2020年06月05日

「お金を多く儲ける人生が実は最も良い人生である」??みなさんはどう思いますか??

みなさんこんばんは!

今日は、以前私が大学の授業で受けた
「哲学」についてご紹介していきます。

テーマは
「お金」についてです。

コロナの影響で世界的に経済が回らず、
各国で大きな影響がありましたね。

日本でも
コロナの影響で多くのお店が潰れ、
苦しむ人たちが増大しております。


こういったことに関しての
お金とは関連していないのですが、

今一度
お金とはなんなのか??
お金がもたらす力など

様々なことに触れて紹介していきたいです。

今回はまじばっかなので申し訳ございません。


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1.はじめに



 私は「お金を多く儲ける人生が実は最も良い人生である」という主張を否定することを試みたい。
この主張を否定するために,次のような手順を踏んで,議論を進めていく。

 前提として、良い人生を幸福な人生と置き換えて考えていく。
その上で、はじめに,お金の存在価値について説明する。次に、なぜこの主張が否定できるのか。幸福に関する3つの考えを基に主張を否定する。主張を否定する過程で、予想される反論と留学生との対話といった実際の声を聞きながら、この反論を以下に退けることができるのか、明らかにしていく。


2.お金とは



 お金は、世界各国にある通貨というものが、流動することで世界は組み立てられている。そのお金というも
のについて、考えていく。

お金が使われるとき、あるいは、必要とされるときはどのような時か。それは、道具を買うときやサービスを利用する際に利用される。そこに含まれるものやサービスは多種多様にあるが、生活をする中でお金を使うことは1日に1回は必ずあるように生活に欠かせないものである。

そのお金にある存在価値とは、どのようなものなのか。哲学で考えると、お金は道具的価値があるといわれている。それは何を示しているのかといえば、何か目的を果たすために必要な価値を見出すことを示している。

例えば、将来の夢を叶えるために、大学へ行く費用だったり、資格だったり、習い事だったりなど、目的、目標を達成するために必要なものを手に入れることである。つまり、お金そのものに、大きな価値があるのではなく、何か目的を果たすために必要なものがお金といった、道具的価値である。

また、ここから言えることは、目的や目標といったものというのは、お金では買えないということである。当たり前のことだが、総理大臣になるという夢はお金では買えないわけであり、それを叶えるために、道具的価値のお金が勉強のためのお金として役割を果たすのである。以上がお金の存在価値という道具的価値の説明である。



3.なぜ否定するのか



ここでは、幸福に関する3つの考えをアリステレスの思想を基に考えていく。また、良い人生を幸福な人生と置き換えて考えていく。アリストテレスは、金儲けの生活、名誉、徳の人生という3つを幸福という観点で説いた。


まず、金儲けの生活についてである。

アリストテレスは金儲けの生活について「アリストテレスは金儲けの人生そのものは幸福な人生ではないとして退けている。それは、お金・富は何かを得るために有益なものであるだけであり、それ自体に価値があるわけではないから」と説いている。

これは、お金儲けに励んでいる人であっても、お金そのものを求めているわけではなく、お金によって得られる何かを求めていることを指している。その何かというものが、お金では買うことのできない、安心、安全、幸福、自由などといったものが挙げられる。先ほど述べた、お金といった道具的価値とは異なる考えである。

まとめると、お金は他の価値あるもののために重要なものであるという意味での価値に含まれ、それ自体が重要であるという意味での価値はお金によって得られる幸福や安全、自由というものが含まれる。お金というのは道具的価値であり、幸福や安全、自由は究極的価値に含まれるのである。究極的価値は、簡単にいえば、そのものに価値があるということである。このアリストテレスの道具的価値、究極的価値の考えのように、お金を多く儲けることが良い人生とは言いきれない。

なぜなら、お金は何かを得るための手段であり、道具的価値であるため、必ずしも良い人生、幸福な人生とはいえないからである。お金が少なくて、貧乏な人だったとしても、良い人生、幸福な人生を歩んでいる人は数え切れないほどいる。主張を擁護する考えならば、お金が少ない人は、良い人生ではないと捉えることもできる。そのため、お金を多く儲けているからといって良い人生であるというのは断言することはできないといえる。


次に名誉について考えていく。


名誉とは、他者から良い評判を得ることであり、能力や行為について、優れた評価を得ていることを示す。
この名誉に関してアリストテレスは、名誉を求める人生も真に幸福なものではないとして拒絶している。その理由として、名誉は基本的には他者がどのように判断するかに依存するものだが、その人にとっての善はその人自身の固有の何かであり、他者が判断を変えたからといってなくなってしまうようなものではないからである。名誉とは、素晴らしいことであり、尊いことである。

しかし、この名誉をもらうことに幸福や良い人生が直結するかは別である。名誉を求めるということは、名誉を貰った後はどうなるのだろうか。その名誉だけで、その後一生、幸福、よい人生と言えるのだろうか。アリストテレスのように、幸福の形というのは、それぞれによって異なる固有の何かであるため、それを他者が判断することはできない。また、他者の判断によって、名誉も変わらない。

つまり、名誉は、求めようとして得るものではなく、何かを成し遂げたうえでの評価であり、それはゴールではないということ。そのため、アリストテレスも名誉を求める人生も真に幸福ではないと提唱していると考えられる。幸福の形は人それぞれ異なるが、アリストテレスの考える名誉とは、求めるのではなく自然にいただけるものであり、その過程こそが重要であるといっているのではないだろうか。これも、金儲けの人生と同じように名誉ある人生が、必ずしも幸福、よい人生とはいえない。


最後に、徳の人生についてである。


徳は、正直、親切さ、勇敢といった人間が持つ傾向性を指し、悪徳は、嘘つき、臆病、残酷などを示す。
この徳のある人生について、アリストテレスは、徳を持つ人が必ずしも幸せではないと言っているように見える。その理由としてあげられるのは2つある。

1つは、人は徳を持ちながら眠ったり何もせずに人生を過ごしたりすることができるということから、何もしない人生は幸福な人生とは言えないと考えることができる。つまり、徳を持っていたとしても、それを発揮しなければ意味がないということである。

もう1つは、徳を持っていたとしても最悪の苦境に陥ったり最大の不運に見舞われたりすることがあるということから、徳に満ちた人であっても不幸が起こること可能性があるということである。例えば、若くして家族をなくすことや、もともと悪に満ちた国に生まれ、その国にとっての正義を貫き残酷な処罰を受けるといったことなどがある。つまり、徳を持っていたとしても、環境などよる影響で不運や苦境に陥ることがある。そのため、徳を持っていることで、幸福や良い人生の保証があるとはいえないのである。

以上の3つの事柄から、お金を多く儲ける人生が実は最も良い人生であるとはいいきれないといえる。


4.予想される反論



お金を多く儲ける人生が実は最も良い人生であるという主張を擁護する意見として、お金がなければ何も始まらないという考えが出て来ると予想する。

お金儲けをたくさんする人と全くできない人というのは、様々であるが、圧倒的に無い方ができることが少ないといえる。そのできないことというのは、道徳的価値といったお金がなければ、手段すらなく、なにも始まらないということである。

つまり、究極的価値の目的や幸福を果たすためには、道徳的価値のお金が必要であるといえる。反論や大きな要点としては、お金が多ければできることが増え、お金がなければできることが減って、究極的価値にたどり着くことが難しいことである。そこから、お金がないとできることが少ないということから、それは幸福でないと考えることができ、お金があれば、究極的価値のためにできることが増えるといえる。これが、私の考える予想される反論である。



5.留学生との対話



お金を多く儲ける人生が実は最も良い人生であるという主張に擁護する留学生と対話を行なった。
実際に、その留学生は

「僕は貧乏だったから、この哲学の言葉はその通りだと感じる」

          と語っていた。

予想される反論にも書いたように、留学生もお金がなかったから、様々な面で苦労と辛い思いをし、現在でもそれはあまり変わらないと言っていた。お金がなければ、目的を果たすために必要なことや物も手に入らず、逆にお金があったら人生は変わっていたとも言っていた。それくらい、彼にとって、お金があるのとないとでは人生への影響が変わってきたといえる。

最後に一番の理由としては、夢を諦めたということである。お金がなかったことで、外すことのできない道へ進むことができなかったと言っていた。そのため、夢を諦め、違う道をまた再発見したのである。つまり、お金儲けしている人生だったら、夢を諦めることなく、現在の自分のいる場所というのも変わっていたということである。この意見というのは、実際の生の声であるため、予想よりも遥かに重い意見である。

以上が、留学生との対話における擁護側の意見である。


6.自己の見解



全てを踏まえた上で、自己の見解を述べていく。これまで述べたように、主張に対する否定も擁護も両方存在する。

哲学というのは、それぞれの経験の中で形成されていく中で確立されていくものなので、両方存在することは当たり前であり、考え方は人数の数だけある。

それでも、お金を多く儲ける人生が実は最も良い人生であるという主張に私は否定する。

重ねて言うように、お金は手段である道具的価値に過ぎないし、お金から究極的価値に直結するわけではない。たとえお金儲けが少なかったとしても、それが原因で不幸になるともいえない。

逆に、お金儲けが少ないからこそ生まれるものが必ずあり、それが道具的価値を見出し、究極的価値へと変化するのではないか。例えば、お金がない分、物を大事にしたり、塾へ通えない分、人一倍勉強したりなど、お金がないからこそ違った努力へと変わり、それが究極的価値に繋がるかもしれない。

つまり、お金によって幸福、良い人生というのが左右されるのではなく、結局はその人自身の捉え方と生き方が大事である。だから、お金を多く儲ける人生が実は最も良い人生である主張に否定する。



おわりに


以上が、自分が考える
「お金」についてです。

みなさんは、お金についてどうお考えでしょうか?

なんのためにお金があるのか?
お金が持つ力とは?
我々にとってお金とは何か?

考えれば考えるほど、難しい問題であり
こんがらがってしまいますよね。

しかしその分
自身を見つめ直し、人生を見つめ直すことに繋がり


豊かな人生になること間違いなしかと!!思います。

人間は学び続けることが大切なんだと改めて感じました!


最後までありがとうございます。



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posted by photophott at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談
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