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2019年12月25日

手が届きそうだったことじゃないと後悔できない

私は壮大なファンタジーが好きで
空想遊びも好きなのですが

「後悔」の場合、入り込める範囲でないとできないです。
現実味がなさすぎる『後悔』はできません。


たとえば、
スーパーのガラポン大会に並ぼうとした時。

となりから同じタイミングで人が来たから、
反射的に「お先にどうぞ」と先を譲って
自分がその人の後ろに並んだとします。
そしたら前の人が、自分が狙っていた大当たりの物を当てたとします。

もし、こんなことがあったら……

私なら、
「あー! あの時、自分がサッと前に行けば良かったー!」
と、しばらくウジウジするかもしれません。


他にも、「あの時、ああしていなければ……」
などと思うようなことは色々。

そんなこと考えたところで運命が変わるわけでもないし、
他の、やらなければ後悔したかもしれないことを
今の自分がちゃんとできていることだって多くあるんでしょうが
それでも「あとちょっとで手が届きそうだった!」ってことは
性懲りもなく、後悔してしまいます。


でも、手が届きそうもない発想だったらのめり込めないんですよね〜。


ガラポン大会で目の前の人が当たった時に

「そもそも私がもっと大金持ちだったら、
 今、まったく違うことをしていただろうし、
 今狙っていた大型テレビや旅行よりも、
 もっとすごいものを手に入れていたかもしれない。

 毎日楽しいことをし、
 悩みも苦しみもなく暮らしていたかもしれない。
 あー、もっと豊かになりかった。」

とは、あまり思いません。


「あとちょっとだったのに……!」と思うとき、
「あとちょっと」意外の可能性は頭から消えています。


「あと少しで、10万円手に入るところだったのに!」
などというシチュエーションがあれば、
その後しばらく考えるのは逃した10万円のことであり、
1000万円や1億円のことではありません。

お店のクーポンの期限が切れているのを見て
「あー! 昨日あの店に行ったのに! クーポン使えば良かったー!」
と思うとき、
頭に浮かぶのは「自分が億万長者だったら」という話ではありません。


あと少しで手に入ったもののことを考えても、壮大な空想をしても、
今の自分には手が届かないということにおいては一緒だし、
規模が違うだけで、突拍子もない空想と後悔は同じものなんですけどね〜。

同じように手が届かない妄想をするにしても、
のめり込める領域を、自分で設定して、選んでいますね。


でも、どうせ何考えても結果が変わらないんだったら、
ぶっ飛んだこと考えて遊びたいですね。

10万円を逃していてもいなくても、
10万円より1000万円や1億円を追いかけたいものです。

でも10万円をバカにしたら10万円に泣くことになりそうなので
「感謝を持ちつつビッグスケールを目指す」ことをやりたいですね!









posted by 四月一日 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記
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