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2015年06月26日
島崎藤村の講演
「間」は「マ」であり「あいだ」ですが具体的にどういうことなのか、と言われると分かっているようで答え難いものですが今回の伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」はこの「間」についてのお話です。
それでは伊藤肇ワールドを存分に味わってください。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

落語家の桂小南は「あれこれ、ひねくりまわして、刈り込んで、噺(はなし)を掘りだして演ずるまでには、六、七年。うーん。酒と同じですな」といっているが、噺は時間でなく中身である。
そして、同時に「間」である。

「間」とは、別な表現をつかえば「静と動」といってもいい。
「中身」と「間」が聴衆をひきずってゆくのだ。

詩人の島崎藤村が郷里は信州、押坂小学校で記念講演をしたことがある。
もちろん、詩人の名を伝えきき、近郷から集まったファンたちで、講堂はあふれるほどだった。
ところが、壇上にたった藤村は、深沈としてうなだれたまま一言も発しようとはしない。

せっかく、「文学の神様」の謦咳(けいがい)に接しようと集まってきた人々は、あまりにも沈黙の時間が長いので、ざわざわとゆらぎはじめた。
それを待っていたかのように藤村は口を開き、低音で何かいった。

瞬間、しんと静まり返って、耳をそばだてていた聴衆がきいたのは、たった三行の言葉だった。

血につながるふるさと
心につながるふるさと
言葉につながるふるさと

少し「間」を置いて、「私は『春』という言葉の意味がわかるようになるまでに十年間を費やしました」
とつけ加えた。

ただ、それだけのことだったが、しばらくすると、講堂のあちこちからすすりなきの声が起こった。

藤村は詩人であるから、詩の本質を十分に承知していたのだ。
いうなれば、説明的になることは詩的ではない。
説明されてしまうと、聞くほうは自由に想像の翼をひろげて、せっかくの詩境に遊ぶことができなくなる。

余韻と余情、それが詩の命である。
藤村は沈黙によって、詩の命をささえたのである。


今回は以上です。

「間」がつくり出す余韻と余情、藤村の言葉と聴衆のすすりなきの光景が浮かんで来ます。
今回は私がどう、こう言うよりも、この詩境・臨場感を味わっていただければと思います。

2015年06月18日
ワシントン・ポストの見識
伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を紹介しています。
私は伊藤肇という人物に共感する部分もあれば反発を感じるところもありますが、ある意味で伊藤肇という人物と本を介して対話することの出来る点が気に入っています。

今回は前回に続いてスピーチの話を紹介いたします。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

スピーチにしゃべり方のうまい、下手はたしかにある。しかし、何よりも肝腎なのは話の内容である。
内容が空疎では、いかにうまくぶちあげたところで、何の感銘も与えない。
恰好のエピソードがある。

アメリカ南北戦争は北軍の大勝利で終り、盛大な祝賀会がもたれた。
北米きっての雄弁家といわれたエドガード・エバックは二時間半にわたる長弁舌で聴衆を魅了した。
終わった時には、会場の拍手は鳴りもやまず、異様な興奮につつまれたほどだった。

ところが、そのあと、全く風采のあがらぬひげもじゃの男が登壇して五分ほど、ボソボソと喋った。
声も小さくて、演壇から十列目くらいまでしか聞きとれなかった。
聴衆は一瞬、ポカンとしたが、やがて聞き耳をたて、やがてのことに意味がわかると、エバック以上の拍手を送った。

ひげの男というのは「奴隷解放の英雄」リンカーンだった。
しかも、喋ったのは、ほんのわずかなことだった。

「正義が力であることを信じよう。信頼の上にたって、われわれは自分がなし得ると思う仕事の中でベストを尽くそう。
その仕事を結集することが北アメリカ合衆国を一つの国家だけでなく、民主主義の典型にまで昇華せしめるであろう」

といい、最後を有名な“Of the people , by the people , for the people , ” <人民ノ、人民ニヨル人民ノタメノ>という民主主義宣言でしめくくった。

この二つの演説を翌朝の新聞はどう扱ったか。

すべての新聞がエバックの大演説を見開きの二ページにわたって報道した。
ところが、たった一紙、ワシントン・ポストだけはエバックを全く無視した。
そして、わずか五分にも満たなかったリンカーンのスピーチをのせた。
しかも、驚いたことには、スピーチの十倍にわたる解説を記者自らが書き加えてである。

現代では、このリンカーンの言葉は、小学校の教科書にさえも記載されているほど、誰もが知っているが、エバックの大演説は、再び、読みかえされたという話をきかない。
華麗な表現のわりには内容が空疎だったからだ。


今回は以上です。

リンカーンの「人民の人民による人民のための‥‥」という言葉で最後をしめくくっていますが、Of the people , by the people , for the people という部分を実際に口で言ってみると、やはり内容による迫力というものを感じます。

こういう話は、まさに伊藤肇ワールドですね。


2015年06月11日
諸悪莫作(しょあくまくさ)衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)
伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を前回の続きで紹介いたします。
前回は岩田弐夫東芝社長の新入社員への訓示を紹介しましたが40年ほど前のことですが、「当たり前のことを当たり前にやる」という件(くだり)は今の東芝に対する言葉かも知れませんね。

ということで今回は諸悪莫作(しょあくまくさ)衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)を紹介いたします。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

「当たり前のことを当たり前にやる」‥‥‥表現はやさしいが内容は深く、むつかしい。
アメリカの大学紛争に際して、アーサー・ターナー教授が下した見事な「断」がある。
「私は信ずる。教授があるのは教えるため。管理者があるのは管理するため。学生があるのは学ぶためだ」
全く、その通りだが、これがなかなかやれない。こんな話はどうか。

詩聖といわれた白楽天が鳥窠(ちょうか)和尚をとらまえて、「禅の神髄は如何!」と問うと、「諸悪莫作(しょあくまくさ)、衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)」と答えた。

「悪いことはやりなさんな。いいことはやりなされ」。

あまりあたり前のことなので、<子供あつかいされた>と思った白楽天は、些か、むっとした表情で「そんなことは百も承知だ」と口をとんがらせると、和尚に一喝された。

「三歳ノ童子モコレヲ識ルトイエドモ、八十ノ老翁ナオ行(ぎょう)ジ難(がた)シ」

大詩人はいたく赤面した。

ありていにいえば、あれほどの演説が岩田にできるとは思っていなかったので、素直にこの秘訣をきいたら、これまた意外な答えが返ってきた。

「アメリカの歴代大統領のうちでも、最も説得力があったウイルソンが、演説の心得をきかれた時、こういっている。『一時間の演説ならば即座にやれる。二十分でまとめろといわれると、二時間の準備が必要だ。
だが、五分のスピーチだったら、一晩、構想を練らなくちゃ』とネ」


今回は以上です。

禅の神髄について「諸悪莫作、衆善奉行」とは「わるいことはやりなさんな。いいことはやりなされ」という言葉は「当たり前のことを当たり前にやる」に繋がるものだけに確かに内容は深くむつかしいものですね。

「三歳ノ童子モコレヲ識ルトイエドモ、八十ノ老翁ナオ行(ぎょう)ジ難(がた)シ」

とは、あまりにも鮮やかすぎて奥行の深さに恐れ入るしかないですね。

2015年06月04日
岩田弐夫 新入社員への訓示
伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を紹介していますが前回トップの条件ということから新入社員への訓示は、社長自らがそれぞれ心魂を傾けるものであり、そこにトップの人生観や人間学が滲み出るものとして昭和51〜52年当時の東芝社長、岩田弐夫氏の新入社員への訓示がその典型としています。

今回は、この岩田弐夫氏の新入社員への訓示を紹介いたします。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

岩田は「私が社長の岩田です。大変むずかしい字ですが、発音はやさしい。カズオ<弐夫>とよみます」
と、かなり低めの声ではじめ、新入社員たちが、「社長は何をいい出すんだろう」とのきき耳をたてたとみるや、ズバリと本題へ入っていった。

「東芝は従業員とその家族を入れると、25万人の世帯で、ちょうど、青森市や秋田市の人口に匹敵します。
青森、秋田の市長はその25万人の市民に行政をするのであります。
しかし、東芝の私ならびにボードの人々は25万人の社員とともに働き、生活費を供給するのであり、行政者とは根本的に違います。

すなわち、東芝25万人の生活を守るのはわれわれにとっては至上命令であります。
何処かの大学の卒業式に総長が演説しようとしたら、30人ぐらいのヘルメットをかぶったのがやってきて、『やめろ、やめろ』と喚くと、トラブルを恐れて、『ハイ、やめます』といって卒業式が終わってしまう、というようなことは、われわれの企業においては絶対にあり得ないのです。

われわれの基本理念をゆさぶる者に対しては、断乎として、命をかけても排除するということを諸君は忘れないでもらいたい。
とにかく、甘い世の中ではありません。
これから諸君が船出する人生は厳しいものであることを第一番に告げておきたいのです」

岩田自身、東芝争議の十字砲火をくぐりぬけてきているだけに、静かな一言一句ではあったがすごい迫力がこもっていた。
ここで岩田はパッと話題を転じた。

「わたしが四十年前に大学を出る時、総長の祝詞の中にこういうのがあった。
『諸君は実社会へでてからも、長年、学校でやった外国語に十分でいいから接してもらいたい。
それを続けてもらえば、やがて諸君の人生にどれだけ裨益(ひえき)することになるか、はかりしれないものがある』。

それをきいた時、私は<何だ。たいしたことではないじゃないか、朝の十分ぐらいはジャパン・タイムスを読むよ>と思ったのですが、とうとう実行できなかった。
結局、わたしは60をすぎて、やっとその習慣がもてるようになったのですが、このように平凡で誰にでもできそうなことは、実はなかなかやれない。

そこで、今、ここでお願いしたいのは『平凡に徹せよ』ということです。
当たり前のことを当たり前にやる。
そして、その積み重ねがホンモノとなった時、それは非凡に通ずるのです」


今回は以上です。

岩田弐夫社長の新入社員への訓示の前半部分と後半部分それぞれに当に人生観というものが滲み出ているように感じます。
この伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」は1978(昭和53)年に出版されていますので、ここに書かれている内容は40年ほど前のことですが時代は変わっても変わらぬものを教えられますね。