2020年11月01日

制服での班別行動

「京都を散策するときは私服じゃ駄目ですか?」
研修旅行の日程が決まって早々、学年主任が学年会で尋ねた。
私を含め、担任たちも全員反対。「制服をきせるべき」ということになった。
研修旅行が修学旅行の代替であること、そして中学生であることが主な理由だ。

制服は学校のステータスである。
生徒たちは制服を着ることで、気持ちが引き締まる。
ほんの数時間ながらも、市街地での初めての班別行動。
緊張感を与えると共に、学校の看板を背負っていることを考えれば、自ずと『制服』という結論になる。

通常ならば、当たり前のように制服着用だろう。
それにもかかわらず、何故学年主任は、「私服でもいいんじゃないですか?」と言う。

私は、彼女が学校経験が少ない上に、高校感覚であることがその理由であろうと分析している。

学校現場には、議論するまでもなく「当たり前」のことがたくさんある。
それぞれに「なぜそうなのか」の説明を付けることができるが、多くの教員たちが「当たり前」のことと思って行っている。

確かに、一部時代に即さないこともあるのだろうが、長い年月をかけて、その方が「中学生を護れるから」という理由も多いのだ。

学年主任は『制服の重み』を感じていないのだろうか。
『制服の誇り』を認識していないのだろうか。

「彼らはシャツの替えが少ないと思うんです…」
とも言うが、だから取って一枚や二枚ではあるまい…。

最近よく、彼女の発言には悩乱させられる。

「従来の常識の打破」と思えるならば、私も受け入れる余地があるのだが、どうもそうではないらしい…。

「私服の帆が、動きやすいですよね…。」
と言うものだから、やっぱりおかしいのだ。

以前学校が荒れていた時代、中学、高校の男子の制服が、学ランからブレーザーに一斉に替わったことがある。

これは、ある意味、先生たち(学校)が、生徒の制服指導ができなくなったことを意味する。
制服をきちんと着させることができなくなったのである。

だが、今はそういう時代ではないだろう。

制服は度の学校も似ているが、それでも、「制服を着ている」という自覚は、生徒たちは持ってくれる。それが学校のステータスであり誇りにもなる。

「彼女は制服が嫌いなのかな…。」

京都の班別行動は、制服でとても良かった。







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