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2014年10月30日
「人を見る明」の第一 「人相」
伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」は今から36年ほど前の昭和53年(1978年)に書かれた本ですが、内容は今も含蓄深いものがあり現代のような不透明な時代にこそ人間についての洞察が求められる気がしています。
人間についての洞察ということで前回の続きで「喜怒哀楽の人間学」から紹介いたします。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

「人を見る明」の第一は何か、というと「人相」である。
第二次大戦の始まる直前、安岡正篤がドイツに遊び、むこうの学者たちと話し合った。
その中に医大の皮膚科の医者がいて、「うちの大学では日本や中国の人相学の研究がさかんで人相に関する文献を随分と集めた」というので、「何故か」ときいたら、驚くべき答えが返ってきた。

「人間の顔は全身の神経の末端、過敏点で埋まっている。この過敏点を結ぶと過敏線となるから、人相をみるということは、その人間の精神状態、健康状態を顕微鏡でのぞくようなものだ」
日本でも「お前の顔にちゃんと書いてある」とよくいうが、そういわれてみると、顔というものは、いくら繕っても、本当のことがすべて出ているわけで、ごまかしのきかぬものである。

全く、その通りで、人間には精神というものがある。
この精神を磨いて、ある心境に達すると、その精神の輝きが自ずと顔にあらわれる。
そうなると、醜男(ぶおとこ)が醜男でなくなる。
だから、精神の鍛練を怠っていない人間の顔というものは、何処か違っている。
五百人、千人の中にまじっていても、すぐにわかるものである。

有名な話がある。
アメリカ大統領のリンカーンに友人がある人物を推せんしたところが、いっこうにとりあげようとしない。
無視されたと思った友人が「あれほどの人材を何故、君のブレーンとしないのか」
となじるとリンカーンは「あの男の面(つら)が気に入らぬ」と答えた。

一層、頭へきた友人が「大統領ともあろうものが、面構えくらいで、人物をとやかくいうのか」
とつめよると、リンカーンは言下にいってのけた。
“Man over forty is responsible for his face “ <人間、四十すぎたら、その面に責任をもて>

四十をすぎたら、自分の顔は親の責任を離れて、自己のみの責任になる、というのである。
たしかに四十歳にもなれば、医者は医者らしい顔になり、学者は学者らしい、商人は商人らしい、というように職業に関係した顔が後天的に整ってくる。
また、次元の低いところでは暴力団は暴力団らしい、強盗は強盗らしい顔になってくる。
時々、新聞に悪事を働いた人間の写真が出るが、そういうのに気品のある面(つら)は一つもない。

そういえば、シェークスピアにも「神はお前に一つの顔を与え給うた。ところが、お前は自分で別の顔につくり直した」という味な台詞があった。

また、北宋の詩人、蘇東坡(そとうば)と並び称せられた文人で、日本では「東坡(とうば)、山谷(さんこく)、味噌(みそ)、醤油(しょうゆ)」と親しまれた黄山谷の一言がいい。

士大夫、三日、書ヲ読マザレバ、則チ、理義、胸中ニ交ラズ、便(すなわ)チ覚ユ、面貌(めんぼう)、憎ベク、語言、味ナキヲ。

人間、三日も聖賢の書を読まぬと、理義の理はものごとの法則。義は行動を決定する道徳的原理で、そういう人生の真理がインプットしないために人間的意味における哲理、哲学が血となり、肉となって体を循環しないからいきおい、面相も悪くなるし、コクのある言葉も吐けなくなる。


以上です。

人間四十歳過ぎたら自分の顔は親の責任を離れて自己の責任のみになる、というのは言われてみれば確かにその通り、人それぞれに「らしき顔」になるもので理義に基づく生き方や風雪が刻み込まれた風貌はまさに自己の責任のみにおいて、となるものかも知れません。

それにしても「顔に出ている」「顔に書いてある」という言葉があるように、その時々の心身の状態を映す鏡と言えるようで、人相と言うのは確かに「人を見る明」の一つでしょうね。


2014年10月23日
喜怒哀楽の人間学 人をみる明
昭和53年当時に書かれた伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を紹介しています。

前回は中国歴史の入門書である「十八史略」について伊藤肇が鮎川義介から安岡正篤という陽明学者を師とすべきでは、という件を紹介しましたが今回はその続きです。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

さいわい、安岡正篤師の快諾を得たので、志を同じくする好学の士を十四人ほど集めた。

岡野喜一郎<駿河銀行頭取>。小島直記<伝記作家>。松尾金蔵<日本鋼管会長>。岩田弐夫(かずお)<東芝社長>。鈴木二郎<古河電工顧問>。山内隆博<大和証券会長>。小川義男<住友軽金属社長>。大原栄一<富士重工会長>。平岩外四<東京電力社長>。岩沢政二<住友銀行副頭取>。武田豊<新日鉄副社長>。池田芳蔵<三井物産社長>。勝本信之介<日本合成ゴム社長>。藤江英輔<新潮社取締役>。林繁之<全国師友協会常務理事>。

このメンバーで月一回、新橋は「松山」で講義を受け、およそ一年半で『十八史略』をあげたが、その後、ひきつづいて、『世説新語(せせつしんご)』『易経(えききょう)』『言志四録(げんししろく)』と進み、今は『酔古堂剣掃(すいこどうけんすい)』を読んでいる。

それはともかく、『十八史略』を読みあげてわかったことは「中国五千年の歴史は動乱と革命の連続である」という事実だった。

五十年、百年にわたる「天下の大乱」などは中国史の中では珍しいことではない。
「比類なき大平時代」と謳歌された清朝初期の康熙乾隆朝(こうきけんりゅうちょう)でさえ、せいぜい七十年の小康状態にすぎないから、その中で育ってきた漢民族というものは、内乱とか、革命に対しては、きわめて抗毒素の強い民族に成長してきているのである。

中国人といえども、どの民族もがそうであるように、一応、地位とか、財産とか、名誉とかを求めもするし、それを得ようと努力もする。
だが、それらが、いかに空しいものであるかを歴史の体験で知っているのだ。
というのは、ひとたび、革命が起れば、まっさきにやっつけられるのは、地位が高く、財産をもち、名誉ある人間だからである。

このため、何事に対しても懐疑的であり、漢民族特有の虚無感をもっている。
しかし、人間である以上、何かを信じなければ生きてゆく意味がない。
いったい、何を信ずればいいのか。

それは人間が人間を信ずるということである。
それ以外に手はない。
ところが、悪い人間、つまらぬ人間を信じて、これと行動をともにすると、こちらの運命までおかしくなってくるし、逆に、善(よ)き人間、立派な人間と裸の交わりを続けていけば、自分の人生も自ら開けてくる。

そこで、「人を見る明」が乱世を生きぬく叡知(えいち)として発達してきたのである。


以上です。

好学の士として名前が挙げられているのは当時の錚々たる実業人の中で小島直記氏が作家として唯一人参加していますが伊藤肇とは友人であるとともに人物論を闘わす仲でもあっただけに興味深いものを感じます。
また、この本を読むまでは私は「人を見る明」を「人を見る目」と思っていましたが目でなく明だったのですね。

人間が人間を信ずる上で「人を見る明」というものが大事になって来ると言うことは何となく分かる気がしますが、では人を見る明とは何なのかについては次回といたします。



2014年10月16日
喜怒哀楽の人間学  陽明学者、安岡正篤
今回から漸く伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を更新していくことにしました。

「喜怒哀楽の人間学」は去年の5月30日から週1回のペースで紹介し始めたところでしたがファンブログが不安定になったために去年の8月以降は更新を中断していました。
最初から紹介するよりも、まだ第一章の段階ですので前回と言っても去年の8月の記事ですが、その続きを紹介していくことにいたします。

伊藤肇は経済誌「財界」の記者で後に陽明学者である安岡正篤氏に師事するキッカケになったのは政財界の両棲動物で怪物と言われた鮎川義介に中国の歴史書「十八史略」という本を薦められ「善はいそげ」とばかりにその足で神田の古本屋へとんでいった。

というところでしたので、この続きから紹介していくことにいたします。

以下、伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」より

実にいろいろな人が『十八史略』について書いている。
その中で、自分にもわかりやすそうな一冊を買って帰り、取り組んでみたが、とんと歯がたたない。
仕方がないので、も一度、鮎川を訪ねて、かくかくしかじかだというと、鮎川は笑いながらいった。

「独学ということは、たしかに貴いことだし、偉いことだ。
だが、何処かに手前勝手な解釈や無理や未熟な点がのこるもので、ホンモノではない。
やはり正師について、本格的に学ぶべきだ」

「正師といわれたが、一体、誰を師とすればいいのか」ときくと、しばらく考えていたが、「それは安岡正篤をおいて右に出る師はないじゃろう」と断定した。

安岡正篤は日本一の陽明学者である。

戦時中、読売新聞が「現内閣は一青年学徒、安岡正篤によって動かされている。その安岡は金鶏学院(きんけいがくいん)において、有名無名の人々に黙々、陽明学を講じている」と報じている。
ただ、いわゆる漢学者と違うところは、英語とドイツは原典で読みこなし、東洋学と同じくらい西欧近代文明にも通じていることである。

もっとも、これは明治の人間の共通したバックボーンでもある。
明治の文学者、思想家は例外なく四書五経<大学・中庸・論語・孟子を四書といい、易経・詩経・書経・春秋・礼記を五経という>によって鍛えられ、儒教のストイシズムによって精神のデッサンをしている。

だから文章ひとつをとってみても、近ごろのヘナチョコ作家やヒョロロンカ<評論家>のように、いかにも、もってまわったいいかたばかりするくせに内容の空疎な、軟弱でふやけたのとは違って、簡明直截、力強い鋼鉄(はがね)の如き文章である。
と同時に、多少の語学がやれるからといって、それを鼻にかけて得々としている翻訳的外国文学者よりも、はるかに徹底して外国を究めているのだ。

卑近な例では、明治における東洋美術の発見者であった岡倉天心は『東洋の理想』『茶の木』を英文で書いたし、文豪、森鴎外はドイツ語の達人だった。

儒教のストイシズムによって養われた明治の精神能力は、和漢洋、三つの学問を究めていささかの懈怠(けたい)も示していないのだ。

その明治の青春を、涼やかな風韻のある声で安岡正篤が語るとき、酔語は巧まずして詞華(しか)を織なし、微妙な陶酔のなかに聞く一言一句は相対する者の胸に深く刻印される。

「しかも、吉田茂以下、歴代総理の指南番<三木武夫、田中角栄を除く>で、現実政治の内幕、厳しさにもよく通じている上に財界にも多くの弟子がいるから、経済界の事情にも極めて明るい。
ということは『十八史略』の講義をききながら、現実の生々しい問題をも勉強できることになるのじゃ。
バイロンもいっている。『将来に関する預言者の最善なるものは過去である』とな」

との鮎川のサゼッションだった。


以上です。

今回は前回(去年)の記事に触れながら続きを紹介しましたので長くなりましたが鮎川義介の薦めもあって陽明学者の安岡正篤氏を師として十八史略を学ぶ経緯を「喜怒哀楽の人間学」より引用いたしました。

安岡正篤という人については、この後の記事の中でも触れていくことにしていますが終戦の詔書草案に加筆して原稿を完成させたとされているのと元号、平成の発案者であると言われていて政財界に大きな影響力を持っていたことは戦後歴代総理の指南番と言われたことからもうかがえます。



2014年10月09日
外来語 「ん」?と思うこと
言葉などを調べていくと結構面白いことがあるようで今回は外来語について調べてみました。

外来語と言っても相当古くから日本に伝わったものは既に日本語化してしまっているのではないでしょうか、
例えば「タバコ」に「天ぷら」はポルトガル語ですが、もうほとんど日本語として使われていますね。

因みによく使われる日本語化したポルトガル語には他に「パン」や「コップ」「ボタン」に「カボチャ」があり、「カステラ」は語源がポルトガル語ということはよく知られているように思います。

16世紀に日本に入って来たポルトガル語とその後の江戸時代のオランダ語(ガラス・硝子)など古くから定着しているものは渡来語ということで幕末から明治期の外来語とは区別することもあるとのことですが今回、私が?に感じたのは新聞などで目にすることがよくありますが「アメリカ合衆国」のことを「米国」という表記をされていますが、なぜでしょう。

テレビなどのニュースでは「アメリカ政府は‥‥」という言い方をするのに新聞では「米国は‥‥」という表記されアメリカという表現はされないようです、米を主食にしているわけでもなく米作が盛んな国でもないのに米国とは、これ如何に!

英国の場合も同じでイギリスや英国と言うのは通称で「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」というのが正式な名称ですがイギリスというのはポルトガル語やオランダ語が訛ったもののようでイギリスを漢字の当て字で「英吉利」と書いたところから英国という表現になったようです。

それでは米国はどうなのか、これも漢字の当て字から来ているようで「アメリカン」という発音がイントネーションの加減もあるのでしょうが「メリケン」と幕末当時の日本人には聞こえたようで「米利堅」という漢字が当てられたようですが一般的な漢字表記は「亜米利加」のようです。
私はメリケンの「米利堅」で「米国」という方に納得ですね。

日本ではアメリカ合衆国のことを「米国」と書きますが中国や台湾では「美国」と表記します、これも漢字の当て字によるものです。



2014年10月02日
国語調査 慣用句
前回の続きで文化庁が9月24日公表した2013年度の「国語に関する世論調査」で慣用句の調査結果が9月25日の日経新聞に掲載さていましたので紹介いたします。

以下、9月25日の日経新聞より

慣用句の意味と回答率

他山の石
〇 他人の誤った言行も自分の行いの参考となる(31%)
Χ  他人の良い言行は自分の行いの手本となる(23%)

世間ずれ
〇 世間を渡ってずる賢くなっている(36%)
Χ  世の中の考えから外れている(55%)

煮詰まる
〇 (議論や意見が十分に出尽くして)結論が出る状態になること(52%)
Χ  (議論が行き詰まってしまって)結論が出せない状態になること(40%)

天地無用
〇 上下を逆にしてはいけない(56%)
Χ  上下を気にしないでよい(29%)

やぶさかでない
〇 喜んでする(34%)
Χ  仕方なくする(44%)

まんじりともせず
〇 眠らない(29%)
Χ  じっと動かない(52%)

(注)〇は辞書などで本来の意味とされるもの


以上です。

この回答率をみると、「世間ずれ」や「まんじりともせず」で本来の使い方とは違って理解されていることが多いようですが、この中では「他山の石」「やぶさかでない」という言い方は普通はあまり使うことがなく特に否定語である「やぶさかでない」は漢字で書けば「吝かで無い」となり、「ためらうさま、物惜しみをするさま」を表す言葉で、打ち消しを伴うことで、肯定的な意味になりますが「ケチ」という言葉は普段は結構使いますが漢字では吝嗇または吝と書くのですね。

漢字は奥が深いと言うか難しいものですね。