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2015年11月25日

中国と東京裁判(23):『梅汝璈日記』20

1946年5月11日土曜日
午前九時に方秘書と羅秘書が来た。羅秘書は書き写した「細則」の訳文を提出した。私は校正した憲章の訳文を方秘書と相談し、やや修正を加えてから羅秘書に書き写させるために渡した。

私は方秘書に裁判所に動静を見に行かせ、自分は羅秘書と神田および銀座の一帯の商店を見てまわった。三越で幾つかの贈り物を買い、中国料理館の会芳楼で幾つかの海鮮を買い、帰国したさいの友人に送る準備をした。物産がとても欠乏しておりまた価格が高いので、私が購入したものは程度があまり良くないものだが、多少日本の特産を選んで、話の種にするつもりである。

ホテルに戻ると中央日報の張仁仲氏が名詞を残しており、訪問して来たとのことであった。ヒギンズ氏に昼食を誘われたが、彼は中国旅行のことで大変興奮していた。そのほかの同僚はなにやら羨ましそうであった。これは人情として致し方ないことである。

午後に寝て起きてから太極拳を練習し、新聞を読む。しばらくして淡如(王之将軍)と明思(向検事)が来て話す。

夕食は裁判官たちと一緒に食べたが(明思と一緒に食べるのは都合が悪いため)、テーブルには三人の香港より来た軍将校がいて、パトリック氏とノースクラフト氏の客人であるそうだ。彼らは英国の軍艦に随って訪問し、あさってに戻る。

夕食の後部屋に戻ってここ数日の新聞紙を検査して切抜きをした。十時にノースクラフト氏と食堂にダンスを見に行ったが、日本人が西洋のダンスを真似したものだったが、たいして似ておらず体格も合っていないので、あまり見栄えの良いものではなかった。

部屋に戻って日記をつけ、シャワーを浴び、約十二時半に就寝した。

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