2022年05月22日

運動会

今年も運動会が終わった。
毎年のことながら、光輝く生徒たちの姿に感動する。

中1から高3までが、4団に分かれて競技を行う。
どれも真剣勝負だから、勝ったときの喜びはひとしおだ。
だからといって、たとえ負けたとしても、勝った団を祝福する。
勝っても、負けても、学びは多いのだ。

保護者をはじめとして、多くの観客もやってきた。
コロナ禍の中、運動会中は、お互い行き来はできないよう制限を設けた。食事場所もトイレも別である。だから、かつてのように、親子で会話しながらお昼を食べる、という姿は、もはやない。しかし、このように通常開催に近い形で、運動会が実施できることが、何年かぶりでもあり、ありがたいことなのだろう。

高2から、各団のリーダーが後輩たちを導く。
中学時代に彼等を教えている私は、「こんなにも成長したのか…」と感動する。
また高3の演舞も、彼等の中1、中2時代を知っている私は、感無量である。

「丹澤先生にお世話になった学年ですよ。どうでしたか?」
高3担当の先生が、私に畳みかける。
演舞が終わってからもなお、生徒が私に聞いてきた。
「どうでしたか?」
彼等としでも自信のあるものだったのだろう。
演舞では、これまでの学校生活や、ここまで育ててもらった両親への感謝の言葉に溢れていた。

この先、高3は一切の行事がなくなり、受験勉強一色になる。

例年どおり、団毎の応援合戦もある。
制限時間内に、ダンスや演舞、決意を発表する。

どの団も秀逸だ。
特に私はその中でも、白団に感動した。

いつも通りというか、私は、涙を流しながらシャッターを切り続ける…。

大した写真が撮れるわけでないが、いかにも撮影している姿をアピールしながら、心は大きく揺さぶられている。

生徒たちの姿は眩しい。
この先の世界を担っていく若者たちだ。

2022年05月14日

やっぱり最後は金か!?

「やっぱり金だよね。人は金で動くんだ。」
大会当日、近隣の先生がそう語った。

「部活手当が減ったから問題なんだよ。以前のように支給されれば、責任感も増すだろうから、その分一生懸命仕事をしなくてはいかなくなる。支給が減っているから、皆がやる気が減って、それでいて、部活指導もきつく感じるようになってしまう。部活を一生懸命やっている人が白い目で見られることもなくなるだろ? 金をもらってるんだから、やって当然だってことになるんだから…。」

私は、公立の先生はこんな風に考えているのだと改めて思った。幸か不幸か、私の学校では部活はもちろん、出張時にも一切の手当は出ない、そんな風に考えることはないだ。だが、公立の先生たちと話をすると、けっこう「お金」に対してシビアなことが分かる。

確かに仕事であるので、その対価としての給与が支払われ、それをもとに生活が成り立っているので、仕方のない面はある。本当は単にそうではあってはいけないと思うが、「お金でしか人が動かない」と考えるのは少し悲しい。

この辺りが、教員を聖職者と見るか、労働者と見るかの境目にもなるのだろう。

世の中にはたとえ給料が安くとも、「やりがい」を感じ、天職として仕事をしている人もいる。一方で、つねに不平不満に満ち、本来は恵まれた仕事であるにも関わらず、「こんな仕事なんか続けられるか」と叫ぶ人もいる。

私は少なくとも、教員はあるていど「天職としての仕事」と考え、「やりがい」を感じられないと、勤め上げることは苦しいだろうと思う。

もちろん、努めている中でいろいろな事は起こり、悩み苦しみ、仕事を続けるかを迷うこともあるだろう。だが、やはり「子どもが好き」で、「教えることが好き」で、「学校が好き」でないならば、教師という仕事は難しいだろうと思う。

「好きでなくて、部活動指導なんてやってられない」、というのも分かる。
きっとたくさんの時間を割き、時に家族を犠牲にしての部活指導だろう。

私が見ている野球部の先生たちは、皆情熱的で、皆が生き生きとしている。
彼等の姿を見ると、私も元気が出てくる。

「若いっていいな…」なんて本気で考えてしまう。

一方で、「やっぱり最後は金だよね」、と納得してしまう若者がこわい…。

2022年05月13日

大会初日

春季大会初日は雨のため順延になった。
終日雨との予想なので仕方ないのだが、私としては試合をしてしまいたかったという気持ちもある。明朝になっても雨が止んでいるかどうか分からないし、一日ズレるということは、日曜日も月曜日も試合が行われるわけで、私の予定も大きく変わってしまう。

ほとんどの学校で、部活動には手当が出るが、私の学校ではそうしたものは一切ない。一見、完全なるボランティアにも見えるが、要は、「それも業務のうち…」、ということなのだろう。今回の大会では、食事代も私が負担、これが順延に伴い2日にわたる。また、会場までのバス送迎も、私が運転する。中高一貫なので、当然当日は授業日。授業の手当も考えておかなくてはいけない。一回の大会だけでも、けっこう過酷な仕事が押し寄せる。

「私も、もうそんなに若くないんだよな…」、と思ったら、いつの間にか近隣の野球部の顧問の中では、最高齢になってしまった。たいていの年配の先生方は、管理職になられ、教頭やら校長になる年齢だ。そうでなくても、教務主任などを勤め、第一線の野球部指導からは引いている。

今回、私は審判を若手の先生に任せたが、彼にとっても最低二日連続で大会の審判をするのは負担だったろう。「難しいです。厳しいです」と、直接私に言わなかったが、明らかに負担感というか、苦しさがにじみ出ていた。本当に申し訳ない。

しかし、私は十年以上、こうした仕事を続けている。
ふと、「私とかかわった生徒たちは幸せなのだろうか」、などと考えてしまう。

いつもどおりに4時半に起き、5時半に生徒を集合させ、バスに荷物を積み込み、弁当を取りに行っている間に、LINEで「順延」連絡が入った。再び学校に戻り、荷物を下ろし、生徒たちは授業の準備。私は食事の手配。そして授業…。夜には、学習会もある。

また明日、同じパターンの生活だ。
学校行事とも重なっているので、大会中、会場を往復しなくてはいけない。今日よりさらに大忙しになる。

残念ながら、雨は明日の朝まで降り続くようだ。
おそらくは、予定通りの試合開始はできまい。

それでも気持ちを切らさず、逆に高めて、明日の試合に臨もうと思う。

生徒たちにとっては、数少ない晴れ舞台なのだから…。

2022年05月10日

叱られ方

大人でも子どもでも「叱られ方」は大切だ。
学校では「子どもを叱る」ことが教師の仕事の一つだが、中には叱られ方を知らない生徒もいる。

彼等に共通しているのいは、素直でないということだ。
つまり、叱られながらなお、言い訳を考えているということで、更に言えば、心の底では、「自分は悪くない」とか頑なに思っているということでもある。

中には調子者の生徒もいて、「すいません、すいませ〜ん」とおちゃらけているようでも、心では反省の思いを示していたり、神妙な面持ちで、反省の態度を見せたりと、いろいろだ。だが、一番始末が悪いのが、この自己中型ともいうべき、つねに自分の保身を考え、言い訳を考える。そんな風だから、反省の言葉もなければ、その姿勢もない。

中には、誤りを指摘しても、「そうですか」と言い、そんな風で困ると、と言っても、「いいですよ」などと言ってのける生徒だっている。

おそらく叱られ方を知らないのだろう。
過去、学校でも家庭でも、そうした機会がなかったか、極めて少なかったか、あるいはこれまでもそのようにして切り抜け、嵐が過ぎるのを待っていたのだろうと思う。

彼等は本当に困ったことが起こらなければ、自らの姿勢を変えるということはないのかも知れない。

だが、そういう厳しい指導に限って、親に泣きつき、指導の行き過ぎだなどと、クレームをつけてくることも多いのだ。

教員生活をして三十五年近くになるが、なかなか難しい世の中になった。
日々がこんな風だと、教員へのなり手も減る一方かも知れない。

それでも救いは、彼等の成長。
その姿に喜び、かすかなやりがいと喜びを感じるのだ。

「あいつ、ずいぶん成長したな…」、と思うときがささやかな幸せだ。
もちろん、私のせいではない。
生徒が、自分で成長したのである。

しかし私は、折に触れて叱る。

駄目なものは駄目。間違っていることを指摘する。

それをやらなかったら、もはや教員ではないのだから。

2022年05月05日

生徒の成長

GWは好天に恵まれた。
毎日部活動ができたのである。-1日から5日まで、きちんと練習することができた。
本来ならば、練習試合を何件か入れるべきなのだろうが、コロナ禍とチーム事情により、結局大会を試合をすることなく迎えてしまいそうだ。

大会の時くらいしか顔を合わせることがなくなっている他校の顧問の先生との接点は、年々薄くなりつつある。以前のように懇親会で親しく話をする場もなくなった。まさに受難の時代である。

私自身、何をしたかと言えば、部活と若干の畑仕事くらいだ。
事務仕事をしなかったことが幸いしたのか、首肩のこりはかなり改善された。
だが一方で、胃痛が激しくもなった。

どこかが改善されると、こんどはまた別の場所で不具合を起こす。
「歳をとる」ということは、こういうことなのだと、身をもって知った。

山では何度か雪が降るくらい冷え込んだ日もあったが、日中は比較的暖かくなった。一方で、紫外線が強くなり、少しの日なたでも日焼けをするようになった。

今月は、運動部の大会や、運動会、中間考査がある。次々と行事が押し寄せる忙しく回っていくのだろう。

そんな中でも、生徒が少しずつ成長していくのを見るのは楽しい。
一年前、二年前と比べると、まるで別人のようになっている。

精神的にも肉体的にも、今は劇的に進化する時期。
それを毎日の様にそばで見守り、導くことができる教員は、なんと幸せな仕事なのだろうと思う。

社会では教員不足が問題となっているが、本当の意味の教師としての喜び」は、今の若者には通じないのだろうか。あるいは、そういう喜び以上に、ブラックな部分が目立つのだろうか。

相変わらず送球ミスの多いチームだが、それなりには上達しているように見える。
「もしかしたら、去年よりバランスはいいんじゃないですか?」
コーチがそう呟いた。

彼等と友に、私自身も進化しなくてはいけないな、とい思う。

2022年04月29日

昭和の日に思う

「昭和の日」である。昭和天皇の誕生日でもある。
かつては「みどりの日」であったこともある。
天皇誕生日など国民の祝日は、時の政府によって、いろいろ変えられる。

先日授業をしていたら、ある生徒が、「丹澤先生、天皇って誰ですか?」などと言った。
彼が珍しい存在なのだろうが、私はガクッと力が抜けた。

時に国家元首相応での立ち居振る舞いをされる天皇陛下である。
こうした子どもが増えれば、日本の天皇制も危機を迎えるだろう。
私は、その子にしてその親あり、という、ある種の危機も感じている。

世の中では、今日がゴールデンウィーク初日ということだが、私の学校では平常授業が行われた。今日29日の祭日を、5月2日に移動したのである。これで、5月1日から5日までを連続で休みになるようにしたのだ。ちなみに明日30日は土曜日なので、午前中は授業が行われる。

若干、部活の試合はあったものの、それほど混乱なく休日ながらの平日授業を行うことができた。

生徒たちにとっては、明日の午後からがゴールデンウィークのスタートである。
社会的には、三年ぶりの制限なしの連休ということで、家族で出掛ける生徒も多いのだろう。

そのため、学校では、休み明けから分散給食も再開する。
いわゆる警戒態勢に入るのである。
長期休み明けの学校は、コロナが流行りやすく、対応を怠ればクラスターになりかねない。そのための対策を講じるのだ。

聞けば、近隣でも昨今流行が再増加し、部活動が中止になっていると聞く。

世の中、自粛疲れと、オミクロンの軽症発症に、そろそろ疲れが来ている頃だ。

だが、集団生活の学校こそ、対応を怠るわけにはいかない。

マスクしての運動はつらい。
下手をすれば熱中症の危機さえある。マスクして運動後、そのまま倒れて死亡したという例も、多少はある。

ふと、私が教員になった頃の、今から三十数年前を思い出す。
「でもしか」先生が要らした頃だと思うが、当時は、学校生活に影響を与えるような大きな事件はなかった。ADHDもLGBTもほとんど認知されていなかった。

厳しい時代に入ったということだろう。
教員不足もうなずける…。

2022年04月28日

健康診断

生徒の健康診断が行われた。
以前の勤務校では、一日がかりで健康診断を行っていたが、今の私の学校では、授業をしながら平行して行っている。

つまり、すべての計測を業者にお任せしているわけだ。
先生たちが、視力や慎重、体重などを計測するなら、授業どころではないが、すべて業者がやってくれるのなら話は別だ。授業をしながらでも、十分健康診断ができる。

学年毎に一、二時間で終わるので、診断時間とかぶらなければ授業はつぶれない。
また、授業とは別に誘導要員として教員ははいるので、追加で健康診断の仕事に関わるが、それも30分程度で、大して負担にはならない。

授業を潰さないために、もしかしたら、かなりの費用を業者にお支払いしているのだろうが、それも一つの方法だろう。

五百人近い全校生徒全員の検査をする専門医も、なかなかハードだが、恐らくは一人健診するたびに報酬が発生するのだろうから、いい仕事なのかも知れない。

生徒たちは毎年の計測、特に慎重に一喜一憂する。

私は毎年中学生には必ず訴える。
「自分はまだ小さくて、身長を伸ばしたいのなら、早く寝なさい。夜中まで起きていると、身長は伸びないよ。」

成長ホルモン分泌の観点からの話だが、確かに、中学時代夜が遅かった生徒は、高校生になっても小さいままの生徒は多いように思う。

男子は、高校生になったらほとんど身長が伸びないのだ。
一部の例外はあろうが、統計的には、そう間違いでもあるまい。

さて、健康診断では当然、外部の方が学校に入る。
普段は服装がだらしのない生徒でも、このときばかりはと、少し正す必要もあるのだが、今回は、中学生にそうした指導はなされていなかったようだ。

同じ学校で、だらしない服装が当たり前になると、いつしかそのことには気づかなくなる。「そんなこと学校生活には関係ない」という意見もあろうが、私はそうは思わない。

中学生は型を学ぶ時期でもある。
「まあ、いいか」と大人が妥協しては、教育にならない。

健康診断を見て、ふと思った。

2022年04月24日

エネルギー源

「最近M先生、元気ないですよね。」
やはり生徒たちも気づいているようだ。
半月ぶりに職場復帰されたM先生だが、まだまだ本調子ではない。
忙しすぎる上に、精神的にも大きなダメージを負ったM先生は、3月まではきっちりを責任を果たされた。
一見、社会人として当然、と思われるかも知れないが、残念ながら私の職場は、けっこう教職員出入りがある。
過酷な職場なのだろう。

もちろん、どこの学校現場で同様なのかも知れないが、早朝から夜間まで、ずっと勤務というのは珍しくない。だから、各自上手に休息をとり、ストレスマネジメントができなければ、仕事が続けられない状態に陥るのである。

「ときどき、疲れたようなものすごい怖い顔になりますよ。」

供したるもの、本来は、そのようであってはいけないのだろう。
たとえどのような状況下であっても、努めて笑顔を作り、奮起しなくてはならないのだが、肉体的に、精神的にも疲れ果ててしまった時には、そうした余裕はもはやないだろう。

そこまで追い込まれないうちに、上手に休養しなくてはならないのだが、学校ではいろいろな突発的なことが起こり、思うようにはいかないものだ。

「復帰されただけもいいんじゃないかな…。今まで、何人もの先生たちが、学校を去っているから…。」

私は、かれにぼそっと言う。
本来は、黙っていなくてはいけないことなのかも知れないが、そろそろ大人の世界を垣間見てもいい頃だろう。

私だって、いつ同じようになるか分からない。

もしかしたら、私自身も疲れたとき、ものすごい形相で生徒の前に立っているのかも知れないな、などと少しばかりの恐怖心を感じる。

私の場合のエネルギー源は、生徒たちと関わっていること。休日だって、生徒たちと一緒にいると少し安心する。

「丹澤先生、今日も電車の撮影に連れて行ってくださって、ありがとうございました!」

笑顔の彼が元気に言う。

今日も、いい日曜日になった。

2022年04月23日

野球部の練習

久しぶりにメンバー揃った野球練習になった。普段は高校野球部と一緒に練習している硬式のメンバーが二人練習に参加したのである。大会に出られない彼等だが、今年は、彼等も大会には出場させようと思っているのだ。

二人が参加したお陰で、練習はとても充実したものになった。そこそこの野球技術のある者が入るだけで、チームはガラッと変わる。

キャプテンの指導力が今一つという部分もあるのだろうが、彼を支える中3もいないのも事実なので(メンバーいるのだが、いずれも自分のことばかりの生徒)、彼は孤独の中で格闘しているのだ。根が優しいので、めったに怒らない。それに部員たちが甘えているということだろう。

そういう訳で、今日は言い練習ができたな、と思う。
選手たちも充実感があったのではないかと思う。

まず、声が切れない。
野球部で声が出ないなんて最低だ。
あとは動きを機敏にして、練習と練習の間の無駄な時間も省く。

日々の目標も明確にして、毎日が進化の連続にする。

少し前の私は、いつもそんなことを考えていた。
だが、もしかしたら、最近は惰性で部活指導をしているのかも知れない。
確かにもう十年以上になる。

かつてのように熱くなることもない。

8年くらい前に、近県をキャプテンを連れて、飛び込み練習試合依頼をしていた時期が懐かしい…。

最近は、毎日が「言い練習」ができればそれでいいと思っている。
彼等が日々、何かしらの学びを得て、成長していればいい。

しゃかりきになって、熱くなりすぎて、いろいろトラブルを起こすよりも、上手にコントロールする智慧を得たということだろうか。

あるいはまた、若手に監督を譲り時期が近づいているのかも知れない。
その日がいつ来るのか分からないが、それまでは走り続けよう…。




2022年04月21日

監督会議

地区の野球部の監督会議があった。

私はずいぶん久しぶりに皆が集まったようにも思ったが、昨年の秋ぶりだそうだ。
ただ、途中、練習試合もなければ、一切の公的な試合がなかったので、こうした公立学校の先生たちとの接点は全くなく、そういう意味では、かなり久しぶりというイメージが私自身にあるというのはうなずける。

野球部の監督ということもあり、若手の先生方も多く、とにかく元気な先生が多い。
私はこうした機会に、彼等と会うと、元気をもらうことができるのだ。

こんな意欲的で、元気もりもりの先生が、果たして今の私の学校にいるだろうか、とすら思う。俗っぽい言えばそれまでだが、いろいろ話をしてみると、彼等から学ぶことも多いのだ。

同じ学校でも、私立と公立では違う。
同じ公立でも文化の違いがある。しかし、彼等との会話の中で、何かしら教育上のヒントを得ることができるのだ。

彼等と酒を酌み交わしながら、いろいろ話をしたらさぞかし楽しいだろうな、と思うが、ここ数年、コロナ禍で懇親会はすべて中止になり、そうした機会は無くなってしまった。

この場で久しぶりでもある春の大会の組合せ抽選が行われる。

ひと頃よりもずいぶん学校数が減ってしまったようだ。
この学校数に合わせ、近いうち、県でも地区ごとの県大会出場の代表枠の見直しをするそうである。

元気で活発な野球少年のために、先生たちは死力を尽くしている。
彼等の中から、高校野球で活躍する選手も生まれ、時にプロ野球選手も誕生するのだ。

昨今、どの学校も部員数が減っている。
そもそも学校の生徒数が激減しているので、当然ではあるのだが、東日本では野球人気よりもサッカー人気が勝っている。

十数名のチームで、トーナメント戦うことはかなりきつい。今回の大会から、ピッチャーの一日の投球が100球までになった。ダブルヘッダーとなる組合せでは、ピッチャー一人では二試合を戦えない。

メンバーの少ないチームにとっては、さらに厳しい状況になった。

少し私の部の選手たちもスイッチが入ってきたようなので、私ももうひと踏ん張りだ。
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