、たすきをつなぐことができたのが、今年のチームだ。
「えっ、やっぱり繰り上げになっちゃったんですか?」
と、がっかりしていたので、
「惜しかったなぁ…。もう、あとちょっとだ。」
と最大限に励ました。

スポーツの写真撮影は難しい。
特に走ってくる人間を、ズーム調整を変えながら、ピントを維持しつつ、シャッターを切り続けるのは、そう簡単ではない。だから、申し訳ないが、私は黙々と写真をとる。
連写で、「カシャカシャカシャカシャ」というのが、私の応援の声なのだ。
今の私の技量では、とてもとても、応援の声を出しながら、シャッターを切り続けることは困難だ。

「あと、ちょっとで繰り上げ逃れたんですよ。ほんと、惜しかったんですよ。」
バディをつとめた中2の選手が興奮して語る。
「来年は君たちがメインのメンバーだよ。」
「はい。」
まんざらでもない表情で答えた。

いい走りっぷり見せてもらった。
ほんとにありがとう。





















駅伝本番

今年も駅伝がやってきた。
写真撮影の特権で、少し遅れて会場に着いた私は、各校のテントを回った。
知り合いの先生や、お世話になっている校長先生に挨拶をするためだ。

ひと通り、挨拶を終えたとき、同じ市の学校の先生に声を掛けられた。
「市内駅伝では、先生の学校、すごかったですね…。どんな秘策を取ったんですか? それに試走の時も、みんな元気があって、とても気持ちよかったですよ。」

ありがたい言葉だ。
生徒はもちろん、駅伝の監督の先生や、試走の引率の先生たちも頑張ってくれたということだ。

当初、私の学校が駅伝に参加して、一番喜ばれたことは、
「これで、ビリにならずに済む。」
と、よその学校の先生に思われたことだ。新参の学校が入ってくれるなら、自分たちの学校の最下位は免れるだろう、という思いだ。
しかし近年、私たちの学校は、上位にこそほど遠いが、決して最下位にはなっていない。

他校のような長い練習期間もない。
朝練も、昼練もない。
唯一、協力する部が一丸となって、自分たちの活動をすべて投げ捨てて、駅伝練習に参加しているだけだ。

トップ校の、一般の部よりも早く走ってしまう、全国入賞クラスの学校はさておき、
「同じ中学生なのだから、そんなに差をつけられてたまるか。」
という思いもある。

さて、試走をサボった中2の選手だが、どうやらきちんと謝罪ができたようで、今朝はちゃんと参加していた。
うち一人は、昨日も練習に参加していなかったので、
「残りの二人は、きちんと謝って、連れて行ってもらうことになったんだよ。君はどうするの?」
と、プレッシャーを掛けておいたのだ。やればできるじゃないか…。

毎年、「来年は、もっと沢山の生徒を連れて駅伝に参加したい。」と思う。今年は去年よりは増えたので、来年はもっと増やそう。授業をやめて、中学校全員で応援に行ったっていい。
なんと言っても、この地区で、唯一全部の学校が参加する一大イベントなのだから…。

「僕は授業があるから、行けないよ。」
と、今日も応援に来なかった校長も、来年は、否応なしに巻き込んでしまおう。

少し色づいた公園内の駅伝コースに、爽やかな青春の風が吹き抜けた。




















子どもの事故

駅伝のレース中、幼児が自転車でコースを走ってしまった。
先導の係が
「選手通ります!」
と大声で叫ぶも、幼児には話が通じない。
先導の係は、自分の自転車を倒すようにして、幼児をかばい、選手のために道を開けた。
幸い、事故にはならなかったが、選手が幼児とぶつかったら大変なことになった。
公式試合なので、大会記録として有効かどうかも議論になるし、何より子どもが怪我をしたら、取り返しがつかないことになる。
先導の係は、どこかに不満をぶつけるかのように、
「お母さん、どこですか?」
と、叫んだが、母親はいなかった。

「お母さんは、赤ちゃん、いるから、おうち。お父さんはテニス。」

その幼児は、姉弟たちとその公園に来ており、父親はテニスをしていたのだ。
テニスコートの外側に、仮設の机などを置き、子供たちは、自転車を持ち込み、乗り捨てるように置いててあった。

その後、気の利いた人が、何が起こったか分からない幼児をなだめた。
そしてまた、別の人が、他の姉弟とその幼児をテニスコートに連れて行き、父親に引き渡した。

子どもだけで遊ばせるには、あまりに危険な場所であったのだ。
事故にならなくて良かったと思う。

子どもはどんな動きをするか分からない。
外界に対する認識力がきわめて低いからだ。

私も、幼い頃、父親に連れられてゴルフ練習場に行ったことがある。
父親は、ゴルフの練習をすべく、ゴルフボールを置き、懸命にゴルフのスイングをしていた。
そんな中、だんだん暇になってきた私は、「何か、父親の役に立てることはないか」、と考えたのである。そして、「そうだ。ボールを緑の上に置くことくらいはできる」、と思ったのである。
私は、ボールを一つ取って、緑の敷きもののピンに置こうとした。
そのとき、父親が私に気づかず、バックスイングをした。
父親のグラブは私のおでこに直撃して、そのまま救急車で病院に運ばれた。

私が覚えているのは、「痛いよー」と、泣いていたことと、手術室の天井のライトである。
幸い命に別状はなく、おでこを何針か縫っただけの怪我だった。
その後、父親はゴルフを辞めた。おそらく肝を潰したに違いない。一歩間違えば、息子を殺していたことになる。

子どもは、大人から見ると予想不可能な動きをする。
子どもの立場からすると、彼らなりに考えての行動なのだが、残念ながら周りが見えない。
自分の思ったことだけに集中してしまう。

人間が二十年近くも欠けて育てられるのは、学ぶべきことが沢山あるからなのだろう。
と、同時に、幼少期は余りに無力で、無防備は存在というになる。
こと、中学生にしても、まだまだ大人にはほど遠いのかも知れない。

とにかく、今日は事故にならなくて良かった。





















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