出口の問題。自分の出口はどこなのか。すごい高EPC案件。

ガリバーが運営する
「クルマジロ」って案件、
EPCがすごいことになってるな。

一瞬6/2は〇000を超えていた。
今日はもう半分以下に落ちてるけどね。
それでもすごいけど。

1か月後にはどこに落ち着いているのだろうか。
4桁保っていたら超優良案件だ。


これ単価MAXいくら出してるんだろうか?
上位媒体で1件3万超えの特単とかありそう。
そうじゃないといかないEPC値だ。


時代はもう買い取り業者じゃなく、
個人間売買なのかな。


いやそれにしても
EPCがすごいなー。異常値。
主の露出上げたい意図とスタートダッシュで
単価設定がまだゆるいとか、特単をあげ過ぎたとか
主側のミスなのか?

1日でこんだけEPCが上下するのは
数少ない媒体が掲載していて、
低クリック数なのに、高いCVRで成約したってことだな。

→6/5になると、三桁に落ちてる。
ということは、やはりラッキーで少ないクリックで
何件か成約しただけか。


これからの市場だ。

車やってる奴は動向に
とりあえず注目すべき。


過去に目を付けた案件はかなり成長している。
私の予想は的中するよ。




本題。

出口を決めておく必要がある。


結論から書け
とは良く言ったもので

事業も一緒だな。


ゴール(結論)を一応にでも設定しておかないと
行動がぶれる。
自分がどこへ行こうとしているのか
何をやっているのかがわからなくなる。



家族を養う
贅沢がしたい

だからお金が欲しい。


これは、一時的な目標としてはOKなんだが、
当たり前の話だし、

家族はふつう死別するまでずーっといる訳だし、

40年50年のあいだ家族のためだけに働き続ける
って話はよく貧乏人の美談になったりするけど、


ある程度の財が手に入って余裕ができたら、
家族のためって目標だけでは
向上心が保てないもんだ。



それだけじゃ、
働くぞーって気合が入らなくなる。


そこから道は2つに分かれる。
仕事に生きがいを見出し、仕事に集中する道と
仕事はそこそこで、仕事以外に道を見出す道。



家族を養うって目標だけで
60歳まで働き続けられるなら
その人は幸せなのかもしれない。悩まなくていいから。


毎月カツカツの収入でとにかく働くしかない場合は
そんなこと言ってられないから、迷わず働く。
悩んでいる暇は無い。

それが60歳まで続くなら、
わき目もふらずに働き続けるしかない。



でも、
アフィリエイトを志す段階で、
そんな人生を歩みたい奴はいないだろ。
少なからず、自由な時間を手に入れるとか
一攫千金を夢見ているわけだ。


で、
働いた結果、それなりの報酬を受け取ったら
次は時間とお金を消費することを楽しみ、
また、どうやって消費しようかと悩む。


それに飽きたら?

次はどうするのか。
またわざと貧乏になって同じことを繰り返すのか?
そんなことしないよね。



贅沢な悩みだが、
確定200を超えだして12カ月で
贅沢をするという目標を失った。



月収300万が2年続けば消費欲求を満たせる
とは良く言ったものだ。


私は短かったな。1年で満たされた。


心配性の奴は、
老後の貯金を貯めるまで安心はできない思い、
その不安を糧に精力的に働けるのかもしれない。


私はそのタイプではない。
老後は老後でなんとかなるだろって思ってしまう。
老後の不安が、現在の労働意欲につながらない。


極論を言えば、

毎日ある程度食えるとして、
仕事をしなくていい状態になった時に、
そのあとに自分に何が残るのかってことなのだろう。




何かやりたいことありますか?
ただ、だらだら生きて行きますか?
ってことなのだ。


そもそも
アフィリエイトが好きでやっているわけではなく、
お金を稼ぐ手段として、
効率のいいアフィリエイトを選んだだけなのだ。


やっているうちに、
この仕事の良さを知り、好きになりはしたものの


この仕事をどこまで続けて、
どういう状態になったらやめるのか

は決めていない。


ただ、なんとなく
稼げるうちは、この仕事を続けよう
という漠然とした想いがあるだけだ。



簡単に答えが出ない問いだったから
ずいぶん先延ばしにしてきた。


家賃45万のプチ高級マンションに住んだところで
この答えは出ない。


自分がどうなったらこの仕事を辞めるのか?
何を達成したら、アフィリエイトをやめるのか?


出口を見つけておかないと、

モチベーションの低下と
ぶれ続ける仕事方針

常にこれと戦い続けることになる。






語れる夢がある人がうらやましい。



ボランティアしますよ、とか
誰かの役にたちたいです、とか

優等生な答えは自分の中に無くて、



毎日寝て過ごしたいとか、
ただ、ボーっとしていたいとか
ゲームだけしてたいとか

何でも良いのだけれど、
とにかくやりたいことが、
自分の中にあればそれがベストだ。


でも、自分には何も無い。



なんでも程々が良くて
何もしないで過ごすのも、1か月やればお腹いっぱい。
家でゴロゴロするのも、すぐに飽きた。




結局、最終的に残るものが
社会と何かしらのつながりを保つ
ってことなんだろうか。


勉強するとか、別の事業を起こすとか、
自分がやりがいを感じることに取り組むことなんだろう。

それがわからないんだけど。


自分のスキルや労力を
何らかの形で社会に還元するということが
行きつく先なのかもしれない。




自分に何かが足りなくて
それを満たすために一心不乱に取り組むのは
とても清々しい。


それを満たした後に、
次に満たしたいものが見つければ幸せだ。



お金を生み出すために
一生懸命取り組んだら、
お金が足りなかった自分は
ある程度満たせるようになった。


次に満たしたいのは何なのか?



その答えは
一生でないのかもしれない。




シンプルで分かりやすい働く理由
ってのがあるといいな。

ありきたりだけど
「ローカル」、「非営利」、「脱消費」、「アナログ」、
そこら辺がやっぱり鍵なのかなー?




ちなみにこの記事は「クルマジロ」単体ワードで、どこまで上がるかの実験でもある。
タイトルにキーワードを含めないで、記事内でのみ扱うことで、
どこまであがるのか?その検証だ。

6/610:00の段階で4ページ目の下の方にいるな。3日目で39位か。






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