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2017年04月02日
「喜怒哀楽の人間学」私の読後感
伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を、このブログで紹介することにしたことで私も最初から読み返してみました。

この本を買ったのは随分昔のことで私自身は、この「喜怒哀楽の人間学」を何回も読んでいますが読む度に本を読むというのは、こういうことだなと感じさせられるところがあります。

昔、本屋で「喜怒哀楽」という言葉に何か吸い寄せられるように手に取って冒頭の部分を読んだだけで、気づいた時にはレジで本代を払っていました。

伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」は今まで何度も読んでいますが何度読んでも、この部分は私の琴線に触れるものがあります、それは次の部分です。

文章は活字になると同時に筆者の手を離れて、読む側の人生経験や教養の度合、流した涙の量などによって、深くもなったり、浅くもなったりする。
しかしながら、筆者にとっては<ここをこう読んでもらいたい>という個所が三つや四つは必ずある。
そこのところを的確に汲みとってもらえた時は「人生、一知己を得れば、以て恨無かるべし」というような心境になるし、全く無視された時には索漠たる気持になる。



この部分は何か凄みのようなものを感じますが、切れ味の鋭さではなく生身の人間の持つ迫力のようなものが人を感動させるのではないでしょうか。
皆さんは、この部分をどのように感じられたでしょう。


これを以て伊藤肇の「喜怒哀楽の人間学」を完といたします。
ありがとうございました。


さて、この後は何を書くかは何も決めていませんので暫く考えてみてからですね。

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