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2015年10月31日

万里の長城と戚継光

最近どういうわけか続けて中央テレビで万里の長城に関係した番組が放映されている。その中で民族の英雄としてにわかに持ち上げられ始めたのが明朝の戚継光(せきけいこう)という将軍だ。万里の長城の建築というと思い出すのは秦の始皇帝だが、現在残存している万里の長城はほとんどが明の時代に修築や増築されたもので、この明朝の万里の長城の建築を指揮したのが戚継光なのだ。秦の始皇帝は中国でも独裁者というイメージが強く、万里の長城の建築を功績として称える際に持ち出すにはあまり適当ではない。それに比べ戚継光は軍令に従わなかった自分の子供を斬首するなど清廉なイメージの伝説があるため、英雄として持ち上げやすいのであろう。

戚継光

またもう一つ戚継光が持ち上げられる理由があって、それは戚継光が当初は倭寇退治で功績を挙げたという点にある。倭寇というのは日本の海賊のことで、中国では今でも日本人のことを倭寇と呼ぶことがある。戚継光は1546年から山東沿岸で、1555年からは南方の浙江や福建で倭寇退治に功績を挙げた。戚継光は日本の海賊に対応するため日本刀によく似た太刀を兵に持たせ竜行剣という剣術を生み出した。下の写真は戚家に伝わるという大太刀でかなり長いのが分かる。

戚家長刀

1567年に明朝が海禁令を撤廃して貿易を認め日本でも豊臣秀吉による統一が進み倭寇の攻撃が減ると、戚継光はモンゴルの攻撃を防ぐために長城の修築を命じられる。ロシアのイヴァン雷帝が領土を拡大したため、それに押し出される形で北からのモンゴル騎兵の中国への侵入が増えたためであった。

こうして戚継光が日本に対する海岸防御にもロシアやモンゴルの北方民族の防御にも活躍したという経歴が、今の中国共産党の国家防衛論にマッチしているのだろう。民族の英雄として有名になったのは2002年に放映された『雷峰塔英雄伝』というドラマからであるようだ。習近平が講話の中で戚継光を持ち出すなどして、2015年には子供向けのアニメ『戚継光』が放映されている。これなども将来発生が予想される海上での日中衝突に向けた扇動プロパガンダなのだろうか。

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