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2015年02月26日
福人吉士の人相
人相の話を基点として惜福の工夫から企業の麻疹にまで話が及びましたが本筋に戻して改めて人相について伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を前回に続いて紹介いたします。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

話が茶の木畑に入ったので本筋にもどそう。
中国人はある年齢、地位までいくと本能的にに人相見になる。
人相については、種々述べてきたが、究極的には何を見るかというと、この顔は福相であるか、凶相であるかを判断するのだ。

いくらすぐれた人間でも、運が悪いとか、根性の悪いのがいる。
こういうのは凶相である。

いかに地位、財産、名誉があっても、凶相と鑑定したら、表面上は慇懃鄭重(いんぎんていちょう)に接しても心の中では警戒して、深く入らない。
敬して遠ざけ、凶運にまき込まれるのを警戒するのだ。
一方、われわれのような一介の書生でも、これは福相だとみたら、その人間に積極的に近づいていって、先物を買う。

では、福人吉士の最たるものは、どんな人相かというと、曲眉(きょくび)、豊頬(ほうきょう)、大耳(たいじ)、鞭体(べんたい)、清声(せいせい)の五つが備わっている人物である。

「曲眉」とは、柳のようになだらかでまるい眉。「豊頬」は読んで字の如く豊かな頬。「大耳」は大きな耳。
「鞭体」は鞭のようにしなやかな体。「清声」は声が清らかで響きがあること。

ま、このうちの三つくらい揃っておれば福相の中へ分類していいだろう。


今回は以上です。

福相ということから五つが挙げられましたが如何でしょう、このうち三つは皆さんも当てはまりましたでしょうか。

私は「大耳」ぐらいで後は人よりも少し声が大きいだけで三つも揃いませんが、しかし、確かに、なだらかでまるい眉の人というのは実業家や政治家などによく見るタイプの人が多いですね。

もちろん曲眉、豊頬、大耳、鞭体、清声の五つが揃う、揃わないに限らず本人の心がけによって人相も変わってくるものであれぼこそ、それが五つの条件に反映されるものかも知れません、またそうありたいものいですね。

※因みに茶の木畑とは「迷いこむ」ということです。


2015年02月19日
企業の麻疹から学ぶもの
伊藤肇「喜怒哀楽の人間学」を紹介しています。

前回は人間の麻疹(はしか)と同じように企業にも必ず通らねばならない四つの関門という企業の麻疹(はしか)があり、その内の一つ「赤字」を取り上げましたが今回はその続きで後の三つを見ていくとともに学ぶことが出来ればと思います。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

麻疹(はしか)の第二は「脱税摘発」である。

やっと赤字が解消し、蓄積ができはじめると、今度は税務署に狙われ、特別調査や査察をやられ、さんざんしめあげられたあげく、体験を通じて、税務対策の「虎の巻」を会得し、日本ミネチュアベアリング会長の高橋高見のように「夜、ねる前に静坐し、今日一日でいかにしたら三十万円の節税ができるかを思案し、妙案が出ない限り、寝につかない」という強(したた)かな経営者に成長する。

麻疹の第三は「深刻な労働争議」である。

恋を失うことによって、はじめて恋の本質がわかり、戦に敗れて、やっと戦争の悲惨さがわかると同様に労働争議も労使ともども、生きるか、死ぬかのギリギリの場に追い込まれた時、争議の愚劣さが身にしみてわかる。

つまり、二、三日、ストをぶって賃金をあげて、やめた、というのでは労使ともに損が身にこたえない。
瀕死の重病をやってみないと生き返った喜びがわからないのと同じである。
そして、労使ともにヘトヘトになるまで争議をやった結果、きわめて簡単な一つのことがわかるのである。
それは、ストライキをやるくらいなら、いくら時間をかけても話し合いで解決したほうが得だ、という一事だ。

日産自動車、追浜工場の「相互信頼の碑」には「闘争の嵐が吹きすさぶ憎しみの泥沼には、幸せの青い鳥は飛んでこない」とあるが、深刻な労働争議の経験から滲み出した箴言だけに迫力がある。

麻疹の第四は「お家騒動」である。

「赤字」「脱税」「争議」と「患難ヲ共ニシテ」それらを克服したあと、最後にくるのが「お家騒動」である。
これは意外に企業が赤字で苦しんでいる時よりも、えてして、儲かっている時のほうが起こりやすい。
山崎製パンの内紛などはその典型的な例だが、何もかも安泰になってくると「与(とも)ニ安楽ヲ共ニスベカラズ」ということになってくるのである。


今回は以上です。

この「喜怒哀楽の人間学」が出版されたのが昭和53(1978)年当時のことなので今から35年以上も昔のことですが「税金」に「労使関係」そして「お家騒動」は何れも企業経営にとっては、昔とそんなに変わらないものかも知れません。

それだけに前回の「赤字」を加えて企業にとって、この四つを経験することで人で言うところの「腹の据わった」ものになるのでしょうね。
まさに「禍を転じて福と為す」という言葉は人間でも企業経営においても同じと言えるのではないでしょうか。



2015年02月12日
企業の麻疹(はしか)
今回は企業の麻疹(はしか)ということで、いつものように伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を紹介いたします。

企業に麻疹(はしか)があるのか、思われるのかも知れませんが麻疹(はしか)みたいなものということで読んでいただければと思います。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

范蠡(はんれい)が指摘したように、必ずしも「長頸鳥喙(ちょうけいうかい)」の男でなくとも、「与(とも)ニ患難ヲ共ニスベキモ、与(とも)ニ安楽ヲ共ニスベカラズ」の原則は一般にも通用する。

早い話が、人間が一度は麻疹(はしか)をやらねばならぬと同じように、企業にも必ず通らねばならぬ四つの関門がある。
いうなれば「企業の麻疹(はしか)みたいなもので、これを一通りやった企業は非常に強い体質となり、ちっとやそっとの雨や風ではびくともしない。

しかし、その中の一つでもやっていないと、何時の日か「麻疹(はしか)を経験しなければならぬということで要注意となる。
また、「麻疹(はしか)」は幼いうちにすませておけば軽くてすむが、年齢(とし)をとってからかかると、そう簡単にはいかない。企業においても同様である。

麻疹(はしか)の第一は「赤字」である。
初めから儲かって、儲かって、笑いがとまらぬ事業などというものがあるはずがない。
スタート時には赤字の累積で夜逃げでもしたくなるような辛い思いを何度も経験しなければならない。
そうでないと会社に筋金が通らないのだ。

財界不倒翁といわれる日本化薬会長の原安三郎が「百万円儲けたという経験は、将来、その人が十億円儲ける経験にはならないが、若いうちに一千万円損した経験は、むしろ、将来、十億円を得る貴重な経験となる」と喝破(かっぱ)しているのは、まさしく、その辺の呼吸である。


今回は以上です。

企業が通らねばならぬ四つの関門の内、今回は一つを紹介しましたが後の三つは次回ということにいたします。
それにしても原安三郎氏の言葉は含蓄に富んだものですね。

プロ野球の野村克也元監督が好んで引用した言葉ですが、元の出典は平戸藩第九代藩主にして剣の達人と言われた松浦清の「剣談」に出てくる言葉に通じるように思われます。

「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」

「百万円儲けたという経験は、将来、その人が十億円儲ける経験にはならないが、若いうちに一千万円損した経験は、むしろ、将来、十億円を得る貴重な経験となる」

松浦清の勝ちには、時に、まぐれというものもあるものですが、負けには必ず負ける理由があるというもので、原安三郎氏の言葉を重ねれば自ずと通ずるものがあるのではないでしょうか。



2015年02月05日
惜福(せきふく)の工夫(くふう)
伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を紹介していますが、前回は惜福(せきふく)ということについて具体的にことに触れませんでしたので分かり難いところもあったのではないでしょうか。
そういう意味も含めて今回は惜福(せきふく)の工夫(くふう)について「喜怒哀楽の人間学」より紹介いたします。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

阪急コンツェルンをつくって「今太閤」の名をほしいままにした小林一三が山陰地方を旅行している最中、偶然、古い友達にあい、懐かしさにひかれて、その宿をたずねた。
その古い友人というのは、大阪で巨万の富をつくり、事業もますます発展していたので、小林は内心、「二号でもつれて遊びにきたのだろう」と思った。

ところが、宿の女中の案内で通された部屋は、みすぼらしい六畳一間で、そこに友だちと奥さんがぽつねんと坐っていた。
きけば「すでに二週間以上も、ここに滞在している」という。

怪訝(けげん)に思った小林が「どうして、あなたほどの分限者が、こんな汚い部屋にいるのか」ときくと、意外な答えが返ってきた。

「自分たちは、どう考えてみても、あまりに恵まれすぎている。とにかく、無我夢中で働いているうちに運勢に恵まれて、このように何一つ不自由のない身分になったが、考えてみると、何だか恐ろしいみたいで、ひとつ厄払いをしようという気になり、毎年、ここへきて一ヵ月間、この汚い部屋で厄を払っているのだ」

小林は友人のこの一面突飛とも思える行動に頭を下げた。

「人間というものは、そういつまでもいいことばかり続くものではないから、こういうものの考え方が必要になってくるのだ」と小林一三はしめくくった。

オックスフォード大学のドクター・ジーンスは「この宇宙には平均の法則というものがあって、太陽も地球も、その法則に従って動いている」といいきっているが、元国鉄総裁の石田礼助はこれを次のように敷衍(ふえん)している。

「人間、金をかせぐだけかせいで、握ったら放さないでいると、必ず、神様がとりもどしにやってくる。
それも金だけならまだいいが、まかり間違うと、自分の女房や子供までもっていかれてしまう。
だから、神様が、この法則を実行される前に、自ら進んで『惜福(せきふく)の工夫(くふう)をすることが肝腎(かんじん)なのだ」


今回は以上です。

惜福(せきふく)の工夫(くふう)、石田礼助の言う「金をかせぐだけかせいで握ったら放さないでいると‥‥」と言う件は考えさせられるものがありますが、小林一三にあてはめてみると一代で阪急東宝グループを築いた実業家で電鉄事業をもとにした沿線開発で画期的な事業展開は有名で、あの宝塚歌劇も小林一三の経営センスから生まれました。

それだけに、リスクをとった積極果敢な事業投資をしているわけで、握ったら放さない単なる守銭奴とは全くタイプが違う先進的な企業家である彼をして頭を下げた惜福(せきふく)の工夫(くふう)とは奥の深いものですね。

石田礼助と言えばご存知の方もおられるでしょうが、当時なり手のなかった国鉄総裁を時の池田隼人首相が財界人起用にこだわり石田礼助氏が第五代国鉄総裁を引き受けました。
その就任後、国会初答弁で言った言葉が「粗にして野だが卑ではないつもり」というもので城山三郎が「粗にして野だが卑ではない―石田礼助の生涯」という伝記にしています。

初代国鉄総裁の要請を小林一三は断っていることからすれば、ここで二人の名前が出てくるのが興味深いものがありますね。