2018年10月04日

「お茶を点ててくれ!」

茶道部の中2の男子S君を呼び、お茶を点てさせた。
9月の文化祭のときには、今ひとつだったので、レベルアップを兼ねたリベンジである。

なぜか私は、茶道具セットを持っている。茶道部の部長(これまた男子)が時々、お茶を点ててくれるから、どうせなら、自分でも準備しておこうと、ずいぶん前から自前の茶具を使っているのだ。

だからといって、自分でお茶を点てるわけではない。
もっぱら、飲む専門。
出来上がった抹茶を、あーでもない、こーでもないと、適当なうんちくを言って、褒めたり、けなしたりしながら頂く。

「まず、味見してから出せよ。」
と指示。S君は、自分のお茶を点て、飲んでみる。
「苦ーい。」
「苦いなら、苦くないように入れなさい」
と言って、待つこと10分。

やっと出てきたS君が点てた抹茶は、なかなかのものだった。
さすがにお茶を点てている姿は、まるでピエロか大道芸人みたいだったが、お茶はよかった。
真剣さに加え、心がこもっている。

「自分で、今日点てたお茶は何点だと思う?」
と尋ねてみると、少し考えたS君は恥ずかしげに、
「…70点」
と答えた。

「俺も、70点だと思うよ。ごちそうさま。」

その後、丁寧に茶具を片付けた。
片付けながら、
「○○部に点てたとき、みんな茶碗を洗剤で洗うんですよ…。」
と不満をぶつけた。
「お茶を点てる茶碗を洗剤を洗ってはいけないことを、知らないんだから仕方ないでしょ。」
と思いながら、
「最近は、米を研ぐときに洗剤で洗う人もいるくらいだからね。」
と励ます。

S君は、満足げに去っていった。

「美味しくいただきました。」

教員の喫煙率

近隣の学校の先生方の中には、たばこを吸われる方が多い。

「学校の先生で、たばこを吸う人って、こんなにいるんだ。」
10年程前、東京から移り住んできた私は、教員の喫煙率の高さに驚いた。

かつて、学校の職員室は煙で視界が悪くなっていた。それが職員室から体育教員室に移り、いつしか校内でも分煙になった。学校内には、喫煙部屋が用意された。その後、公共施設内は禁煙になったので、今では学校の敷地内でたばこを吸うことはできない。

おそらく、愛煙家の先生たちは、休憩時間に学校の敷地の外に出て、一服されるているのだろう。

もちろん、教員のみならず、この地方全体としての喫煙率は、やや高めのように感じる。

実際平成28年の全国の喫煙率は男性22.5%だが、私の県は36.9%であり、こと30代男性については57.1%にも及ぶ。東京都は男性で約30%だから、やはり喫煙率は高いと言ってよい。

中学生は、心身共に大人に近づき、どちらかと言えば、背伸びをしたい時期。
「たばこ」だって興味本位に吸ってみたくなるだろう。
そんなとき、たばこを吸っていない人は、生徒のたばこ臭さがすぐに分かるが、喫煙している先生は、その臭いを感じることができるのだろうか。

全国的には、まだまだ地方は喫煙率が高いので、それに伴って教員の喫煙率も上がる。
「地方の方が、ストレスが大きいのでは?」
そう、若手の先生が言う。

私の最初の勤務校では、中高生に対して、学校で荷物検査をしていた。
今の時代、人権問題やらで、よほどのことがない限り荷物検査はできない。
それを逆手にとって、鞄やポケットにたばこを潜ませ、そのスリル感を楽しんでいる生徒もいるかも知れない。

親が喫煙していれば、子供の喫煙率も高まると言う。
その論理で言えば、先生の喫煙率が高いと、その生徒の喫煙率も高くなるということか。

この地に移り住み、機嫌よく生活しているが、この喫煙率だけはいただけない。

奇跡的というか、私の学校では、喫煙している教職員は一人もいない。

「先生、たばこ吸うとどんな感じなんですか?」
という質問に、答えられる教員は非常に少ないということだ。
まさか、
「試してみたらわかるよ…。」
とは、言えまい。

たばこ税を国が大切な財源とみている限り、この問題の解決はないだろうと思う。
posted by 丹澤三郎 at 19:16 | Comment(0) | 教育問題

部活と補習

野球部のキャプテンでありながら、一ヶ月の無断欠席をしたのち、退部していったY君に聞く。
「君は、なぜ駅伝メンバーではないのだ?」

「しばらく運動していなくて、体力が続かなくて…。」
運動部でバリバリ活動していたにも関わらず、一週間を超えて、運動をしなくなると、ぐんと体力が落ちる。
本当は、落ちてしまうのは気力なのかも知れないが、少し負荷のかかった運動をしようという気持ちは沸いてこないものだ。

「それから?」
と追及すると、
「ちょうど練習や、試走の日に、補習が抜けられなくて…。」
成績不審の生徒は、補習優先になっている。これで、彼にとっては、格好の言い訳ができた。

私の尊敬する、元校長のE先生は、
「補習で部活を休ませちゃだめだ。」
という持論をお持ちだった。

「今日は補習です。」
と、合法的に部活を休むきっかけを与えてしまうし、部活内でも、何となく居心地が悪くなる。
そのまま、うまくいかないと、退部への道を歩み出す、というのだ。

中学校では、部活は全員加入の学校が多いだろうが、その理由は『生徒指導』である。
多くの学校は。部活動を通して、社会性を教え、いわゆるヤンチャな生徒たちを、最低限部活動で掌握できれば、学校全体として問題行動を起こすことが少なくなる、という訳だ。

また、身体を動かすべき時には、やらせないと、そのありあまるエネルギーを発散する場がなくなる。その発散が、学校生活や、地域でのいたずらに向けられては困る、という理由もあるだろう。

「そんなことはない。」
と、諸先生からお叱りを受けるかも知れないが、少なくとも私の地域の公立中学校では、そうやって学校が動いている。

教師側は、
「補習に出なきゃいけないくらいなら、宿題をきちんとやって、勉強頑張って、成績上げなきゃ。」
と、生徒が感じてくれることを期待しているのだが、
「やったぜ、これで部活に行かなくて済む。補習は面倒だけど、静かに座っていれば終わるのだし、ちょっとガマンすれば、その後は自由だ。」
となる。これでは、何のための補習か分からない。

「成績不振の生徒をフォローして、実力をアップして下さい。」
という校長らの号令むなしく、教師も生徒も、残念な時間を浪費している。

「補習を廃止しましょうよ。先生も生徒も不幸ですよ。罰ゲームじゃ、だめですよ。」
そんな声も聞こえてくる。

昨年度は、
「たくましい生徒を養成したいので、どんどん部活で鍛えてください。」
と号令が発せられたが、今年度は、
「成績が落ちたので、部活を縮小して、補習して、生徒に勉強させてください。」
となった。

バランスを取るのは難しいが、いずれにせよ、生徒も教員も機嫌良く過ごせる学校がいい。

義務感、やらされ感、強制感は、成果を生まないものだから。
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