2019年06月27日

老眼が進む…

ここ数ヶ月で、ますます老眼が進んだ。
大きな字しか読めなくなったし、授業でも問題集の細かな時の解答を見るときは、眼鏡が欲しくなった。

そうなると、当然のことながら、生活する場所の各所に老眼鏡が欲しくなる訳で、私の場合も、学校の職員室、自宅の机、持ち歩き用等々、何本もの老眼鏡が配備してある。

幸い安価な眼鏡で事足りるのがせめてもの救いだ。

老眼が進んだとき、近視が改善されてしまい、両眼とも1.5に戻った。
それはそれで、ありがたかったのだが、このところの進行はいただけない。

教員として、様々な本を読む、ことは必須条件なのだが、最近は眼鏡がないと、難儀する。
当然、裸眼で読むよりも疲れてしまうので、長い間の読書は苦しくなる。

もはや眼鏡なしでは、辞書や文庫本を読むのは無理である。

以前は、「離せば見える」、と強がって、教科書を離して見ながら、累乗の数字を判定していたが、昨今は離しても見えなくなってきた。

だが、生徒の表情は、はっきりくっきり見える。
それがせめてもの救い。

授業中、彼らの豊かな表情が分かるのは、大変ありがたい。
私の話を聞いているのか聞いていないのか、理解しているのか理解していないのかは、彼らのかすかな表情と、伝わってくるインスピレーションで、分かるのである。

「丹澤先生、老眼ですか?」
「そうだよ。何か文句あるか?」
笑いが起こると、
「誰だ、笑ったのは…。」
と、にこにこ笑いながら彼らをたしなめる。

多少は不便ではあるが、それを逆手にとっての授業展開になる。

「君たちも、あと40年もすれば、老眼になるんだぞ。」
と、負け惜しみを言ってみたが、彼らの時代には医療が進歩して、何らかの解決方法ができているかも知れない。

歳を取ると、若い頃のように身体を動かすことはできなくなる。
運動会で、若い頃のように、全力で走ることもできないし、そんなことをしたら大怪我をするだろう。
子供たちと追いかけっこもできないし、じゃれ合うことも難しくなる。

それでも知恵と経験によって補うことは可能だ。

生徒を愛せる限り、この仕事は続けていけると思うのだ。












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