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2014年02月25日
気合を入れられた後の怪物相場師
日本相場師列伝から伊藤肇による「近藤信男―伝説の怪物相場師の痛烈な人生」を紹介しています。

前回は慶応大学に入って花札と娘義太夫にうつつをぬかし〜論語よみよみ吉原通い いわくは格子の中にある〜というような遊学ぶりまででしたが、今回は株で大損をした顛末についてです。

以下、 以下、日本相場師列伝(伊藤肇「伝説の怪物相場師の痛烈な人生」)より

このころから、酒は一滴もやらなかったが、株のほうは、「経済学の実地勉強だ」と、アチコチ手をだした。

今の慶応はどうかしらないが、大正から昭和の初期ごろまでは、そんな気風が強かった。
「電力の鬼」といわれた松永安左エ門などは、下宿に黒熊の河を敷き、りゅうとした大島紬(つむぎ)に仙台平の袴をはいて、あぐらをかき、毎日、新聞や気配状(相場表)をみていた。

気配状は兜町の株式仲買店、山縣安兵衛の「入山一」から、小僧が届けた。
熊の皮こそ敷かなかったが、近藤も同じようなことをやっていたのだろう。

あるとき、株の暴落で大穴をあけてしまった。
東京では、どうにも工面がつかなくなり、名古屋へ帰って、親爺に頼もうと思ったが、顔をみると、なかなか、いいだせない。
あまりにも金額が大きすぎたからだ。<ええい、こんなときは、布団でもひっかぶって寝てしまえ!>
と、まっ昼間から床へもぐり込んでしまった。

ところが、一部始終を、じっと見つめていたおふくろのとみが、近藤の部屋へはいってくると、いきなり、布団をひっぱがし、襟がみをつかんで、ひきずり起こすと、いつになく厳しい顔をしていった。

「信男、よくお聞き。お前はそんなことで気がすむのかえ、逆境になりゃなるほど強くなるのが相場師というものじゃ。
谷深ければ山高しともいうじゃないの。サア、これで、もう一度、勝負を張っといで!」

やにわに髪にさしていた金の簪(かんざし)をひきぬいて、畳にたたきつけた。

「いや、あのときくらいびっくりしたことはない。迫力があったなあ。日ごろは親爺のいうことをハイハイと素直にきいているだけのおふくろから、まさか、あんな気合を入れられるとは夢にも思わなかった。
しかし、このとき、相場師とはどういうものか、ということをしっかり教え込まれた。

それと、もう一つは100万円儲けたという経験は、その人の10億円儲ける経験とはならないが、1000万円損した経験は、むしろ、10億円を儲ける経験になるということが、今にしていえる。
あのとき、大損をしたことが、今日の近藤紡を築いた原因といえるな」

後年、近藤がしみじみと述懐した。


今回は以上です。

おふくろさんが、金の簪(かんざし)をひきぬいて畳みにたたきつける様が伊藤肇の筆によって読んでいるコチラまでが気合を入れられるような気分にさせられます、またこれを受けた近藤が述懐している言葉には考えさせられます。

「100万円儲けたという経験は、その人の10億円儲ける経験とはならないが、1000万円損した経験は、むしろ、10億円を儲ける経験になる」

儲けた経験よりも損した経験から学ぶことで、より大きなものを得ることが出来るということかも知れませんが修羅場に身を置いてこそ得られる境地でもあるのでしょうね。



2014年02月18日
怪物相場師 近藤信男 言行録
日本相場師列伝から伊藤肇による伝説の怪物相場師の痛烈な人生を紹介していますが、近藤信男という相場師をご存じの方も今はあまりおられないかも知れませんが、その生きざまから得るものもあるように思います。
こういうことで前回に続き日本相場師列伝から伊藤肇による伝説の怪物相場師についての記事を紹介いたします。

以下、日本相場師列伝(伊藤肇「伝説の怪物相場師の痛烈な人生」)より

もっとも、馬鹿では怪物になれないし、といって悧巧すぎてもいけない。
複雑怪奇で割り切ることができないばかりでなく、分母も分子も大きくなければならない。
さらに怪物相場師としての原理原則と哲学とが必要である。

言行録から、その片鱗を探ってみよう。

いわく「俺にとって株は女道楽みたいなものだ。だましたり、だまされたり、成功したり、失敗したりする。
しかし、それが楽しいのだ。小唄の文句にもあるだろう。
〜だまされているのが遊び なかなかに だますお前の手のうまさ 水鶏(くいな)きく夜の酒の味ってな。
だが、綿糸は俺の本業であり、脊骨だ。一人一業、絶対に浮気もしないし、失敗もやらかさない」
<日本を代表する東洋紡が合繊紡機を含めて九十二万錘に対し、近藤紡は綿紡一本で七十万錘>

いわく「相場は形をかえた戦争だ。戦争に下手な同情は禁物。非情な計算に徹した上で大胆に、その計画を実行するほかには勝利への道はない」
<勝負師にとって、いささかとも非情がゆるむことは勝負師自身の堕落である。獅子は兎を捕るのでさえ、全力投球をするが、どんなに小さな相手でも、ひとたび、勝負を挑まれたら、精魂を傾けて勝負を争うのが相手に対する礼儀というものだ>

いわく「他人の中傷に対して、どこまで弁解せずにおられるか。これを試してみるのも人間修業の一方法だ」
<相場師は結果がすべてだ。負けたときにいかにうまく弁解しても、誰も尊敬はしないだろう。いや、かえって軽蔑されるのがオチである>

この痛烈な男の生きざま、相場師魂は、いかにして鍛えられたか。

名古屋は旧制東海中学を卒業すると慶応大学にはいった。文字通りの「遊学」で、花札と娘義太夫にうつつをぬかした。
〜論語よみよみ 吉原通い いわくは格子の中にある

時には吉原からウマをつけて帰ったこともあるし、下宿で札をひいている最中、いきなり巡査に踏み込まれて、鳥居坂の警察へご厄介になったこともある。

そんな最中に、親爺の繁八が上京するといってきた。
あわてた近藤は友人の家をとびまわって、本を借り集めたり、机を運び込んだりして、辛うじて、その場をとりつくろった。
ほとんど、質屋へ入れてしまっていたからだ。

しかし、親馬鹿ほどありがたいものはない。
繁八は知ってか、知らずか、こづかいを置いて帰っていった。


日本相場師列伝(伊藤肇「伝説の怪物相場師の痛烈な人生」)から今回は以上です。

〜だまされているのが遊び なかなかに だますお前の手のうまさ 水鶏(くいな)きく夜の酒の味

粋な小唄の文句に怪物相場師の相場哲学が凝縮されているのは面白いですね、道楽と捉えているところに奥の深さを感じますが道楽の勉強も相場の肥やしになっていたのかも知れませんね。


2014年02月11日
そこに相場があるから
前回2月4日から日本相場師列伝から伊藤肇による伝説の怪物相場師についての記事を紹介しています。
今回は山男に例えて、そこに相場があるからというところを紹介いたします。

以下、日本相場師列伝(伊藤肇「伝説の怪物相場師の痛烈な人生」)より

中部電力社長の加藤乙三郎などは、「毎期、大株主として、河文へきてもらって挨拶するけど、会うのは、このときだけで、仕事の話などしたことないな。
ああいう大株主は、ホントにありがたいよ」といっていたが、近藤は資産株として中電を買っていただけのことで、ほかのことには興味がなかっただけのことである。

〈俺は相場師だ、相場に生き、相場に死ぬ。相場以外のことに手をだすのは、すべて邪道だ!〉という頑なまでの自覚がそうさせたのだろうか。
それとも、地位とか、名誉とか、あるいは金も含めて、そのはかなさをしっていたのだろうか。

あるとき、ふと、こんなことを洩らした。
「金とか、地位とか、名誉などというものは、死とともになくなってしまう。いや病気でもしたら、死なぬうちから、もう、なくなりかけている。そんなものに執着したって意味はないよ」。

素直にきき流せばよかったのに、性来の天邪鬼(あまのじゃく)が頭をもたげた。
「相場で金を儲けるのは、金に対する執着とは違うのかね」。

近藤はギョロリと眼をむいて長広舌をふるった。

「そこに山があるから登るんだ。そこに相場があるから張るんだ。
山男たちは、山の霊気にあこがれ、押さえきれない衝動にかられて登山靴をはく。
彼らの喜びは頂上をきわめたときだけだろうか。そうじゃないだろう。
谷川をわたり、断崖をよじのぼり、雪渓をゆく。そこに登山の醍醐味がある。

また映画は、ハッピー・エンドになろうがなるまいが、観客は、そのプロセスが面白くて映画を観るんだ。
ラスト・シーンだけが映画なら二時間もつぶして観る必要はない。
終了時間の間際にいって観ればよいのだ。

相場でも同じさ。勝つということは結果であって目的じゃないんだ。
苦心惨憺して、相場を張り、それが思惑通りいったときの戦慄するような楽しさだな。
こいつだけは相場をやったものでないとわからんだろうよ。

昔、豊橋に乞食のくせに銀行の大口預金者がいた。
ある人が『金ばかり貯めてもしょうがないじゃないか。少しは贅沢したらどうか』とひやかすと、乞食は大真面目で答えた。

『わしが門前に立って、アーンとお経をよんで、一銭、二銭ともらう刹那の愉快さは、何ともいわれぬいい気持だ。
もらった金は楽しんだ後のカスだから、どうなろうと、意に介する必要はない。
だから、銀行へ放り込んでおくんだ』。
これは一切無障礙(いっさいむしょうげ)ともいうべき相当な境地だが、俺も、ま、それに近いな」。

したがって、マスコミには興味もなかったし、ジャーナリストに会う必要を全然、認めなかったのだ。
マスコミにのらなければ、正体はわからない。わからないから、そこに伝説や神話が発生する。
怪物よばわりされる最も大きな理由であろう。


日本相場師列伝(伊藤肇「伝説の怪物相場師の痛烈な人生」)からは以上です。

そこに山があるから登るんだに例えて、「そこに相場があるから張るんだ」という、醍醐味を味わえるようになりたいものですが一切無障礙の境地は誰でも出来るものではないですね。
それにしても、戦慄するような楽しさや一銭、二銭ともらう刹那の愉快さ、とはうまく言ったもので人の行動価値観というようなものを考えさせられます。





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2014年02月04日
怪物相場師
相場師と呼ばれるような人は現代ではもういないでしょうね、しかし相場というものに賭ける生き方から、何が彼をしてそうさせるのか、を知ることによって得るものもあるのではないでしょうか。

「喜怒哀楽の人間学」の著者である伊藤肇が怪物相場師について日本相場師列伝より紹介いたします。
尚、日本相場師列伝は昭和49年11月〜51年3月までオール投資に連載されたものですので今から約40年ほど前に書かれたものです。

以下、日本相場師列伝より

とかく秀才などというやつは、傷がないというだけで、平板で少しも面白くない。
それに比べて、落第坊主の言行録は、時に顰蹙(ひんしゅく)を買いながらも、ずっと拍手喝采される。
いうなれば、「いたずら小僧の日記」なら売れるが、「よい子の日記」などは、文部省が推薦するだけでのことだ。
近藤信男の人物論は、さしずめ、この落第坊主的魅力であろう。

人よんで「怪物相場師」という。
本人も「幽霊と相場は人に知られたら妙味がない」と口ぐせのように嘯(うそぶ)いたが、その相場を演出する近藤信男自信も決して正体をみせなかった。
おまけに徹底したマス・コミ嫌いだった。

たいていの人間はアランの箴言(しんげん)ではないが、「青年ハ恋愛ヲ欲シガリ、壮年ハ地位ヲ欲シガリ、老年ハ貪欲(どんよく)ニナッテ、地位モ名誉モスベテ欲シガル」。

ただ、アランの定義と少し違うのは、金も地位も名誉も、何ひとつ持っていない老人はわりかし、あっさりとあきらめてしまって、何も欲しがらないけれども、金、地位、名誉のうち、一つでも持っている年寄りは、不思議とあとの二つを欲しがる。

名誉会長だの、最高顧問だの、と愚にもつかぬ肩書きを喜んだり、「おとなのワッペン」といわれる勲章をもらうのに血道をあげるのも全くアランのいう通りである。

ところが、近藤信男だけは唯一の例外だった。
庶民の懐勘定とは違って、使ったら、すぐなくなってしまうような金ではなく、使っても使いきれない、いや、使えば使うほど、逆に殖えていくのではないか、と思われるくらいの巨富を擁していたにもかかわらず、地位とか、名誉とかいうものに、いっこうに食欲を示さなかった。


今回は以上です。

正体を見せない怪物相場師とは、この後が気になりますが伊藤肇の書き出しが面白いですね。
金も地位も名誉も何ひとつ持っていない老人はわりかし、あっさりとあきらめると言うことですが私は何ひとつ持っていないだけに全て欲しいと思うのは欲張りなんでしょうね。