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2019年11月13日

『見ざる、言わざる、聞かざる』

「この指導の仕方じゃだめだ。」
「これは、こんな風に誘導しないと、生徒が一回で出来ない。」
「こんな話し方で、生徒たちはうまくできるようになる。」

思えば、毎日がそうした思いの連続であった。
若手の動き一つひとつが、何とも頼りなく、「こうすればいいのにな…」、「こんなやり方じゃ、まずいな…」、などと、やきもきしながら見ていたのだ。

私の狭い心は、常にカリカリしてしまい、何とも落ちつきのない毎日であったように思う。

「丹澤先生は、ものすごく忙しいですよね…。」

当時は、「たくさんの仕事をしているから当然」、と自負していたが、今になって思うと、「忙しそうに見えて、とっつきにくい」、と思われていたわけだ。

この歳になって、ようやくそのことに気がついた。
「自分のやり方でなければ駄目だ」、と我を張って、若い先生たちに押しつけていたのは、他ならぬ私自身であり、そうすることによって、「自由にやらせてほしい」、と思っている若手から煙たがられていたのが、私自身だ。

今年度は、次々と仕事が減っているので、少し客観的に自分自身を見つめられるようになったわけだ。だから、今は何も言わない。
あえて何も言わない。

「好きにやってごらん。失敗したらフォローするから…。」
と、少しおおらかになって、若手の動きを見ているのが、ここ最近の私の姿だ。

どうしても口を出したくなっても、ぐっと我慢して見て見ぬふりをする。

「若手も育ってきたし、私がしゃしゃり出なくても、新しい方法で解決できるに違いない」、と考えられるようになったのだろう。

『見ざる、言わざる、聞かざる』ではないが、たいていは知らんぷりをしている。

ちょっと怖いのは、もしかしたら、私自身が「単なる無関心」に陥っているのではないか、ということだ。もしそうならば、「教育への情熱がなくなった」わけだから、この仕事を去らなければならないだろう。

経験豊かな先生のアドバイスは、時短にもなり、無駄がなくなることは事実だが、時には試行錯誤も必要なのだろう。

「○○先生には、まだ担任は無理です。」
そう、管理職に進言していた慢心しきった私自身を、ふと思い出す。

少し謙虚になるためには、立場の違いが必要であったようだ。
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