2020年10月17日

自分の存在意義

認められなくていい。
褒められなくてもいい。
「すごいね」、「よかったね」、と言われなくてもいい。
徹底的に陰に徹して、縁の下で支えられればいい。

世の中には「自分が自分が…」、という自己主張の強い人もいる。
その一方で、「どうせ私なんか…」、と自己卑下に陥り、自己肯定感を作り出せない人もいる。

生徒も同じだ。
だが、思春期の彼らは、『愛されたい。認められたい。自分のことは自分でしたい』年頃なのである。

だから、寂しさの裏返しに反抗してみたり、反発しつつ、自分の存在位置を確認してみたり、時に赤ちゃん返りして、「愛が欲しくてたまらない」状態になるのである。

大人でも、心に余裕がなくなると、いろいろなマイナスな思いに支配されやすい。

教員をしている方でも、そんなネガティブ思考になってしまうこともあるだろう。
また、思春期の生徒たちとの対応に、疲れ切ってしまう人もいるに違いない…。
子供すきであっても限界はあるのだ。

以前、マイクロソフトのカスタマーズセンターに、サンドバッグが置いてあると聞いたことがある。
本当かどうかは分からないが、電話で問い合わせを受けた者は、時に相当のストレスが溜まることは想像に難くない。
こちらも、文句を言われることはあっても、感謝されることがほとんどない世界だ。

そうした中で、心を磨き、心を揺らさず、顧客の立場で対応できる人が生き残り、成功してゆくのだろうが、そんなに簡単なことではあるまい。

だが、大人も時に自分の存在意義を考える。

「自分がその組織で必要とされていない」ことを認識したならば、その職場にはいられないだろう。
ましてや、世のためになっていないと思ってしまうならば、生きていくことすら苦しくなる。

人はそれぞれ貴い。
職業にかかわらず、貴賤にかかわらず、それぞれの役割を果たしている限り、人間生活は多くの経験のと学びの場になる。

思春期の子供には理解できないかも知れないが、社会人になったら否応なく、この事実を受け入れなければならないだろう。

だから、「私は、役に立っているのだろうか」、と思ったならば、何か役に立つことはないかを探し、行動してみなくてはならないのだ。

その行いが、たとえ誰にも知られなくても、心を揺らさず、淡々と世のために生きることができるならば、人生は成功したとも言える。

認められなくていい。
褒められなくてもいい。
「すごいね」、「よかったね」、と言われなくてもいい。
徹底的に陰に徹して、縁の下で支えられればいい。

そんな生き方を目指したい…。
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