2018年10月08日

レイバーとプレイヤー

「先生、日曜日は何しているんですか?」
さきほど生徒からこんな質問を受けた。

「うーん、今日は一日試験問題を作っていたかな。いつもは部活だから…。」
先生の休み中の過ごし方に、生徒は興味があるらしい。

「休みがない」
という先生たちの叫び声も聞こえてくる昨今だが、私は日曜日でも『休み』という感覚は少ない。
部活はもちろん、教材研究、定期考査の試験問題作成、保護者対応などなど、何も仕事に関連していない休日は、ほとんどないからだ。しかし、それら仕事をしているという感覚も、あまりない。

また、自分の教養や知識を高めるというのも、それを授業や生徒指導に生かしていけるのだから、講義の仕事と考えてもよい。だから、本を読もうが、テレビを見ようが、インターネットで調べ物をしようが、すべてが生徒指導に関係してくる材料集めでもある。

これを仕事してみれば、24時間365日休み無しということになるが、私はそういう仕事とか、仕事外だとか区別する考えはないのだ。仕事を、自分の時間を切り売りしているという考えでは、こうした発想にはならないだろう。

そもそも休日とは、holiday。聖なる日ということ。
「人間は、週に6日働き、一日を神に祈る日にしなさい。」
という宗教上意味合いがある。
「休日は、神と対峙して、新しい週の活力にしなさい。」
ということだ。欧米では教会に出掛ける日である。
日本で神社に行く人はいないと思うが、いずれにせよ、休日は精神的な充電日であるともいえる。

神と向かうもよし、日常と離れた経験をするもよし、もちろん生徒と関わるもよし。

vacationというと、欧米的なバカンスという意味合いになるだろうし、夏休みはsummer vacation なのだが、この期間は日常できない経験を通して、人生に潤いを与える、という感じだろうか。非日常生の中には、やはり大自然なり、神の存在を感じることになろう。

仕事をレイバー(Labor)と考えるか、ワーク(Work)、プレイ(Play)と考えるかで、その生産性は大きく変わるし、疲労度も違うはずだ。

「やらなければならない」と義務感で仕事をするのはレイバー。
面白がって、内発的な動機に基づいて仕事をするのがプレーヤー。

何でも面白がって、楽しく、機嫌良く、よろこんで仕事しよう。

教師は限りなくプレーヤーに近い存在でありたい、と私は思う。

白河天体観測所

私の少年時代からの憧れの存在、それが『白河天体観測所』だ。
往年の天文ファンならば、誰もが知っている私設天文台である。

先日、『白河天体観測所』(藤井旭著)を読み返してみた。
『白河天体観測所』は、いつか私も目指したい、理想の施設だった。だから、震災で復旧不能にまで被害を受け、2014年に惜しまれながら閉鎖した時は、頭をガツンと殴られたようなショックを感じたものだ。

その書籍には、白河天体観測所から那須連峰を望む一枚の写真がある。その写真を見れば、近隣に住んでいいる者ならば、観測所がどのあたりにあったのかは、だいたいの予想がつく。この地は星が美しい。

私は小学生の頃からの天文ファンなのだが、当時は「藤井旭さんみたいな人になりたい。」と思っていた。私は多摩美卒の彼のようにイラストは書けないが、「沢山の人に星の解説をすることくらいはできるんじゃないか」、と思ったのである。教員を目指したのも、「自分で星を見る時間を作れるんじゃないか」という思いからだ。当時、先生は長い夏休みがあると思っていた。

その後、私も、大学卒業後の一時期、教員をやりながら、休みの夏場は天文台で星の解説をしていたことがあるから、その夢は一応かなったと言っても良い。

天体観測所を建てるには、なかなかの資金力がいる。

私が初めてもらった天文書が、やはり藤井旭著の『星雲、星団ガイドブック』だったので、彼との縁は、もう40年にも及ぶ。

「人間、満天の星空のもとで生活すべきである。」
と、私は思っている。無限ともいえる宇宙の神秘を感じ、星々のきらめきを受ければ、人間の高慢さなど吹き飛んでしまうだろう。

私の学校も、電灯のないところならば、天の川が見るくらい空が暗い。
どれだけの生徒が、夜空を見上げてくれているのか分からないが、
「こんな美しいものを感じないなんて、どんな生き方をしているんだ?」
と思ってしまう。

もうずいぶん前になるが、以前勤めた学校の『海の学校』(校外学習の臨海学校)の夜、全員を星空の下、仰向けに寝かせて、天然プラネタリウムのように、私が星の解説をしたことがある。

この先、どんどん日が短くなるから、夕方でも星空が見えるようになる。

私も、いつかチロ(※)のような犬を連れて、のんびりと星空を堪能したいものだ。

白河天体観測所 日本中に星の美しさを伝えた、藤井旭と星仲間たちの天 [ 藤井旭 ]




※藤井旭氏が飼っていたアイヌ犬。白河天体観測所の台長であった。
posted by 丹澤三郎 at 18:22 | Comment(0) | つれづれ

卒業生のK君

私がK君と初めて出会ったのは、もう10年近く前になる。
当時、テニス部で早朝6時からも夕方遅くまで練習していたため、私が彼の勉強を見てあげられる時間は、朝練前の5時からと、夜のほんの1時間くらいしかなかった。

K君は毎日のように、朝5時になると、私を訪ねてきてきては、私のそばで勉強していく。
早朝も、空が白んできて勉強が終わる頃、
「朝練に行ってきます。」
と、テニスラケットを持って出掛けて行った。

もともと朝型の私だから、朝早いのは苦痛ではなかったが、K君も、よく私のもとを通ったと思う。

当時のテニス部は、熱血指導者のF先生が、それこそ全国を目指して活動していた。
まさに、「勝つべくして勝つ」指導が行われていて、結果、部員の一人はちゃんとインターハイに出場しているのだから、F先生は有言実行。

私よりも年上の先生だが、私の10倍くらいの情熱で部活指導をされていたので、勉強になることが多かった。もちろん、授業は上手だし、担任としても、その他の校務分掌でも、手を抜くことはない。
以前、年賀状で、
「先生の姿を見ると、勇気が湧いてきます。もう一段、がんばらなきゃって…」
なんて、私が一言書いた記憶があるくらいだから、尊敬すべき、お手本になる先輩だった訳だ。

彼の育てたテニス部の卒業生は、各方面でも大活躍中。
K君は、事情があって、途中から高校野球部に移ったが、これもなかなかのチャレンジだ。
しかし最期は、レギュラーとして活躍しているのだから、並々ならぬ努力の持ち主でもある。

K君も、高校卒業後は、整体の資格を専門学校で取得しつつ、大学でも勉強するというダブルスクールをこなし、卒業後、いよいよ開業を始めた。

K君の実家が札幌にあることもあり、以前、私も夏休み期間中に、ぶらっと札幌を訪ねたことがある。
札幌駅の改札口で、満面の笑顔で私を迎えてくれたK君の姿を、今でもはっきりと覚えている。
そのときは、何日も私をあちこちに連れて行ってくれて、北海道を堪能させてくれた。
今でも毎年、K君から美味しいがメロンが届く。

学校では、卒業すると音信不通になってしまいがちだ。
しかし、いつまでも「私の教え子だ」、などと思うのは、いやらしい。
「一時期、学校という場所を通して縁があって、何年か、ほんの少しだけお世話をさせてもらったのだ。ありがたいことだ。」
と、ごくごくたまに思い出せれば、それでよい。
教員というのは、そうした職業だ。

人間的にも、
「私が、私が…」
という自己主張が強すぎる思いは醜い。

今年の3月に、K君の弟が卒業していくとき、お母様に、
「Kも、開業しましたし、運転免許も取りました。また、北海道に遊びに来て下さい。今度はKが、案内できますよ。」
と声を掛けられた。

K君が、ますます活躍してくれたら、それでいい。
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