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2019年10月27日

錬成大会

大会が雨で延期した関係で、地域の公民館清掃と重なってしまった。
少し前に、「10月27日(日)午前6時から下町公民館清掃。集合場所いつもどおり」、などという、新参者にとっては、誠に不親切な回覧板が来て、慌てて隣の住人にお尋ねしたところ。だが、清掃作業が何時に終わるか変わらない。第1試合は、私が球審。「遅れるのもまずいし…」、などと心配していたら、清掃はものの20分ほどで終わった。何と、開始時間の6時には完全に終わっているのだ。私が、公民館をあとにしたのは5時58分。早く出掛けてよかった…。と、共に、これなら試合と重なっても、よほどのことがない限り何とかなりそうだ。

さて、準公式戦の今回の大会。3校リーグで一位通過校で決勝トーナメントが行われる。
私の学校の弱小チームは、かつてのように一位通過できるはずもなく、自ずと一勝が目標になる。一勝すれば、チーム初の公式戦初勝利だ。

1試合目の球審。
久しぶりの球審で、アウトコースの球の判定がぶれてしまったり、ファールボールをキャッチャーが捕ったところで、ファールボールとコールして、そのままランダウンプレーになってしまったりと、失敗はあったが、何とかこなすことができた。まあ、人間がやっているのだから、お互い様だ。総体のような命のかかっている試合とは違うし、この地区は生徒たちに『審判判定絶対』を躾けてある。試合中熱くなった先生に、説明を求められることはあるが、それもチームを盛り上げるためのある種のパフォーマンス。そんなに気負いすることはない。だが、やっぱり若手の先生にはプレッシャーかも知れない。

2試合目は、相手のミスが連発し、それを畳みかける攻撃で攻めて攻めての試合展開になった。
全員がヒットを打ったし、こちらの守備の乱れもあるが、それなりにアウトも取って、試合を見ているとこちらの方が格上のようにも見えるくらいだった。相手校は一年生主体のチームだが、私の方も、活躍するのは一年生。やはり2年生が足を引っ張る…。

結果、10−1でコールド勝ちした。
初の公式戦(準公式戦だが…)勝利はコールド勝ちと、何ともすごいことになった。
試合後、監督である私は言う。
「勝ったのはいい。つなぐバッティングができたと思うし、攻撃もよかった。だけど、サインプレーはほとんど決まっていないよ。このまま浮かれていたら、次の試合はコールド負けだ。」

と、引き締める。
果たして3試合目。チームにとっては2試合目だが、1試合目で投げた一年生ピッチャーが、「肘が痛い」と言う。そこで二番手の2年生に託したら、初回で6点献上した。次の回、もとエースの2年生に代えたら、今度は9点献上。そんな感じで3回15点でコールド負け。

夏にも戦って、こんな感じで負けているが、私たちのチームは、結局何も進歩していないようにも見えた。

選手たちは最初の試合で勝てたことで、十分満足しているようで、コールド負けのことなど、帰りの車ではほとんど忘れている…。中学生なんてそんなものだ。

これからの課題は見えているので、精進精進。








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2019年10月26日

地区駅伝

いつものように4時半に愛犬の散歩に出掛けた。
空は満天の星。
そんな空に、ISSが通過した。

嵐が去って青空が戻った
今日は、地区の駅伝大会。

私の学校は中3が参加できないので、ただでも遅いタイムに輪を掛けて不利だ。
それでも開会式で、「地区の全中学校が参加してくれています」、などと叫ばれると、参加してよかったと思う。

いつもは写真撮影だけの別行動だったが、今回はバスの運転手も兼ねる。

現地に着くと、M中の生徒がコースを掃いている。
昨日の嵐で、折れた枝や落葉に溢れていたのだろう。
本来は、前日に準備をするようだが、今回はできなかったので、早朝から行ったのだ。
M中は陸上の強豪校。掃いている生徒たちは選手ではないだろうし、もしかしたら別の部の生徒かも知れないが、そうした心遣いがなにより嬉しい。「選手たちにベストコンディションでレースをして欲しい」、という気持ちが伝わってくるからだ。先生から指示されてのことだが、そうした思いは伝わってこないのがいい。

今回、教頭が初めて来た。
校長が海外に出てしまっている関係で、校長の代理とし出席したのだ。
こうしたイベントは、地区の全校長が来る。
以前の校長は、いろいろ理由をつけて出席してくれなかったが、今年は「代理を出す」、くらいになったのだ。だが、地域交流のほとんどない教頭は、開会式の立ち位置が分からず、困惑したようだ。
そして、レース前に帰ってしまった。

せめて、選手たち一人ひとりに声を掛けて欲しかった。

部活などの大会にほとんど顔を出すことのない校長や教頭。
だから生徒たちも、「あれ?教頭先生?」、と言った感じで、「なんで来たの?」、という思い。
他校のように、全員集合して、ありがたく校長先生の激励のお言葉を受けるなどという、ごく普通の当たり前のことができない情けない状態ではある。

レースは女子は、第一走者から大幅に遅れをとり、そのままゴール。男子は序盤は健闘したが、徐々にタイムを下げ、結局最下位。二年生が足を引っ張っている感じ…。

上位校は別として、タイムの遅い学校は、私たちの学校がいるおかげで最下位にならないで済んだ、と思っているに違いない。
事実私も、何度もそうした声を聞いている。

全校生徒が参加しなければならないような、小規模校にも、私の学校は負けてしまうのだ。

「参加することに意義がある」、ことは否定しないが、「負け癖をつける」のは駄目だ。

昨年は最下位を脱出していたのだから、次は頑張らねば…。

結果的に足を引っ張ってしまったキャプテンの二年生が落ち込んでいる。
「来年は、君たちが出られるかどうか分からないんだよ…。」

学校行事の関係で、来年も中3が参加できないことだって大いにある。

まだまだモチベーションの高め方が稚拙だ。








2019年10月25日

嵐の遠足

中2の遠足は、陶芸体験と飯盒炊爨。
大変面白く、よい企画だったのだが、残念ながら雨になった。

心配された台風21号が太平洋に逸れていったのだが、台風のパワーが低気圧に入ってきたらしい。

午前は全国的にも有名な県下の焼き物の里で陶芸体験。
ろくろを使うのは初めてのはずなのだが、次々と作品ができる。
その中で、一つを選んで焼いてくれて、何ヶ月後かに学校に送ってくれる、というシステムである。
実際の実習時間は40分弱。そんな中でもけっこういい作品ができる。

現地のスタッフが、何人もサポートに入ってくれて、彼らはどんどんうまくなっていく。
ひとクラスごとの実習だが、きわめてスムーズ。
おかげで、私も全員の写真をとることができた。

お手伝いしていただいたスタッフは、全国から集まった陶芸家の卵たちだそうだ。
「どうして陶芸家を志そうとしたのですか?」
と、訪ねたら、小学校の時の陶芸体験で目覚めたという。
学校での体験が、生徒たちの人生を左右させるのだ。

私の学校の生徒たちも、きわめて器用で、「もしかしたら陶芸の才能があるのではないかな…」、と思わざるを得ない生徒が何人かいた。

人間社会では、さまざまな分野で活躍の道があるが、もしかしたら彼らもそういう世界に突入するのかもしれない…。

生徒たちの写真が撮れなくなってしまうので、私自身、陶芸の体験はしなかったが、いつかはのんびりを土いじりをしてみようと思う。

私の隠れ家には、以前に住まれていた方が陶芸をしていたこともあり、たくさんの焼き物があるのだが、なんだか無碍に処分しにくくなった。

その後、バスは飯盒炊爨会場へ向かうが、地滑りで倒木して、予定されていたルートが通行止めになった。台風19号で大きな被害があった地域で、まだまだ山は水を吸っているのだ。

浸水した被災地を通り抜けている頃、学年主任から電話が入った。

「こんな状況で実施して大丈夫かな…。」

「現地で検討しましょう」、ということになり、バスは山を登っていく。
その頃には、風雨も強まり、まるで台風が来ているかのようになった。

結局、現地で実習はキャンセルし、そのまま帰校することになった。
無理に室内で行っているうちに、道路が封鎖されたら、それこそ帰れなくなる。
生徒の安全第一を優先した。

おかげで、生徒たちの昼食がなくなった。

仕方なく、途中のサービスエリアで、一番安いカレーを食べさせる。
学年全員分を食べさせるほどの予備のお金はないで、学年主任が立て替えて支払いをした。

食材だけを引き取り、結局大して旨くもないカレーを食べて、予定より早く学校に戻ってきた。

でも安全が一番。

中1は雨の中レインコートを着ながらアスレチック。
高2は東京散策。予定より大幅に帰校が遅れ、途中で夕食。
高1は前日に千葉に入っており、途中道路が封鎖され、帰校は夜中の2時前。

エキサイティングな嵐の遠足になったが、彼らはいい経験になっただろう。

もちろん、全員が安全に帰ってきたからこそ言えることだ。

令和の時代。天の神様はお怒り気味のようである。








2019年10月24日

教員人生の罠

かつての私は、「今日は、どんなことが起こるだろうか…」、とわくわくしながら、毎朝を迎えていた。
それが昨年後半は、「今日も何も起こらないでくれ…」、と祈るような気持ちで毎日を過ごしていた。

当時の校長からは、「丹澤先生は鬱だね」、と言われた上に、「いつも私たちに尻ぬぐいをさせる」、とまで言われ、さらには「苦手な保護者対応を克服して下さい」、と何度も叱責された。

「もう10年以上務めているから、もういいだろう…。」
と何度も思った。来春が、二度目に私が学年主任と担任をした学年が、高校3年生として卒業するので、ちょうどそのときに、「学校の先生も卒業しよう」、と思った。

そうなると、さらにトラブルは続く。

するとますます事件が起こる。

「子供たちがかわいく思えないんです…。」
そう校長に訴えたら、
「あれだけ子供好きの、丹澤先生が、そこまで言うのはよほどのことだ」、と思った校長は、新校長にも引き継ぎ、異動になり、去って行った。

それを受けた新校長は、年度当初の面談で、開口一番
「丹澤先生、生徒たちかわいくなくなったんだって?」
と発した。
と言うわけで、今年度はほとんどの役職を外してもらった。

当時の私は、「できたら学年も外して下さい」、と申し出たが、それはかなわなかった。
ただいまとなっては、別の学年だが、学年に残っていて良かったと思う。
私の仕事ぶりに、学年主任もあきれ始めてはいるが…。

以前の校長が去り、私のストレスは半分以上減った…。

経験値が増え、トラブル対処のキャパシティが増えている中で、自らの心が壊れていくとは思いもよらなかった。

現在は、大分落ち着き、心を癒やしている。

「何としても犬を飼おう」、と思ったのも、心の奥底には、『癒やされたい』という思いがあるのかも知れない。

金銭的には苦しくなったが、隠れ家でほっとする時間も取れるようになった。

先日母と話をしていたら、
「あなたは、務めたての頃、職場の先輩によくいじめられて、そのたびに、『いつか実績を上げて見返してやるんだ』、と言っていたんだよ。」
と言う。

私は、もはやいじめられていた記憶はない。
と同時に、「いつか見返してやる」、という気持ちもない。

これが歳をとるということか…。

人生いろいろある。








2019年10月23日

最後の駅伝試走

試走に付き合うのは、今日が最初で最後。次は本番だ。
このところの雨続きで、なかなか出掛けられなかったが、ようやく今日コースを確認することができたわけだ。

だが、6時間目の授業が終わってから出掛けても、すぐに暗くなる。
案の定、タイム計測の頃には辺りはすっかり暗くなってしまった。

他にも2校が、練習にやってきたが、私たちが練習を始める頃には、練習を終了して解散。
強豪校チームの陸上部の監督氏より、
「この公園の利用時間は17時15分まで。駐車場も17時半で終わり。きちんとルールを守って、公園から苦情が来ないように気を付けてください。」
などと念押しされる。

きっとその御仁は、
「こんな遅くに来やがって、お前たちがルールを破って苦情が来たら、こっちが面倒になるんだ。」
と言いたかったのだろう。

私は個人的に、時間は厳守する性格なのだが、私の学校の先生たちは、けっこう無頓着な人が多い。
今回の駅伝の責任者の若い先生も、「気にはするが、全体厳守をしようとはしない」方である。

私は、時計を見ながらヤキモキしているのだが、結局、試走を終えたときには、閉園時間も過ぎ、駐車場の施錠時間もオーバーした。

「こりゃ、苦情が来るかな…。」
と思ったら、気持ちが滅入ってきた。

計画の甘さが原因である。
6時間目を終え、帰りの会に出ないで来れば、時間の余裕はできた。

すでに何回か来ているはずだが、「もしかしたら、いつもこんな風にルールを守らないのだろうか…」、と考えたら、ますます気持ちが落ち込んでゆく。

私は帰りのバスで無口になった。

選手たちは、「暗くて道を間違えた」、などと楽しそうに話をしている。
後ろからは、飴のにおいがしてくる。
程なく、音楽をスマホか音楽プレーヤーで流す生徒も現れた。

その姿に誰も注意しない。
だから、生徒はそれでいいと思う。

ますます私は無口になった。

こうした小さなことの積み重ねが規範意識を高めていくはずだ。

だが、先生自体が、ルールを守れない。
それでは、指導する立場として、その前提が崩れる。

そんなことを考えながら、帰路につく。

ちょっと後味の悪い、試走の最終回になった。

2019年10月22日

洗濯機

隠れ家にも洗濯機が欲しいと思い、メルカリで購入した。
畑仕事や犬の世話で汚れたものを、隠れ家でも洗いたいと思ったのだ。

引っ越しを終えたら、今ある洗濯機と入れから、今回買ったものは納屋にでも置いて、洗濯物によって棲み分ければいいと思ったのだ。

格安だったので、80キロくらいの距離を取りに行くことにした。
時短のために高速を使ってしまったので、結局かかった費用が小一万になってしまったが、それでも安い。
高校生が運搬を手伝ってくれたので、さっと積み込み、五分もしないうちにトンボ帰り。

帰宅後早速設置し、試運転をしてみた。
当たり前だけど、きちんと動く…。

排水ホースと隠れ家の排水穴がうまく合わなくて、若干水漏れがしたが、いくらでも修正できるので、おそらくは満足いく買い物になったと思う。

雨だからと、先方はビニールでぐるぐる巻きにしてくれた。
もしかしたら、「軽トラで取りに来るかも知れない」、と思ったのかも知れないが、私が出掛け車はバン。でも、その心遣いが嬉しい。

同僚に、「メルカリで洗濯機を買ったんだ」、と言ったら、「お若いですね…」、と言われた。

私のような中年は、あまりメルカリを使わないのだろうか。
そろそろ私も出品してみようと思っているくらいなのだが、教員の世界では、メルカリは遠い存在なのかな…。

とにかく、不要なものを欲しい人に譲るというシステムはいい。
「ただ」で譲らないところが、ある意味あと腐れなくて良いのかも知れない。
価格設定は、やや高めなのだろうが、今回のように格安なこともある。

今や、ネットで何でも手に入る時代になった。
その中でも、多くの人は、人と人との関係を求めているのかも知れない。

人は一人では生きてはゆけない存在だ。

売主さんは、二十代後半くらいの青年。農家のご子息らしく、家の周りの畑はすべて自分の敷地だという。家も立派な佇まいだった。

「お気をつけてお帰りください。」
と、道路にまで出て見送ってくださった。

耳飾りをした青年は、なかなか礼儀正しい…。

「何かの折りにお近づきになれたら…」、とも思ったが、恐らくもう関わることはあるまい。

一期一会。
生徒との関わりもそうだが、そんな出会いこそ、大切にしなくてはならないだろう。

2019年10月21日

『死』を語る

映画『世界から希望が消えたなら』を見た。

ひとたび『死』を覚悟した主人公が、再び復活するというストーリーである。
医学的には『死』を迎えたにも関わらず、生き返るのである。
ただ、その間も、入院しているとは言え、普通に生活をしている。

歳をとると、自ずと『死』を意識する。
『病気』も心配になるし、残された者への配慮も必要になる。

この映画を見て、私がもっとも思いを巡らせたのは、春に亡くなった父のことである。

「父が危ない…」、と母から連絡が来たのは、亡くなる前日のお昼頃。私は翌日の午前中に出張を控えていた。県下の交通安全協議会である。ここ何年も、自分で行っていないので、学年主任も担任も外れた今年は、自分で参加しようと思っていたのだ。だから、その会議に出て、午後から東京に向かって、そのままもしかしたら泊まりかな…、くらいに思っていたわけだ。

だが、本当はそうした話を管理職にしたときに、「すぐに帰省してください。出張はなんとかしますから…」、と言って欲しかったのだ。

最近になって、「自分の本心は、そうだったのだ」、と気がついた。

父は、翌朝早く息を引き取った。
母の、「すぐ来て!」、の言葉にすべてをキャンセル。

出張する予定であった会議も、事務方が出勤したと思われる時間を見計らって、新横浜駅で電話をした。管理職には、その後電話をした。

父は脳に腫瘍ができて手術をして一命を取り留めたが、その数年後再発したことが、なくなる原因になっている。病院での検査で発見され、一週間も経たないうちにあの世に旅立った。

映画では、自分の意思で病気を治していく。

父の場合は、身体も不自由になり、やや地方も始まり、「訳も分からない」うちに呼吸困難になり、死亡したものと思われる。

私は、人間の本質は霊体であり、魂が本質であることを確信している。
だから、父の元に到着したのちは、花が咲き乱れる施設の庭を、父と共に散歩している。

『死』は誰からも逃れられない。
だが、その『死』があるからこそ、人生修行は充実したものにもなる。

そんな話を、葬儀が終わってから授業中に生徒たちに話しをしたが、ありにリアル過ぎて、どうリアクションしてよいか分からなかったようではあった。

だが、これが真実なのだ。

人は『死』を知ることで、何かが変わって行く…。このことは、紛れもない事実だ。
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