2020年10月07日

祈りの調べ

この春大学を卒業したばかりの、その女性の祈りは美しかった。
久しぶりに美しい祈りの調べを聞いた。

人間にとって一番美しいのは、祈っている時の姿であるという。
無私無我の気持ちで、神に祈りを捧げる敬虔なしせいは、その思いが純粋であれば純粋であるほど、美しく、神々しさすら感じるものだ。

以前、私が美しい祈りを聞いたのは、高野山に詣でたときである。
もう、十数年前になる。
僧侶による高野山真言宗の唄の調べは、心地よさと美しさを感じたものだ。
以来、多くの祈りの場に立ち会っているが、美しい調べとであることは、滅多にない。
圧倒的多数の僧侶の読経は、その波動が美しくないように思える。

宗派は違えども、その美しさは共通している。

この美しさは、祈りそのものが、大いなる存在である神と対峙している姿であるからだ。
そして、その対峙するに値する心の状態を維持していなくてはならないからであり、さらには、底に自我の思いが存在しないからである。

その姿勢と態度に、神に近づこうとする思いがある。
その思いは、何人からも尊崇されるにふさわしい心根であり、人間本来の正しい生き方そのものを表しているのだろう。

美しい祈りの調べのMさん。
「まだまだ若いのに素晴らしいな」、と思う。

泥と埃にまみれた穢れた私から見れば、まさに高貴な存在のように見えた。

昨今、宗教学校でも祈りの時間が減っていると言う。
形式化し、生徒たちが真面目に取り組めない、という理由もあるのだろう。

しかし、それは、本来あるべき人間としての姿勢を放棄しているようにも見える。

美しい調べのMさんの祈りを聞いた生徒たち。
一瞬だが、幸福感が増大したのではないだろうか。

決して刹那的な動画では体験できないバイブレーションが、そこにはある。

学校教育でも、宗教的な涵養を重視するようになって久しいが、世の中それほど変わっていないように思える。

まずは、大人たちの宗教に対する意識が変わらないといけないのだろう。
今のままの学校教育で、子供たちにそうした純粋さを伝えるのは、やはり難しい…。





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