2019年01月29日

不幸の予言

医者は概して最悪のことを言う。
「家族を呼んでください。今夜が山場なので、覚悟しておいて下さい。」
要は、今晩命が終わる可能性があるという、死亡宣告のようなものである。
この予言(?)が、外れても、医者は責められることはない。むしろ感謝すらさせる。
また、この予告通り、死んでしまったとしても、
「やっぱり医者の言うとおりだった…。」
と、これまた責められることはない。
医者は自らの立場を護るために、最悪のことを言っておくのだ。

先日も、そう宣告された同僚が、医者の予想に反して回復し、昨日から職場復帰した。
「静養中は、同じニュースを一日三回ずつ見て暇だった。」
と、笑いをそそる様は、以前の彼と何ら変わらない。
ひととき危篤であったことなど、信じられない回復ぶりだ。
こうした関係者は必ず、「医者の言葉を信じてはいけない」、と言う。

一方教員の世界ではどうだろう。
「先生、うちの子良くなるでしょうか。」
と、保護者に尋ねられたら、ほぼ間違いなく、
「大丈夫です。必ず良くなります。信じて待ちましょう…。」
と言うに違いない。

逆に、
「もう無理だと思いますよ。変わりません。」
とでも言おうものなら、クレームになる。
だからたとえ、難しい状況でも、全否定はしない。
人間の可能性は、無限なのだから、その可能性にかけるという意味でも、かならずポジティブな面を探す。

医者は不幸の予言をするが、教師は幸福の予言をする。

それは、命に関わることかどかの違いではないだろう。

どこまでも子どもの成長を信じての、発言なのだ。

もちろん医者だって、
「大丈夫です。きっと良くなります。」
と、宣言することもできる。
しかし、「統計学的にこのパターンだと十中八九治らない」、などと考えてしまえば、もはや医者自身が自分の言葉を真実ことはできず、言葉に重みもなく、ただの気休めになってしまうのだ。

心底信じられるからこそ、言葉に力が湧く。
その言葉の力が、周りの人を励まし、元気にし、善導する。

教師たる者、自分は不幸の言葉が多いのか、それとも幸福の言葉が多いのかを、時折チェックしてみるべきだろう。

不幸の予言者にならないためにも…。








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