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白き部屋の記録46

胸に菌が生えた

ガン病棟である。肺がんであると云う奥田さん七十才、指物師であったという人、小柄な奥さんと娘さんで看病している。

動いてはいけない人なのに、背中を丸めては両手をついて猫のように立ち上がるので油断が出来ない。

一寸も目が離せないので二人してついているのだと、ベッドから降りてトイレに行こうとするのだ。

余り苦痛はないようだけれど末期なので、モヒ注射を打っている。それで痛みを感じないのかも知れない。痛いと云うのを聞いた事がない。

奥田さんは時時面白い事を云う。

「胸に菌が生えたよ母ちゃん。」

「腹ん中を魚が三匹泳いでいるよ母ちゃん。」

「馬も三疋いるよ腹ん中だ。」

モヒ注射のせいかしら。

白き部屋の記録45

酒盛りF

「此間ね、娘が五拾万持って来てくれたんだよ、働いているんでね、ボーナスでも貯めといたんだろ、俺涙が出たよ、そしてお父さん、お父さんは私が見てあげますからねと、俺断ったよ、可哀そうだもの。」

「一人娘でね、家内と暮らしているんだ、三十才だというのに結婚もせずにね、母ちゃんに似て美人だし、俺に似てスタイルがいいんだ、ファッションモデルやってた事もあるよ、俺は道楽もんでね、家内はたまりかねて離婚さ、百人もの女と遊んだんだから無理ないよね、今もいるんだ愛人がよ、二人だ、電話したら四,五日したら来るってんだ、彼奴のあれは最高でね、その為億万長者の翁さんと結婚したけど、時時来てくれるんだ、何翁さんより俺の方がいいにきまっているからね、来ても彼奴時間ばかり気にしてね落付かないんだ、翁さんに悪いと思ってんだね、これは五十だ、もう一人は俺より年上だ。」

全く驚いた話です。

この時電話のベル「ハイハイ何来れないってどうしてだ、楽しみにして帰へって来たのに、いいよ、もう来るな。」ガチャン。

「若い方が来れないってよ、まあいいさ、彼奴が来ると近所がうるさいんだ、子供の教育上よろしくないってね、彼奴泣いたりなんかしやがるんでね、隣の奥さん大変だよ、干してある布団をやけにパンパン叩き通しだよ、気の毒に。」

「話題をかえよう、あんた東大の〇〇教授を知ってるかい。」知りませんね。

「東大病院の〇〇博士を知ってるかい。」

「知るはずないでしょ、私家政婦ですよ、おえら方を知るわけがない。」

「俺の親しくしている人達なんだ、この近くの病院は殆ど入院、そして退院だからね、俺が苦しくて一一〇番しても救急車は来てくれないんだよ、もう東大病院にでも入るしかないと思うんだ、何とか入れないかなあ。」話は一転「あんた妻と愛人との異いを知ってるかね」

「妻とはおざなりの生活さ、愛人とはよくてよくてたまらないものなんだよ。」

酔うほどに話は妖しくなる。

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