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白き部屋の記録25

億万長者

ピカッと来たと思ったらソ連の放射能だったよ。

こんなに黒くなっちまって、と腕をまくって見せる。

皺で出来ているような腕である。左の方は余り当たらねえと見えてきれえだよ、子供だったらたまらねえべぇ。

それに風の神が来て持っていっただからこんなにきれえだ、と腕をさするお翁さん。

背中があつい、もう死んだも同じだ、ほめた事じゃねぇ、と。

前立腺の手術をした人だとの事で来たのですが、これでは脳の方もどうかと思う。

八十三才、億万長者である云う。個室の患者さん、点滴の瓶を見上げては「おさき、酒はおめえが呑めや。」と息子さんの奥さんでお酒の好きな方であると云う。

翌日お婆ちゃんが見える。八十四才ですと御自分でおっしゃる、元気なお婆ちゃんである。

息子さん五人、娘さん二人であると云う。

今は楽になりましたが子供達が小さい頃は苦しい生活でした。夕方薩摩芋を掘って、夜中に出かけたものです。
お爺さんが車を挽いて私が後押しをしましてね、お昼までに東京の市場に着くにはそうしなければならなかったんですよ。

その翌日息子さんが見える、次男の方であるとの事、名刺をいただく、何何副議長、何何会長、肩書き一杯の名刺である。

「今宴会中なんですがね、抜け出して来たんですよ忙しくて忙しくてね。」とそそくさと帰へって行く。
長男御夫妻、三男、四男、娘さん、と暇を見ては現はれる夜の客、今はこうして割合少ない人数ですが一時お翁ちゃん危篤状態の時は全部集まって大さわぎでしたと日勤の方のお話。

何しろ億万長者であるという翁ちゃん、危篤だというので、翁ちゃんはそっちのけで兄弟が財産分けの事で云い争って喧嘩のようであったと、その為私の前任の夜勤の方は頭に来たと云って止めたのだと云うのです。

一寸目をはずすとお翁さんは点滴の針を引っこ抜くのです。そしてベッドから片足を出し、ベッドから降りようとするのです。ガヤガヤと騒ぐ人達の中で勝手に動くお翁さんを看病するのは大変な事に異いありません。

夢中で争っている人人の声は夜だから一そう響くのです。婦長さんに注意されてからおとなしくなっている処だそうです。
こうして廊下に居ると、バタバタとスリッパの音を立てて女の人が電話の前へ、「いやだよいやだよ私ゃやらないよ」と、二階にひびくような大声、大きな方です。男をもひしぐような大女。

兄弟話し合いの結果二人の付添はぜいたくだと、他の婦人会から一人で出来る人を呼んだのだそうでした。病院にも私ども二人の付添にも相談なく、大女の付添さんはお翁ちゃんとお婆ちゃんと点滴を見て状況をパッと見てとり「いやだいやだ」と駈け出して行ったと云うのです。年末休みの為先生も看護婦さんも少なくなります。「お翁ちゃんも暫くして大部屋に移って欲しい。」との事。お翁さん云はく「貧乏人と一諸は嫌だよ。」

白き部屋の記録24

眠れる美女

私はピンチヒッター、ずっと永い間付いている方がコマ劇場に島倉千代子を聞きに行くと云うのでその交替であると云う、個室である。

眠っているのは驚くほどの美女。

今まで老人ばかりに付いていた私は眼をこすって見直した。

私とって病人とは、お翁さんお婆さんと思い込んでいるふしがあったようです。

美女もまた病気をする。

ノックもなしに入って来たのは四十過ぎの紳士、御主人であるとの事。

ベッドに近づくと、顔を押し当てて「ルリ子ルリ子」、と美女は目を開けた、だが何の表情もない。

電話あり、水道あり、バス、ソファー、トイレ、一寸したホテルのような部屋である。

窓外には緑の葉、陽が当たってキラキラと光る、今朝交替の方は云いました。

「御主人はやさしくて財産家で、お子さんはありません、あんな綺麗な人が何の因果かねえ、口もきけないし、麻痺した体で只生きているだけなんて。」

因果で病気をすることもないでしょうが、始め結核であったと云う事です、そして菌は脳を犯したのだと。

御主人は帰宅されました、その夜私は大喘ぎに驚かされましたまるで男の喘ぎです。

そしてピンポン玉のようなチョコレート色の糞、思いもかけない事があるものです。

それにしても何たる美女、これほどの美女を妻に持つ男の幸せ、魅入られているようなご主人の態度がまだ目に残るのも当然、惚れ抜いている男の姿とはあのことではないのか。

恐らく妻であると共に恋人であり、愛人でもあるのであろう。

男冥利につきると云うものか。

その妻が病気とは何と云う宿命。

次の夜何気なく部屋に入った私は見ました。

ルリ子さんはこのベッドで妻である姿を。

私はサッと外へ出たのです。

白き部屋の記録23

白い水蓮紅い水蓮

水蓮は朝開き夜眠る。

一面に緑の葉の浮かぶ池、白い花赤い花。

池の縁には白いアヒルが二羽、向こうの縁には台湾アヒルが一対(ツガイ)、広く取巻く白い建物。

バナナの林が一群、長い葉をひろげて高い空をのぞいている。

長い橋のような廊下。

左手に竹林が広がる、孟宗竹の竹林心地よし。

筍がニョキ、ニョキ、と伸びもう親竹の高さに届いているのもある。

鍬を持った人が三人、さては筍を掘り行くらしい。

何と入院の人達であると云う。

烏一羽枝上に鳴く雑木林。

小高い段段があり、木造の横長の建物が茶にくすんで建っている。

奥へ奥へと建物が続いているらしいので、行ってみる、横長の建物は何と段丘をそのまま利用して建てたものである。

建物の間にある草原には雑草の他背の高い黄色の花が咲いて揺れている。木の物干に竹が一本渡してあり、シャツが干してある。

建物の廊下を通って見る。

二十代から三十代の男の人達が呑んびりと机の上に碁盤をおいて向かい合っている。

鍋を持って行く人もいる、さては筍でも煮て食うつもりか、売店は橋のような廊下を左に曲がり又右に行く、薬屋あり、菓子屋あり、床屋あり、何と元患者であった人の経営であると云う。

此処は結核療養所。

白き部屋の記録22

独り暮らし

団地の部屋で倒れている処を助けられて救急車で来たのだと云う小柄なお婆ちゃん。

ベッドから滑り降りて床にうずくまり、しきりにお辞儀をしている。

「お婆ちゃん、ベッドで寝てください、そんな固い床に座っては冷えるわよ。」看護婦さんは軽軽と抱えてベッドに移す。

どなたも良い方ばかりでと歯のない口で云うお婆ちゃん、差の云葉はよく分かるのですが尚も何かもぐもぐと語りかけるその言葉はさっぱり分からない、暫くすると又ベッドから降りて今度は床の上に横になっている。

「お婆ちゃん、フワフワのベッドがあるのに、何でそんな処に寝るのよ」、看護婦さんは又抱き上げる。

六人部屋で軽い患者さんの部屋です。

人人は不審がる、こんなお婆ちゃんが何故たった一人で団地に暮らしているのか、生活費はどうしているのか、息子さんは、嫁さんは、と。

私がそばに行くと、突然お婆ちゃんは、髪がいい髪ですね、とこれははっきり聞こえました。

そして自分の髪の毛を一握りグッと引っこ抜いたのです。皆驚きました。

お婆ちゃんの手にある灰色の髪、髪の毛があんなにまとめて抜けるものなのか、痛くないのか。

お婆ちゃんは云う「私の病気は六神丸でなおるのです、何時もそうなのです、六神丸を持って来てください、私の家にあります。」と、これは又はっきりした口のきき方です。

「私は嫁を追い出したのです、汚い事をする嫁を我慢ならないのですよ。」皆にはさっぱり分からない、何が汚いのか、どんなきたない事なのか、後で事情が分かりました。

嫁さんが売春をやっているのをお婆ちゃんが見たのでした、怒った息子さんは子供を連れて関西へ、嫁さんは家を去ったのであると。

お婆ちゃんは暮らしには困らなかった、御主人の恩給があったのです。

二日后「どうも皆様、ご迷惑をおかけいたしましていろいろお世話になります。」と現はれたのは誠実そうな御婦人、息子さんの新しい奥さんであると云う。

「電話をしてもお婆ちゃんが出ないので、事務所に問合せたのです、心配致しました。」と

六神丸ならぬ点滴を受けて、お婆ちゃんは安心して目を閉ぢ、お嫁さんは新しい寝巻を着せて上げるのでした。



白き部屋の記録21

あたい死にたい

あたい死にたい、何時死んでもいいよ。

だけど人生苦しむから値打ちがあるんだよね。

ずっと前の事だけど、あたい離婚して子供を置いて来たんだよ、もう高校生になる頃だね。

私のついているお婆ちゃんね、私昔御恩になった人なんだよ、御恩になった方には御恩返しをしなくちゃ人ぢゃないよね、私そう思って只で付添してんだよ。

小さい病院なので簡易ベッドもない、茣蓙(ゴザ)と薄い布団だけである。しかも小母ちゃんと私は頭を突合せて通路に寝ているのです。

ちっとも好いこと廻って来ない、ついてないんだね。

そしてこんなゴザに寝てさ、犬か猫扱いだね、私ゃ乞食になった気分だよ。

次の日小母ちゃんは外出した。帰ヘリにはマットレスを二枚抱えて来ました。

「さあ一枚はアンタの分だよ」

小母ちゃんはお婆ちゃんに丸一月奉仕しました。

何の病気か知りませんが、大変に骨と皮ふが弱い人だそうで、手首を握っただけでアザになると云うことでした。

或晩寝ようとしていると窓際のベッドの付添さんが呟くように云っているのが聞こえて来ました。

「さあオトウサンノコト考ヘテネヨーッと」

小母ちゃん云く「チエキカセルヨ全ク」。

白き部屋の記録20

学徒出陣

夜中にふと見ると私のベッドの下が一面濡れているように見える。隣ベッドの患者さんのゴム管から漏れているらしい。起きて尿の始末をし、管を瓶の口に絆創膏でとめました。

患者さんは上向きに寝て腕をピタリと両脇につけてます。そのまま立てば不動の姿勢の形になります。もう五十才を越している筈なのに、まだ青年の面影を残している人です。

付添さんには丁寧な云葉を使い、非常に素直な感じの方です。

学徒出陣の方であると云う。戦地でマラリアにかかったのが発端で他の病気を併発し、三十余年経た今、尚お入院していなければならない人。お父様は大会社の老社長であるという。

三十余年を戦争の受難の中にある人。

胸衝かれる思いです。

「ハイ、イイエ、オネガイシマス、アリガトウ。」

無口な方でこんな云葉しか聞いた事がありません。
   
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