<< 2018年11月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
ホームページ作成サービス「グーペ」 

<a href=
リンク集
カテゴリアーカイブ
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
ゼットキ
新年あけましておめでとうございます (01/09)
ゼットキ
昼飯の値段 (01/09)
yume
昼飯の値段 (01/09)
yume
新年あけましておめでとうございます (01/09)
ゼットキ
更新を再開することにしました (12/10)
プロフィール

ゼットキ
特になし
http://fanblogs.jp/nnnanikore/index1_0.rdf
2018年11月10日
甚伍左の娘 お妙
仙太郎と長五は百姓一揆が橋を落とされたのを見て、この後どうするのでしょうか、今回はこの辺を見ていくことにいたします。

仙太 (思わず大声で叫ぶ)おーい、いけねえ。橋が落ちているんだ。押しちゃいけねえ!
長五 すぐ鼻の先で怒鳴っても聞こえねえのが此処から聞こえるもんけえ! (いわれて気づき仙太黙る。呆然として眺めている。……間。奥の騒ぎ声。水音。……間)
長五 ……兄き、見ろ。兄きは先刻、これが百姓だ! といった。ところが、あれも百姓だ! 馬鹿な! 阿呆でフヌケで、先に立っている自分達の仲間が川へドンドン落ちているのもご存じねえで、ただ押しゃいいと思っている。
手も無く豚だ! あれが百姓さ! フン、俺も百姓になるんだなんぞと無駄な力こぶを入れるのは止しな。
仙太 うぬっ! (いいざま刀に手をかけ腰をひねる)

長五 (飛びのき)オット、またけえ? アハハハ、のぼせるなよ、兄き。じゃ、あばよ。俺あこの辺で消えた方がよさそうだ。達者でいねえ。
そうと気がついたら当分俺は筑波の賭場だ、待っているからやって来ねえ。(ドンドン左手へ行ってしまう)
(仙太それをボンヤリ見送っていた末、近づいて来る騒ぎの音に、再び橋の方向を振返って見て、やにわに町の方へ駆け出して行きかける。
その鼻先へ殆どブツカリそうに町の方から四五人の手先に追われて悲鳴を上げて逃げて来る前出の女房達と子供等、前にいなかった女や子供も四、五人いる。お妙は頬被りをむしり取られ髪を乱しながら子供達をかばいつつ)
手先 待たんかっ!
仙太 お! 先刻の衆だな、よし! (と女子供をかばって手先等に向って大手をひろげる)何をしやがる! 女子供、足弱に対して変な真似をすりゃ、俺が相手だっ!

手先一 狼藉者お召取りだっ! 退けっ!
手先二 (これは先刻此処から逃げて行った手先である)いけない、こりゃ先程の乱暴者だ。強いぞ!
仙太 橋を切落して罪とがもねえ民百姓を川へ追落して置きながら、人の事を狼藉呼ばわりをして、よくまあ口がタテに裂けねえことだ! 手を引かねえかっ! (ワッと叫んで手先達の手元へ飛込んで行きそうにする。手先等ギョッとして一、二歩退る)……だが俺だとて無駄な殺生したくはねえ。
手を引きな。たってとあれば相手になる。これを見てからにしろ! (いいざま刀をスッと抜いて、ムッ! と叫んで、傍に立っている茶店の表の角柱の荒削り三寸角ばかりの奴をズバッと切る。グラグラグラと茶店の屋根が傾く。たまらなくなってワーッといって元来た方へ逃げ去って行く手先等)チェッ!(お妙等に)さ、早く逃げなせえ。

お妙 どなた様だか存じませんが、危いところをお助けくだすって!
仙太 そのお礼にゃ及ばねえ。こうなれば一揆もまず望みはねえ、此処まで出て来たあんた方も口惜しかろうが、はたで見ていた俺も口惜しい。が仕方がねえ、村へ帰ってまた時節を待つのだ。
お妙 はい、ありがとうござります。私どもは植木村の者でございますが、このご恩は死んでも忘れることじゃございません。

仙太 それは先程も聞きましたが、植木村というのは、私にも縁のねえところじゃねえので尚のことだ。お話では村でも食うに困るとのことだが、これから帰ってどうしなさるんだ?
お妙 はい、……(自分のすそにすがりついている子供等を見廻して途方にくれる)これだけの子達は、親兄弟が死んだり欠所けっしょになったり所払いの仕置きを受けたりしたために、私の家へ自然に引取って養っていて、いまでは私一人を頼りに生きて来た者ですけんど、私のうちにも食べる物としてはなし、どうしようかと存じます……。

仙太 そいつは飛んだ話だが、待ちなせえ……(懐中を探って、汚ない胴巻を出しかけて、暫くジット考えていたあげく)ええい、うん。さ、こりゃ少ねえが取って置いて、皆の食ブチにして、暫くのつなぎでもつけてくんなせえ。(お妙に渡す。お妙は面喰ってモジモジしている)たんとはねえ、二十両ばかりだ。さ!

お妙 いえ、そんな大金を見ず知らずの……
仙太 何をいうのだ早くなせえ、また奴等が追って来ると面倒だ。さあ、名をいわなきゃ受取らねえとあれば、私は仙太郎というナラズもんだ。そしてもし植木の辺に仙右衛門という五十ぐらいになる百姓のなれの果てが迷い込んでひもじがっていたら、握飯の一つも食わしてやって下さりゃ満足だ。
そいつが私の兄でね、実は兄きを助けてやりたいばっかりに……いや、これは此方の話だ。お前さん方を見ていたら、兄き一人を助けるのなんのとヤッキとなっていた自分の了見が馬鹿らしくなった。さ、グズグズせずに、早く行ったり!

お妙 ……はい、それでは、仙太郎様とやら、これは黙って頂戴いたします。この子達が大きくなったら、あなた様のことを忘れないでございましょう。ありがとう存じます。そして私の名前はお妙と申しまして、植木村の……。
仙太 おっと、それは聞かねえでも沢山だ。また通りかかったら寄りましょう。早くしなせえ。
お妙 ありがとう存じます。では(子供等も女房等も仙太に礼をして、中には手を合わせて拝んだりする女房もいて、ゾロゾロと花道の方へ行きかける)
仙太 おお、チョイと。聞くのを忘れていたっけが、植木にはたしか甚伍左様という親方がおいでだが、お達者ですかい? ご存じありませんかね?
お妙 え! それでは私の父親のことをご存じでござりますか? いいえ、私はその甚伍左の一人娘の妙と申します。

仙太 何だと、お前さんが! そ、そ、そうか。甚伍左様の娘さんでお妙さんだと。ウーム。

お妙 父が無事で村にいてくれたら、こんな苦労はいたしませぬ。
仙太 えっ! それじゃ、親方はどうにか?
お妙 父はふだんから村の小前の者達の暮しの苦しいのを何とかしなければならないとかで、大方内を外にして、あっちこっちと出歩いていましたが、丁度二年前、いつもの通り父は留守、私一人が留守居していますところへ、江戸の何とか奉行様支配与力とかの衆が出向かれまして、父が何でも水戸様の御浪人方と通じてムホンを起しそうにしているところをお召捕りになったとか、八州様から追込みにあっているとか、……それで少しばかりありました田地田畑すっかり、家屋敷だけを残して御欠所になったといい渡されました。それ以来、父は生きたか死んだか未だに行方知れず、私一人で家財道具を売食いして今日までこの子達を相手にして……(こらえ切れず泣く。女房達と子供等の中にも泣きはじめた者がいる)
仙太 ウーム、そうですかい……。
(間)

仙太 (バリバリと歯を食いしばって)よし! じゃ、とにかく早く植木に帰って待っていてくだせえ。そうとわかればご遠慮はいらねえ。
真壁の仙太郎、ご覧の通りヤクザだが、甚伍左様のためにゃ忘れ切れねえご恩になったことがあります。
それもあり、これもある! 自分一人が百姓になっていい気になるなんどのケチな了見はフッツリとやめた。

じゃ、お嬢さん大急ぎで村へ帰って、そして落ついて三日と経たず俺が行くのを待っていてくだせえ。さ、早く!
お妙 それでは、仙太郎様、これで……。
仙太 じゃまた、へい(と近くの男の子の頭をなでて)おいみんな、大きくなって、立派な百姓になれよ。あばよ。(お妙等一同、ゾロゾロ花道へ。途中で何度も振返り、小腰をかがめて礼しながら揚幕の中へ消える)
(花道の袖にジッと立って見送り、考え込む仙太)

甚伍左の娘、お妙と出会って、自分一人が百姓になっていい気になるなんどのケチな了見はフッツリとやめた仙太郎はこれからどうしようと言うのでしょうか次回をお持ちください。


2018年11月03日
橋を落として一揆の連中を川へ落とす
百姓の娘の覚悟を聞いた仙太郎はうれし涙を流します。
この後、仙太郎はどうするのでしょう、今回はこの辺りを見ていきます。

長五 なあんだ、ビックリさせちゃいけねえ。だとて何も後姿を拝むことあ、ありはしねえ。
仙太 女子供でもあの通りだ。百姓だとていつまでも下ばかり向いてはいねえ。
長五 実は今の娘に一目惚れというのだろう。悪くねえ、うん。アハハハ。
仙太 まだいうか!

長五 ウヌがシッポに火がつけば、犬にしたって狂い廻って駆け出さあ。何も感ずっちまうことあねえ。
オット、いいや、百姓衆の事を犬だといったんじゃねえ、物のたとえがさ。
仙太 ならば下らねえアゴタを叩いていねえで、筑波へなりと鹿島へなりと早く消えてなくなれ。(と自分は草鞋を締直し、刀の下緒をはずし、たすきにしかける)

長五 それで、兄きは、また……?
仙太 知れた事だ。蔭ながら一揆の後立をしてやるのだ。(と茶店の内外を出入りして棒切れでもないかと捜す)
長五 そいつは面白え! (とこれも捜しまわる)
(その間に花道より急ぎ足に出てくる佐貫の半助及び子分三人。半助は十手を腰に差し、四人とも結束した出入り仕度で向う鉢巻。……七三)
子分一 親方、昨日植木を出た別手の奴等が利根を渡らねえでこの道をとって宿に入ったというが。
子分二 これまであわねえというのは変な話だ。
子分三 それじゃ向うで道を変えたかな。
半助 じゃあるめえよ、俺達の方が先手せんてになったのだ。どうせこの宿に入って来るのだ。まあいいや。
子分一 早く出っくわしてえものだ。

半助 それがいけねえ。今日の出場でばはただの出入りじゃねえ。元来なれば利根を渡って縄張り違えなこの辺の百姓一揆なんどに引張出されるのは少し筋の違った話だが、水戸の天狗があばれ出すのなんのと噂のあるご時世だ、八州様お声がかりとあって、代官お手代役浜野様のいいつけで弥造の方から話がありゃ、まさかに懐手して佐貫の方から眺めてもおれねえ。

これも渡世のわずらいだ。その辺に網を張っていて一揆の奴等がやって来たら、たかが百姓、チョイチョイと叩きなぐつて足腰を折っぺしょってもと来た方へポイ返してやるまでよ。その積りでいろ。

半助 それがいけねえ。今日の出場でばはただの出入りじゃねえ。元来なれば利根を渡って縄張り違えなこの辺の百姓一揆なんどに引張出されるのは少し筋の違った話だが、水戸の天狗があばれ出すのなんのと噂のあるご時世だ、八州様お声がかりとあって、代官お手代役浜野様のいいつけで弥造の方から話がありゃ、まさかに懐手して佐貫の方から眺めてもおれねえ。
これも渡世のわずらいだ。その辺に網を張っていて一揆の奴等がやって来たら、たかが百姓、チョイチョイと叩きなぐつて足腰を折っぺしょってもと来た方へポイ返してやるまでよ。その積りでいろ。

子分二 へい、合点だ。行きやしょう。ホー、えらい騒ぎだ。(四人本舞台へ。子分二が道の三方を見込んだ末)この辺で?
半助 よかろう(四人が立ちはだかる。それをジロジロ見ている長五と仙太。四人の方でも気づいて睨んでいる。半助が子分一に無言で二人に顎をしゃくる)
子分一 (二人に)おい、お前達あ何だ?
(仙太と長五返事をせぬ)

子分二 おい、何だといっているんだ? (二人返事をせぬ)……この辺に見かけねえ面だが、今日出張でばりの外手ほかでの者じゃ無さそうだ。何だ?
子分三 旅人らしいや。なあおい?
仙太 へい。今日のところ、お見こぼしなすって。
半助 ウロウロしていねえで怪我のねえうちに行きな。
長五 へへへ。
半助 それとも、まさか上林の弥造どんちのかかりうど衆じゃあるめえ?
仙太 へえ? 上林の弥造?

半助 今日は弥造どんが捕親とりおやだ。そいでお前さん方も助すけに出たというのででも……?
仙太 え! そいじゃ、お前さんは?
子分二 手前達、モグリだな。北条の喜平身内、上林の弥造貸元の飲分けの弟分で佐貫の半助親方を知らねえような奴あ、この辺じゃモグリだぞ。
長五 さてはお前が半助か。どうりで、ニョロニョロした面あしていやがる。ご冗談、モグリはそっちだろう、アハハハ。(この罵言に四人呆れかえり、次に子分達怒声を発して長五に襲いかかろうとする)

仙太 おう、待ちな! (とピタリと縁台の端に片手をかけて小腰をかがめ)ごめんねえ。佐貫の半助親方とわかりゃ、往来中で失礼さんだがご挨拶がしてえ。
半助 挨拶だ? フン、いくら利根を此方へ越したからって、佐貫の半助、てめえちみてえなどこの馬の骨とも知れねえ旅烏の冷飯食いの口上を受ける義理はねえ。生意気なことを並べていねえで、足元の明るいうちにサッと消えろ。

長五 なにをっ! この石垣ヅラめ!
仙太 待て。いや、そっちに義理があろうとなかろうと、弥造の兄弟分と聞いちゃ素通りならねえのだ。
ま、控えて下せえ。あっしゃ仰せの通り渡世に入って日の浅え冷飯食いで、はばかりながら生まれは御当地、当時……。
半助 やい、やい、やい! いい加減にしろい、佐貫の半助を前に置いて、名も戒名もねえ三ン下奴の手前等が、相対あいたい仁義もすさまじいや。たってとありゃ川を渡って佐貫の方へ這いつくばってやって来い、草鞋銭の百もくれてやらあ。
仙太 その佐貫の半助に少しばかりいいてえことがあるんだ!
半助 何を! 何だと?

(そこへバタバタと町の方から走ってくる町方手先。走り過ぎようとして半助等を認める)
手先 おお、佐貫の親方衆じゃありませんか!
子分一 町方の衆だね。どうしなすった?

手先 丁度いいところであった。いや、どうもこうも、本宿筋から通りへかけて、まるでゴッタ返しているのだ。叩きこわしの奴等と植木村の百姓が丁度一緒くたになりやがって、米屋から質屋、目ぼしい商売店を片っぱしから、ぶちこわして、段々此方へ押して来ているのだ。

町方からお手代配下御出役、その上に火消しまで出張って、せきにかかっているが止ることじゃない。
お前さん方も早く加勢に来てくれろ。実あ本宿手前の土橋をさ……たしか此処からも見える筈……(右奥へ行き遠くを指して)ほら、あれだ。あの橋を落して、夢中になって後から後からと押して来る奴等を、いやおうなしに川へはめちまおうというので、火消しの連中と弥造さんの手の人とが引落しにかかっているが、まだ落ちねえ。早く加勢に来てくれ!

半助 よし! それ行け!
仙太 (前に立ちふさがる)待った! いいてえことがあるというのは此処のことだ。弥造の兄弟分で一揆を川へ落そうとするからにゃ、ことあ念が入ってらあ。そこを動くと踊りをおどらせるぞ!

半助 退けっ!
(トタンに右奥遠くでドドドと土橋が水へ落ちる音。それに混って多勢の叫声、悲鳴。エエジャナイカの騒音。長五と子分三と手先が「オッ落ちた」といってその方を見る)
半助 それ、此奴等を眠らしちまって駆けつけろ!
(半助はじめ四人ドスを引っこ抜いて二人に突いてかかる)
長五 (殆ど冗談半分に)そら、突け、やれ突け! (子分二と三のドスを三、四合引っぱずして置いて持っている棒で相手の頸の辺をなぐりつける)そっちじゃ無えぞ! (その間に仙太は半助と子分一の刀をかわし、身を引くトタンに持っている棒を二人の足元目がけてバッと投げると、それがきまって半助が前へ突んのめってしまい、子分一はよろめいてストストと前へよろけ、茶店の屋台に頭をぶっつけて目をまわす。
手先はドンドン逃げ出して行く)

仙太 口程にもねえ奴等だ。
長五 水でも喰らえ! (と子分二を締上げながら右の方へ押して行き、突飛ばすと茶店の斜裏が川になっているらしく、ドブーンの水音と子分二の悲鳴。仙太も黙って子分一の首を掴んで引きずって行き、川へ叩き込む。その隙を見て半助と子分三は刀を拾って町の方へ逃げ出して行く。
長五戻って来て、それを見送る)喧嘩となりゃ江戸で鍛えたあんさんでえ、この辺の泥っ臭え奴等に負けてたま……お、居ねえ、弱いのも弱えが、逃足も早い。アハハハ、いい気持だ。見ろ、あにき、半助親方ドスを担いで逃げて行かあ。
仙太 (右奥を眺めやりつつ)ウーム。
長五 どうした? 何だ? よく唸る男だぜ。
(自分もそっちへ行き眺める)ほう、あれ、あれ! 後から後からと川へ落ちてら。
(水音。人々の騒音)何てまあ馬鹿な百姓共だ。後から押されて押されるままにゾロゾロ川へ落ちる奴があるか! お! あれ! しかし無理もねえ、両側はビッシリ家並で、後から押す奴は橋が落ちたことあ知らねえのだ。

仙太郎と長五郎が佐貫の半助を相手にしている間に土橋が落とされ一揆の百姓たちが後から押されて川に落ちているのを仙太郎はどんな気持ちで見ていたのでしょう。
この続きは次回をお待ちください。


2018年10月27日
百姓の娘の覚悟
仙太郎が渡世人をやめて百姓になるということで長五郎と言い争いになったところで今回はその続きです。

(花道より袋をかつぎ、手拭で頬被り、すそをはし折ったお妙出る。その前後を取巻き、すがりついて互いに手を引き合った八人の男女の子供達――餓え疲れて眼ばかりキョトキョトさせ、はだしだ。中に割に身体の大きい男の子二人は竹槍を杖に突いている。
その後に幼児を負った女房二人――これは餓えと疲れの上に極度の不安のために気も遠くなったらしい様子で、ボンヤリ無言で、フラフラついて来る)
子供一 やあ、町が見えら!
子供二 取手の町だんで! 父ちゃん兄ちゃんが待っとるぞ!
子供三 父うにあったら、おら、おまんまば食わしてもらうのじゃ! そいから、江戸へ行くんじゃ! な、嬢様!
(お妙、そういう子供三の顔を見ていたが、フイと横を向いて黙ってスタスタ行く。子供等、女房達もそれを追って、一同七三に立つ)

子供一 嬢様、おら達はなぜん、川を向うへ渡らねえのだえ?
お妙 それはね、どうせ利根を渡らねばお江戸へは行けないけれど、新ちゃんのいったようにこの取手で父ちゃんや兄ちゃん、村を出て向うを廻って皆さんと一緒になってから渡ります。さ、早く行こうね! (女房を顧みて)お滝さん、しつかりなすってくんなんせよ。

女房一(喘いでいる)……嬢様、わしあ、はあ、もうおいねえ……はあ腹あ空いて……。
子供二 おらも腹あ空いて、おいねえなあ!
子供四 足がガタクリ、ガタクリすっで俺あ!
子供五 おらの目、どうかしたて。田んぼや木なんどが見えたり見えなんだりするのだぞ。
お妙 困ったねえ。(袋をおろして中を手さぐる)お芋も、もうねえものを。ホントに……。

子供六 ワーン(手離しで泣き出す。それにつれて八人の子供の中六人までが泣き出してしまう)ひだりいてや! ワーン。
お妙 かにして、よ! 泣くのは、かにして、どうしたらいいのだろう? 私だっても、私だっても……(羞ずかしいやつれた顔がベソをかきかけている。

途方にくれて一同を見渡していた末、自分までが引入れられてはいけないとキッと気を取直して)……いいえ、泣く子は此処に置いて行きます! お江戸までも行って、お願いをせねばならぬ者が、お腹が空いたくらいで泣くほどなれば、置いてきぼりになって死んだがよい! さ、早く行きましょう! 行くべ、さ! (構わず歩き出して、本舞台の方へ。一同も仕方なくシャックリ上げたりしながらも泣声だけは止めて、ゾロゾロそれについて行く。茶店の横を折れて町の方へ行きかける。――先程から一行の様子を無言で見ていた長五郎と仙太)

長五 (ツカツカ前へ出て)チョイと待った。お前さん方どこへ行きなさるんだ?
(ギックリして立止るお妙等。マジマジ二人を見詰めていた後、ジリッと身を引いて無言で再び行きかける)
長五 聞こえないのか、待ちなといっているのに。
仙太 長五、てめえ……!
長五 そうじゃねえてば、怪我でもあっちゃと案じるからだ。姐さん方、町へ入っちゃいけねえ。
お妙 ……お役人様でござりますか?
長五 なによっ? 俺達がけえ? 冗談いっちゃいけませんよ、大概なりを見てもわかりそうなもんだ。

お妙 それなればここを通して下せまし。町に用事があります。
長五 わかっていまさ、先刻から見ていりゃ、一揆の連れの衆らしいが、あの町の騒ぎが聞こえねえ訳じゃあるめえ、丁度ワイワイ連中のぶちこわしの最中にぶっつかって、お前等の連れの百姓衆まで一緒に巻き込まれた様子だ。それに町方あたりでも手を出したらしいて。あの騒ぎの中に割って入りゃ、見りゃ子供衆で、ひどい怪我をするのは知れたこと、悪くすれば踏殺される。

お妙 色々ご存じのようですから、おかくしはしませぬ。
何処のお方か存じませぬが、私共は南の方植木村ほか三村の者、この町で他の村の衆と一緒になって江戸へお願いにあがるのでござります。
私達が早く行かなければ皆様が此処から立てぬようなしめし合わせになっておりまする。どんな苦しみ怪我を受けるくらい、たとえ踏殺されても、それは村を出る時からの覚悟、三百人の中、百人二百人と殺されても、江戸までは行きまする。

長五 (呆れてしまい暫く無言で相手を見ていた後で急に笑い出す)アハハハ、いや、まだ十八か十九、取ってはたちとはなんなさるまいが、綺麗な顔をしている癖に恐しい事をいいなさる。しかしそいつは短気というものだ。江戸へ願いに行くというのも、どうせ百姓衆のことだから石代貢租のことだろうが、それにしてからが、ウヌが命が惜しいからだ。
お妙 ……村にいても食べて行けませぬ。一寸刻みに殺されているのでございます。覚悟はチャンとしておりますること故、黙って通してくだせまし。

長五 ……ウーム。そうか。じゃ、ま、何もいわねえ、お行きなせえ。(お妙等一同ゾロゾロ町の方へ去り行く。見送っている長五。見ると仙太郎は縁台の横の地面へ膝を突いて、片手を突き、下を向いている)……驚いたなあ、百姓の娘でも、ああなるのか。顔も恐しい別嬪だが、ゾッとするようなキップだ、のう兄き……。どうしたんだ、坐りこんじまって? どうした、気合いでも悪いのか?
仙太 ……ウム。……長五、見ろ。
長五 何だえ?
仙太 俺あ、うれしくって、ありがたくって、ならねぇんだ。あれが百姓だぞ! あれが百姓だ! 俺あ久しぶりに、ホントに久しぶりに涙が出て来た。

今回はここまでとして次回に続けます。


2018年10月20日
エジャナイカ 百姓一揆
長五と仙太郎が別れの一杯を酌み交わそうと茶店の親父に声をかけた後の続きです。

長五 おい、休まして貰うぜ。なんだ、誰もいねえのか。おい! (いっているところへ、本宿の方の騒音急に激しくなり、エジャナイカの声々が潮のように起る)何だありゃ?
仙太 フフン、こんな所にも流行って来たのか。江戸を出る時も千住あたりでエジャナイカ、エジャナイカであちこち叩きこわしが始まっていたが。

長五 何でも米屋と質屋が一番先きに叩きこわされるというのだから、米も金もなくなって食うに困った連中のやることだ。ウンとやるがいいや。ついでに知行取りの士屋敷や奉行所、公方様の米倉あたりまで押せばいいに。
仙太 こらえ切れなくなった町人百姓の尾も頭もねえ八つ当りだ、どう転んだとてそこまでは行きはしねえ。情けねえ話だ。御大老が斬られるわ、あっちでもこっちでも強盗火つけ、押しがりゆすり、人殺し辻斬りと、全体末はどうなるのかなあ?

長五 そいつは八卦見にでも聞くがいいや。世間の抜道を斜はすに歩く俺のような渡世人にゃ、この世の中がどうなろうと知ったことかい。ホイ、酒だ。おい、ごめんねえよ! いねえのか、誰も? おい!
爺の声 はいはい(出てくる)はい、何ぞ御用で?
長五 茶店の者が人が来たのに何の用もないもんだぜ。ハハ、早いとこ、一本つけてくんなせえ。
爺 それはもう何でがすけど、今日はもうご勘弁なせまし、へい。
長五 何か、もう売切れたのかい?

爺 いえ、もうこれぎりで店をしまおうと火を落してしめえましたので。なんしろ、お聞きの通りのエジャナイカ騒ぎで本宿辺は散々にぶちこわしが始まっていると申しますし、それに何でも噂では百姓一揆が此処を通るんだとかで、あれやこれや、ボンヤリ店を開いていて傍杖でも喰うた日にはたまりましねしね……。
仙太 百姓一揆がね、フーム……。
長五 詰らねえトバッチリを喰うもんだ。じゃ冷やでいいから持って来てくんな。
爺 それも、どうか勘弁して貰いてえで。わしあ、はあ、此処をたたんで、内へじき帰りますで。
長五 馬鹿を言うねえ。街道に向いて店を張っての渡世をしていりゃ半分は通行人の店だ。持って来な。只飲もうというんじゃ無え。来いといったら持って来ねえか!

仙太 長五、てめえまた、素人衆に喧嘩売る気か? 爺さん、こんな男だ、悪気はねえ。これで(と小粒を爺に渡して)冷やでいい、一升だけ徳利のままと、茶椀を一つ、それだけソックリ譲って貰おう。そして俺らはこの縁台の端を貸して貰って勝手に休まして貰うから、お前さんは帰るなりと何なりとしておくんなせえ。

爺 へい、へえ、こんなに沢山いただいちゃ……。じゃまあ。おっしゃる通りに……(内に入る)
長五 現金な野郎だ。珍しいなあ、お前飲むのか、兄き?
仙太 お別れだ。
爺 (徳利と茶椀を持って来て縁台の上におき)これにおきますよ。盛りはタップリで。わしはこれで行きやすから。(奥へ引込む)
長五 糞でも喰え。オット、ありがてえ、さ、上げな。(仙太郎に酌をする。仙太黙ってグッと飲み長五に差す)すまねえ。
仙太 (酌をしてやって)いつもいう通り商人百姓、素人衆をもっと大事にしろ。それから、……身体を大切にしろ。

長五 ……俺あどうせ上州無宿くらやみの長五、あちこちの賭場の塵の中に、命を投出した男だ。兄きこそ、達者で暮してくれ。オット(グイグイ飲む)……しかしお前程の男を、惜しいなあ……。
(二人シンミリしてしまって、永い間然って飲む。仙太はいい加減に茶椀を長五に渡してしまい、また急にはげしく聞えて来はじめたエジャナイカのどよめきに耳を傾けるようにして黙っている――間)
(六尺棒をかい込んだ番太、左より走り出て来て、奥の町の方へバタバタと駆け抜けようとし二人をヒョイと見てギックリ立止る……)

番太 ……な、な、何だ、お前達は?
長五 ……(ジロジロ見て暫く黙っていた後で)……何だって? ハハ、だいぶ騒々しいね、町の方は? 叩きこわしが始まるんですかい?
番太 き、貴様は何だと聞いているのだ!
長五 ご覧の通り、旅をかけている人間だがね。ま、一杯どうだい? こうなると町方衆も楽じゃねえね、エジャナイカの上に何でも此処を一揆が通るんだって?
番太 そうだ! 植木村のほか三ヵ村の百姓共三、四百人、まるで腹の減った狼同然の奴等、竹槍、ムシロ旗で押通るのよ。まるで餓鬼の行列じゃからどんなことをするか。貴様達もこの辺でウロウロしていない方が身のためだぞ。早く行け! (いい放ったまま奥へ駆け込む)
長五 ペッ、何を言ってやがる!(飲む)
仙太 植木村ほか三ヵ村。甚伍左親方のお住いがたしか……。(間)

長五 くどいようだが、兄き、どうあっても村へ帰らにゃならねえのか?
仙太 お前から見れば馬鹿々々しくも思えよう。が、いつかもいった通り、そもそもの俺が無職に入ったのが、兄が叩き放しにあってからのことだ。第一がこんな世の中が癪にさわってならねえムシャクシャ腹だ。
士や旗本商人はいうもさらなり、あのときあ同じ百姓共が兄の難儀を見て見ぬ振りをしているのだ。
俺あガッカリもしたし、同じ百姓を一番憎がったものだ。

しかし俺あやっぱり百姓の子だ、足を洗って何になるかといやあ、百姓になるのだ。ウム。……第二には、お恥ずかしい話だが、兄の田地を取戻すための二十両の金を拵えるためだ。

あのとき利根の親方から恵んで貰つた一両の金で何か商売でもと色々にしたっけが、いまどき二年や三年が間に十両の金でも儲けられようという商売なんぞありはしねえ。ヌスットをしなきゃ、ピンコロで稼ぐ外に途あなかった。でやっとのことで二十両、どうにか拵えて、こうしてそれを持って帰る俺だが、くらやみ、こんなことをいえばお前ふき出すかも知れねえが、俺あもともとバクチは身顫いの出る程嫌いなのだ。

長五 本所から深川、方々のお邸の部屋々々へかけて壷を握らせりゃまず並ぶ者のねえというお前がバクチが嫌いだという。だが一度無職の飯を食った者がまた田の中へ這いずり廻ろうとしてもできる相談じゃなかろうぜ。それよりも、兄きも言ったムシャクシャ腹、世の中をハスッカイにシャシャリ歩いて、癪に障る奴等にツバぁ吐きかけながら渡るのが、分別だろうぜ。

ご時世が変るだの何だのと方々でワイワイ騒いでこそいるが、どうせどっちに転んだとて所詮が、二本差した奴か物持ちの奴等の話だ。壷を取るのが狼になるか虎になるか、それだけのことよ。糞面白くもありはしねえ、勝手にしろさ。
仙太 まだいうのか、長五?

長五 何度でもいうぞ。お前は阿呆だ。夢を見ている阿呆だ。先程はお前に睨まれてギックリしたが、今度あ怖くはねえ。
仙太 (立上りかけるがフと自ら顧みて)ウム……くらやみ、もうお前、行ってくれ。(下を向く)
長五 (いいつのる)そうだろうが! 世の中が立直しがあるとか何とかで変にゴタゴタとグレハマに騒ぎ出したなあ今日や昨日のことじゃ無え。
方々で飢饉凶作、打ちつづいて、食えねえ人間がウヨウヨしているのも、五年や十年のことじゃねえぜ。
下々の民百姓によく響いて来るものならば、もうトックの昔に響いて来ている筈だ。それがどうだ!
おおそれ、遠いところを捜すことあねえ。今聞えて来るエジャナイカの叩きこわしは何のための騒ぎだい? 此処を通るという一揆だ! みんな虫のせいやかんのせいで冗談半分にやっていることなのか? 大違えのコンコンチキだろうて! みんな民百姓下々の食えねえ苦しまぎれのなす業わざだ。真壁の、それを……。

仙太 (急に立って[#「急に立って」は底本では「束に立って」])ええい、まだいうのか! こ、こ、この(思わず左の手が腰に行っている。一足パッと飛下って仙太を睨んで立つ長五郎。……間……ヒョイと自分が何をしようとしていたかに気づく仙太、気を変えて傍を見るが、胸中の欝屈のはけ口を見出し得ない焦立たしさに、黙って茶店の前を彼方へ歩き此方へ歩きはじめる)

くらやみの長五と仙太郎の話が喧嘩ごしになりはじめたところですが、この続きは次回にいたします。

2018年10月13日
博徒 真壁の仙太郎
百姓から四年後、博徒になった仙太郎は、これからどうなるのでしょうか。
早速、前回の続きを見ていきます。

長五 おい真壁の、そうまあ急ぐなってことよ。向う両国から右に切れようたあ訳が違わあ。
いずれを見ても野っ原ばかりだ。足もにぶらあ。お蔦さんが今度こそあ仙さんを連れて来てといってたっけが、――おっと、禁句か。
いやさ話がよ、チチチンと、あれ寝たという寝ぬという、とまあいった訳で、あーっ、俺は恋しいや、深川はやぐら下。へん、兄きあまるでこれから色にでも逢いに行くようだ。

仙太 のほうずな声を出すな。ハハ、色ならいいがな。くらやみ、利根を渡るのはこれで三度目だが、渡船の歩み板を一足ポンと此方へ降りりゃ、おいらのためにゃ仇ばかりよ。
長五 仇といやあ、よんべの姐やがのう、もう一日いてくれとホロリとしたときにゃ、俺も碇を降ろそうかと、へへへ……考えたもんだ。
仙太 とかなんとか、不景気故の空世辞をまに受けて、枕だこのできた飯盛りなんぞに鼻毛読ませの、ヨダレをくっているなんざあ、見られた図じゃねえ。まずおいて置け。

長五 しかし女は買わず酒は飲まずの渡世人というのも珍しかろうぜ。兄きあよっぽどの唐変木だ。こんな男にお蔦ともあろう女が首ったけとは、わからねえ話だ。男ひでりがしやあしめえし。
へん、おうべらぼうな。下手をしていりゃ、お蔦さん追いかけて来そうだった。

仙太 お蔦のことあ口にしねえ約束だったぜ、長五。先は芸者だ。惚れたふりをするのが商売だ。いいや、もういってくれるな。俺あ唐変木だが、そしてお前が二本棒か。ハハハ。(二人歩く。遠くを望んで)ああ筑波が見える。

長五 それじゃ兄き、お前どうあっても真壁に帰る気か?
仙太 くでえ。四年が間今日の日のことばかり待ち暮した俺だ。久しくあわねえ兄を捜した上で田畑を買い戻し、俺あ百姓になるのだ。
長五 一旦渡世に入った者が足を洗って商人や職人になるためしはあるが、百姓になろうとは酔興が過ぎらあ。幾度もいうようだがお笑い草だろうぜ。第一出来ねえ相談だ。
仙太 お笑い草になる積りだ。出来るか出来ねえか見ているがよい。俺あもともと百姓だ。

長五 その百姓になろうという奴が全体、三年も四年も何のためにヤットウを習って目録以上なんてぇとんでもねえ腕になった? 百姓に剣術が要るのか、兄きの前だが?
仙太 俺あ、その時々に自分のやることあ、トコトンまでやらねえと承知出来ねえ性分だ。それだけの話よ。

長五 アハハ、じゃまあやって見な。権兵衛が種蒔いて烏がほじくるってね。こんなテンヤワンヤのご時世が見えねえ訳でもあるめえに。ウンウン田畑を作る者がある。出来た物あソックリ取上げる者がある。二本差して懐手、ソックリ返った烏がな。(仙太返事をせずに下を向いている)まず権兵衛殿、阿呆面にクソでもひっかけられねえ用心でもしなよ、へへへ。
仙太 くらやみの、てめえ……。
長五 と、と! 凄え眼をするなよ。あやまった。物騒な男だ。口が過ぎた。

仙太 (寂しそうに)ハハハ、まあいい。ところで俺あ真壁に行く前にお礼に寄るところがある。
利根の甚伍左親方。そして、翌日からスッパリとドスを捨てる。
じゃあ此処でお別れだ。てめえ何方へ行くんだ?

長五 待ってくれ。(懐中からサイを出してひねり)半と出りゃ鹿島、丁と出りゃ筑波の賭場だ。一遍こっきり。よっ! (サイを投上げ受けて掌を開き)筑波と出たよ。
仙太 相変らずだなあ。だが長五、先刻もいう通り、どこへ行くにしても、北条の喜平の息のかかっている親方衆の所で草鞋を脱ぐのだけはよしにしてくんなよ。
こいつはいままでの兄弟分のよしみに免じて俺の頼みを聞いてくれ。

長五 合点だ。筑波にゃ仏の滝次郎、いい顔の貸元で、つき合いの日は浅えが妙な縁で江戸で呑み分けの兄き分がいるから、どうせそこに転げ込むんだ。だが、このままあっけなく別れるというのも何だから、その辺で一杯どうだろう。
仙太 そうよなあ、一度別れりゃまたいつといってあえねえ。お前を相手じゃ意地も張れめえ。
(二人連れだって茶店の前へ出て)おお丁度おあつらえ向きだ。ごめんよ。


今回はここまでといたします。


2018年10月06日
四年後
仕置きが終わったようで(向う側から沢山の人数が土手にのぼってくるらしいざわめき、まっ先に鳥追と馬方と女房が走りのぼって現われる)
鳥追 むごいねえ、まあ馬方 んでも見ちゃいられないといっていて、しめえまで見たぜ、お前さん! こうなると女はキツいてのう、後生楽なもんだて! はあ、血だらけだ!
女房 ナマイダ、ナマイダ、私はもう……! あの上にまた叩き払いなんだねえ!

声 歩けい! 立ちませうっ!
(仙太と段六が、オッ! といって飛上って走りよる。同時に青竹を持った小者にそれぞれ襟首を掴まれた百姓平七と徳兵衛、および上林の弥造に同様首筋を掴まれた仙右衛門が、ズルズル引きずり上げられて来る。三人の百姓は殆ど意識を失い、身体中はれあがり、背中の着物はズタズタに破れ、食いしばった歯の間から泡の混った血を吐き、半殺しにされた犬のような姿である。
立って歩く力は全くない。特に仙右衛門は叩きに手加減をされなかったと見えて、顎の辺まで紫色にはれ上り、後頭部の辺から流れ出して顎の方までへばりついている血。地べたに叩きつけられ踏みつぶされた蛙の姿である。――後から土手にのぼってくる検分の刑吏、代官所役人、手先、北条の喜平、喜平の子分二人。その他の役人は刑場に居残っているらしい)

仙太 (走り寄って)あ! 兄さん! 兄さん!
代役 控えませいっ! (仙太の腰を蹴る)
喜平 (つづいて土手へ上って来そうにゾロゾロ顔を出した見物、村役人、五人組の者、身寄りの者などに向って)お前さん方、ついて来ちゃいけねえ!
代役 お構いの者に付き従い、無用の手当等の事をなすにおいては、厳しきおとがめがあろう。(お願いでごぜえます! と叫んで追いすがり這い出して来そうな身寄りの者あり)ならぬ、帰れ!

仙太 (奉書を掴んで差出しながら)お願えでごぜまする! お所払いご赦免のお願い書の儀お取上げ下さいますよう、お願いでござります!
段六 お願いでごぜます!
刑吏 再三再四、ならぬと申すに、またいうか! たってとあらばもう少し早く係りへ行け!
喜平 おい、くどい事はしねえがええ、無駄だ。それともお前たち、お上のなされ方に対して不服があるのか? あればあるように……。
仙太 いえ、そ、そ、そんな大それたことは何で……。ただ、ただ、私兄き共、百姓ばする外にどげえして生きて行く術すべを知りましょう。田地お召上げお所払いになりませば、明日が日からのたれ死にでごぜます。ここの所おあわれみ下せえまして、どうぞ御願書お取上げ……。
代役 ええくどいと申すに! さがれ!

刑吏 お取りきめに妨げすると、その方も縛るぞ!
(その間に、小者二人、上林の弥造は三人の百姓を突転ばすようにして歩かせる。他の二人は転んだりしながらもフラフラ行くが、仙右衛門は無力になっていて起てないで呻く。そこへ殆ど這うようにして近づいた女房が、ヘギの包みを仙右衛門の懐中にねじ込む)
女房 仙衛ムどん、先々で食べて下せえよ。これ白え米の飯だよう! 米の飯だぞよう!
弥造 よけいなことをするねえっ! (と女房の腕を青竹で叩き離す。女房ヒーッと叫んで転ぶように土手下へ去る――少しシーンとする)
仙右 (ガタガタする手で懐中を捜ってみて)……こ、米の飯……米の飯でがんすか……こ、米の……(見開いているが見えはしないらしい両眼で遠くを見て嬉しそうにニッコリする)おあ、り、がとうごぜえ……(気味が悪くなったのか弥造がチョイと手を離す)

仙太 兄さん、気をしっかりして下せえよ!
代役 慮外であろう! 起たせろ! 歩きませい! 向後、貴様達、このあたり立廻り相ならぬ。犯すにおいては重きとがめこれあると思いませい。それっ!
刑吏 叩き! (手先達と弥造が青竹を取直す)
仙太 兄さん! 兄さん! お願いでごぜます! お願いで……。
弥造 どけっ! (仙右衛門を叩くために振上げた竹で仙太の顔をガッと撲る。仙太がヒョロヒョロとなるところを刑吏と喜平が仙太がヒョロヒョロとなるところを刑吏と喜平が散々蹴倒し踏みにじる。はずみを食って仙太土手の傾斜をゴロゴロ転り落ちて来る

仙太 ウーッ! 兄さあんっ!
(役人、喜平、手先、子分等が罵りながら三人の百姓を突転ばし、青竹で叩きつけながら歩ませて左手奥へ去る。途中、仙右衛門が何と思ったか高札の棒にしがみついて離れようとしないのを、手取り足取り、散々に青竹で叩き離して追い立てて去る。土手の向うからは群集がそろそろ首をもたげて、おびえた顔で見送る)

段六 (土手を駆け降りて来て)仙太、仙太! 痛えか? ああ、こりゃ、こんな血だ! 仙太よっ!
仙太 (歯をバリバリ音させて)段六、おら、おら、く、く、くやしくっ……! (また思い返して)ウーン、いいや、お願いでごぜます! お願えでごぜます!
(斜面を這い上り、血を吹き出している顔を草にこすり付けて辞儀をしながら、またいざるようにして役人等の後を追う)


四年後。
 宿はずれも利根川寄りの方とは反対側。江戸千住を出た街道が我孫子を経て利根川を渡り取手町に入って二つにわかれ、一方は土浦へ。一方は守谷へ通ずる。その三叉に立った茶店の前。したがって取手の本宿は右手奥になり、利根川は花道揚幕の奥からグッと半円を描いて舞台左手奥を流れいる気持。開幕前に幕内遠く本宿の町の方に当って多数の団扇太鼓の急速な囃、調子をつけて鳴り、それに合わせて多数老若男女の群集が走りながら叫び立つ。「エジャナイカ! エジャナイカ! エジャナイカ! ……」の声。遠い潮の音のように起り高まり、つぎに低くなり、やがてフッと消える。開幕。
 揚幕の奥はるかに「おーい、船が出えるうーだあーよううーい」と船頭の声がしてカンカンカンと木板を叩く音。揚幕を出て来る真壁の仙太郎とくらやみの長五郎。旅装束。二人とも廻し合羽、道中笠、一本刀。

素足に草鞋。――仙太郎は四年の間にスッカリ人態が変ってしまい、以前から百姓には不似合いな程に綺麗だった顔が、引きしまり、横鬚に少しのぞいている刀の疵跡。しかしその鉄拵えの刀や身なり一体が歳にしてはひどくジミで、とりなしなども手堅く、普通の旅歩きの博徒とは少し違う。長五郎はそれこそ、生え抜きの博徒の様子。


博徒になった仙太郎は、この後どうするのでしょうか。
次回をお待ちください。

2018年09月29日
旅装の三人
前回9月22日の続きで旅装の三人が仕置き場を通りかかった際のやりとりの場面です。

段六 さ、行くべ、仙太!
仙太 段六、見てくれろ、……兄貴あにきはまだ生きてるか?
段六 そりば言うな! おらだとて見れるもんでねえ。むげえこんだ。……おらもう百姓いやんなった。

仙太 ううっ! ……だとて、だとてよ、百姓やめて何が出来っけ……おら今日と言う今日は、今日と言う今日……そりゃな段六、通りがかりの他所の衆や、町の商人や、ええ衆等らがこの願書さ名前書いてくれねえのは、まだ仕方ねえ……。見ろい、同じ土地の近くの同じ百姓同士が、これほど頼んでも書いてくれようというもの一人もいねえのは何だ? え、段六公、同じ百姓でいながら、その百姓仲間のためにしたことで兄貴がこんな目にあっているの、目の前に見ていながら、みすみす煮にえ湯ば呑まして知らん顔をしているのだぞ! (段六が何か言おうとするのに押しかぶせて)うう、百姓は弱え、受身だ、弱えとまたお前言う気だろが? 知ってら! それがどうしたてや おら達今朝っからここへ坐って膝もすりむけたし、通る百姓の一人づつに拝み続けだぞ! (再び下から叩きの響き)ううっ! あっ! (両手で顔を押える)……ああ段六公、おら帰ろうてや、連れてってくれ。……済まねえのう。
段六 済むも済まねえもねえて。まわり合せだと諦あきらめるだよ。さあ帰るべ。

仙太 いや、もう少し……、諦らめられねえて。もう少し、もう少し待ってくれ。おら、おら……。
(鳥追と馬方が土手の向うへ下って行き、姿を消す。叩きの物音。そこへ左手から中年過ぎの百姓の女房がフロシキに包んだヘギを抱えてヨロヨロするくらいにあわてて小走りに出て来る)
女房 お! まだ間に合うた。あああ、何てまあ仙衛ムどんなあ! むげえこんだ! むげえこんだてよ! (土手の端まで走って行って仕置場を見下して左右へウロウロ走り廻った末に仙太を認めて)あ、仙さんけ! 兄さんは、まあ何てえ気の毒なことよなあ。
段六 滝さんとこのお神さんですけ。へい、こうなればもうしようありましね。

女房 私あな、もっと早く来ようと思うて急いだなれど、なんしろはあ、秋の不作では、どっこの内でもろくに飯米も残っていねしさ、お取立てが二度も三度もあるんじゃもの、あっちでもこちらでもヒエやアワ食ってんのはまだええ方だち、芋ばかし食っている家が多いざまだであちこち捜し廻ってな、元村の作衛ムどんべに白げた米がやっと五ン合ばかしあったで、お借りもうしてな、大急ぎで炊ちあて握りままに拵えて来たわな。

段六 どうなさりまっす、そりば?
女房 いいえさ、私等仙衛ムどんにいろいろ厄介になっていても、こうなっと金も力もなあし、何んにもしてあげることもできねで、せんめて、村方お構いならしゃるのに白い米の飯でも腹一杯食べて貰おうと思うてな。

仙太 ありがとうごぜます! ありがとうごぜます! この通りでごぜます、お神さま。兄きが、兄きがそんお志、どんねえにありがたく思いますべ。……それにつけても、村方の百姓衆一統があんた様の半分づつのお心持でも持っていてくだされば、……これご覧なせえまし。せっかく書きあて参りました御願書に、今朝から散々お願えしても、他所村よそむらの百姓衆は愚か同じ真壁の同じ元村、同じ新田の衆、近所隣りから名主様五人組の組内の人まで誰一人としてお名前をくださる方はねえですて! お神さま、百姓同士というもんは、そんねえにむげえ薄情なもんでがすかえ? そんねえに。

女房 そりあな、皆さん、仙衛ムどん初め、今日のお仕置きにあう人達のこと何ぼうにも考えにゃ訳ではなかろうけんど、誰じゃとて飯も食えねえ有様では、そんだけの気の張りもなかろうよ。諦めなんせ。な。わが身が可愛いいで精一杯でえすて。
仙太 同じでがんす! 内の兄きじゃとてわが身が可愛くねえことはありましねえ! わが身が可愛いけりゃこそ、同じ百姓の人の身のうえも可愛いいで、あんなことしたんでえす!
女房 もっともじゃ! もっともじゃ!
仙太 (泣いている)でがしょう? 真壁新田の百姓仙右衛門は真壁全村やご領内百姓衆みんなの身の内の者ではねえでがすか? 百姓全体のわが身の内ではねえでがすか?

(その間も向い側の叩きの物音は続いている。それにつれて断続する群衆のざわめき)
(そこへ街道の左手――急ぎ足に出て来る旅装の三人。
二人は士――水戸浪士加多源次郎と長州藩士兵藤治之。他の一人は、一本刀素足草鞋、年配の博徒だが、身なりにも態度にも普通の博徒でなく名字帯刀御免の郷士あがりの者らしい点が一見してわかる甚伍左)

仙太 お願えでごぜます! お願いいたします。
加多 控えろ! (三人は急用のために行手に気をとられて通行していたところを仙太に不意に飛び出されて、少しギョッとして立止る)……何だ?
兵藤 (土手下の物音で、下を眺めて悟り)ああ。(と見廻して高札に目を止め、読みかけ、他の二人にも指して見せる。三人黙って読み終る)……。
加多 ……さようか。が、お願いとは何事だ? 詰らぬことをいたして通行の邪魔すな。全体お前は何だ。
段六 へい、それにありまする三人の内の一人、百姓仙右衛門の弟仙太郎と申しまする。百叩き御所払いの御仕置につきまして、御所払いだけを御赦免お願いいたそうと存じます。御願書をこうして持参いたしましたが、私どもばかりの名だけではお取上げになりましねえのは解りきっていますので、ご通行の皆様にお名前と爪判を頂戴いたしておりますんで。どうぞ、お慈悲をもちまして……。

兵藤 しかしながら、これに書いてある強訴におよばんとしたと申すは定じょうか?
仙太 と、とんでもねえ! へい、当地村方一同、一昨年以来重ね重ねの不作でござります。
米、麦を作りまする百姓とは名ばかり、昨年夏ごろよりどっこの家でも食う物に事欠くありさまでごぜます。

んだのにお上様よりは追い上納二度も三度も申しつけられまして、そんでなくもウヌが口の乾上るこの際、どうしても未進が続きまする。そこへ持ってきて村方一同が命の綱と頼みまする荒地沼地開墾の新田に竿入れ仰せつけられる段おふれでごぜましたので、そうなればこのあたり百姓何千何万と申す者が、かつえて死なねばならぬ始末、それで私ども兄きなんど、この由御願い出て見ようでねえかと寄り寄り相談していたばっかりでごぜます。

加多 たしか旗本領であったな、このあたりは?
段六 へい。
加多 誰だ? 何と申す?
仙太 二千五百石、加々見様でごぜまする。

加多 フーム。……出役しゅつやくは八州および支配所役人か。(唸って高札をにらんでいる)
兵藤 加多氏、何を唸っているのだ。ハハハ、おい、かねて人柄よろしからず云々と申すが、これは何だ、バクチでも打つか?
甚伍 兵藤さん、あてこすりを言っちゃいけません。
仙太 いいえ、そんな、そんなこと、それは言いがかりでごぜます。
兄貴はふだん村でも田の虫と言われておりまする。タンボ這いずり廻っていさえすりゃ文句のねえ男でごぜます。
人柄が悪いなんどと。それは叩かれる分には、仕方ありましねえ、兄きもおらも諦めています。
それを、とやかく申すのではごぜませんで。
んだが、村方お構い田地お召上げのことでごぜます。あのタンボ気違いの兄きがなめるようにして可愛がっていました田地召上げられましてどの空で生きて行けますべ? それが困れば未進みしん上納共地代二十両、持って来いと申されます。いまごろの食うや食わずの水呑みずのみ百姓に二十両が二分でも、どうなり申しがしょう! これは死ねと言うことでがんす! 百姓から田地召上げるのあ、死ねということでがんす! 

私、お士様さむらいさまには武士道と申すもの両刀と申すのがあるということを聞いております。
両刀召上げられ武士道がすたれば生きてはおいでにならねえと聞いておりまする! 失礼でごぜまするか知りましねえけど、田を作るは百姓の道で、田地は両刀でごぜまする。この、このところばお憐み下さいまして……。

加多 よし! (ズカズカ向側へ下りて行きかける)
甚伍 加多さん、どうなさるだ?

加多 斬る! 一旗本の分際ぶんざいで慮外の処置だ。
兵藤 役人や手先をか? 斬ってどうするのだ!
加多 どうするもない。見ていられい! (走り下りて行きかける)
甚伍 加多さん、まあまあ!
兵藤 加多! 尊公は藤田氏以下諸先輩の至嘱を忘れたのか? まった、こうして三人、京表から先生及び拙藩の藩論を一身に帯してハルバル下ってきた使命をここで打捨てられる積りか? ……どうだ! (言われて加多ウムと言って言句に詰る)ハハハ、若いなあ。しかし無理もない。無理もないがいまそんな時ではないでしょう。どうだ甚伍左。
甚伍 へい。私なんぞによくは解らねえが、やっぱり大の虫小の虫とでも言いますかな。これで盆の上の仕事でも巧者になれば、初手しょてはあらかた投げてかかる。

兵藤 アハハハ、甚伍左とくると何の話でも袁彦道えんげんどうにもってくるからかなわん。
さ、行こう加多氏、ハハハ、こんなところここだけではない、これだけでないぞ。
黙々として耐えて耐えて、殆ど耐え得べからざるを耐えている五千万蒼生を忘らるるな、欝勃として神州に満つ。倒れるものは斬らずとも倒れる。八万騎と申したのは昔のこと、即ちいま、少しでも骨のある旗本や徳川の役人は多分一万を出でまい。
アハハ、無用だ。正に小義憤を断じ去って、病弊の根本処に向って太刀を振うの時だ。そう唸られるな。
さ、急ごう!
加多 兵藤氏、私が早まったようだ。行こう! (と立去りかけて、この三人のやりとりを半ば解らないなりに固唾を呑んで見ていた仙太、段六、女房などをチョイと眼に入れ)暫く! よし、書いてとらすぞ。
(筆をとり上げて奉書に筆太に何か書く)

仙太 ありがとう存じまする。ありがとう存じ……。
加多 (筆をカラリと置き、ペタリと土に額をつけている仙太の肩を叩いて)一身の重きを悟れよ。義公御遺訓にもこれあり、百姓は国の基もといだ。時機を待て。いいか、時機を待て! さらばだ。(二人足早やに左手奥へ去り行く。

(二人足早やに左手奥へ去り行く。一番後れた甚伍左が懐中に手を入れながら仕置場の方を見下していたが、何を見出したのかホーといってジッと眼をこらして見ていた後、振向いて)

甚伍 ……お百姓、ええと確か真壁の仙太さんといいましたね。仙太さん、いま見ると、今日のお仕置きの手の者は北条の喜平一家の者だ。
たしか上林の弥造とか言った角力上りの奴もいるようだが、何ですかい、あの連中、出役しゅつやくは今日だけのことかそれとも……?
仙太 いえ、そうではごぜましねえ。兄きなんどが、お召捕になりましたのも喜平親方の方の子分の衆がなされましたんで。
段六 あんでもはあ、喜平さんと当地の御手代様とは奥様の方の縁続きとかで、北条の一家と申せば詰らねえバクチ打ちでも御役人同様、えれえご威勢でごぜえます。百姓一統どれ位え難儀をかけられているかわかりましねえで。

甚伍 フーム。そいつは了見違えな話だ。二足の草鞋を穿くさえある。荒身かすりの渡世とは言いながら、チットばかりアコギが過ぎるようだ。それでなくとも北条の喜平についちゃ、私も前々から同じ無職のゆくたての上で、少しばかりしなきゃならねえ挨拶があるんだ。
ま、いいや、おい、お百姓、いや仙太さんとやら、少し先を急ぐ旅だからこれで失礼しますがな、これはホンの志だけ、兄さんに何か甘味い物でも食べさせてやるたしにでもして下さいましよ。
仙太 へ? いえ、こんな、一両金なんどという大金を頂くこたあ、見ず知らずのあんた様から。
甚伍 なにさ、私も元はといえば百姓だ。いやいまも家にいる時あ、盆ゴザに坐る時よりゃ野良へ出る時の方が多いくらいのもんです。アハハ、いや、また、何かよくよく困って、村にいられなくなりでもした時には、道のついでに私んとこへもたずねておいでなせえ。
そうよ、あの筑波を左の肩越しにうしろを見て南の方へドンドン下ってスッカリ山のテッペンが見えなくなった辺まで行ったら、人をつかまえて利根の甚伍左という大道楽もんの家はどっちだと尋ねなせえ。

仙太 え! じゃあんた様が甚伍左の親方様で!
段六 利根川べりの甚伍左様でがんすか! あの名高え!
甚伍 知っていなさるか? こいつは恥ずかしいな。じゃ、ま、急ぐから、ごめんなさいよ。(歩み去り、ジロリと土手下を横目で睨んでおいてスタスタ二人のあとを追って姿を消す)

(仙太と段六は礼をいうのも忘れてしまって茫然としてその後姿を見送っている――ウロウロしていた女房はもうズット先程から仕置場矢来の方へでも降りて行ったのか姿を見せない。向う側では既に百叩きは終ったらしく、時々人声がザワザワするばかりである)

仙太 (ヒョイとわれに帰り、ハラハラ涙を流し)ありがとう存じまする! 一生、死んでもこのご恩は忘れましねえでごぜます! ありがとう存じまする!
段六 御支配や、北条の親分みてえな人があるかと思えば、あんなりっぱな仁もあるなあ。……(いいながらタトウの上の奉書を見ていたがビックリして立上って)あっ! こりゃっ!
仙太 あんだよ、段六?
段六 見ろえ、これ! これ! 水戸、天狗組一同としてあらあ! こりゃあ! (ガタガタ顫え出す)
仙太 水戸、天狗組一同! ほだて! するてえと、いまの士の人達、天狗党の人たちだ!
段六 どうしべえ、俺、おっかなくなって来た! どうしべえ、仙太よ?
仙太 どうしべえって……(黙って三人の立去った方を見送り、仕置場の方を見やり、奉書を眺め、顔色を青くして考え込んでいる)

引用が長くなりましたが、話はここから面白くなってきます。
次回をお待ちください。


2018年09月22日
仕置き 百叩き
前回9月15日の続きで今回は仕置き百叩きの場面です。

百姓一 ……積りはその積りでもなあ。
仙太 (涙と汗と砂ぼこりによごれた顔を初めて上げて皆を見渡して)……皆様もやっぱりお百姓衆とお見受け申しまする。
御支配こそ違え、私も百姓でごぜます。兄仙右衛門も百姓でごぜます。
百姓の心持ちを知っていただけまするのは百姓御一統ごいっとうばかりでごぜます。
兄がお上様に向い不都合の事いたしましたのは、自分一人のためを思うていたしたことでありましねえで。
せまくは加々見様御支配領内百姓一統、引いては近隣御領地内百姓衆皆様のうえを思うて、少しでも善かれと思うていたしましたことでええす。皆様お百姓衆とお見受けいたします。

ここのところをお考え下せえまして、どうぞ御助けを! へい! この通りでごぜまする! お願え……。
(迫って来る仙太の気持と言葉の鋭さに、殆ど縛られたようになって、進んで筆を取ろうと言う者もなければ、立去りもかねている見物の百姓達)

鳥追 ……まあねえ、お気の毒な……。
仙太 へい、いいえ、気の毒なのは私だけではありましねえで。百姓一統でええす。百姓一統、誰彼なしに気の毒でええす。今日人のこと、明日わがこと、同じでえす。そこん所ご勘考下すって、どうぞお願い申しまする!段六 お願いでごぜます!
(それでも動こうとする百姓はいない……)

声 (土手向うの仕置場の方から響く)ええい、出ませい! 御検分! 控え方! よろしうござり申すか? 出ませい! (その鋭い声につれて、物音が起り、同時にすでに以前から河原矢来外に見物に集って、それまで鳴りをひそめていた群衆がざわめき立つ。
思わずヒーッと叫声をあげる者もいる)……上かみにお手数かけ申すまいぞ! 出ませい! 出ろ!
百姓四 ああ、また始まった! (仕置場の見えるところへ走り寄り、下を見てから振返り)あっ、始まった、今度あ、その仙衛ムどんだで! (と言われて一同がホッと救われたようになり、ゾロゾロバタバタと仕置場の方へ降りて行く。鳥追と馬方だけが道の端に残って下を覗いて見ている)

仙太 (追いすがって)ああ、お願いでええす! お願いでごぜまする! お願い……(いくらすがりついても振り切って行かれてしまう。膝を突いて見送って暫くボンヤリする……間)……あああ。
段六 仙太公 もう諦めな。しょせん無駄だて……。

声 本日の御処置、本人百姓仙右衛門初め、控えおる村方名主及び五人組近隣の者共、お上御慈悲これある御取計いの次第、および向後のため、忘れまいぞっ! それ、始められい! (声と同時に、土手下のざわめきが一時に静まって、声が終るや否やビシーッ! と音がする。下人が握にぎり太ぶとの青竹を割ったもので仙右衛門の背中を叩き下ろした音)

他の声 ひとおーつ! (同時に仙右衛門の呻き声。これを聞くや仙太思わず立上る。次にヘタヘタしゃがむ)
段六 仙太、もう戻ろうてや。おい仙太!
(言っている間に、再びビシッ! と音がして他の声が「ふたあーつ」と算える声、呻声。この二ツ目の声で仙太自分が打たれたようにウーンと唸って路上に突んのめってうつ伏してしまう。以下鞭打の響きごとに彼は自分の背に痛みを感じるようにうつ伏したまま身もだえをする)
鳥追 あっ! あっ! 見ちゃおれやしない。あれっ! 丈夫でもなさそうな人だのに。どうにかならないのかねえ! いくつだろう?
馬方 百叩きだて。しまいまで身体あ持つめえの。また、今度の叩きに廻っている手先の奴あ力がありそうだもんなあ。馬だ、まるで。なあ、全体がよくよく運の悪い人だぞ、仙衛ムてえ人は。いまどきこのせち辛えのに上納減らしの不服や相談打ぶたねえお百姓なんど一人もいるもんじゃねえさ、そのうえに新田に竿入れやらかそうてんだものを。選りに選って御見廻おみまわりなんどに見っかるちうのが、よくよくのことじゃあ。

始めから終えまで、運の悪いというもんはしようのねえこんだ。(その間も叩きは続いている)
鳥追 (時々たまらなくなって、三味線を抱えた手で眼を蔽うたりしながらも、恐い物見たさで見下ろしながら)あっ! あれっ! おや、どうしたんだろ?
馬方 気い取失うたのよ。ああして水ぶっかけて正気に戻してからまたやるんだて。
鳥追 まあね、ああまでしなくたって!

今回はここまでといたします。


2018年09月15日
三好十郎 天狗外伝 「斬られの仙太」
三好十郎の「斬られの仙太」(青空文庫)を紹介することにしました。
私がテレビで見たのが随分前のことなのですが、この本が書かれたのは1934(昭和9年)4月なんで今の時代からすると不適切と受けとられる可能性のある表現がみられます。その旨をここに記載した上で、そのままの形で引用・紹介いたします。
この作品には、被差別部落民に対する蔑称が用いられています。その旨をここに記載した上で、そのままの形で作品を引用・紹介いたします。

さて、下妻街道追分土手上

右手遠くに見える筑波山。土手の向う側は小貝川の河原添いの低地になっていて、その左手寄りに仕置場が設けてあるらしく荒組みの青竹矢来の上部の一部がみられる。街道からその方へダラダラ下りの小道の角に、ギョッとする程大きい高札。

高札のすぐ傍の路上にペタリと土下座してしきりに額を砂利にすりつけてお辞儀をしている若い百姓真壁の仙太郎。その前の地面にはタトウ紙の上に白い奉書紙と筆硯がのせてある。側に同様土下座をして一緒に辞儀をしたりハラハラしつつ仙太郎の様子を見ている百姓段六。

高札、と二人を遠巻きにして黙って円陣を作って立っている五六人の百姓。他の通りがかりの行商人、馬方、鳥追の女など。中の二、三人の百姓は仙太郎の方を見ておれないで、うなだれ切っている。オドオドと仕置場の方を振り向いて見下す者、何か言おうとして言えず手足をブルブルふるわせている者。百姓の一人は仙太郎に向ってしゃがんでしまい、あやまるように辞儀をしている。行商人がよく読めぬ高札を読もうとして口の中で唸っている。

仙太 お願えでごぜます。皆様、どうぞ、お願えでごぜます。へい、お願えで……(辞儀をしつづける)
段六 皆さん、この俺からもおたの申すで。あんでもねえことで。所とお名前と爪判つめばんをいただきせえすれば、そいでこの男の兄きが助かりますので……(一同は顔を見合わせて答えぬ)
仙太 たんだそれだけでごぜます。へい。皆様にご迷惑をおかけするようなことは金輪際、きゅうり切ってありませんでええす。へい……。
段六 ……(群集と仙太を見較べて頭を振り)……仙太公、どうもはあ、しょうあんめ。もうこうなれば手遅れだべよ。あきらめな仙太公。よ、おい仙太公。
仙太 (段六の言葉は耳に入らぬ)お願え申します。

行商人 ……ええと、右之者共、上かみを恐れず、ええと、貢租こうその件につき……へえ、貢租てえと年貢のことじゃろが……強訴ごうそにおよばんといたし相謀り……強訴と言うのは何の事だえ?
百姓一 ごうそかね、はあて? とんかく、あんでもはあ差し越し願えばしようとなさったてえがな。
行商人 ははん、この平七とか徳兵衛とか仙右衛門やらがね?

仙太 (すがりつくように)さようでごぜます。仙右衛門と申すが、おらの兄きでごぜます。兄きと申せば若いようでがんすけど、九人の兄弟で一番上の兄の、おらが末っ子でえすで、もうはあ四十七になります。つい、かわいそうと思われて……。
段六 へい、それも、いよいよ差し越し願えばしたからと申すのではありましねえで、たんだこの飢饉でどうにもこうにもハア上納ば増されたんでは百姓一統死なにゃなんねで、せんめて、新田の竿入れだけでも今年は用捨して貰いてえと願い出て見ようでねえかと、村で寄り寄り相談ば打ぶったでがす。それだけのことでえすて。村は加々見でえす。

行商人 ……ふーん、でもさ、今日はお仕置きだちうのに、今日の連判では役に立つめえて。ええと、ええ兼ねて右之者共人柄よろしからず、ええ、その次の字がわからねえてや……。

仙太 いいえ、あんた様、人柄よろしからずなんど、それは私の兄きにそんなこと言いがかりをつけるのは、それは暴ぼうと言うもんでがんす。もう下の段に連れて来られていますによってどうぞご覧下せまし。人柄が悪いなんどと、そんな、あなた様! どうか、お願いでごぜます! 助けてやってくだせまし! へい! この通りでごぜます。決して決して大それたことばいたすのではごぜましねえで。兄きは叩き放し村方お構かまいの御仕置おしおきでえすけんど、叩きは二百が三百だろうと兄きも覚悟しております。お上かみに御手数かけたからには、それ位のことは当り前で、それのお取止めお願え申そうとは私等思っていましねえで。ただ村方お構いだけを、どうぞいたしましてご容赦いただけるように、皆様の御合力御願い申しまする。へい! 真壁の仙太郎兄弟一生涯恩に着まするでごぜます! 犬の真似をしろとおっしゃれば犬の真似いたしまするでごぜます! どうぞ皆様のお名前と爪判つめばんだけいただかして下せませ。足をなめろとおっしゃればなめますでごぜます!
段六 ……仙太よ、まあさ……。
百姓二 ……かわいそうになあ。しかし後が怖えからなあ。
百姓三 ……そうさ。後のタタリがなあ。
仙太 後のことは私一身に引受けてご迷惑は決して掛けねえ積りでえす。お願えで!
(百姓達、仙太の血相に気押されてジリジリ後に退る)。

2018年09月09日
その後の天狗党
天狗党が筑波山で挙兵し、諸生党や幕府軍と戦いながら尊王攘夷の意を徳川慶喜に伝えんと京を目指します。
そこで天狗党は,当時京都にいた一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ,斉昭の子,のちの15代将軍)の力を借り,朝廷に尊王攘夷を訴えることを決めた。元家老の武田耕雲斎(たけだこううんさい)を総大将とし,11月1日,1000名余りの大部隊で,西をめざして出発したのである。

一行の後を,幕府の追討軍がひたひたと追いかけていったが,あえて戦いをしかけることはなかった。また,経路となる各藩にも,天狗党を討つようにとの命令が出されていたが,多くの藩は衝突をさけてそのまま見過ごした。なにしろ天狗党は,戦いに慣れているうえ,10数門の大砲と,多くの鉄砲を備えていたのである。

結局,下仁田(しもにた,群馬県)で高崎藩の兵と,和田峠で松本・諏訪藩の兵と戦ったのみで,天狗党は大きな損害を受けることなく,京都への道を進んでいった。

天狗党が通過した各地の記録によれば,一行には,数人の女性も含まれていたという。さらに和田峠の戦いで,5人の女性が長刀(なぎなた)と鎖鎌(くさりがま)で戦ったという記述もある。彼女たちは,子や夫とともに一行に加わった者,あるいは炊事の仕事などにかり出された者たちであった。

ところで,天狗党は,筑波山で兵を挙げた当時,各地で無理やり軍資金を集めたり,乱暴を働いたりして,人々の反感をかうことがあった。そのため,一行は規律を厳しくし,泊まった宿にはきちんと金を払っていった。島崎藤村の名作『夜明け前』には,そうして整然と木曽路を通過していった天狗党の姿がえがかれている。

美濃(岐阜県)に入った天狗党の一行は,中山道を通ってまっすぐ京都をめざそうとしたが,その方面には追討の諸藩の軍勢が集結しており,やむなく,越前・若狭(いずれも福井県)を回っていくルートをとることになった。すでに暦は12月。荷をつけた馬や大砲をひいて,雪におおわれた難所の峠を越えていくのは不可能かと思われたが,一行は奇跡的に峠を越え,越前に入ることができた。

しかし,越前に入ってからも,雪の山道は続き,一行をさんざん苦しめた。一方,計1万数千人ともいわれる諸藩の勢力がせまり,一行が新保(しんぼ,現在敦賀市内)という小さな村落にたどり着いたころには,一行をすっかり取りかこんでしまった。しかも,たのみにしていた一橋慶喜が,その追討軍の指揮を取っているという。

天狗党の首脳は,ついに,先に進むことをあきらめ,新保のすぐ近くに陣をしいていた加賀藩に降伏した。京都へ向けて出発してから50日余り。一行の長い旅も終わりを告げた。

降伏した天狗党の一行は,まず敦賀の寺に収容され,その後,肥料用のにしんを入れておく蔵に移された。火の気もふとんもないうす暗い蔵の中では,厳しい寒さと粗末な食事が原因で,20数人が病死していったという。

間もなく,幕府の若年寄の田沼意尊(たぬまおきたか,老中田沼意次[おきつぐ]の子孫)による取り調べが行われ,天狗党一行に対する刑が決められた。それは,次のようにひじょうにきびしいものであった。

・死罪…………352人。武田・藤田ら。
・島流し………137人。
・水戸藩渡し…130人。

あの安政の大獄でも,死罪となったのはわずか8人だけである。この類を見ない大量処刑に驚いた薩摩藩の大久保利通(おおくぼとしみち)は,その日記に「このむごい行為は,幕府が近く滅亡することを自ら示したものである」と記している。

天狗党が去った水戸藩では,諸生党が実権をにぎり,武田耕雲斎の一族をすべて死罪にするなど,天狗党側の人々を次々と処罰していった。

しかし,時代は大きく動いていた。薩摩藩・長州藩は討幕への動きを強め,ついに幕府は滅亡する。水戸藩でも,天狗党側が実権を取り返し,諸生党側に対する血生ぐさい復しゅうが行われた。逃げ出した諸生党は,水戸城をめぐる戦いで敗れ,全滅してしまうのである。

こうして水戸藩では,幕末の激しい争いの中で多くの人材が失われ,明治の新政府に,1人の高官も送り出すことができなかった。

さて、「斬られの仙太」は天狗党に、どうして関わるようになったのでしょう。
次回から三好十郎「斬られの仙太」を引用・紹介していきます。


>> 次へ