2012年07月31日
白き部屋の記録25
億万長者
ピカッと来たと思ったらソ連の放射能だったよ。
こんなに黒くなっちまって、と腕をまくって見せる。
皺で出来ているような腕である。左の方は余り当たらねえと見えてきれえだよ、子供だったらたまらねえべぇ。
それに風の神が来て持っていっただからこんなにきれえだ、と腕をさするお翁さん。
背中があつい、もう死んだも同じだ、ほめた事じゃねぇ、と。
前立腺の手術をした人だとの事で来たのですが、これでは脳の方もどうかと思う。
八十三才、億万長者である云う。個室の患者さん、点滴の瓶を見上げては「おさき、酒はおめえが呑めや。」と息子さんの奥さんでお酒の好きな方であると云う。
翌日お婆ちゃんが見える。八十四才ですと御自分でおっしゃる、元気なお婆ちゃんである。
息子さん五人、娘さん二人であると云う。
今は楽になりましたが子供達が小さい頃は苦しい生活でした。夕方薩摩芋を掘って、夜中に出かけたものです。
お爺さんが車を挽いて私が後押しをしましてね、お昼までに東京の市場に着くにはそうしなければならなかったんですよ。
その翌日息子さんが見える、次男の方であるとの事、名刺をいただく、何何副議長、何何会長、肩書き一杯の名刺である。
「今宴会中なんですがね、抜け出して来たんですよ忙しくて忙しくてね。」とそそくさと帰へって行く。
長男御夫妻、三男、四男、娘さん、と暇を見ては現はれる夜の客、今はこうして割合少ない人数ですが一時お翁ちゃん危篤状態の時は全部集まって大さわぎでしたと日勤の方のお話。
何しろ億万長者であるという翁ちゃん、危篤だというので、翁ちゃんはそっちのけで兄弟が財産分けの事で云い争って喧嘩のようであったと、その為私の前任の夜勤の方は頭に来たと云って止めたのだと云うのです。
一寸目をはずすとお翁さんは点滴の針を引っこ抜くのです。そしてベッドから片足を出し、ベッドから降りようとするのです。ガヤガヤと騒ぐ人達の中で勝手に動くお翁さんを看病するのは大変な事に異いありません。
夢中で争っている人人の声は夜だから一そう響くのです。婦長さんに注意されてからおとなしくなっている処だそうです。
こうして廊下に居ると、バタバタとスリッパの音を立てて女の人が電話の前へ、「いやだよいやだよ私ゃやらないよ」と、二階にひびくような大声、大きな方です。男をもひしぐような大女。
兄弟話し合いの結果二人の付添はぜいたくだと、他の婦人会から一人で出来る人を呼んだのだそうでした。病院にも私ども二人の付添にも相談なく、大女の付添さんはお翁ちゃんとお婆ちゃんと点滴を見て状況をパッと見てとり「いやだいやだ」と駈け出して行ったと云うのです。年末休みの為先生も看護婦さんも少なくなります。「お翁ちゃんも暫くして大部屋に移って欲しい。」との事。お翁さん云はく「貧乏人と一諸は嫌だよ。」
ピカッと来たと思ったらソ連の放射能だったよ。
こんなに黒くなっちまって、と腕をまくって見せる。
皺で出来ているような腕である。左の方は余り当たらねえと見えてきれえだよ、子供だったらたまらねえべぇ。
それに風の神が来て持っていっただからこんなにきれえだ、と腕をさするお翁さん。
背中があつい、もう死んだも同じだ、ほめた事じゃねぇ、と。
前立腺の手術をした人だとの事で来たのですが、これでは脳の方もどうかと思う。
八十三才、億万長者である云う。個室の患者さん、点滴の瓶を見上げては「おさき、酒はおめえが呑めや。」と息子さんの奥さんでお酒の好きな方であると云う。
翌日お婆ちゃんが見える。八十四才ですと御自分でおっしゃる、元気なお婆ちゃんである。
息子さん五人、娘さん二人であると云う。
今は楽になりましたが子供達が小さい頃は苦しい生活でした。夕方薩摩芋を掘って、夜中に出かけたものです。
お爺さんが車を挽いて私が後押しをしましてね、お昼までに東京の市場に着くにはそうしなければならなかったんですよ。
その翌日息子さんが見える、次男の方であるとの事、名刺をいただく、何何副議長、何何会長、肩書き一杯の名刺である。
「今宴会中なんですがね、抜け出して来たんですよ忙しくて忙しくてね。」とそそくさと帰へって行く。
長男御夫妻、三男、四男、娘さん、と暇を見ては現はれる夜の客、今はこうして割合少ない人数ですが一時お翁ちゃん危篤状態の時は全部集まって大さわぎでしたと日勤の方のお話。
何しろ億万長者であるという翁ちゃん、危篤だというので、翁ちゃんはそっちのけで兄弟が財産分けの事で云い争って喧嘩のようであったと、その為私の前任の夜勤の方は頭に来たと云って止めたのだと云うのです。
一寸目をはずすとお翁さんは点滴の針を引っこ抜くのです。そしてベッドから片足を出し、ベッドから降りようとするのです。ガヤガヤと騒ぐ人達の中で勝手に動くお翁さんを看病するのは大変な事に異いありません。
夢中で争っている人人の声は夜だから一そう響くのです。婦長さんに注意されてからおとなしくなっている処だそうです。
こうして廊下に居ると、バタバタとスリッパの音を立てて女の人が電話の前へ、「いやだよいやだよ私ゃやらないよ」と、二階にひびくような大声、大きな方です。男をもひしぐような大女。
兄弟話し合いの結果二人の付添はぜいたくだと、他の婦人会から一人で出来る人を呼んだのだそうでした。病院にも私ども二人の付添にも相談なく、大女の付添さんはお翁ちゃんとお婆ちゃんと点滴を見て状況をパッと見てとり「いやだいやだ」と駈け出して行ったと云うのです。年末休みの為先生も看護婦さんも少なくなります。「お翁ちゃんも暫くして大部屋に移って欲しい。」との事。お翁さん云はく「貧乏人と一諸は嫌だよ。」