広告

この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。
新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
posted by fanblog
<< 2017年02月 >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
リンク集
カテゴリアーカイブ
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
ゼットキ
人物論 (03/25)
小町
人物論 (03/24)
ゼットキ
何度も読み返し得る本 (03/05)
yume
何度も読み返し得る本 (03/05)
ゼットキ
爵禄は得易く、名節は保ち難し (11/21)
プロフィール

ゼットキ
特になし
http://fanblogs.jp/nnnanikore/index1_0.rdf

広告

この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。
新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
posted by fanblog
2017年02月27日
宰相をきめる五つの物語
伊藤肇の『喜怒哀楽の人間学』から幕賓の人間学ということで、今回は「宰相をきめる五つの物語」を紹介いたしますが、この『喜怒哀楽の人間学』も残すところ後僅かとなってきましたのでジックリ味わっていただければと思っています。

以下、伊藤肇の『喜怒哀楽の人間学』より

中国史における典型的な幕賓は魏の文候の幕賓だった李克であろう。
文候が魏の宰相を決めねばならぬことになった。
魏成(ぎせい)と翟璜(てっこう)の二人の候補者がいるが、どちらにするかという決断がdぷしてもつかない。文候は迷いに迷ったあげく、李克に下問した。

「先生、嘗て寡人(かじん)に教う。『家貧しくしては良妻を思い、国乱れては良相を思う』と。今、相(しょう)とせんところは、魏成にあらざれば翟璜なり。二子は如何」と。

「先生はかって『家が窮乏したときには、家政のきりもりをうまくやって家を治めてくれる、しっかりものの妻はいないものか、と考え、国が乱れて、民が塗炭の苦しみに陥った時には、うまく、政治をやってくれる立派な宰相がほしい、と思うものだ』と、私に教えられましたが、世はまさに戦国乱世の時代に突入しました。
この国家非常に当たって、よき宰相を得ざれば、わが魏国危しと考え、日夜、肝胆を砕いた結果、ようやく、魏成と翟璜との二人に的がしぼられました。だが、何れを宰相とすべきかについて、どうしても自分の考えがまとまりません。何とか、先生の御助言を頂きたい」

一国の宰相を誰にするか、という最高人事である。軽々には答えられない。

「それはあくまで文候おんみずからの決断に俟(ま)つべき問題であります。拙者が口をさしはさむ余地はござらん」とつっぱねる。だが、文候、よほど困っていたのだろう。「先生、そこを曲げて何とか‥‥」
と再三、くいさがる。

文候にこうまでいわれては、無碍(むげ)に断るわけにもいかない。
暫く考えて李克は「しからば、宰相たるの条件を五つお教え申す」といって、「居てはこの親しむところをみ、富みてはその与うるところをみ、達してはその挙ぐるところをみ、窮してはその為さざるところをみ、貧にしてはその取らざるところをみる。五つのものをもってこれを定むるに足る」

と答える。


今回は以上です

宰相たるの条件が五つ挙げられていますが、よければどういうことなのか考えていただければと思います。
次回は、この五つの条件の内の四つまでを紹介いたします。


2017年02月15日
義を買う
伊藤肇の『喜怒哀楽の人間学』より幕賓の人間学ということで、馮諼(ふうけん)という押しかけ幕賓について前回の続きです。

以下、伊藤肇の『喜怒哀楽の人間学』より

そんな経緯があって間もなく、孟嘗君が「会計に明るく、しかも貸金のとりたてのうまい人物」を幕賓の中から募ると、まっさきに馮諼がすすみ出た。

民に貸しつけた金がこげついたのを取り立てるのだから、あまり楽しいことではないし、大丈夫たる者のやる仕事としてはパッとしない。
だから馮諼が名のり出た時には、他の幕賓たちは<何て、バカなことを、この男は気負い込んで買ってでたんだろう>という顔をした。

しかし、そんなことにはお構いなく、民たちの借金の証文である割符を積み終えてから馮諼がきいた。
「すっかり、借金をとりたてましたら、それで何を買って参りますか」
孟嘗君は「うん」といって、しばらく考えていたが、やがてこういった。
「ここにないものを買ってきて頂こうか」

「わかり申した」と馮諼は取りたて地の薛(せつ)の地へ急行すると、直ちに役人に命じて、債務者全員を集合させ、ひとつひとつ、証文の割府を合わせると、やおら、立ちあがって、「貸しつけ金は全部帳消しにする」と宣言し、割符を悉く火中に投じた。

薛の民は「孟嘗君、万歳!」と唱えて狂喜した。
そうしておいて、馮諼はすぐさま故国、斎にたち帰った。
あまりにも早い帰国に孟嘗君が驚き、「全部、とりたててくれたのでしょうな」ときくと「のこらず、とりたてました」という。

「それで何を買ってこられたのか」とたたみかけると「出立にあたって、おうちにないものを、といわれたので、頭をひねりました。
私がひそかに見まするに、殿の宮中には珍しい宝がいっぱい、美人は後宮にひしめき、千里の名馬も厩に満ち満ちている有様なので、これといって買ってくるものはございません。
だが、よくよく考えてみますと、『義』の一字だけがありませんので、その『義』を買って参りました」

馮諼の真意をはかりかねた孟嘗君が「義を買うとはどういうことなのか」と聞き直すと「いま、殿には、ちっぽけな薛しか領地がおありにならぬのに、その領民を赤子(せきし)としてかわいがりもせず、まるで高利貸のように金を貸しつけて、利を貪ろうとなさる。
だから、私は貸しつけ金を全部パーにして領民たちにくれてやりました。
領民たちは踊りあがって喜び、殿の万歳を叫びました、これが殿のために『義』を買った、ということです。
と答えた。

はたして、その言葉通り、孟嘗君は、その後、薛公となり、地位を全うして薛で一生を終った。

また、こんなこともあった。
孟嘗君が苦境に陥り、三千といわれた幕賓たちが一人のこらず逃げてしまったとき、馮諼だけは側を離れず、八方、画策して、孟嘗君をもとの位にもどした。
そして、一時、孟嘗君を見限った連中がもどってくる時は快く迎えることをすすめた。

「幕賓」の「幕賓」たるゆえんは、この見識である。

今回は以上です。

私は「義に由って立つ」という言葉が好きですが、「こうでなくてはならぬ」というものを感じます。
義とはなにか、よければ考えてみてください。

2017年02月06日
押しかけ幕賓
このところ、どうもブログを更新する気になれずに延びてしまいましたが伊藤肇の『喜怒哀楽の人間学』も残り少なく後少しだけに最後まで紹介していければ、ということで今回は「押しかけ幕賓」についてです。

以下、伊藤肇の『喜怒哀楽の人間学』より

「鶏鳴狗盗」の故事で知られている斎の孟嘗君のもとへ馮諼(ふうけん)という人物が幕賓として自らを売り込んできた。
いわば「押しかけ幕賓」である。

「その客人は何がお好きか」と孟嘗君がきくと「さあ」という返事。
「では、何がおできになる」といえば「別にこれといって‥‥」と煮えきらない。
しかし、孟嘗君は「いいでしょう」といって、ひき受けた。

孟嘗君の「幕賓」は三段階にわけられ、上客は肉料理、主客は魚料理、下客は野菜料理となっていた。
とりえのない馮諼は、当然、最下級の「野菜料理の部」へほり込まれた。

三等幕賓になってしばらくすると、馮諼は長鋏〈長刀〉の柄を按(あん)じながら唄った。
「長鋏よ。帰ろうか。食うに魚なし」側近がそれを孟嘗君に報告すると、「一級あげて、魚料理の部へ入れろ」と命じた。
ところが、二、三日たつと、また馮諼が唄い出した。
「長鋏よ、帰ろうか、出ずるに車なし」車がつくのは最上級の幕賓である。仕方がない、車をつけた。
すると、今度は「長鋏よ、帰ろうか。もって家を治むるなし」と唄った。

側近たちは「とどまることをしらぬ奴、図々しいにも程がある」と怒ったが、孟嘗君は「まあ、まあ」となだめ、改めて、馮諼をよんできいた。
「馮公には親ごがおありか」「老母がひとりおります」
早速、人をやって、食物や衣料を届けさせると、馮諼はもう唄わなくなった。


今回は以上です


この図々しい「押しかけ幕賓」馮諼は、どんな働きをしたのでしょうか、それは次回をお待ちください。
私も馮諼にならって、唄ってみようかなという気になります。


ブログを更新しようという気になるか否かは読者の反応によるものだけに、よければ左横のバナーを一つクリックしていただければ幸いです。



×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。