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2016年08月18日

川島芳子は生きていた(補足2)

http://fanblogs.jp/kawasimayoshiko/よりの転載
2016年8月17日ー19日に中国中央テレビ科学教育チャンネルCCTV−10の「探索・発見」という番組で、「川島芳子死亡調査」と題して3回にわたり川島芳子の生存説が紹介された。川島芳子の生存説は中国でも民放でこれまで何度も放送されてきたが、今回の放送は中央テレビでしかも教育チャンネルでの有名な番組での紹介とあって反響が大きい。

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基本的な内容は李剛/何景方著『川島芳子 生死の謎』にある内容に沿って紹介されており、アニメや切り絵などを使用した場面説明なども入りかなりまじめに制作されている様子が伺える。すでに川島芳子が処刑を替え玉を使って逃れ、方おばさんと名乗って長春で1978年まで生存していたことが中国で発表されてからかなりの年数がたっていることから、今までの番組のようにセンセーショナルな描かれ方はされなくなったが、手堅く長春での川島芳子生存説の調査を再現する番組であった。

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方おばさんと名前を変えて中国の田舎に身を隠していた川島芳子の遺品の一つが蓄音機だが、これはスイス製の高級機で上海のマフィアのボスであった杜月笙の旧宅に今も飾ってある蓄音機と同じメーカーである。川島芳子の自伝によれば誘拐されたロシア人を救出しに杜月笙の家に乗り込んだそうだから、その二人が同メーカーの蓄音機を持っていたというのは興味深い。
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李香蘭・川島芳子・白光という3人の美女と関係が深かったのが、日本の陸軍で宣伝映画を制作していた山家亨だ。川島芳子の初恋の相手で、後に李香蘭をスカウトして映画スターとしてデビューさせている。川島芳子は山家亨と李香蘭の男女の仲を疑って李香蘭に喧嘩を吹っかけたことがあった。やはり中国人の映画スターだった白光は山家亨と同棲していたが、山家亨を追っかけて日本にまで探しに来るほどだった。戦後に山家亨は李香蘭に子供の世話を託した後に逃亡先で死体となって見つかっている。山家亨の死体は愛人との心中自殺として処理されたが、実際には他殺の可能性が高いというから美女の嫉妬は恐ろしい。

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