2018年10月30日

お城で聞いた合唱

遠足で、会津若松の鶴ヶ城を見学。その天守から下りて、いよいよ、ボランティアガイドの案内が始まろうとした頃、水色のジャージを着た一団がやってきた。

初めは号令をかけて、バディのように番号を叫んでいたので、遠足の点呼かな、と思っていたが、そうではなかった。
彼らは、スタンバイすると、突然歌い出したのだ。
それは、混声四部のとても美しい歌声だった。

「城址で合唱するなんて、面白いな。」
遠く聞こえてくる歌声に耳をそばだてる。
見ると、次々とメンバーが替わり、歌っている。

「先生、あの人たち高校生ですか?」
私のそばの生徒が尋ねてきた。
「いや、ジャージを着ているから中学生だよ。でかいね…。」
遠目に見ても、体格の良いのがよく見えたのだ。

引率の音楽の先生に、
「ちょっと見てきて下さいよ。」
と、偵察を頼むと、それは地元の中学3年生だった。
一週間後の合唱コンクールに向けて、わざと声の響かない野外でリハーサルをしておこう、とやってきたのだ。

しかし、そのクオリティの高さは半端ではなかった。
ハーモニーはもちろん、その声量、発声、そして立ち居振る舞い、すべてが中学生のレベルを超えていた。男子も女子も、その声は高校生レベル。

見に行ってくれた音楽の先生、
「前任者がNコン(NHK全国学校音楽コンクール)常連なんだって…。」
前任者ってことは、もうその学校にはいない、ってことか。ちゃんと文化が引き継がれているようだ。

「うちの合唱部でも、あの声は出せないんですよ。私も勉強しなきゃ。」
と音楽の先生。
「連絡を取って、教えを請いたい。」
とも…。

平日の午後とは言え、観光客も多かったので、彼らの歌声に足を止め、聞き入った方も多いだろう。
なかなか洒落たイベントだ。

歌い終わると、彼らは、学校に戻って行った。学校は歩いて帰ることのできる距離にあるようだ。

鶴ヶ城址には、『荒城の月』の碑もある。ガイドさんの説明によると、全国三カ所のうちの一つだそうだ。

会津戦争によって破壊され、平地にされた城跡を、土井晩翠が訪れ(仙台の青葉城とともに)、作詞したという。

「あの名曲の詞ができたのは、この地であったか。」
と、以前訪れた青葉城ともに思いを馳せる。

学校の外に出ることでの発見は数多い。













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