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2015年08月27日
チャプリン・システム・スピーチ
前回は佐橋滋氏や小島政二郎氏のスピーチ、ということを紹介しましたが今回は茶プリン・システム・スピーチについて伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より紹介いたします。
喜劇王のチャプリンとスピーチということからすると面白い話しが聞けるものと期待していましたが今回のお話はこういうものです。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

中国の古典「礼記(らいき)」は「学問のしかた」に蔵(ぞう)・修(しゅう)・息(そく)・游(ゆう)の四つの段階を挙げている。

まず、蔵は基礎的なもの、原理的なものを懸命に記憶して体にとり入れる。
だが、つめ込んだだけでは消化不良となるから、これが血となり、肉となるようにこなさなければならない。
これが修である。
そして、この蔵と修の段階を卒業すると、学問が呼吸と同じになるから息<いきす>となる。
最後の游は、学問にゆったり游こと、学問を楽しむことである。


佐橋滋や小島政二郎の講演は、まさしく、游の境地であるが、游の講演がやれるようになるためにはいうまでもなく、蔵、修、息の過程を経なければならない。

具体的いうとこういうことだ。

若き頃のチャプリンは映画の封切りごとに各地のパーティでスピーチをやらされた。
元来、シャイな性格の彼には大変な苦痛だったが、たまたま、同じ悩みをもっていたダクラス・フェアバンクスとメリー・ビックフォード夫妻と、いかにこの悩みを克服するか、を相談した結果、三人で勉強会をやることになった。

それは何枚かの紙きれに名詞を一つずつ書いておき、かきまぜて、それぞれが任意の一枚をとる。見る。
たちあがった時には、もう、このテーマについて喋りはじめなければならぬ、というスピーチの練習法だった。

たしかに最初は言葉がとっさに出なかったり、立ち往生したりしたが、何度も反復しているうちに三人とも即席スピーチの名人となった。

この「チャプリン・システム・スピーチ」がやれるようになるためには、練習のほかに「むしり読み、むしり書きをすすめたい。
日常の見聞の中から、こいつはいける!と思ったらその場で手帳にメモしておくことである。
やがて、その訓練の積み重ねが、フランスの外務大臣で雄弁家で鳴らしたブリヤンのようになればしめたものだ」と扇谷正造の解説である。

ブリヤンというのは、子供の頃から『レ・ミゼラブル』を書いたヴィクトル・ユーゴーの詩にのめり込み、これを全部、丸暗記していたため、ひとたび、ブリアンが壇上にたつと、ごく自然にユーゴーの含蓄ある警句
や箴言が口をついて流れでたのである。


今回は以上です。

チャプリン・システム・スピーチというのは知りませんでしたが、紙きれに名詞を書いてかき混ぜ、その中の1枚を手にした人は、そのテーマについて喋りはじめねばならない、という方法は何かで聞いたことがあるように思いますがチャプリンと言えども人の知らないところで勉強していたのですね、それにしても、どんな内容の話しをしたのか、聞いてみたいような気になりますね。

最後にヴィクトル・ユーゴーの名言を一つ紹介して今回の結びといたします。

人生の最大の幸福は、
愛されているという実感である。

もっと正確に言えば、
こんな自分でも愛されている
という実感である。



2015年08月19日
原稿なしの講演
覚えておきたい一節ということで伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」から前回までは、いろんな人の箴言などを紹介してきました参考になるものがあったなら幸いです。
さて、今回は原稿なしの講演について「喜怒哀楽の人間学」を紹介いたします。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

余暇開発センター理事長の佐橋滋は、いかなる講演にも草稿を用意したことがない。
「日ごろ、考えていることを話すのだから原稿はいらない」のだそうだ。

それでいて、かなりきかせるスピーチで特に最近は年輪とともに一種の風格が加わってきた。
ただ、この佐橋が講演の前に一つだけやることがある。
それは控えの間で一人だけになり、五分間だけ、深呼吸をし、瞑想をし、ひたすら己(おのれ)を無にする作業に没頭する。

そういえば、歌舞伎の中村吉右衛門も、楽屋で支度が始まると無口になり、支度ができて出を待っている時には全くものをいわなくなる。
それは楽屋にいる時から、奈落を通って揚幕(あげまく)へ行って待っている時には、もう、その役の気持ちになりきっていなければならないからだ。
また、そうしなければ、よい芝居などやれるものではないのだ。

しかし、原稿なしの講演などは、よほどの甲羅を経ないと恐ろしくてやれるものではない。
それがやれるのは佐橋だけくらいのものだろうと思ったら、作家の小島政二郎もそれをやり、「随筆的講演」と名づけている。

いわく「友人から講演を頼まれた時、私は<今夜はひとつ、随筆風の講演をしてやれ>と思いついた。
何を喋ってやろうということを考えず、何の準備もせず、ただ、私の体を会場へもって行く。
聴衆の顔をみているうちに何か思いついたことを喋る、思いつかなかったら、その訳を話してひきさがる。
そう度胸をきめて会場へいったら、何の苦労もせずに五十分、楽にしゃべれた。
しかも、あと味もよかった。
偶然、ききにきてくれた若い二人の友達までが『とても感動しました』といってほめてくれた。

講演には、なかなか自信のもてない私だったが、聴衆の反応からいっても、何か、感動を与えたことは疑うべくもなかった。
以来、わたしは講演に自信をもった」


今回は以上です。

佐橋滋氏は通産省事務次官を務めた人で高度成長を推進した通産官僚として、城山三郎氏の「官僚たちの夏」主人公・風越信吾は佐橋滋氏をモデルにしたものと言われています。

佐橋滋氏や小島政二郎氏のように原稿なしの講演というのは、なかなかないでしょうね。
私も今までに講演を聞きに行ったことは何度もありますが原稿が用意されていても実際に多くの聴衆を相手にして感動させるということは相当の甲羅を経ていないと難しいことは講演を聞いていて感じたものでした。


2015年08月13日
覚えておきたい一節 最終編
覚えておきたい一節ということで伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を紹介していますが伊藤肇のノートの一部から抜萃したものを今までに3回紹介して来ましたが今回は最終編です。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

□ 釈迢空は、自分の作品が文学碑として石に刻んで建てられることを厳しく拒絶した。
残るべきものは、作品みずからの力で残るという自負と潔癖さの故であろう。
                                                  ―岡野弘彦

□ 女房だろうと誰であろうと、人間を愛するためには、ある程度、噛まずに丸のみにしなくてはダメだ。牛肉だって、あまりながく噛んでいると、うまくも何もないカスになってしまう。
                                                  ―石川達三

□ 「裸で寒くないようにするには、どうしたらいいでしょう」というと、「からだ中を顔にすればいいんだ」という話があるが、私は、できることなら、生活のあらゆることを趣味としたい。
小説を書くことも、私にとっては趣味なら、風呂場のタイルを磨くことも、スカートの丈をつめることも趣味でできるのである。
そうすれば、生活全体が遊びともなり、同時に、かなり本気の、うまくゆけば、生命を賭けるという状態の一歩手前くらいの厳しい仕事にもなりそうである。

                                                  ―曾野綾子


□ われ男(お)の子 意気の子 名の子 剣(つるぎ)の子 詩の子 恋の子 ああもだえの子

                                                  ―与謝野鉄幹


今回は以上です。

覚えておきたい一節ということで伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」に掲載されていた意味深い箴言の数々を紹介して来ましたが今回の一節はいかがでしたでしょうか。
それぞれに味わい深いものがありますが、私自身「なるほど」と感じたのは石川達三氏の言葉です。

石川達三氏の「女房だろうと誰であろうと、人間を愛するためには‥‥」という一節は当に箴言と言えるもののように思いますが「噛まずに丸のみ」という部分はある意味で、それが出来るだけの器量が問われているということかも知れませんね。
因みに釈迢空というのは折口信夫氏のことで曾野綾子というは曽野綾子氏のことです。




2015年08月06日
覚えておきたい一節 坂村真民、カーネギー、シュバイツェル
覚えておきたい一節ということで伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を紹介していますが伊藤肇のノートの一部から抜萃したものを前回に続いて意味深い言葉を紹介いたします。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

□ わたしは延命の願をしました。
まず、はじめは啄木の年を越えることでした。
第二の願をしました。
それは子規の年を越えることでした。
それを越えた時、第三の願をしました。
お父さん あなたの年を越えることでした。
それは私の必死の願でした。
ところが、それも越えることができたのです。
では、第四の願は?
それはお母さん あなたのお年に達することです。
もしも、それも越えることができたら最後の願をしたいのです。
それは世尊と同じ齢(よわい)まで生きたいことです。
これ以上は決して願はかけませんからお守り下さい。

<啄木二十七歳。子規三十六歳。父四十二歳。母七十三歳。世尊八十歳>
                                                      ―坂村真民

□ 自分より優れたる者を自分のまわりに集めし術(すべ)を心得し者、ここに眠る。
                                            ―アンドルー・カーネーギー


□ 私は同時に三つの本を書いている。
本を書くことは私の運命だ。
しかし、ゲーテと同様に少しでも静かな時をもって本を完成できたら、と思う。
あなたがたはゲーテが、その最後の著作を書き終えて、包んで紐(ひも)をかけたことを思い出すだろう。
ゲーテはその時、こういった。
「今こそ満足だ。死を待つことができる」
これはゲーテが死ぬ二ヵ月前であった。
                                                   ―シュバイツェル


今回は以上です。

坂村真民と言えば、「念ずれば花ひらく」という詩で有名ですが、まさに念ずれぼこそですね。
因みに坂村真民氏は2006年12月11日に97歳で永眠されています。

今回はやはり坂村真民氏の「念ずれば花ひらく」を紹介して結びといたします。

念ずれば花ひらく
苦しいとき 母がいつも口にしていた
このことばを わたしも いつのころからか となえるようになった
そうして そのたび わたしの花が
ふしぎと ひとつ ひとつ ひらいていった





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