2019年10月24日

教員人生の罠

かつての私は、「今日は、どんなことが起こるだろうか…」、とわくわくしながら、毎朝を迎えていた。
それが昨年後半は、「今日も何も起こらないでくれ…」、と祈るような気持ちで毎日を過ごしていた。

当時の校長からは、「丹澤先生は鬱だね」、と言われた上に、「いつも私たちに尻ぬぐいをさせる」、とまで言われ、さらには「苦手な保護者対応を克服して下さい」、と何度も叱責された。

「もう10年以上務めているから、もういいだろう…。」
と何度も思った。来春が、二度目に私が学年主任と担任をした学年が、高校3年生として卒業するので、ちょうどそのときに、「学校の先生も卒業しよう」、と思った。

そうなると、さらにトラブルは続く。

するとますます事件が起こる。

「子供たちがかわいく思えないんです…。」
そう校長に訴えたら、
「あれだけ子供好きの、丹澤先生が、そこまで言うのはよほどのことだ」、と思った校長は、新校長にも引き継ぎ、異動になり、去って行った。

それを受けた新校長は、年度当初の面談で、開口一番
「丹澤先生、生徒たちかわいくなくなったんだって?」
と発した。
と言うわけで、今年度はほとんどの役職を外してもらった。

当時の私は、「できたら学年も外して下さい」、と申し出たが、それはかなわなかった。
ただいまとなっては、別の学年だが、学年に残っていて良かったと思う。
私の仕事ぶりに、学年主任もあきれ始めてはいるが…。

以前の校長が去り、私のストレスは半分以上減った…。

経験値が増え、トラブル対処のキャパシティが増えている中で、自らの心が壊れていくとは思いもよらなかった。

現在は、大分落ち着き、心を癒やしている。

「何としても犬を飼おう」、と思ったのも、心の奥底には、『癒やされたい』という思いがあるのかも知れない。

金銭的には苦しくなったが、隠れ家でほっとする時間も取れるようになった。

先日母と話をしていたら、
「あなたは、務めたての頃、職場の先輩によくいじめられて、そのたびに、『いつか実績を上げて見返してやるんだ』、と言っていたんだよ。」
と言う。

私は、もはやいじめられていた記憶はない。
と同時に、「いつか見返してやる」、という気持ちもない。

これが歳をとるということか…。

人生いろいろある。








2019年10月23日

最後の駅伝試走

試走に付き合うのは、今日が最初で最後。次は本番だ。
このところの雨続きで、なかなか出掛けられなかったが、ようやく今日コースを確認することができたわけだ。

だが、6時間目の授業が終わってから出掛けても、すぐに暗くなる。
案の定、タイム計測の頃には辺りはすっかり暗くなってしまった。

他にも2校が、練習にやってきたが、私たちが練習を始める頃には、練習を終了して解散。
強豪校チームの陸上部の監督氏より、
「この公園の利用時間は17時15分まで。駐車場も17時半で終わり。きちんとルールを守って、公園から苦情が来ないように気を付けてください。」
などと念押しされる。

きっとその御仁は、
「こんな遅くに来やがって、お前たちがルールを破って苦情が来たら、こっちが面倒になるんだ。」
と言いたかったのだろう。

私は個人的に、時間は厳守する性格なのだが、私の学校の先生たちは、けっこう無頓着な人が多い。
今回の駅伝の責任者の若い先生も、「気にはするが、全体厳守をしようとはしない」方である。

私は、時計を見ながらヤキモキしているのだが、結局、試走を終えたときには、閉園時間も過ぎ、駐車場の施錠時間もオーバーした。

「こりゃ、苦情が来るかな…。」
と思ったら、気持ちが滅入ってきた。

計画の甘さが原因である。
6時間目を終え、帰りの会に出ないで来れば、時間の余裕はできた。

すでに何回か来ているはずだが、「もしかしたら、いつもこんな風にルールを守らないのだろうか…」、と考えたら、ますます気持ちが落ち込んでゆく。

私は帰りのバスで無口になった。

選手たちは、「暗くて道を間違えた」、などと楽しそうに話をしている。
後ろからは、飴のにおいがしてくる。
程なく、音楽をスマホか音楽プレーヤーで流す生徒も現れた。

その姿に誰も注意しない。
だから、生徒はそれでいいと思う。

ますます私は無口になった。

こうした小さなことの積み重ねが規範意識を高めていくはずだ。

だが、先生自体が、ルールを守れない。
それでは、指導する立場として、その前提が崩れる。

そんなことを考えながら、帰路につく。

ちょっと後味の悪い、試走の最終回になった。

2019年10月22日

洗濯機

隠れ家にも洗濯機が欲しいと思い、メルカリで購入した。
畑仕事や犬の世話で汚れたものを、隠れ家でも洗いたいと思ったのだ。

引っ越しを終えたら、今ある洗濯機と入れから、今回買ったものは納屋にでも置いて、洗濯物によって棲み分ければいいと思ったのだ。

格安だったので、80キロくらいの距離を取りに行くことにした。
時短のために高速を使ってしまったので、結局かかった費用が小一万になってしまったが、それでも安い。
高校生が運搬を手伝ってくれたので、さっと積み込み、五分もしないうちにトンボ帰り。

帰宅後早速設置し、試運転をしてみた。
当たり前だけど、きちんと動く…。

排水ホースと隠れ家の排水穴がうまく合わなくて、若干水漏れがしたが、いくらでも修正できるので、おそらくは満足いく買い物になったと思う。

雨だからと、先方はビニールでぐるぐる巻きにしてくれた。
もしかしたら、「軽トラで取りに来るかも知れない」、と思ったのかも知れないが、私が出掛け車はバン。でも、その心遣いが嬉しい。

同僚に、「メルカリで洗濯機を買ったんだ」、と言ったら、「お若いですね…」、と言われた。

私のような中年は、あまりメルカリを使わないのだろうか。
そろそろ私も出品してみようと思っているくらいなのだが、教員の世界では、メルカリは遠い存在なのかな…。

とにかく、不要なものを欲しい人に譲るというシステムはいい。
「ただ」で譲らないところが、ある意味あと腐れなくて良いのかも知れない。
価格設定は、やや高めなのだろうが、今回のように格安なこともある。

今や、ネットで何でも手に入る時代になった。
その中でも、多くの人は、人と人との関係を求めているのかも知れない。

人は一人では生きてはゆけない存在だ。

売主さんは、二十代後半くらいの青年。農家のご子息らしく、家の周りの畑はすべて自分の敷地だという。家も立派な佇まいだった。

「お気をつけてお帰りください。」
と、道路にまで出て見送ってくださった。

耳飾りをした青年は、なかなか礼儀正しい…。

「何かの折りにお近づきになれたら…」、とも思ったが、恐らくもう関わることはあるまい。

一期一会。
生徒との関わりもそうだが、そんな出会いこそ、大切にしなくてはならないだろう。

2019年10月21日

『死』を語る

映画『世界から希望が消えたなら』を見た。

ひとたび『死』を覚悟した主人公が、再び復活するというストーリーである。
医学的には『死』を迎えたにも関わらず、生き返るのである。
ただ、その間も、入院しているとは言え、普通に生活をしている。

歳をとると、自ずと『死』を意識する。
『病気』も心配になるし、残された者への配慮も必要になる。

この映画を見て、私がもっとも思いを巡らせたのは、春に亡くなった父のことである。

「父が危ない…」、と母から連絡が来たのは、亡くなる前日のお昼頃。私は翌日の午前中に出張を控えていた。県下の交通安全協議会である。ここ何年も、自分で行っていないので、学年主任も担任も外れた今年は、自分で参加しようと思っていたのだ。だから、その会議に出て、午後から東京に向かって、そのままもしかしたら泊まりかな…、くらいに思っていたわけだ。

だが、本当はそうした話を管理職にしたときに、「すぐに帰省してください。出張はなんとかしますから…」、と言って欲しかったのだ。

最近になって、「自分の本心は、そうだったのだ」、と気がついた。

父は、翌朝早く息を引き取った。
母の、「すぐ来て!」、の言葉にすべてをキャンセル。

出張する予定であった会議も、事務方が出勤したと思われる時間を見計らって、新横浜駅で電話をした。管理職には、その後電話をした。

父は脳に腫瘍ができて手術をして一命を取り留めたが、その数年後再発したことが、なくなる原因になっている。病院での検査で発見され、一週間も経たないうちにあの世に旅立った。

映画では、自分の意思で病気を治していく。

父の場合は、身体も不自由になり、やや地方も始まり、「訳も分からない」うちに呼吸困難になり、死亡したものと思われる。

私は、人間の本質は霊体であり、魂が本質であることを確信している。
だから、父の元に到着したのちは、花が咲き乱れる施設の庭を、父と共に散歩している。

『死』は誰からも逃れられない。
だが、その『死』があるからこそ、人生修行は充実したものにもなる。

そんな話を、葬儀が終わってから授業中に生徒たちに話しをしたが、ありにリアル過ぎて、どうリアクションしてよいか分からなかったようではあった。

だが、これが真実なのだ。

人は『死』を知ることで、何かが変わって行く…。このことは、紛れもない事実だ。

2019年10月20日

祭りの準備

午前は今週末の駅伝の練習とのことで、今日も野球部は午後から…。
おかげで午前は隠れ家でゆっくりできた。

例によって遅めの朝食。挽き立てのコーヒー。
ふと、窓の外を見ると、天高く抜けるような秋空が見える。
昨晩の雨が上がり、心地よい晴天になったのだ。

先日買った、冷凍庫を納屋にセットして、手の届く範囲で、竹を使って柿を収穫。

一息ついたところに、地元の初老の方が訪ねてきた。祭りの責任者のお一方である。
来月の祭りの打ち合わせである。

私の隠れ家は山車の折り返し地点。
ここで休憩し、若干の飲み食いが行われる。
そのために、今年も庭を使わせてくれ、と言う。
部落の一番橋にある私地域まで、山車が来てくれるのはありがたいことだし、以前の住人から、それを想定して、「少しでも地元に貢献できれば」と、この隠れ家を手に入れた訳で、もちろん快諾。

「私は、生徒引率なので、ずっとこの家にはいられませんが…。」

参加する私の学校の生徒たちのために、今年新たに法被を新調してくださった。
生徒たちの祭りへの参加三年目にして、ようやく、地元に受け入れられてきた感じだ。

山車は道の駅の一角に展示していあり、誰もがいつでも見ることができる。
二つの町の山車は、背も高く、装飾も美しい。それぞれ特徴もある。

「道の駅に置いても、空調代やらで3万円かかるんだよ。」
彼はそうぼやいた。

「みんなに見てもらえるのはいいんだけどね…。金、かかるわ…。」

江戸時代から続く祭りを守っていくのも大変だ。

という訳で、今朝は隣接する道路のはみ出た枝の伐採。
朝早くからチェンソーの音が鳴り響いていたのは、そのためだった。

午後からは野球の練習。
相変わらず生徒たちは、のんびり準備している。

「来週の試合まで、まともに練習できるのは今日くらいしかないんだぞ。」
と叱責。

来週は駅伝試走だ、台風接近だ、遠足だ、駅伝本番だ、ほとんど野球の練習ができないのだ。

もちろん今年も野球部全員で山車を引く。

焦っているのは、私一人だけのようだ…。

2019年10月19日

試合順延

今日は錬成大会のリーグ戦当日。
新人戦が終わり、野球技術と経験の強化のために、地区で開催されている大会である。

だが、昨晩からの雨により、今日は延期になった。

今日は折しも、新人戦の県大会が行われているが、こちらは予定通り行われている。
県大会は、多少の雨ならそのまま開催される。
以前、ピッチャーが投げるボールを、一回一回交換しながら試合をしているのを見たことがある。

錬成大会の初戦は、3校リーグ。2試合、1審判だ。
自分が試合のないときは、球審を務め、生徒に塁審をさせる。
そして2試合を戦うという、なかなか過酷なスケジュールとなる。

そんな中、激しく雨が降っていれば、当然、その疲労度は高まり、審判をしたあとは、自分のチームの試合どころではなくなってしまう。

全国各地の中学校では、こんな風にミニ大会が運営されている…。

以前は、「審判は面倒だなぁ…」、という思いが強かったが、最近は、「疲れるけど、面白いなぁ…」、と思うようになった。適度な(?)緊張感と、何より一番近くで野球を見ることができるのだ。

そうは言っても、もう若くはないのだし、おかしなジャッジをしたら迷惑がかかるので、「審判か…」、と腰が重くなるのは事実だ。

できることなら誰かに頼みたいくらい、今は実質、私一人。
副顧問でもう一人若い先生がいるのだが、夏のドアキャン以降、彼には何も依頼していない。
私の心が落ち着くまでは、頼めない。
私自身が成仏するまで、今少し時間がかかりそうだ。

幸い今の時期は、酷暑の頃とは違い、比較的涼しいので、体力は若干は温存される。
だがいずれ、寒風が吹き荒れる頃になると、今度は別の意味でキツくなるはずだ。

「丹澤先生、僕たちも審判、やりますよね。」
「当然ですよ。だけど、誰ができるかなぁ。」
「やっぱり、二年生ですかね…。」
「審判していると、アップできないから、バッテリーはまずいな…。」

そんな会話をしながら、審判に備える。
生徒の審判技術も、その学校の野球部の指導技術の一つ。

その意味では、私の学校は遅れているはずだ。

四年ぶりの単独チーム。
伝統が引き継がれなかったそのツケは大きい…。

2019年10月18日

褒めて生徒を育てる

教育大会で、けっこうな先生たちが出張になった関係で、久しぶりに高校生のクラスに行った。
だからと言って、私が授業をするわけではない。
課題が準備された自習監督である。

あるクラスで、若手のH先生が、自習監督依頼に、私にメッセージを書いてきたのだが、そのメッセージが良かった。

『…いい子たちばかりです。きっと、だれも途中で寝てしまうことなく、最後まで課題を解いてくれると思います…

そのクラスのほとんどは、中学時代の私の教え子でもある。
久しぶりの教室入りに、私は声援を受けた。
だが、そのあと、私はこのメッセージを、彼らに読み聞かせてみた。

すると、また声援が起こった。
彼らはまんざらでもなさそう。

人は、ほめられると嬉しい。その嬉しさが心を安定させ、あやまった行動が少なくなるのだ。

私は二度、そのメッセージを読み聞かせた。

結果、少しうとうとしている生徒がいたものの、誰一人と寝てしまって、課題に取り組まない生徒はいなかった。

「『ほめる』というパワーはすごいな」、と思う。

ついつい欠点を見つけて叱りがちな教員の性。
私などは、すぐに間違いを指摘してしまう「うるさ型」の教員の一人だ。

その意味でH先生はすごい。
卒業生で戻ってきて、私の学校の教員を務めている人が何人かいるが、彼もその一人。
皆、ひと味違っている。

褒めることで人は良くなる。
陰ひなたなく、人を褒めよ。

以前読んだ本に、そんな下りがあったことを思い出した。

私も、もう少し褒めようと、すこし反省した。

十くらい褒めて、一くらい過ちを指摘するくらいが、彼らの成長のためには、『いい』のかも知れないが、褒めることが苦手な私には。なかなか高いハードルだ。
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