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2020年07月01日

ヒグラシの季節

7月になった。
コロナ騒ぎの中の半年が過ぎたが、季節はちゃんとやってくる。

青い稲田が、風に吹かれる様は、一年で一番美しい。
セミも鳴き始め、夕方にはヒグラシも聞こえ始めた。
今はねむの木の花が特に美しい。

田舎の景色は、変わらず巡る…。

そんな折、またぎっくり腰になった。
最近は、年に一回くらいはそうしたことが起こるので、その対処には慣れた。
動きが制限され、不自由だが、授業はなんとかなる。

それでも座り仕事の多いときは、けっこうつらい…。
重い荷物を運ぶことも、はばかられる。

学校では期末考査が近づき、試験範囲を意識した授業になった。
生徒たちの眼つきも、少し変わってきた…。
おかげで演習時の質問は、いつもより多い。

私の学校では、試験の2週間前に試験範囲表が配られる。
私もそろそろ試験問題を意識した作問計画を立てねばなるまい。

今月からレジ袋が有料になった。
プラスチックごみ削減が大義名分だそうだが、レジ袋削減は、プラゴミ削減にほとんど効果はない。
消費者からすれば、単に値上げになったに過ぎない。

そんな政府の施策は、他にもたくさんある。
一つは、マイナンバーの銀行口座と紐付けだ。
これには、国が国民の資産を把握したいという意図がある。
従来、マイナンバーカードの発行は、確定申告がオンラインでできるくらいで、国民にはほとんどメリットがなかったので、所持者は少ない。

しかし、今回の10万円バラマキで、手間取ったので、「次からはすぐに振り込めますよ」、と宣伝して、国民の財産を狙っているのだろう。

日本は、借金が多いというが、それは国民の借金ではなく、政府の借金である。
隠れ資産として、国民は貯蓄を持っている。
コロナが一段落したら、今度は、大増税とともに、国民の貯金に対して税金をかけようという魂胆であろう。

接触アプリだの、マイナンバー制度だの、日本がどんどん国家社会主義化している。
これらは、お隣の中国ではすでに実施されていることだ。

季節は変われども、世の中は違う方向に変わっていくようだ。

2020年06月05日

日本ミツバチ

5月の末に日本ミツバチが来た。
3月に巣箱を置いて、ようやくやっててくれた。
一ヶ月前、近所で趣味で養蜂をしている方から、キンリョウヘンをお借りした。
その満開にあわせるかのように、分蜂した蜂たちが私の巣箱に自然に入ってくれたのだ。

蜂というと、多くの方に忌み嫌われるものだが、自分の巣箱に収まってくれると、これまたかわいいものである。ブンブンとやや不気味な羽音にはまだ慣れないが、我が家のペットが増えた感じだ。

「いろいろな蜂がいて一日見てると、楽しいぞ。」
地元の方はそう言って、養蜂一年生の私を励ましてくれた。

ミツバチの巣箱は、家の軒下に置いてある。
自分の庭があると、こんな楽しみもあるのか、と私はやや興奮気味でもある。

スムシ対策に、底版をネットに変えたり、中にスマホを入れて撮影してみたりと、毎日が面白い。
そうそう、スズメバチ捕獲器も作らねば…。

それでも、一番の面白さは、蜂が集団でやって来るところだろう。

どこに住んでいたのか分からないが、探索蜂が群れを呼び込んで、キンリョウヘンを覆い尽くす。
そのうち、そばの巣箱に徐々に入り込み、いよいよ巣作りを始めるのだ。
その姿は壮観である。
一生のうちで、こうした姿を見ることのできる人間は、ごくわずかなのだろう。

ふと、『蜂は暗闇で蜜を作る』という言葉を思い出す。

いろいろ経験を増やすのはいいが、その中で思索を練り、さらにそれを智慧に変えていかねばならぬ。
また、こうした経験が授業で生かされなくてはいけない。

「丹澤先生、ミツバチ飼っているんですか?」
「最近飼い始めてね…。かわいいよ!」
「…。」

都会育ちの生徒たちには、ちんぷんかんぷんだ。
 蜂=怖い
というイメージしかない。
いや、今の時代の子供たちは、
 虫=怖い
というのが、普通担っている。

彼らが大人になったとき、どうなってしまうのだろう…。

『スズメバチは、大切な益虫です。あまり退治しないでください。』

養蜂のガイドブックには、そう書かれていた。
その認識になるには、私自信、もうしばらく時間がかかりそうだ…。

2020年04月27日

青空と雲

ぽっかりと浮かんだ積雲の横を、飛行機雲が走る。
上空は完全には湿っていないようで、その奇跡はどんどん消えて行った。

平和な春の日差しが降り注ぐ。
時、まさに外出自粛一色の戦争状態。
しかし、戦時中とは思えないような、青空だ。

教室では、粛々と授業が進められている。
休み時間になると、運動会に向けての練習も行われている。

だが、世相を見ると、専門家気取りが、テレビのバラエティ番組で、国民に恐怖ばかりを煽る。

非常事態宣言も延長されそうだし、ほとんどの学校の休校措置も伸びそうである。
このままでは、多くの商店や企業が倒れ、職がなくなってしまう。
すこしずつ減っていた自殺者もまた増えてしまうかも知れない。

感染して重篤化しても、ほとんど治療方法がない。
感染を抑えようと、隔離していても、ウイルスは各所に溢れている。

自粛はせいぜい一ヶ月が限界で、その後は国民生活そのものが破綻してしまう。
ウイルス感染収束には、二年から五年はかかるだろう。
その間、休校にし続けるのだろうか。
企業活動を停止し続けるのだろうか。

首相は辞めれば終わりだ。
法改正し、指示を出した政府が責任を取るとは思えない。
次の首相は、「前の政権がやったことですから…」、と言うに違いない。

彼らは、勉強ができて嬉しそうである。
口では、大変だとか、宿題が多いなど行っているが、生徒たちは勉強ができ、友達と過ごし、制限がありながらも部活が出来ることに喜びを感じている。

その喜びは、私たち教員にも伝わってくる。

この先もおそらく、多くの方が感染し、その一部が亡くなってしまうだろう。
人類の危機でもある。

だが、これによって地球は滅亡しない。
自らの努力と工夫、人類の英知と神への信仰によって、人類は再び立ち上がるに違いない。

トランプ大統領は、「今こそ、神に祈ろう」、とまで呼びかけた。

感染リスクを中止しつつも、活動を開始しなればならない時期が近づいている。
学校も会社も止めてはいけない。

そうしないと、中小企業はもちろん、大企業ですら崩壊していくだろう。
政府そのものが機能しない状態になることだってあり得る。

私は、JRやJALやトヨタが潰れる姿を見たくはない…。

私は来るべき未来のために、子供たちを育て続ける。

2020年03月05日

人か犬か…

久しぶりに愛犬を連れて、犬舎に行った。
彼らのふるさとの犬舎は、自動車で30分もかからない所にある。
分からないことがあったとき、すぐに相談できるのも、すぐに訪問することができるのも、近いからこそできるのであって、ありがたいし、また運命的な出会いも感じる。

私は、一ヶ月に一度くらい、豚のガラを譲ってもらうと共に、愛犬たちの里帰りを兼ねて出掛ける。

自動車の苦手な愛ねP太は、いつも自動車で粗相するのだが、今回は何事もなかった。
珍しいことだが、この先も「いい子」でいるといい…。

豚ガラは、犬舎のご主人が近県の肉屋まで買いに行って下さる。
犬たちは、骨が好きなので、毎日与えているが、あばらや背骨を格安で仕入れられる店は、なかなかないのだ。

私は、そのお裾分けをいただきに犬舎を訪ねるのだ。

「今年は、繁殖は抑えようと思っているだ。コロナとオリンピック後の不景気で、買い手がつかないだろう。」

確かに、昨年の水害で、子犬がほとんど売れなかったと聞く。
年明けにすべて売れたそうだが、何ヶ月間か、やきもきしたと聞く。
コロナ騒ぎで、犬舎の見学者もほとんどいないそうだ。

自分たちの生活で精一杯担っているのだ。

「今年は、廃業するする犬舎も多いだろうな…。」
とも…。

「俺は、67だけど、あと13年。80歳までは柴犬を飼いたいんだ…。」
まだまだやる気満々のご主人。

私もいつか、そんな生活をしてみたいと思う。
たとえ、毎日の生活に精一杯であろうとも、犬たちは人に幸せをもたらしてくれる。

最近私は、以前生徒たちに求めていた関わりを、犬に求めているようにも思える。

夕方、学年の食事があった。
こうした食事会は、試験中でないとなかなかできない。

それなり楽しかったし、おいしい食事もいただいたのだが、やっぱり夜に出掛けるのは、できるだけ避けたい。

まだまだ食事会が続くのだが、参加しようかどうか、ちょっと迷っている。

「丹澤さんのために、展覧会用の犬を2匹、残しておいたよ。どっちの犬にする?」
展覧会はコロナ騒ぎで中止になったようだが、賞をとれそうな、子犬が2匹。

どちらも私に一生懸命に愛嬌を振りまく。
少しい大きい、将来のボスタイプの犬と、次男坊タイプの少し小柄な犬。

私はさんざん悩んだ末に、小柄な犬の方を選んだ。

来月には、我が家に迎え入れだろう。

朝晩の散歩くらいしか付き合ってやれないが、それでも、すっかり犬とともに過ごす生活が定着した。

だが、もっと人と付き合わなければいけないようだ…。

2020年02月25日

新たなチャレンジのために

先日読んだ本に、こんなくだりがあった。

「百」を思って「一」しか行かないこともある。
しかし「百」を思い続けたら、その「一」は「二」になり、「三」になり、「五」になり、「十」になり、「二十」になり、だんだん増えていく。
必ずそうなる。

自らの目標や理想が大きければ大きいほど、思っている目標に近づくことができると言う。

確かに、「自分にはできない」、と思えばそれ以上の自分にはなれないものだ。
ビジネスでも、そのマインドアップには、必ずと言っていいほど、理想に近づくための訓練が求められる。

「その人が一日中考えていることが、その人である」、というの言葉もある。

常にマイナスばかりを思っていれば、幸せな人生はやってこまい。

月々の収入を増やそうと、いろいろなネットビジネスを調べてみた。
いくつかは手をつけたものもあるが、今のところ上手くいっているのは、不要品販売くらいである。

かつての浪費の産物が商品になっているのだが、いまのところ月に数万円にはなっている。
だが、これも始めるには時間がかかった。

「行動しないければ、何も始まらない。」
という言葉にようやく重い腰を上げたのだが、いろいろな取り組みも、やってみなければだめだ。

ただネットでは、欲を出して慌ててしまうと、大抵は騙される。
私も百万以上は騙された。

おかげで慎重になりすぎるようになったし、「これは詐欺だな」、と、少し分かるようになった。
一方で、蓄えが全くなくなり、まさに収入を増やさなければやっていけないくらいに陥った。

まだまだいろいろ手を打っているが、いずれにせよ投資と浪費の境目のものが多く、元手がかかる。

もっと必死さが必要なのだろうし、毎日のルーチンも大切だろう。

「絶対に収入を増やして、いずれは社会貢献するんだ。」
と、強い意志で取り組まねばならないのだろう。

勝手に自分で限界を作らず、可能性を信じて、歩み続ける。
これは、何歳になっても遅いことはないだろう。

私にとってもチャレンジもである。

歳を取ったとばかり思わず、新たな分野に進んでいくことも、若さ維持する秘訣かも知れない。

怠け心に負けず、一汗かいてみよう。





2020年02月19日

新型コロナウイルス

中国発新型コロナウイルスが猛威を振るっている。
各地でマスクの不足が起こり、日本中が感染の不安に陥っているようだ。

国会では、「桜」ばかりが取り上げられ、本当に必要な対策も後手後手になっているように見える。
野党らは、テレビ中継を意識してか、過度なパフォーマンスで、首相を責め続けている。
彼らには、感染対策などどうでもいいのだ。
自分が、政権を倒し、あわよくば自分たちが政権をとるか、あるいは自分の力で、首相を退陣させたという実績が欲しいだけのように見える。
実に醜い…。
できたら、国会議員を辞めてもらいたいと思う。

この時期、一旦「桜」は棚上げしてでも、感染対策に死力を尽くすべきだと思うのだが、政治パフォーマンス合戦は、連日続いている。

そんな折、『中国発・新型コロナウィルス感染 霊査』(大川隆法著 幸福の科学出版)を読んだ。
ここには恐るべきことが書かれていた。

それによると、このウイルスは、中国が開発したようなのだ。
生物兵器としての意味合いもあるが、それよりも、人口対策で、老人に早く死んでもらうためのウイルスらしい。

武漢にもそうした施設があるので、ネットでも中国が開発した、という情報は流れてはいたが、まさか自国民に使うためのものとは思わなかった。

確かに、老人たちがどんどん死んでくれれば、年金を払わずに済むので、政府としてはとても助かるのだろう。

中国の衛生状態の悪さも露呈したし、何と言っても、最初にウイルスを疑って訴えた医師が拘束され、罪に問われ、結局感染が原因で死んでしまうという様は、まさに中国の現状を象徴している。

国民二人に一台の監視カメラを設置しようとしている、中国の管理社会は、世界に広がって欲しくはないし、人権を無視した社会構造でもある。

いずれ近いうちに、このウイルスにより中国に不況が訪れ、その余波を日本は受ける。
現に、日本企業の中国での生産は著しく低下し、一部引き上げも始まっていると聞く。

また、習近平の国賓としての来日にも、痛切な批判を加えている。
「皇室にウイルスを持ち込むことになる」、という下りは、恐怖さえ覚える。
国賓待遇の習近平を、来示日時日本でウイルス検査できるのか、という疑問も湧く。

要は、人権を無視した中国とべったりの日本は、それと同じ考えてあるように国際社会にアピールすることになるのだという。
一部の国会議員は、与党野党問わず、中国にべったりの方々がいる。
彼らの主導で、今回の国賓待遇なのだろうが、これは改めるべきだろう。

信じる信じないは強要しないが、「こうした考え方もある」、ということは知っていても損はないだろう。

例年のインフルエンザ流行も吹っ飛んでしまったし、このまま感染が拡大すれば、東京オリンピックだって危うくなる。

消費税が上がり景気が減退し、そのうえ新型コロナウイルスでダメージを受け、オリンピック景気も望めないとなれば、日本の経済はガタガタになる。

さすがに、「何かが間違っているんだぞ!」、という天意を感じざるを得ないだろう。

ご一読を勧める。

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2020年02月15日

我が身の姿

去年は親父が亡くなったので、親戚が集まる機会が多かった。
彼らはだれもが老齢化し、私の記憶に残っている若かった頃の姿ではなかった。

私の弟ですら、その顔つきは中年のオヤジで、かつての精悍さは消えていた。
これにはショックを受けた。

これは、私自身の姿も、老いて醜くなっていることを意味する。

私は、写真を撮られるのが嫌いである。
自分は、他の人をお構いなくに撮影しているが、その被写体が自分自身の場合、その写真の残された私の姿が嫌なのである。

第一幸せそうでないし、見るからに醜い。
どうしても一緒に撮りたい、卒業生などからのせがまれたときには、精一杯の笑顔を作ってごまかす。

こんな風だから、私は、鏡を見るのも嫌いだ。

今の私の姿は、皺やしみだらけで、やはり醜いのだ。

人はこうやって朽ちていくのだろうか…。

そう考えると、生徒たちを初めとする若い人は、写真に撮っても輝いている。
その輝きの中から、私は生きる力をもらっているのかも知れない。

昨今、学校での私の仕事は減っている。
「私がやりますから…。」
と、かつて私が担当していたものが、消えている。

なんだか、まるで、私がいなくなっても困らないように準備をしているようにも見える。

ただ、おかげで、一年前よりは心身共に健康になった。
一方で、生徒との距離は大きくなった。
そして、そのことに抵抗を感じなくなった。

以前の私なら、担任でなくなることが断腸の思いであったはずが、今は、自分が担任をすることが想像できない…。

しかし、学校には貢献していない。
そして、仕事らしい仕事もしていない。

昨年、旧職の若手に、「丹澤先生、覇気がなくなりましたね」、と言われたが、本当にその通りだ。

静かに静かに、毎日を過ごしている…。

2020年02月11日

球界の偉人、逝く

野村克也さんがあの世に旅立った。

私が野球に関わってから、いつも彼の言葉が私を励ましてくれた。

今の中高生は、たとえ野球に関わっていようと、今や、知る人は少ないようだ。
だが、日本の野球界をリードし、多くの無名の選手を育て、強豪チームと互角かそれ以上に戦う集団を作り上げたことは、球界史上永遠に刻まれる偉業だ。
私も、「こんな立派な人がいたんだよ…」、と野球部の生徒たちに伝え続けねばならないだろう。

野村氏は、あまり人を褒めなかった、というイメージがある。
彼の名言の一つに、『一流は非難。二流は称賛。三流は無視』というものがある。

プロ野球関係者の方々の弁だが、この理論でいくと、彼らは、「一流」であったか、「三流」であったのだ。野村氏の場合、一流の選手を獲得するのは難しかっただろうから、おそらくは「三流」と言われた選手たちが、努力に努力を重ねて、「一流」に登っていったということなのだろう。

私が野球に関わって、初めて知った彼の言葉は、『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』であった。

以前の勤務校で、野球部のお手伝いをしていたとき、監督をしていた先生が、生徒に熱く語った言葉に、そのフレーズがあった。

負けたときには、なかなか自分たちの責任を認めたくならないものだが、負けたときにこそ、その原因と対策を調べ、次に生かすべきであろう。これは野球に限らない。

時に、「審判のせいで負けた」、ということもあるのだが、それでもなお、「そうしたジャッジをされたとしても、それでも勝てるチームを作らなかった自分たちの責任がある」わけだ。

野村氏は、最近、「高校生を指導したい」、と話されていたそうだ。
「夢に向かって突き進むのは、とても楽しいことだ」、と語りながらも、そのまなざしは真剣だった。
私も、彼が高校生に指導し、成長してゆく姿を見てみたかった…。

王、長島時代に現役であった彼は、自らを「かすみ草」と例えた。
だが、その奥には、努力の継続によって裏付けられた確固たる自信があったに違いない。

弱いチームが強いチームを打ち負かすことができるのも、野球の醍醐味である。
そのためには、周到な準備と、洗練された戦略と、作戦を成功させんとする選手の強い気持ちが必要だ。

もう一度、彼の著作を読み返し、私の弱小チームからの成長の糧にしようと思う。

日本の野球界に多大の功績を残した野村氏の冥福を祈る…。




2020年02月06日

ぎっくり腰

またしてもぎっくり腰になった。
ここ10年来、時々再発し、そのたびに苦しんでいる。

今回は、ぬか漬け。
冷蔵庫に入れて、しばらく放ったらかしにしていたので、久しぶりにかき混ぜ、それを最下段の野菜室に入れたところ、電気が走った。

「しまった。またやってしまった…。」
と思っても、もう遅い。

今回の症状は、これまでのぎっくり腰の中で、一、二を争うほど重症だ。
まず、寝返りができない。

寝返りしようと身体を動かすと、激痛が走る。
それが、7秒ほど続き、全身動けなくなる。
思わず叫びたくなる痛さだ。

昨晩は、これがずっと続いた。
そうなると心配なのが、犬の世話。
普段は4時半に起きて、隠れ家まで車を走らせ、散歩に出掛けるのだが、今朝はさらに早く起きた。
起きたというよりも、痛くて眠りが浅かったと言って良い。
ベットから青き上がるのに十数分、靴下を履くのに五分以上かけ、老骨に鞭打って散歩に出掛けた。

今朝になって、ネットで調べてみると、「ぎっくり腰は冷やす」、とあった。
「しまった、暖めてしまった…。」

遅ればせながら、冷蔵庫から保冷剤を取り出し、椅子と腰に挟むようにして冷やす。
朝になったら、激痛の時間は5秒程度になった。
「一、二、三、四、五」、と数えると痛みが和らぐのである。

「今日は、一日静かにしていよう!」
と、決意した朝である。

先日からの左手に痛さに、腱鞘炎の疑いもある中、さらにダメージを受けた。
これも加齢によるもの、なのだろう。

朝、高校生のY君が、私を心配して見に来てくれた。
彼は、中学生の時から、私がぎっくり超しになると、介護をしてくれている。
「あ、生きていますね…。」
と笑って。安心して去って行った。

私も経験値が増し、ぎっくり腰の時の対処の仕方を学んでいる。
以前のように、欠勤するようなことはしない。

それでも、授業はけっこうつらい…。




2020年01月29日

大雨の朝

前日の雪が、いつの間にか雨になり、嵐になった。
暴風雨の中での犬の散歩をするのは、やはりおかしい。
何と言っても、まだ1月なのだ。
久しぶりのレインコートの登場である。

犬たちは、雨風に負けず、楽しそうに歩いている。
時々、ブルブルっと体を震わせ。雨粒を払っている。

私は、早く戻りたいな…、と思いつつも、しばし彼ら自由にしている。

そんな激しい雨も、散歩が終りしばらくすると上がってしまった。
午後からは日も差し、夕方には晴れた。

西の空には三日月が出ている。
そのそばに宵の明星が輝く。

夕方の散歩時に、久しぶりに、犬のリードを外してみた。
愛犬P太は、ここぞとばかりに走り回る。
「毎日、こんな風に自由にさせてあげたいな…」、とも思う。

「学校生活をしている生徒たちも、時々は、こんな風にリードを離してみたらどうだろう…。」
ふと、そんなことを考えた。

「リードがストレスの原因になっていなければいいな…。」
とも思う。

昨日、グランドの積雪を避けるために、大きなビニールシートを2枚、バッターボックス付近に敷いた。

だが、今朝の大雨で、グランドは全面たまりになったであろう。
もはやシートを敷いた意味はない。
それどころか、シートの下に水が入り込み、天気になっても乾かないという、最悪の状態になりそうだ。

次の練習日の2日後にどうなっているか…。

「シートも風で飛ばされて、荒れ放題になっているかな。」
外部のグランドなので、見に行かなければ分からない。

山でも雨になり、ようやくオープンを期待されたスキー場のゲレンデは、無残にも芝が出たという。

山を見ても、4月半ば頃の雪景色。

『いつもどおり』であることが、いかに大切であるかが、分かる…。




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