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2019年01月03日
偽天狗党
長五 (ピッシャリ戸を締めて)いけねえ! 来やあがった! お妙さん、その子のことあ命にかけてお頼ん申したぜ。おっと! (と戸を開けて飛出して行こうと構えるが、既に人々の声と足音は奥から直ぐ戸口の辺に迫っているので出られぬ。逃げ道は無いかとパッパッと四方を見るが出るにも入るにも裏口以外にない。
トッサに土足のまま板の間に走りあがって仏壇になっている二重戸棚の下段の戸袋にパッと飛込んで内から戸を立てる。それと間髪を入れず裏戸口を突開けてなだれを打って飛込んで来る人々。

天狗党の士達か、捕方ででもあるかと思っていると、そうではなくて附近の住民の百姓達と、この屋敷内の納屋に騒ぎを恐れて避難してきていた老人、女、子供達の十人ばかりである。「アーッ、天狗だあ!」「助けてえ!」「嬢さまっ!」「アレ、アレ、来たっ!」「お助けなすってえ! 嬢さまっ!」等短い叫声をあげながら、土間の右手竈の辺へダダッと転んだりして一かたまりになって殺倒し、おびえた眼で戸口を見る者、お妙を見る者。お妙がツカツカと上りばなに進んできて、これら見知りの人達に「どうしたのでえす?」とか何とかを言おうとしかけるが、口をきく間も無く、人々の踵を踏まんばかりに無言でドヤドヤと戸口から入ってくる暴徒六人。士らしい服装の者あり、浪人らしき者、士とも町人ともつかぬ様子の者、博徒らしい者、中の一人は坊主頭で、ころもを着ている。六人の中、四人までがドキドキするような抜刀。他の一人は槍を、もう一人は竹槍を突いている。入って来るなり何もいわずに家の中をギロギロ見廻し、ガタガタ顫えている段六、恐怖の極、叫声も立てなくなっている避難民達、上りがりまちに二人の子を抱いて立っているお妙を暫く睨みまわす。……間。やがて、六人の中の頭株らしい、士姿の者が、ズカズカと進み出て、上りがまちの板、お妙から遠くない場所に、持った抜身をガッと突立てるなり)

(間。――静かな中で奥納戸でこの騒ぎに眼をさましたらしい子供の中の一人が、ヒーッと一声泣く。一声ぎりでパタリと止む)
お妙 ……どなたでござります、あなた方は……?
徒一 何もいうな! 金を出せ。この家にあるだけの金を出せ! 軍用金に借りる。早くしろ、いいや、何もいうなといったら!
お妙 ……ございませぬ。
徒一 なに※(感嘆符疑問符、1-8-78)
お妙 お金はチットもありませぬ。
徒一 (噛みつくように)言うかっ女!
お妙 たとえありましても、どなたかわかりません方にお貸しはできません。まして、この家に金といっては一分もありません。嘘だとお思いならば家捜しでも何でもなされませ。ただ子供達に手荒らなことは……。
徒二 弁口無用っ! 敢行っ!
(六人が結束して、板の間に上りかかる。避難民の中から「アッ! アッ! 危ねえ嬢さま、危のがす、嬢さま! アッ!」と思わず叫声。――丁度そこへ、開いたままの戸口から無言で音も立てずに入って来た旅装の士一人。前場に出た今井である)
今井 待て。
徒一 何を! おお、……尊公は何だっ! 邪魔をすると手は見せぬぞっ!
今井 ハハ、見らるる通り、拙者は通りがかりの者、悪いことはいわぬ、乱暴は止められい。
徒二 控えろ! 正義を行なうに何が乱暴だ!
今井 正義? これが正義か? では尊公等は全体どこの何という方だ? それが聞きたい。
徒一 ええい、われわれは筑波党天狗隊々士!
今井 ほう、天狗隊? アハハハ、左様か。ハハハハハハ。
徒二 笑うかっ! 何がおかしい!
今井 それならばおたずねしよう。尊公等は藤田先生組か? 田丸先生組かそれとも加多先輩つきか? (相手は何とも返事をしない)……何隊、何番組の諸君だ? 聞きたい。それとも本田先生の遊隊か? 聞かして欲しい。……(暴徒等返事ができずに少したじろいでいる)……できまい、返事は。当時、処々方々で天狗隊と称する者が民家を荒しているというが、尊公等もその一つ。悪いことはいわぬ、このまま引取って以後かかることをせぬよう。
徒一 いわして置けば熱を吹くか! そういう貴様こそ、誰だ、それ聞こう?
今井 (大喝)黙れっ! ……(再び前の普通の調子に戻り)ハハ、いや、貴公等がかかることをするのも、その日に窮したからのことであるのはわかる。悪いのは貴公等ではなくて時世だろう。しかしそれならば、党の名をかたって賊同然のことを働かずに、なぜに筑波へ行かぬ? 志を以って馳せ参ずれば、士、浪士、町人、百姓、無頼窮民に至るまでそれぞれに義軍に加盟させる点で天狗党は断じて吝ではあるまい。どうだ? 今夜のところはここをこのまま引取られよ。第一この家に金はあるまい。それから、貴公等は知らんだろうが、この家は天狗党でズッと働いていた郷士利根甚伍左の住居だ。ハハハ、場所が悪い。(暴徒等は殆ど毒気を抜かれてしまっている)……それともどうあってもといわれるならば、仕方なし、拙者がお相手になる。(暴徒等默して動かず。今井、ユックリと道中半合羽を脱ぎ仕度をする。半合羽を脱いだのを見ると、捕手を斬り抜けてでもきたのか、白っぽい着物のわきから袴へかけて、多少の返り血、左二の腕にかすり傷でも負うたらしく、着物の上から手拭でキュッとしばっている。その手拭にも少し赤いものがにじんでいる。今井の態度が静かに落着いているだけにこの姿はギョッとする程の印象を与える。今井、大刀の束つかに左手だけを掛けて、無言で暴徒等を見渡す。……間。すでに気を呑まれてしまっていた暴徒達、何もいわずスゴスゴ歩んで戸口から出て行く。)
今井 (それを見送りおわり、息を呑んで静まり返っている避難民、お妙、段六などをつぎつぎに見た後)……前申した通り、甚伍左氏のご住居だな? (お妙に)御令嬢ですなあ。
お妙 ……ど、どうもありがとう存じ……はい、さようでございますが、そして、あなたさまは?
今井 利根さんにまだご面識は得ておりませんが、玉造文武の今井という者です。利根さんのお在りかを承りたい。
お妙 では父は筑波には居ないのでございますか?
今井 フーム、すると?
お妙 もう随分永らく戻っては参りません。


2018年12月29日
くらやみの長五郎
くらやみの長五郎が真壁の仙太郎を出せと言ってお妙、段六に迫っています。

お妙 (サッと青くなり段六を見て)……そ、それでは、あのお金は?
段六 へ、へい、……(思い当ることがあって恐ろしくなりガタガタ顛える)
長五 (二人の様子をギラリと見て取って)見ろ、いねえなんどと白を切っても駄目だ。出せ!

段六 そりゃいいがかりと言うもんだ。この家には嬢様と子供衆の外には男気と言っては俺がたった一人ぎり。その俺もホンの一月ばかり前に頼まれた用事があってここさ来て、嬢様の苦労を見るに見かねて、こうしているのでがす。
長五 くでえ! じゃ踏込むぜ、いいなあ?

段六 聞きわけのねえ! 何もかも言ってしまいますべえ。
お前さん仙太公の兄弟分か何か知らねえが、俺あ真壁で仙太公とは餓鬼のときからの友達だ。
去年の暮の晩方、仙太公がヒョックリ俺のところへ来て、こちらの嬢様のところまで、自分は追われていてどうしても行けねえからお前代りに使いを頼まれてくれというて用事を頼んだ。

そして自分はその夜のうちに行く先もいわずに何処かに行ってしまうた。それっきり俺あ仙太公にゃ合わねえのでえす。俺あそいですぐにも来ようとしたなれど、丁度その一日おいて次の日だ、お前さん知るめえが、仙太公も俺も一所懸命で捜していた仙太の実の兄きの仙ヱムどんが見つかったのだ。
見つかりは見つかっても死んで見つかった。殺されていたのだ。それまで何処にウロウロしていたのか、仙ヱムどんは結城様の藩兵につかまって、いやおうなしに縛られてさ、あんでも、天狗退治の軍いくさの仕度の軍夫に使われていたて。それをあんでも後で聞けば天狗党がやって来て佐分利の縄手で、兵糧米の俵かついだまま軍夫を三十人からブチ斬って米持って逃げたて。
その斬られた軍夫の中に仙ヱムどんがいたのでええす。それを引取りに行くわ、後始末をする。それから自分田地の段取りもつけとかなきゃならず、あれやこれやここへ来るのが延び延びになって俺あヤット一月前にやって来たて。仙太公のありかがわかれば、俺達こそ会いてえ、人に訊ねたりして捜しているぐらいだ。
全体……仙太公という男は因果な男だて。そうして仇だなんどつけねらわれるかと思えば、あれ程恋いこがれていた実の兄が殺されたのも知らねえで、何処をホッツキ歩いているのか。つまらねえバクチ打ちなどに……。

長五 恐ろしくベラベラ喋る野郎だ、もういい。おいお妙さん。この男のいうことあ定かね?
お妙 それに違いございませぬ。私もおっしゃるように甚伍左の娘、嘘は申しません。また、あなたがそうして仙太郎さんを追いかけて、その子のために仇をと思っているお心持もわかる積りです。嘘を言って何になりましょう。
長五 ……よし、信用しよう。じゃ俺あこれで出て行くから、もし今後、仙太がここにきたならば、くらやみの長五郎がこうこうだと、男なれば逃げかくれはするな、長五郎いくらふだんはズボラでも、性根までは腐っていねえ、お前にゃドスを掴んじゃかなわねえことあわかり切っていても、するだけのことあしてえからと、忘れねえでいってくだせえ。大きにおやかましう。(刀を納めて、戸の方へ出て行きかける)
おっと! (と戸を開けて飛出して行こうと構えるが、既に人々の声と足音は奥から直ぐ戸口の辺に迫っているので出られぬ。逃げ道は無いかとパッパッと四方を見るが出るにも入るにも裏口以外にない。トッサに土足のまま板の間に走りあがって仏壇になっている二重戸棚の下段の戸袋にパッと飛込んで内から戸を立てる。それと間髪を入れず裏戸口を突開けてなだれを打って飛込んで来る人々。

やっと、くらやみの長五郎が出ていこうとした途端に外が騒がしくなり様子が変わって来たようで、この後は次回といたします。

2018年12月15日
お妙の家の珍客
お妙の家に仙太郎の昔からの友人である段六が訪ねて来てから次々よ珍客が訪れます。
今回はこの辺りを見ていきます。

段六 ああによ、お前様、疲れはしねえ。人はどうだか知んねけえど、私あタンボさえやってれば大してくたびれはしねえし、真壁にいても、世間は戦争だ天狗だとワアワアいって田畑あ作ってもどうなることだなんどと騒いでいる中で、おらだけがタンボやっているで、人あ馬鹿にします。ハハハハ。今日も吉坊や辰公なんどに畑仕事教えながらいうて聞かせてやったでえす、百姓がタンボしねえで誰がすっだ、ってね。ハハハ。いや、ここの子供衆はみんなよくやるて。辰公はじめ四、五人は麦の中すきなども、もうチャンと出来る。おらあ見ていて哀れなやら、嬉しいやら、毎日畑じゃ泣いたり笑ったり、埒もねえ話だあ。

お妙 そう! まあねえ! みんなあなたのお蔭で。
段六 ああによ、皆が身寄りもハヨリもねえ身の上で、そいで、嬢様にひでえ苦労ばかけていることを知っていやがるです。そいで一所懸命になる。はあ、来年あたりからは、麦畑の二段や三段、皆の飯米ぐれえのことはチャンと小僧達がやらかしましょうぜ。みんな、もう寝たかね?
お妙 へえ、寝ました。咲ちゃだけが――。
段六 おおそうだ、喋っていて、つい忘れていた。どれどれ、はあまだ悪そうだなあ、ハシカてえもんは子供の厄だてえが、よしよし、そうれ、今日はお前に飴ば買うて来てやったかんな、あんでも名代の子育て飴だていう、これ食って早く元気になれよ、嬢様に苦労ばかけるな、……ああ、まだ、えれえ額が熱いわ。よしよし。……ああれ、嬢様あんた泣いてるな?
お妙 ううん そうじゃないの……。
段六 涙そんねえにこぼしていて、そうじゃねえていう法あんめえ。……無理もねえ、あんたまだ、そんねえに若えし、そんねえにやさしいお人だ。そこんとこへ持ってきて苦労が苦労だ、無理ねえて。

お妙 いえ、咲ちゃが泣くのでつい悲しくなったまで、何でもないの。さあ段六さん、あがって休んで――。
段六 へい、へい。……仙太公からことづかって来た金も、借りの払いやなにかであらかたなくなったし、……大の男でせえ途方にも暮れようて。まして、あんたはいままでこねえに立派な大家の嬢様、先はどうなるかと思えばお泣きんなるも道理だ。しかし安心なせえ、俺もせっかくこうして仙エムどんの位牌まで抱いてやって来て見れば、嬢様や子供衆の行く先のメドがつくまでは動かねえ積りだから――。
(不意に奥でワーッと人々の騒声がして塀外の道あたりを、何かに襲われて逃げて行くらしい百姓達の足音。騒音の中に「天狗だ! 天狗っ!」「いや城下の役人だでっ!」「お見廻りだっ!」「天狗が来たっ!」等の叫声だけがハッキリ聞取れる。……それに押しかぶせるように大砲の音)
(口をきくのを止め、それらの音に耳を澄まして顔を見合せて立ち尽す段六とお妙。――間。外の群集は次第に遠くへ逃げ去り、音は消える……)
段六 ……あああ、恐ろしい世の中だて。おららにゃ、あんのことだか訳もわからねえて。……馬鹿なことよ。殺したり殺されたり大砲を射ったり、ワアワアと、ああんの事だ。
お妙 ……段六さん。
段六 あんです?
お妙 ……あのねえ……あのう……仙太郎さん、……あの人の行方はまだ……?
段六 ……それでがすて。噂も色々あるし……おらも方々捜しちゃいるが(と、どうしたのか余り話したがらず)……ああ閂を差すのが未だだった(と戸の方へ行く)

声 (それと同時に戸の外――奥――で)今晩。ごめんねえ! チョックラここを開けて貰いとうござんす。急ぎの用があるんだ。ごめんなせえ! (戸を外から叩きにかかる。少しビックリした段六がくぐり戸を押えたまま不安そうな眼でお妙を見る。二人、眼で相談をする。戸をドンドン叩きはじめる外の男)
声 お留守ではねえ筈だ。開けて下せえ。おい!

段六 ……お前さん、どなただね?
声 入れてくれりゃわかるんだ。早く開けてくれ!
段六 オット、乱暴ぶっちゃ、いけねえ、何のご用か知らねえが、もう夜分だで、また明朝にして貰いてえ。
声 な、な、何をいっているんだ。そんな、お前……(いいながらくぐり戸を無理に押開け、段六を押退けて入って来た男、頬被り、素袷、道中差し、すそ取り、足拵え身軽にして、背中に兵児帯でグッタリ死んだように眠っている小さい男の子を十文字に負っている。入って来るなリブッツリ默つてしまって、ズカズカと四、五歩、土間から上りがまちに土足のままの片足をかけて、お妙を見、段六を見、それから家の中をジロジロ見廻している)

段六 (男の背中の子供を認めて)ああ、いけねえ、お前さま、子供さんを預かるのは俺がおことわり申します。いいえ嬢さま、あんた口をきいてはならねえ。一言でも口をきいたが最後、かわいそうになってしもうて、またぞろその子ば引取ってしまうのは、あんたの気性では、わかり切ってるで。口きいちゃなりませんぞ。これ、何という方か知らねえが、ここへくるのはよくよくのことだろうけんど、どうぞまあお断り申します。現在十一人の子供衆だけでも嬢様あ朝夕泣きの涙の絶えたことがねえ、この上に子供衆がふえたらば、嬢様あ、死んでしまいなさるて。それでは、あんまりムゴイというもんだ。ここんところは推量して、つらいこんだらうが、そのお子はそちらで育てて下せえ。さあさ、頼むから何もいわずに引取って貰いてえ。(と男を押戻しにかかる)さあさ、頼みだ。
男 (段六から胸を押されても動かず)おい、真壁の仙太郎を出してくれ!
段六 ふえい! な、な、なんだって! (お妙もエッと言って、二人、驚いて男を見詰めている)
男 驚くことあねえ。真壁の仙太を出せというのだ。
段六 (急には返事もできず、お妙と顔を見合せたり、男をマジマジ見詰めたりした後)……へえ。……お前様、どなたかねえ?
男 どなたもこなたもあるものか。(と頬被りをバラリと取る。くらやみの長五郎である)おい、お妙さん、もう見忘れなすったかね?

声 入れてくれりゃわかるんだ。早く開けてくれ!
段六 オット、乱暴ぶっちゃ、いけねえ、何のご用か知らねえが、もう夜分だで、また明朝にして貰いてえ。
声 な、な、何をいっているんだ。そんな、お前……(いいながらくぐり戸を無理に押開け、段六を押退けて入って来た男、頬被り、素袷、道中差し、すそ取り、足拵え身軽にして、背中に兵児帯でグッタリ死んだように眠っている小さい男の子を十文字に負っている。入って来るなリブッツリ默つてしまって、ズカズカと四、五歩、土間から上りがまちに土足のままの片足をかけて、お妙を見、段六を見、それから家の中をジロジロ見廻している)
段六 (男の背中の子供を認めて)ああ、いけねえ、お前さま、子供さんを預かるのは俺がおことわり申します。いいえ嬢さま、あんた口をきいてはならねえ。一言でも口をきいたが最後、かわいそうになってしもうて、またぞろその子ば引取ってしまうのは、あんたの気性では、わかり切ってるで。口きいちゃなりませんぞ。これ、何という方か知らねえが、ここへくるのはよくよくのことだろうけんど、どうぞまあお断り申します。現在十一人の子供衆だけでも嬢様あ朝夕泣きの涙の絶えたことがねえ、この上に子供衆がふえたらば、嬢様あ、死んでしまいなさるて。それでは、あんまりムゴイというもんだ。ここんところは推量して、つらいこんだらうが、そのお子はそちらで育てて下せえ。さあさ、頼むから何もいわずに引取って貰いてえ。(と男を押戻しにかかる)さあさ、頼みだ。
男 (段六から胸を押されても動かず)おい、真壁の仙太郎を出してくれ!
段六 ふえい! な、な、なんだって! (お妙もエッと言って、二人、驚いて男を見詰めている)
男 驚くことあねえ。真壁の仙太を出せというのだ。
段六 (急には返事もできず、お妙と顔を見合せたり、男をマジマジ見詰めたりした後)……へえ。……お前様、どなたかねえ?
男 どなたもこなたもあるものか。(と頬被りをバラリと取る。くらやみの長五郎である)おい、お妙さん、もう見忘れなすったかね?
お妙 あっ、取手で仙太郎さんと一緒にいなさった、お前様は……。
長五 そうだ、その時の長五郎だ。兄弟分の長五がやっとたずねてきたんだと仙太にそういってくれ。早くしろい!
段六 仙太公はここには居ねえ。が、お前さん、仙太公に会って何の用があるだ?
長五 斬るのだ。
お妙 え、斬る……?
長五 おおよ、ぶった斬るんだ。出せと云ったら早く出せ!
段六 き、斬るの突くのと、お前、そ、そんな、どういう訳で、そんな乱暴――?
長五 訳? フン、訳もヘチマもあるものか。仙太はこの子の親の仇だ。及ばずながら長五郎助太刀で仙太の首を貰いに来た。
段六 お、親の仇だと? そ、そ、それはまたどんな訳合いか知らねえけえど……?
長五 知らねえなら引っこんでおれ。土用の鮒じゃあるめえし、いちいち口をパクパク開いてびっくりしていて、いつまでも仙太を出さねえ了見なら、くらやみの長五気が早えんだ、手初めにうぬらから斬るぞ。(刀をズット抜く)

お妙 ま、待って下さんせ。一体どういう訳なのか、それを聞かせて下さりませ。
長五 筑波の山中でこの滝三の父親、日は浅えが俺のためにゃ義理のある下妻の滝次郎を仙太が斬殺したのだ。いってもわかるめえが去年の暮。筑波に開帳の賭場、それを仙太が荒しに来て有金ソックリさらって逃げ出したのを取戻そうと追うたのを仙太が斬った。俺あ、善悪をいってるんじゃねえ。そりゃ仙太にもそうしなければならねえ訳があったのだろうが、丁度、俺あその時、筑波の滝次郎どんの控所に転がり込んでゴロゴロ厄介になっていた。もっともあの晩は他所へ行って居合わさなかったがな。ウフフフ。門前町で次の日まで居続けて、その翌日帰って見るとコレコレだ。ふだん仏と異名のあるくらいおとなしい貸元だ。部屋の者もみんなおとなしいや、親分が殺されて唯もう泣いている。ダラシのねえ話。俺も初手は黙って見ていた。が、このまま仙太を追放しといて仇も打たなけりゃ、他の親分衆に挨拶も出来なくなるし、折角の仏滝一家の名跡も絶え、渡世の看板もこれですたれる、どうしたもんでしょう、くらやみの。

と泣きつかれて見りゃ、ははんそうかね、で見過していられるかい? その上一宿一飯、俺あ渡世に親分も子分もねえ風来坊だが、ならずもんの義理あ知っているんだ。……話に聞きぁ、お妙さん、お前も甚伍左てえ、えらもんの娘だ、此処のユクタテ多少はわからねえことあ、あるめえ。
何も云わずに出しねえ、真壁の仙太郎!

くらやみの長五郎が下妻の滝次郎一家に世話になっていて、渡世人の長五郎に敵討ちを頼み滝次郎の遺児を背中に背負って仙太郎を敵と付け狙うっています。
この後、仙太郎と長五郎は刃を交わすのでしょうか。
次回をお待ちください。

12月も押し詰まってきましたので、年賀状や大掃除などで更新が延びることもありますが、その辺は何卒ご理解を賜ります様、お願い申し上げます。

2018年12月08日
お妙の家
仙太郎は天狗党に入るのでしょうか?
その前に甚伍左の家を娘お妙一人で十一人の子供を預かって切り盛りしているなかに、いろんな人物が登場して来ますので今回は、この辺りを見ていきます。

やがて、前の時とは較べものにならぬ程急調にドウドウドウと山一杯に鳴り出す社の太鼓の音)
仙太 (その音で目が醒めたようになり)おう、こうしちゃいられねえ! (と箱を抱え込んで)じゃ、お二人さん、まっぴらごめんねえ。
加多 仙太、逃げるか?
仙太 冗談だろう。約束したんだ、とにかく植木まで突走るんだ。ご縁がありゃまた。(右手へ)
加多 五月には来るか?
仙太 先の約束あわからねえ、ま、ごめんねえ。(風のように右手へ消える)
今井 あの者、放してやっていいのですか?
加多 悪いとしてもしようがあるかな? ハハハ、いや五月には来ます。拙者が太鼓判を押す。
今井 (赤い空を見て)ウワッ! 爽快だなあ! 真壁に居合わさなかったのは残念だ!
加多 また、剣舞か? まず御免だ。気を立ててはいかん。さあ、行こう。(懐中から地図を出す)
今井 え、まだ行くのですか?

加多 まあ、気を立てたまうな。頭が熱すると物が見えなくなる。ええと、布切れで、そこの木立に目印を結んで貰いたい。
(今井しぶしぶいわれた通りにする)そう、それでよい。ええと、ザット、いま、寅とらの一点かな。
いや、おかげで北斗が見えなくなって困りもんだ。まあ、いい、西南稍未ひつじ寄りか、さあ行こう。
これから女体だ。(二人尾根道の方へ歩き出す。けたたましい太鼓の音の中に幕)

植木村お妙の家

 今は荒廃しているが、以前はさぞ立派だったろうと思われる大庄屋の家の母屋の内部。現在では人の出入は勝手口ばかりからなされているらしい。
 舞台右手半分は広土間、左手半分は大炉を切った勝手の板の間。
 広土間の奥――舞台正面やや右手寄りに、くぐり戸付きの勝手出入戸。右隅に釜場。板の間の左手は戸棚になっていて昔はそこに台所道具が入れてあったらしいが、いまは下の段は戸が立ててあり上の段には沢山の位牌が並べてあって仏壇に当ててある。戸棚に続いて右手奥に、板の間から納戸部屋、奥の間などに通ずる口が見える。全体ガランと広いばかりで、家財道具はまるでない。
 春の日暮れ。子供の泣声。

お妙が、病気の孤児でお咲と云う小さい女の子のむずかって泣くのを背に負うてあやしながら板の間を彼方に行き此方に行きして歩いている。
もう余程以前からこれを続けているらしく、お妙自身まで疲れ果て泣き出しそうな顔である。

誰がいつ結ってくれたのか田舎島田の根がくずれてガックリしたのを藁シベで少し横っちょにしばってある。からだつきや顔立ちが、やつれたとはいうもののまだ初々しくフックラとしているだけに、あたりの様子や身なりなどから認められる労苦――多数の孤児を抱えての日々の労苦の跡が尚更痛々しく見える。(お咲以外の他の子供達は全部奥の納戸で寝ついてしまっている)お咲の泣声が高くなる度に、自身に子供を持ったこともないお妙にはどうしてよいかわからず術ないままに歌っている子守歌も涙声になりかかる。

お妙 ……ああよ、ああよ、咲ちゃはええ子だな、ええ子だな。ああよ……。兄ちゃんや姉ちゃんは、もうみんな寝てしまったのよ。おまんまを食べて、それから、おとなに寝てしまうた。寝ないのは咲ちゃだけよ。咲ちゃはキイキが悪いねえ。おまんまは食べられない。食べる? 食べるの、咲ちゃ? (と肩越しに振向くお妙の顔を、ヤーンとまた激しく泣き出したお咲が小さい平手で撲る)……おおよしよし、食べたくない、咲ちゃは食べたくないの。そうじゃねんねしようね、咲ちゃは善い子だねえ……あああ、ねえ……(と意味のない声を出して子を揺さぶり歩きながら、うるんできた眼尻を指先でこすっている。

突然、奥遠くで三、四人の男の声が走りながら何かけたたましく叫び交す。それが消えたと思うと、遥かに遠くの方でドーンと、微かな地響を伴った大砲の音。ギクッとして歩みを止めて立つお妙。音でチョッと泣声を止めたお咲が、前よりも更に激しく泣き出す。お妙再びあやしながら歩き出す。ギクッとはしたものの大砲の音を聞くのはこれが初めてではないらしく、不安になっただけで大して驚いてはいない。また大砲の響。……)おおよし、怖くはない、怖くはないのよ。ドーンって。ドーンって鳴るねえ。
ドーン、ウルルルル。ねんねするのよ、咲ちゃは善い子だ。さ、ねんねよう、おころりよ、筑波のお山に火がついたあ、火がついた、烏が三匹焼け死んで、その子の烏がいうことに、いうことに……(しかし長く尾を引っぱったお咲の泣声は止もうとはせぬ。あぐね果てたお妙はクスンクスンと涙をすすり上げる。しかしそれをこらえて)あんまり泣いていると、お山から天狗が飛んで来て咲ちゃを取るのよ、天狗はこおんな顔をしているのよ、怖い怖い! わしのお嫁になれえっ! ていうのよ。ホホホ、よくって咲ちゃ? (自分で自分をはげまして、せつなげに笑いながら)大きくなったら咲ちゃは、何処へお嫁に行くえ? 天狗さまのところへかえ? おお、いやだ。お百姓のところかえ? 町へかえ? ホホホホ、刀を差した人のところかえ? (そして不意に何を思い出したのか、急に真赤な顔をして、思わず頭髪に片手をやる。……ちょいと泣き止んでいたお咲がまた泣きはじめる。びっくりして歩き出すお妙。

無理に笑ったりしたために却って一層悲しくなってしまい、流れ出る涙を袖で拭きながら、何をいう元気もなくなって無言で……間。……三度大砲の音)……え? なあに? ウマウマ、そう、……困ったねえ、ウマウマ? オッパイ? ……お乳が欲しいのね。
……いいわ、じゃ(とお咲をソッと背から胸の方へ抱え直して襟を開ける)さあ……(四辺を見廻して)恥ずかしいねえ。いいわ、さ。おお、くすぐったい。(乳房にかぶり付いたお咲、チョッと泣止むが直ぐに乳が出ないのでジレて、それを離してけたたましい泣声をあげる)出ない? そう、困ったねえ。あああ、……ね咲ちゃ、私が頼むから泣かないで、お前が泣くと私も泣きたくなるのだものを。後生だからね、咲ちゃ……(弱り切った彼女の眼に仏壇が見える)それではマンマさんに頼んで見よう。

それ(仏壇の前へ行き、沢山立っている位牌の中を捜して一つを前に取出す)それ、これが咲ちゃの母ちゃんだ、お寺様にお頼みもしなかったので戒名もついていない。母ちゃんよ、ようく拝むのよ咲ちゃ、私は一人ボッチでここにいます、ハシカが悪い、食べるものもない、嬢さんのお乳は出ない、母ちゃんが死んでも私のことをどこかで見ておいでならば、早くキイキを治して下さるように嬢様のお乳からオッパイを出して、そして、私に飲ましてくださるように……(自分も位牌を拝む)さあ母ちゃんに頼んだから……(と再び乳房を吸わせるが出ないものは出ないので、再びお咲が火のついたように泣き出す)出ない……どうしようねえ、咲ちゃ……(もう何をいう元気もなくなり、ボンヤリ位牌を見ていた後、こらえ切れなくなって段々シャクリ上げてお咲と一緒になって声を出して泣き出してしまう)……(間)


(奥、塀外を四、五人の人が二声ばかり叫声を上げてバタバタと走り過ぎる音。――あとシーンとなる)
男の子の声 ……ア、ア、ア、父ちゃん(といいながら着のみ着のままで納戸に寝かされていた子供達の中の一人、小さい男の子が、眼こそボンヤリ開けているが眠った顔をして、帯をうしろにダラリと垂れたままヒョコヒョコ出てくる。泣きくずおれているお妙を見ないでフラフラ上りばたの方へ)……あによ、すっだい、馬鹿! (と大きな、調子はずれな声)お役人の馬鹿め! うちの父ちゃん、ぶっ叩くの、やだようっ! ぶっ叩くの、やだようっ!
お妙 (びっくりして振返り、立って、追って、男の子の肩を掴む)まあ、吉坊、また、寝ぼけてどけえ行くの、これ!
吉坊 (お妙をポカンと見上げるが、まだ眼はさめず)父ちゃんけ? ……うん? おら、芋ば食いてえや。芋ば食わしてけれよ。芋……(半分われに帰りかけて、ベソをかいて泣きそうにするが、またボンヤリしてしまう)
お妙 芋? そう、明日になれば芋、食べさせてよ。だから、いまごろ寝呆けては駄目よ、吉坊。さ、早く寝て、明日はまた小父さんの畑の加勢すっだよ。(と吉坊の手を引いて納戸へ連れて行く。声)まあ、みんな何て格好をして寝るのだろう。さ……(やがて出てくる)ホホホ、おかしいねえ咲ちゃ、吉坊が又寝呆けてさ、ホホホ、ねえ、……(と一人ごとをいっている間に、今度はどうにもこうにも辛く悲しくなってしまい、手離しでしゃくり上げる……)
(戸を叩く音)

声 嬢様! 嬢様! おらだ、開けて下せえ。嬢様!
お妙 (それがやっと耳に入り、チョッと立って聞いていたのち、誰だということがわかり、イソイソして土間に降りて、くぐり戸の閂をはずす)……段六さん?
段六 へい、馬鹿におそくなってしもうて、これは済みましねえ。(と百姓段六入ってくる。野良姿で、長柄の鍬とオウコを肩にかついでいて、オウコの先には片モッコを釣って、その中にフロシキ包みが二つばかり入っている)ああにね、麦畑の方は小僧どもと一緒に早くおいたですけっど、おら、あれからお咲坊にやる飴ば買いに宿しゅくまで一走り行ったで、そんでおそくなった。(言いながらかついでいる物を土間の隅にチャンと置き、モッコから包を取出す)アハハハ、これだ嬢様。
お妙 まあ、それはご苦労でがんした。お疲れさまだ。あの、ここにチャンと湯はわかして置きましたから……。

段六 ああによ、お前様、疲れはしねえ。人はどうだか知んねけえど、私あタンボさえやってれば大してくたびれはしねえし、真壁にいても、世間は戦争だ天狗だとワアワアいって田畑あ作ってもどうなることだなんどと騒いでいる中で、おらだけがタンボやっているで、人あ馬鹿にします。ハハハハ。今日も吉坊や辰公なんどに畑仕事教えながらいうて聞かせてやったでえす、百姓がタンボしねえで誰がすっだ、ってね。ハハハ。いや、ここの子供衆はみんなよくやるて。辰公はじめ四、五人は麦の中すきなども、もうチャンと出来る。
おらあ見ていて哀れなやら、嬉しいやら、毎日畑じゃ泣いたり笑ったり、埒もねえ話だあ。

自分の子どもではない身寄りのない十一人の子供を世話しながら、お妙の苦労も大変ですが、そんなお妙の家に次々と訪問者が現れます。
次回をお待ちください。


2018年12月02日
仙太郎、加多源次郎と再会す
博徒一味との斬り合いを終えて肩で息をしている仙太郎に声をかけて来た武士がいました。

今井 (真剣の斬合いを初めて見たために気が立ってブルブル武者顫いをし、歯をカチカチ鳴らしながら)おい、こら!
仙太 おお! (とびっくりして身構え。変な顔をして竈の方を振向き加多を見る)
加多 今井、危ない! (仙太に)刀とうを引け、それは拙者の連れだ。

仙太 へい(ボーッとしている)
加多 だいぶ出来るなあ。お前。
仙太 ……へい。
加多 とどめは刺さないのか?
仙太 へい……いえ、へい。(自分に返って)あ、刀とうと言やあ、どうも何でえす、先程はありがとう存じました。お礼の申しようも……。いえ、そいつは、斬っといてとどめを刺すなあ無職出入りの定法でえすけど、今日はいたしません。仕かけられたのでよぎなく買ったこの場、とどめまで刺しちゃ冥利が尽きます。
私が立去りゃ今の連中が来て引取り、助かるもんなら助かって貰いてえ。

今井 加多先輩、これは賊です。斬ったら?
加多 まあ、よい! 刀を納めたまえ。
仙太 どうぞ、まあ、お見逃しなすって……。
加多 殺したくはないのだ、はよかった。ハハハ。今井、君もやれたらこの男にかかって見るか? 斬りたくないと言って君も斬られるぞ。何しろ、出来る。
仙太 ご冗談を。じゃ、ええと、ご大切のお腰の物よごしまして相済みません。お返し申します。
へい、何ともはやありがとうごぜえました。(刀を手拭でザッと拭き柄をも拭いて鞘に納めようとするが、右手の指がこわばってしまい、柄にねばりついて離れぬので驚いて振ったり、ひねったりする)おお、こいつあ!
加多 アハハハ、拙者のは少し重い。手に合わぬ刀を使うと、よくある奴だ。どれ。(と仙太の右傍へ行き、ウムと言って肱の辺をタッと一つ叩く。刀が仙太の手から離れる)
仙太 (落ちそうになった刀を受けて鞘に納め)では。恐ろしく結構な代物で。お蔭で助かりました。お礼を申し上げます。(と加多を初めてよく見詰めて、少しびっくりしたようである)

加多 切れるか?
仙太 切れるにも何にも、こんな立派なドスを掴んだのあ初めてで。あっしのなざあ、何しろ、ひん曲ったのにはびっくらしました。(身体を拭いたり寺箱を包んでいた着物を着たりしながら)
加多 どうだ、面白かったろう、今井君。
今井 え? ええ。初めてです。実に……(まだ昂奮が納まらず、ジロジロ仙太を見詰めている)

加多 あれだけの気合は士にもチョットない。腕も確かに切り紙以上だろうが、それだけではない。実戦の効だ。免許の士が向ってもまず敵し難いなあ。(と口ではひどくノン気な事をいっていても眼は鋭く、黙って身仕度をしている仙太の横顔を見詰めている)
仙太 (仕度を終わり、地に手を突いて)じゃ、まあ、ご免なせえ。色々のご心配、生涯忘れることじゃござんせぬ。厚く御礼申しやす。ごめんなせえ。(辞儀をして立ち、箱を持って右手へ行きかける)
加多 (黙って見ていたが、やがて)待て。
仙太 ……? (立止り振り向くが加多が何とも言いつがないので、小腰を屈めてから再び立去りかける)
加多 待たぬか、この大馬鹿者め!
仙太 へい? へへへ、ご冗談を。
加多 阿呆! 馬鹿と言ったが聞こえぬか?
仙太 そこで言って俺が聞こえねえ法はありやせん、しかし馬鹿は承知だ。からかいなすっちゃいけねえ。私あ先を急ぐんで。
加多 物取り強盗、世が真直ぐに歩けると思うか?
仙太 なんだ、そのことか。へへ、真直ぐも曲ったもねえ、どうせこのご時世でさあ。百姓町人に利ける口の持合せはねえときまった。旦那、どうせ初手から横に這おうと腹あすえています。
加多 百姓町人に? うむ。その百姓町人に口が利けたらどうするのだ? 百姓町人が飛出してやれる仕事があったら、貴様はどうするのだ?
加多 百姓町人に? うむ。その百姓町人に口が利けたらどうするのだ? 百姓町人が飛出してやれる仕事があったら、貴様はどうするのだ?
仙太 ご冗談を。アハハハハ。お士の天下だ。
加多 ……よし! では、その寺箱から胴巻ぐるみソックリここに置いて行けと言ったら何とする?
仙太 何だと
加多 見ろ、何とするのだ?
仙太 ブッタ斬るまでよ! と言いてえが、恩を着たお前さん方だ、もう、あやまるからいい加減にご冗談はおいて下せえ。

加多 真壁の仙太郎!
仙太 何っ!
加多 とか言ったな、お前の眼は五寸先は見えても一尺先は見えないのだ。その金を持って飢えて泣いている百姓の子を何十人、助けに行くとも言った。金打きんちょう、嘘だとは思わぬ。したが、飢えて泣いているのは、天下、その何十人だけだと思っているのか? 馬鹿っ!
仙太 アハハ、何を言うかと思やあ、大ザッパな話をしなさる。あたぼうよ、いまどきに朝夕泣いていねえ百姓なんどザラにゃいねえ、百も承知だ。しかし見ても知れよう、こんな業態ぎょうていだ、ならずもんだ、俺あ、ならずもんの腕で出来るだけのことをするだけだ。士さむらいは士らしい駄ボラを吹いてそっくり返っていりゃいいんだ。俺あ士は大嫌えだ。五寸先が一寸先だろうと余計なお世話だ。
加多 アハハハ、怒ったな。それがさ、同じキンタマをぶら下げていて、その腕にその度胸、俺とお前がどう違うと言うのだ?

仙太 面白え! (と寺箱を地に下して、加多の方へ寄って来る)おい加多さん。
今井 おお、知っている!
仙太 知っているも何も四年この方、忘れたことあねえのだ。そっちじゃもう忘れていなさるだろうが、四年前の冬、下妻街道を江戸の方から水戸へ向いてお通りなすったことがあるだろう?
加多 ウム……あったかも知れぬ。
仙太 その折、小貝川の河原近くで叩き放しのお仕置きを受けた百姓が三人ありゃしませんでしたかい、その一人の舎弟で仕置場側の街道で願書に名前をいただきてえと泥っぽこりに額をこすりつけていた男、現にお前さんのすそにすがってお情け深いことをいって貰った……。
加多 そうそう、思い出した。たしか兵藤や甚伍左が一緒であった。そのときの……?
仙太 そうでえす。そのときの百姓仙太郎のなれの果てだ。そのときのこともあれば、今夜の恩もある。俺あご恩は腹にしみているんだ。そしてあのときも、私の出した奉書にあんたは天狗党一同と書いて下すった。
去年あたりから小耳に挟んだ噂もある。いざといやあ筑波だそうだって、村の子供だって知っていらあ。

そこんところへ持ってきて今夜ここで出会ったあんた方だ。一目見て、こいつは! と思わねえ奴が阿呆だ。大概何をしにきていなさる位察しがつきやす。面と面と突き合わして、何だかだと話がからんでながくなりゃ、これはこう、あれはああと、加多さんじゃござんせんか、仙太郎か、てなことでお互いに山ん中ですれ違った仲では済まされなくならあ。そうなりゃ俺あいいが、あんた方の折角のことに邪魔になるだろうと考えてソソクサ行こうとしたのが有りようだ。ハハハ、どこが違うと言われたって、仕方あ、ありはしねえ、桝一升にゃ一升しきゃ入らねえ、俺あ俺だけの了見で俺のしたいことをするまでだし、あんた方あ、あんた方で天下を取るなり千万人を助けてくれるなりしてくだせえ。まあ、見物していやしょう。俺あ自分の手に合うことがあれば駆け出して行くまでの話だ。へい左様なら。

加多 ……そうか! うむ。仙太郎!
仙太 なんだ……?
加多 長い短いをクダクダとはいわぬ。手に合うことがあれば駆け出して行くというのは、定だな。
仙太 あたりめえだ。
加多 それならば、五月にこの筑波にもう一度登って来い!
仙太 おっと、そこまではいいっこなし。恐れながらと俺が江戸の奉行所へ突走ればどうしなさるのだ?
加多 ハハ、いうな。貴様がイコジになって嫌がらせをいくらいったとて、拙者は聞かぬぞ。考えて見ろ。
即今の時勢は士であれ町人であれ百姓であれ、天下に志と意気ある者の合力を命じて居る。一人づつの力と策を一つづつ燃え上らせてその場限りの欝を散じる事ならば、中世の遊侠の徒でさえもやった。また、それが果して何のたしになった? どうだ? (仙太郎、黙って返事をせぬ)……個人の力をため、控え、引きしめ、結束すべきだとは思わぬか? 而して時あって起つ! 時あって起つのだ!

一人二人の人間のその場限りの暴挙が何になるのだ? 大ザッパの事をいうとお前はいったが、では、その金で何十人の百姓を助けに行って見ろ、十両あるか百両あるか知らんが、その百両の中九十両までが、やれ借財だ運上だ貢租未納だ、何だかだで、右から左に役人や領主、地主の手に入ってしまうのだぞ。それでも今日はそれでよい、明日が日はまたどうなるのだ? 聞いているか? お前の百両は、それらの百姓の苦しみを明日まで一寸伸ばしにしただけだ。
仙太 ……。
今井 (ヒョイと奥の夜空に目をやって)おお、明るい! (なるほど奥、遠くの夜空がボーッと焼けてきている。夜明けの明りとも違う。もっと赤い)
加多 ……他の国の士のことは知らず、水戸は義公烈公以来、東湖先生以下、農を以て国本とす、志有る士は百姓を忘れて存在しなかった。知っているらしいからいうが、今回のことも、われわれの志が上、上天と下百姓の思うことと血がつながっていなければ、ことは成らぬ。成る筈がないのだ! また、つながっていればこそ、玉造、小川、潮来一円、何百という百姓がわれわれに来り投じたのだ。
仙太 え、百姓が

加多 そうだ。その上に常・野・総三国にわたって動こうという博徒無頼、バクチ打ちだな、これが二十人近くはある。これは何の故だ? また、何のためだ? 現にあの甚伍な、あれがその雄なるものだ。
仙太 そ、そ、その、実あ、私がこの金を持って行こうというのは、その甚伍左の旦那の留守宅だ。
加多 見ろ、甚伍左は、他の一切の事を忘れているのだ。家や村を顧みる暇がないのだ。
仙太 旦那あいまどこにいらっしゃるんで?
加多 それは拙者も知らぬ。あるいはどこかの野末か軒下で斬られて死んでいるかも知れぬ。
今井 加多さん、玉造の諸兄は予定通り敢行したらしいですなあ、ご覧なさい!(空の火明りは急速に赤くなり、その反映が三人の顔に赤く映るぐらいになる)
仙太 おお! ありゃ真壁の町だ!
加多 われらと同憂の士が、玉造の百姓とともに打って出て、永らくわれらに耳を貸そうとしない横道の物持ち、米商人あきんど、質屋、支配所、陣屋などを焼くのだ。……綺麗だなあ!
今井 天狗組最初の狼火だ! 日本国を焼き浄めるための、あれは、第一の火の手だっ!
(三人は谷に向い、益々赤く焦げる空に対して、ジーッと無言で真壁の方を見詰めて立つ。事実音が聞こえる程に物凄く赤黒く焦げて行く空。
三人無言で立ったまま非常に永い間。――驚いてけたたましく鳴く遠くの猿の声。夜鳥の叫び。

仙太郎と加多源次郎の再会は仙太郎の運命を変えていくのでしょうか。
次回をお持ちください。


2018年11月23日
斬りたくねぇんだ
暗闇の山の中、仙太郎を血祭りにしようとする博徒連中が山の中を包囲しています。
仙太郎は、どうなるのでしょうか?今回はこの辺りを見ていきます。

今井 小気味のいい奴だなあ。
喜造 冗談おっしゃちゃいけねえ。ま、ごめんねえ。
加多 おい、門前町から社へかけて奉行所、八州、又は代官所の役人らしい者は立廻っていないのだろうな?
喜造 へえ? いいえ、さあ、どうですか。
加多 そうか、よろしい、行け。(いわれて喜造、ブツブツ言いながら元来た方へ引返し歩きはじめる)
加多 ……(今井と顔を見合せ、刀を鞘に納め)アハハハ、ハハハ(今井も哄笑。七三の辺で二人の笑声でビックリして立止って振返る喜造。呆れて見詰めている。
とまた出しぬけに付近の山を捜して走り廻っている人々の叫声が奥でおこる。
喜造われに返って、揚幕の方へ振向こうとするトタンに、何の前ぶれもなしに揚幕から走り出して来る男。
足拵え厳重、裸、手拭、頬被り、切り立ての白木綿の下帯腹巻、その上に三尺をグイと締めてそれにゴボー差しにした鉄拵え一本刀。脱いだ素袷で持ち重りのする寺箱と大胴巻をグルグル巻きに包んでこれを左わきに抱えこんでいる。この異様な風態の上に裸の右肩先に、返り血だろう、紅いものをつけている。

ダダダと走って来て、丁度ヒョイと振向いた喜造の胸に、頭突づつきをくれんばかりに迫る。おッ! と叫んで、とっさにバッバッと五、六歩、舞台袖のところまで飛退る喜造、突出した抜身越しにすかして見る)
喜造 おう、やっこ、待てっ!
男 (見すましてチョッと立止った後)ガッ! (と叫んでドッと体当り。持った刀を揮う暇もなくワァッ! と叫んでデングリ返った喜造、はずみで足を踏みすべらしドドと音がして悲鳴を上げながら奥の谷へ転げ落ちる。

男はそれをよくも見ないで、小走りに右手の方へ舞台を横切りかける。既に今井は岩蔭に、加多は竈の凹みに身をかくしてこの様子を見ている。男、下火になっている焚火をヒョイと認め、足を止め、前後を見廻している。やがて何と思ったのか、ウムといって火の傍に包みを下し、それに腰をかけ、眼は油断なく尾根の方と峠路の方をかわるがわるすかして見込みながら、頬被りを取り、肩先を拭う。真壁の仙太郎である。

間――。
 右奥からザザッと音を立てて走り出て来る博徒甲。これはまた思いきりよく素裸、全身に刺青をしたやつに腹帯下帯だけで散らし髪、ドスは下緒で斜めに背中にくくりつけている。誰もいないと思って出て来たらしく、音に驚いて振向いた仙太の姿を一目見るや、ギョッと立止る)

甲 おおっ! やっこ、此処にいやがったな! さ、出せ、寺と場銭をスッカリ出せっ! お、俺あ、このほり物で見知っているだろう、場で中盆を預かっていた葛西の新次だ。そいつを持って逃げられた日にゃ渡世の顔が立たねえのだ! さ、出せといったら黙って出せ! (仙太返事をせず)……出さねえな? バクチ打ちの作法も冥利みょうりも忘れた野郎だ、よしっ! 命あ貰ったから覚悟しろっ! (と右肩越しにドスを抜くやバッと仙太の方へ斬り込みそうにするが、及び腰になって首を下げてすかして睨んでいる仙太の沈黙に気押されて、却って一、二歩後すざりして、刀を上段に構え直す)……ウッ! 

(今度は再び中段に構え直す。直すや思い切って切先を少し下してセキレイの尾のようにヒタヒタと上下に揺りながらツツツと二、三歩でて来る。両眼が血走って釣上ってしまっている。と同時、気合いも掛けないで仙太郎、刀を抜いたのと踏込んだのと殆ど一緒、右真向に斬りつける。

それがタタッと下りながら、あわてて刀を上にあげて防ごうとした甲の刀と右小手と右肩口に同時に打下ろされてガバッ! とひどく大きな音がするが、どうしたのか斬れはしなかったらしい。
矢継早やに仙太郎、流れた刀のはずみに乗って、甲の腰へ斬りつける。斬れない。甲がフラフラッとする所へ、ダッと体当り。甲、ワッと叫んで谷へ。転げ落ちながら「此方だ! 此処だっ! おーい、此処だ!」と叫ぶ声。

それを見すました仙太郎、抜身をすかして見るが、暗くてよく見えないので焚火の方へ戻って火の光で見る。ササラのように刃こぼれがしているのだ。思わず感心して刃に指を持って行こうとしたトタンに、同じ右手から風のように飛出して来た抜刀の博徒乙、――これは着物を着ている――何とも言わずに斬りつける。オウといって身をかわした仙太、剣法も何も無い棒撲りに撲る。乙倒れる。仙太襲いかかって棒で犬でも叩く様に刀で二つ三つ撲ると、乙がウーンと唸って眼をまわしてしまう。

再び焚火の方へ戻って来て右手の刀をヒョイと見ると、鍔元の辺からグニャリと曲ってしまっている。
仙太は呆れてしまってそれをマジマジと見ている。――やがてそれをポイと捨てて失神した乙の方へ行きその刀を拾って見ると、これ又仙太に撲ぐられたはずみで切先五、六寸折れてない。それでもまだ自分のよりはましなので、それを握り突立ったまま、シーンとした四辺の気配に気をくばり、見廻している。
静かな中に、右手、谷の傾斜、左手奥などから此処を取囲んで迫って来る七、八人の気配。かすかな足音など。……間)

仙太 (荷物の側にピタッと坐って、折れ刀をカラリと土に置き、まだ姿は見せぬ追手に向ってかなり大きな声で)……まっぴらごめんねえ。一天四海、盆業渡世にねえ作法だ、ねえのを承知でお騒がせしましたこのおいら、逃げも隠れもするこっちゃござんせんといいてえが、今夜のところあ逃がして貰いてえのだ。
逃げてえのだ、へい、貸元衆! お前さんちの前で口はばってえいい草だが、おいらあ人を斬るのは嫌えだ。斬れもしねえ。……聞いて下すっているかね、貸元衆、俺あご覧の通りの名も戒名もねえ渡り鳥、ホンの昨日今日かけ出しの三ン下でえす、へい。しかし筑波を荒したのが三ン下にしろ渡世人のはしくれだったと、後で世間に聞こえて皆さんのお顔にかかる心配が有りゃ、ぬすっとにして下すっても結構でがんす。

ぬすっとに金を盗まれて顔がどうのということもねえ。俺あぬすっとです。へい、ぬすっとだ。そのぬすっとも、これだけの金、うぬが栄耀えいよう栄華に使おうと言うんじゃねえ、何十という人の命が助かるのだ。
お前さん方にすれば今晩一晩の賑やかし、これっぱっちの寺や場がなくても、市あ栄えよう。

お願えだ、貸元衆、今夜のところは、お見逃しおたのん申してえ。仕事を済ませりゃ、えり垢洗って出直して参りやす。おたのん申します。同じ無職の人間が口をきいていると思やあ腹も立とうが、そうじゃねえ。百姓の子が火のつくように泣いているのだ。皆さん衆の荒みあがり、それもホン一晩のところ、あっしに下すったと思わねえで、其奴等に恵んでやったと思って、今日のところあお見逃し下せえ、貸元衆、真壁村の仙太郎、恩に着ますでござんす。

へい……(返事無し。その間、今井がこらえ切れずなって岩蔭から出て行きかける。加多も凹味から首を出して四辺を見る。と、既に無言で谷間の方、右手左手の三方から仙太を目がけて迫って来かかっている七八人の人の姿と、木立の間でギラリと光るドスが見られるので、加多片手をあげて今井に出るなと制する。物凄い空気だ。仙太、坐ったままジリジリと後すざりする)……おいらあ、斬りたくねえ、殺生はしたくねえのだ。人を殺したくねえ、きこえねえのか! おいら……。
(みなまでいわせず左手奥の木の下の闇の中から抜身、袷、すそ取り、たすき掛け、三十七、八の代貸元、下妻の滝次郎、バッと飛出して来る)

滝次 やかましいやい! 口がたてに裂けやがったか! 殺したくねえとなけりゃ此方で殺してやらあ。
それ、ぶった斬ってしまえ! (同時に博徒等七人抜きつれてザザッと飛出して来る。皆歯を喰いしばっていて無言である)

仙太 (後すざりながら、右手を突出して)待った。仕方が無え、相手になる。相手になるがそういうお前さんの戒名承知して置きてえ。
滝次 聞かしてやらあ。下妻の滝、当時北条の喜兵の名代人みょうだいにんだ。
仙太 北条の喜兵の? そして上村の弥造親分とは?
滝次 弥造は俺の兄貴分だ。
仙太 ……それ聞いて少しは気が楽だ。もう一度いうが、俺あ人は斬りたくねえんだぞ!
滝次 音ねをあげるのは早えや! やれっ! (と八人がザッと抜刀で半円を作って踏込んで来る。
仙太折れた刀を取り、スウッと下り、左膝が地に着く位にグッと腰を下げて殆ど豹のような姿勢で構える。
以下斬合いが終ってしまうまで双方全然無言である。博徒の半円が次第に右に廻り込んで来る。それにつれて仙太もジリジリと左に廻り込んで行き、炭焼竃をこだてにとる体勢になる。

間。凹味にいる加多、黙って大刀を鞘ごと抜き地において手で仙太の足元へ押してやる。仙太気づいて大刀と加多をパッパッと見て、驚き、これも敵だと思い、とっさに一二歩右へ寄ろうとする。油断なく八人に身構えしながらである)
加多 大事ない、使え!
仙太 ……(加太が敵でなく、自分に刀を貸してくれたことがわかり)へい! (といって、足元の太刀を取ろうとするが、その隙がない。隙を造ろうと、円陣に向って四、五歩バッと踏み込む。

博徒等四、五歩下る。が元の所に返った仙太が大刀を拾わない間に円陣は再びズズッと迫っている。
間かん。仙太、いきなりオウー! と吠えて持った折れ刀を円陣の中央めがけて投げつける。虚を突かれて博徒達がタタラを踏んで五、六歩も後すざりするのと、仙太が大刀を拾って抜いて構えたのが一緒。

そのまま、仙太、ウンともスンともいわずにツツと進んで、円陣を乱されて立直ろうと混乱している博徒の群に斬って入る。誰がどう打込んでどうかわしてどう受けた等まるでわからぬ。

バシッ、カチッカチッなど烈しい音がしてムラムラとしたと思うと、ゴブッ! と一つ音がして同時にワーッ! と悲鳴。混乱の中からツツツと後退りして来て、再び構えた仙太の左二の腕に、返り血か斬られたのか鮮血。立直って再び襲いかかって来る博徒等が、七人になっている。

見ると、うしろの方に一人斬られて倒れている。――間かん。無言の対峙。ジリジリと左へ廻り込む仙太。
この時、博徒の円陣の右から二番目に構えている男の裸の肩の辺から腹帯へかけて一筋血がプツプツとにじみ出して来て、見るまに腹帯を赤く染めるのと同時、トットットッ三、四歩前にのめってウムと低く唸って前に倒れてしまう。乱陣の中で仙太に斬られていたのを自分でも気がつかずにいたのである。

間かん。ウッ! と叫んで滝次郎、飛込んで斬り下すのをはずして仙太横に払う、滝次刀身でバシッと受ける。二、三合、とど仙太の刀が一太刀滝次の腰に入る。滝次こらえて気が狂ったように真向から打下して来かかるのをかわしもしないでバッと足を払う間髪の差で滝次斬られてダッと横に倒れる。仙太も肩の辺を少しかすられている。滝次の斬られたのを見るや、にわかにおじけついた五人は、叫声を上げて、三人は右手奥へ、二人は竈を廻って花道へ風のように逃げ出して行く。仙太は追おうとはしないで、チョッとの間そのままで構えていた後、刀を下げて、あたりを見廻わす。肩で息をしている。
今井、抜刀を手に下げたまま岩蔭から出て来る)

仙太郎と博徒連中の斬り合いのなか、使い物にならなくなった刀を持った仙太郎に、この斬り合いを見ていた武士の一人が自分の刀を指し出して窮地の仙太郎を助けます。
仙太郎と、この武士はどんな関係のなのでしょうか、次回をお持ちください。



2018年11月16日
賭場荒らし
甚伍左親方の一人娘、お妙の窮状を知って、考え込んでいた仙太郎はどうするのでしょうか。
今回は、このところを見ていきます。

(先程、長五郎と仙太に川へ叩き込まれた子分二と三が、ズブ濡れ泥だらけになって顫えながら茶店の裏から上がって来て、その辺をグルグル駆け廻ってわめく、子分二が眼に泥が入って向うが見えないので、切落された柱にぶつかる。そこへ三もまたぶつかる)

子分二 やい! やい! ウーン、俺を誰だと思う……(しり餅を突いてアブアブやっている)
仙太 (鞘を納めるのをいままで忘れてさげていた刀にヒョイと気づき、ズット刀身を見ていた後、ビューと一振り振って、パチリ鞘に納め、揚幕の方を見込み)さ、筑波の賭場だ。ム。
(振返って遠くを望み)山へかかって丁度六つか。おーい、長五郎! 待ってくれーい! 長五! おーい!(と叫びながら、長五の去った左手の道へ小走りに去る)

夜更けの山中の静けさ。
 木立や岩などで取囲まれた台地の奥は深い谷と暗い空に開いている。花道に筑波女体から十三塚峠に達する尾根伝いの山道。正面やや左手に[#「正面やや左手に」は底本では「正面や左手に」]打捨てられた炭焼竈の跡。

 揚幕の奥遠くはるかに筑波神社の刻の太鼓の音ドー・ドー・ドーと遠波のように響く。夜鳥の声。梢を渡る風の音。猿の鳴声。
 間――。
 右手隅に立っている木立の幹や梢に斜め下の方からボーッと丸い明りが差し、次第に強くなる。(峠の方から登って来る人の手に持たれた龕燈がんどうの光)ガサガサと人の足音。

声 ……(中音に吟じながら)君不レ見漢家山東二百州、千村万落生二刑杞一、縦ヒ有三健婦ノ把ル二耕犂一、禾クワ生二滝畝ロウボウ一無二東西一……。
まっと、のしなはい、今井君。提灯持ちが後から来たんじゃ、問題にならん。地図どころか第一、羅針盤の針が見えんですぞ! (といいながら出て来て、下からの光の輪の中に立ち、手に持った地図を覗いている士は、身装こそ少し変っているが、第一場に出て来た加多源次郎である)

声 ひどいですなあこの道、加多さん! これで五斤砲が通りますかなあ!
加多 砲といえばいつまでも五斤がとこの物だと思うていられるのか? 青銅元込めで二十斤五台ぐらいは引つぱり上げる予定ですぞ。出来ているのです。ハハハ、野戦の法に、道は尺を以て足れりとしてある。通りかねるのはあんたの足だろう。弱過ぎるのだ。

今井 (フーフーいいながら龕燈を提げて出て来る。旅装の士)いやあどうも。これでも馴れれば楽になるでしょうが。
加多 (光の中で地図を覗いている)ええと、これだとすれば、この見当として北西北。……ウム。(仰いで)星は? 見えぬか。いや見える。天頂より未申ひつじさる、稍々酉とりに寄るフン……と? よし、これだな。今井君、そこの岩に登って下さい。
たしかこの辺から真壁の町の燈が見える筈だ。
今井 (岩に登って)こうですか? この方角ですか? おお、見える! 殆ど真下です。
加多 それではその真壁の燈あかりを正面に見ながら両肩を向けて左腕を正しく横に上げて下さい。そう。それでいいかな? 正しい? よし、(と今井の左腕の方向と地図と盤とを見較べている)……。
今井 (そのままの姿勢で)玉造文武館の諸兄は昨日の午うまの刻頃進発したのですから、既にいまごろは岩瀬から真壁近在に来ている訳ですなあ? (加多が返事をしないので)……行われずんば断だんあるのみと言っていたが、別に火も見えないし。……此処から見下せば平和に眠った町だ。

加多 (地図の研究を終り、今井の言葉尻を小耳に入れて)なに、平和?
今井 いいえ、此処から見れば、そう見えるというのです。もうよろしいか?
加多 ご苦労、もうよい。(今井岩を降りる)そうだ。実は動いている。それを動いていると見るのも動いていないと見るのも距離一つです。幕府の醜吏には醜吏としての距離がある。薩賊会奸には薩賊会奸としての距離がある。
今井 そうです! ところで路はわかりましたか?
加多 わかった。この線がこの路だ。正確なので驚いている。
今井 地図を引いたというその老人はいまどこにいられるんですか?
加多 ああ君はまだだったか。目下、兵藤氏と共に長州の真木和泉のところへ使いに行っている。
自ら称して一介の遊侠の徒に過ぎずとしているが胆略ともに実に底の知れない、えらい男です。この地図の様子では洋学の智識などもかなり深いらしい。おっつけ戻る頃だ。
今井 (眼を輝かして)戻って来られれば、いよいよ……?

加多 そんなところだろう。昨年幕府発表の攘夷期五月十日も明らかに空手形に終るは定じょうだし。
薩賊会奸何んするものぞ、田丸先生もそういっていられた。待てば待つだけ奴等は小策を弄するだけの話。
それに中川ノ宮以下の長袖と組んでいる。蔵田氏などの考えも最後の目的は公武合体ではあろうが、当面尊攘を目標とする限り、一日待てば一日の後手ごてになるのは明白。拙者は自重派には不賛成だな。これでは長州、因州の起つのを待っているのではないか! 筒井順慶が轍じゃ! すでに長州には福原越後が兵を率いて動くと約しているし、久坂義助、桂、佐久間克三郎等あり、因州に八木良蔵、沖剛介、千葉重太郎等が共に立つといえば――。
今井 東西呼応して立つ! 痛快だなあ、ムム! 諸先輩は余り慎重過ぎるなあ! (昂奮してジレジレする)

加多 アハハハ、閑話休題、筑波へ論じに来たのではない。地の理を、踏査に来たのだ。行こう。したが此処まで来ればそれも済んだも同然。少し休んで行くか。いや寒い! 焚火をしよう。(落ちている枯葉枯木を集め、懐中から油紙に巻いたマッチを取出し、火をつける)もう少し集めてください。

今井 (集めにかかりつつ)でも大丈夫ですか?
加多 何が? なあに、構わんコッソリ歩いてもオオッピラに歩いても隠密などというものはどうせ犬のようについて来るのだ。もうすでにそんな時期でない。(焚火が燃え上る)ハハハ唸っているじゃないか。幸いにして未だ存す腰間父祖の剣。
今井 (先程から身内の血が湧き立ってジリジリしていたのだが、加多の今の言葉に煽られて耐えられなくなり、龕燈を投げるように下に置いて、いきなり大刀をスラリと抜いて舞いはじめる。

怒鳴るように吟じつつ。加多は一度ニッコリしてから、黙ってそれを見ている)……ウムッ! 天地正大気。粋然鍾神州、エイッ! 秀為富士嶽。巍々聳千秋。注為大瀛水。洋々環八州。発為万朶桜。衆芳難与儔。凝為百錬鉄。鋭利可断蓋臣皆熊罷。武夫尽好仇。神州誰君臨。万古仰天皇。皇風洽六合。オオッ! 明徳……(遠くの山中で人の叫び声らしきもの別々に二ヵ所で起り消える。今井はそれに気づかず尚舞う)

加多 (立ち上って耳を澄して)……今井君、止めたまえ。
今井 は? (加多が何故にとどめるかわからず、余勢でまた刀を振っている)何ですか?
(チョットした間。――再び以前よりは近いところ――といってもまだそれが人の声であることがヤットわかる位に離れているが――で、叫び交す人声二、三カ所で。

ギクッとする今井。更に遥かにドウドウドウと急調の太鼓の響。もっと遠くで法螺貝の響きらしい音もしている。……加多、今井と眼と眼を見合わせながらジーッと立っていた後、黙って地図を懐中に入れ、刀の下緒を取り口に咬え、たすきをしはじめる)
今井 ……(加多を見詰めてこれも身仕度をしながら)では?
加多 ……ウム。
今井 (焚火を踏消しにかかりながら)斬りますか?
加多 仕方があるまいなあ。別れ別れになったら十三塚、小幡へ抜けて柿岡へ出なさい。……いや火は消さんでよい、この闇だ、他からもすでに見えている。……おお静かになったが……此処はもう筑波の社領内だが、狂犬やまいぬめ、そんなことも考えておれなくなったと見える。
今井 しかし、それならば太鼓は?

加多 それさ……わからない。あるいは寺社奉行の方へ渡りをつけての上の話かとも思われるがそれ程の手廻しが利くかどうか。斬るにしても慎重に! (ツッと炭焼竈の釜口の凹みに身を寄せて尾根――花道――の方を見詰める)
今井 承知しました! (先刻自分の乗った岩の蔭に身を添えて峠道――自分達の出て来た右袖奥――を睨んで息をひそめる。

三度間近に起る人の叫声「逃すなっ!」「ぶった斬ってしまえ!」「やい! やい! やい!」「おーい、そっちだあ!」等。ガサガサガサと木や草を掻き分けて近づく足音。遠くの太鼓の響、法螺の音。それらの騒ぎに引きかえて舞台の二人は静まり返っている)
(揚幕の奥で「待て野郎、待ちやあがれ!」と叫ぶ声がして、転ぶようにして誰かを追って走りくる博徒喜造。着ながし片肌脱ぎ裾取り、左手に松明、右手に抜身を持っている。その抜身も鞘も腰に差していない程に、賭場からアワを食って飛出して来た様子、バタバタと走って花道で立止り舞台をすかして今井の姿だけをボンヤリ認め)

喜造 (左手奥と揚幕奥へ向って)おーい、居た居た、此方だ! 此方だ! 此方だ! (とバタバタ走って舞台にかかり今井の方へ襲うて行きかける)
加多 (抜刀、身を乗り出して)こらっ!
喜造 (刀に鼻をぶっつけそうになり、ビックリして、ワッ! と叫んで五、六歩飛びさがる)だだ、誰でえ!
加多 その方こそ何奴だ?
喜造 な、な、何奴もヘッタクレもあるけえ、俺あ彼奴を(と持った抜身で今井の姿を指す)ふんづかめえに来たんだ!
加多 フーン、おい今井君、此処へ来たまえ。貴様捕方では無いようだな?
喜造 捕方? 知れたことよ、俺あ渡世人だ、邪魔あして貰いたくねえ。(言いながら、オウといって近づいて来た今井の方をすかして見て、自分の見誤りに気がつく)いけねえ! 間違った、いけねえ!
今井 拙者をつかまえる……。
喜造 ま、まっぴらご免なすって! へい、旦那方とは気がつかずに、とんだ失礼なことを。ごかんべんなすってくだせえ。何しろ暗さは暗し、あわ喰っていますんで、へい。

加多 どうしたのだ?
喜造 いえ、何でもね、チョイとしたことで。いまごろ旦那方がこんなところにおいでになるなんぞ思ってもいなかったのでツイ見ちがえちまって。どうかお見のがしなすって。急ぎますんで、これで……(行きかける)
加多 待て!
喜造 へい?
加多 見ちがえたというのは、拙者等を誰と見まちがえたのか? いえ! それをいわねば見のがす訳に行かぬ。
喜造 弱ったなあ。あなた方にお引合いのねえ奴で。
加多 引合いがなければ尚更のこといってもよかろう。いわぬかっ!
喜造 いや、申します。そいつは、私ども一同でこの山中に追い込んで来ました、やっぱりヤクザらしい男で、たしかにこの尾根に逃げ込んだんでごぜえます。私らの賭場に今夜ヒョックリやって来た名も知れねえ野郎でさ。
今井 人でも斬ったのか?
喜造 へえ、人も二、三人斬りました、が、それよりも、こともあろうに賭場を荒しましてね、場銭あらかた、その上に寺箱まで、といってもご存じはねえでしょうが、とにかくゴッソリ引っかついで逃げ出したんで、あんまりやり方が憎いんで、皆でとっつかめいて、眠らそうてんで。

加多 フーン、では賊だな?
喜造 へ? へえ、まあそうで。
今井 何という奴だ?
喜造 それが知れてりゃ、こんなガタビシするがものはねえんですがね。どこの馬の骨ともわからねえんで。ご存じかも知れませんが、この山の賑やかしは元来北条の大親分の手で、節季々々その時々に廻状が出て諸方の貸元衆や旦那衆お出向きの上、寄合い盆割でやらかすんですが、今度も常州一帯下野辺からまで諸方の代貸元達や旦那衆がズラリと顔を揃えて今夜も市は栄えていたんで。

御存じありますめえが、盆ゴザに坐りゃ渡世人は、自刃の上に坐った覚悟で、へい、昨日今日ポッと出のバクチ打ちなんぞ途中から割り込んで来ることさえもようできることじゃねえ、それぐらいに凄い意気合いの物でがんす。貸元衆がドスを引きつけて睨んでおります。用心棒も三人からおります。シーンとしております。そこへ控えの焚火の方からご免ともいわねえでスッと入って来たのが其奴ですよ。
裾は下していましたが旅装束のままらしい、末の方にピタッと坐って盆の方を黙って見ています。小作りだがいい男で、向う額にキズ跡がありました。
ついぞ見かけねえ奴ですし、あっしもジッと見ていたし、外にも貸元衆でその男を凄い目で見詰めている人が三、四人いました。囲い一つあるじゃなし野天の盆割りだから初手から気が荒いや、そいつが変な身じろぎ一つでもしようもんなら、目の前でナマスにしてやろうという腹でさ。見てると、その男、駒札を買う金でも出すのか右手を懐に突込んで、そいから左手をゴザにこう突いて、「ご繁盛中だが、ごめんなせえ」というんだ。変に沈んだ声でしたよ。「何だっ!」と怒鳴ってドスを掴んで片膝立てた貸元もありました。その男がスーッと立って「今夜の所、場銭、寺銭、この盆は俺が貰った!」と言ってパッと躍り込んだのと一緒でした。

それっきりさ。一座がデングリかえる騒ぎになって、さて気がついて見ると場銭、寺箱、見えなくなっている。どう逃げたか野郎も消えている。いや恐ろしく手も足も早い奴でさ。それからこの騒ぎなんですがね。どうも逃げたのが此方臭いというんで、まだ後からも人が来るでがしょうが、まあ見ねえふりをしていておくんなせえ。

賭場荒らしは仙太郎のようですが、暗闇の山中で逃げ切れるでしょうか、続きは次回をお待ちください。


2018年11月10日
甚伍左の娘 お妙
仙太郎と長五は百姓一揆が橋を落とされたのを見て、この後どうするのでしょうか、今回はこの辺を見ていくことにいたします。

仙太 (思わず大声で叫ぶ)おーい、いけねえ。橋が落ちているんだ。押しちゃいけねえ!
長五 すぐ鼻の先で怒鳴っても聞こえねえのが此処から聞こえるもんけえ! (いわれて気づき仙太黙る。呆然として眺めている。……間。奥の騒ぎ声。水音。……間)
長五 ……兄き、見ろ。兄きは先刻、これが百姓だ! といった。ところが、あれも百姓だ! 馬鹿な! 阿呆でフヌケで、先に立っている自分達の仲間が川へドンドン落ちているのもご存じねえで、ただ押しゃいいと思っている。
手も無く豚だ! あれが百姓さ! フン、俺も百姓になるんだなんぞと無駄な力こぶを入れるのは止しな。
仙太 うぬっ! (いいざま刀に手をかけ腰をひねる)

長五 (飛びのき)オット、またけえ? アハハハ、のぼせるなよ、兄き。じゃ、あばよ。俺あこの辺で消えた方がよさそうだ。達者でいねえ。
そうと気がついたら当分俺は筑波の賭場だ、待っているからやって来ねえ。(ドンドン左手へ行ってしまう)
(仙太それをボンヤリ見送っていた末、近づいて来る騒ぎの音に、再び橋の方向を振返って見て、やにわに町の方へ駆け出して行きかける。
その鼻先へ殆どブツカリそうに町の方から四五人の手先に追われて悲鳴を上げて逃げて来る前出の女房達と子供等、前にいなかった女や子供も四、五人いる。お妙は頬被りをむしり取られ髪を乱しながら子供達をかばいつつ)
手先 待たんかっ!
仙太 お! 先刻の衆だな、よし! (と女子供をかばって手先等に向って大手をひろげる)何をしやがる! 女子供、足弱に対して変な真似をすりゃ、俺が相手だっ!

手先一 狼藉者お召取りだっ! 退けっ!
手先二 (これは先刻此処から逃げて行った手先である)いけない、こりゃ先程の乱暴者だ。強いぞ!
仙太 橋を切落して罪とがもねえ民百姓を川へ追落して置きながら、人の事を狼藉呼ばわりをして、よくまあ口がタテに裂けねえことだ! 手を引かねえかっ! (ワッと叫んで手先達の手元へ飛込んで行きそうにする。手先等ギョッとして一、二歩退る)……だが俺だとて無駄な殺生したくはねえ。
手を引きな。たってとあれば相手になる。これを見てからにしろ! (いいざま刀をスッと抜いて、ムッ! と叫んで、傍に立っている茶店の表の角柱の荒削り三寸角ばかりの奴をズバッと切る。グラグラグラと茶店の屋根が傾く。たまらなくなってワーッといって元来た方へ逃げ去って行く手先等)チェッ!(お妙等に)さ、早く逃げなせえ。

お妙 どなた様だか存じませんが、危いところをお助けくだすって!
仙太 そのお礼にゃ及ばねえ。こうなれば一揆もまず望みはねえ、此処まで出て来たあんた方も口惜しかろうが、はたで見ていた俺も口惜しい。が仕方がねえ、村へ帰ってまた時節を待つのだ。
お妙 はい、ありがとうござります。私どもは植木村の者でございますが、このご恩は死んでも忘れることじゃございません。

仙太 それは先程も聞きましたが、植木村というのは、私にも縁のねえところじゃねえので尚のことだ。お話では村でも食うに困るとのことだが、これから帰ってどうしなさるんだ?
お妙 はい、……(自分のすそにすがりついている子供等を見廻して途方にくれる)これだけの子達は、親兄弟が死んだり欠所けっしょになったり所払いの仕置きを受けたりしたために、私の家へ自然に引取って養っていて、いまでは私一人を頼りに生きて来た者ですけんど、私のうちにも食べる物としてはなし、どうしようかと存じます……。

仙太 そいつは飛んだ話だが、待ちなせえ……(懐中を探って、汚ない胴巻を出しかけて、暫くジット考えていたあげく)ええい、うん。さ、こりゃ少ねえが取って置いて、皆の食ブチにして、暫くのつなぎでもつけてくんなせえ。(お妙に渡す。お妙は面喰ってモジモジしている)たんとはねえ、二十両ばかりだ。さ!

お妙 いえ、そんな大金を見ず知らずの……
仙太 何をいうのだ早くなせえ、また奴等が追って来ると面倒だ。さあ、名をいわなきゃ受取らねえとあれば、私は仙太郎というナラズもんだ。そしてもし植木の辺に仙右衛門という五十ぐらいになる百姓のなれの果てが迷い込んでひもじがっていたら、握飯の一つも食わしてやって下さりゃ満足だ。
そいつが私の兄でね、実は兄きを助けてやりたいばっかりに……いや、これは此方の話だ。お前さん方を見ていたら、兄き一人を助けるのなんのとヤッキとなっていた自分の了見が馬鹿らしくなった。さ、グズグズせずに、早く行ったり!

お妙 ……はい、それでは、仙太郎様とやら、これは黙って頂戴いたします。この子達が大きくなったら、あなた様のことを忘れないでございましょう。ありがとう存じます。そして私の名前はお妙と申しまして、植木村の……。
仙太 おっと、それは聞かねえでも沢山だ。また通りかかったら寄りましょう。早くしなせえ。
お妙 ありがとう存じます。では(子供等も女房等も仙太に礼をして、中には手を合わせて拝んだりする女房もいて、ゾロゾロと花道の方へ行きかける)
仙太 おお、チョイと。聞くのを忘れていたっけが、植木にはたしか甚伍左様という親方がおいでだが、お達者ですかい? ご存じありませんかね?
お妙 え! それでは私の父親のことをご存じでござりますか? いいえ、私はその甚伍左の一人娘の妙と申します。

仙太 何だと、お前さんが! そ、そ、そうか。甚伍左様の娘さんでお妙さんだと。ウーム。

お妙 父が無事で村にいてくれたら、こんな苦労はいたしませぬ。
仙太 えっ! それじゃ、親方はどうにか?
お妙 父はふだんから村の小前の者達の暮しの苦しいのを何とかしなければならないとかで、大方内を外にして、あっちこっちと出歩いていましたが、丁度二年前、いつもの通り父は留守、私一人が留守居していますところへ、江戸の何とか奉行様支配与力とかの衆が出向かれまして、父が何でも水戸様の御浪人方と通じてムホンを起しそうにしているところをお召捕りになったとか、八州様から追込みにあっているとか、……それで少しばかりありました田地田畑すっかり、家屋敷だけを残して御欠所になったといい渡されました。それ以来、父は生きたか死んだか未だに行方知れず、私一人で家財道具を売食いして今日までこの子達を相手にして……(こらえ切れず泣く。女房達と子供等の中にも泣きはじめた者がいる)
仙太 ウーム、そうですかい……。
(間)

仙太 (バリバリと歯を食いしばって)よし! じゃ、とにかく早く植木に帰って待っていてくだせえ。そうとわかればご遠慮はいらねえ。
真壁の仙太郎、ご覧の通りヤクザだが、甚伍左様のためにゃ忘れ切れねえご恩になったことがあります。
それもあり、これもある! 自分一人が百姓になっていい気になるなんどのケチな了見はフッツリとやめた。

じゃ、お嬢さん大急ぎで村へ帰って、そして落ついて三日と経たず俺が行くのを待っていてくだせえ。さ、早く!
お妙 それでは、仙太郎様、これで……。
仙太 じゃまた、へい(と近くの男の子の頭をなでて)おいみんな、大きくなって、立派な百姓になれよ。あばよ。(お妙等一同、ゾロゾロ花道へ。途中で何度も振返り、小腰をかがめて礼しながら揚幕の中へ消える)
(花道の袖にジッと立って見送り、考え込む仙太)

甚伍左の娘、お妙と出会って、自分一人が百姓になっていい気になるなんどのケチな了見はフッツリとやめた仙太郎はこれからどうしようと言うのでしょうか次回をお持ちください。


2018年11月03日
橋を落として一揆の連中を川へ落とす
百姓の娘の覚悟を聞いた仙太郎はうれし涙を流します。
この後、仙太郎はどうするのでしょう、今回はこの辺りを見ていきます。

長五 なあんだ、ビックリさせちゃいけねえ。だとて何も後姿を拝むことあ、ありはしねえ。
仙太 女子供でもあの通りだ。百姓だとていつまでも下ばかり向いてはいねえ。
長五 実は今の娘に一目惚れというのだろう。悪くねえ、うん。アハハハ。
仙太 まだいうか!

長五 ウヌがシッポに火がつけば、犬にしたって狂い廻って駆け出さあ。何も感ずっちまうことあねえ。
オット、いいや、百姓衆の事を犬だといったんじゃねえ、物のたとえがさ。
仙太 ならば下らねえアゴタを叩いていねえで、筑波へなりと鹿島へなりと早く消えてなくなれ。(と自分は草鞋を締直し、刀の下緒をはずし、たすきにしかける)

長五 それで、兄きは、また……?
仙太 知れた事だ。蔭ながら一揆の後立をしてやるのだ。(と茶店の内外を出入りして棒切れでもないかと捜す)
長五 そいつは面白え! (とこれも捜しまわる)
(その間に花道より急ぎ足に出てくる佐貫の半助及び子分三人。半助は十手を腰に差し、四人とも結束した出入り仕度で向う鉢巻。……七三)
子分一 親方、昨日植木を出た別手の奴等が利根を渡らねえでこの道をとって宿に入ったというが。
子分二 これまであわねえというのは変な話だ。
子分三 それじゃ向うで道を変えたかな。
半助 じゃあるめえよ、俺達の方が先手せんてになったのだ。どうせこの宿に入って来るのだ。まあいいや。
子分一 早く出っくわしてえものだ。

半助 それがいけねえ。今日の出場でばはただの出入りじゃねえ。元来なれば利根を渡って縄張り違えなこの辺の百姓一揆なんどに引張出されるのは少し筋の違った話だが、水戸の天狗があばれ出すのなんのと噂のあるご時世だ、八州様お声がかりとあって、代官お手代役浜野様のいいつけで弥造の方から話がありゃ、まさかに懐手して佐貫の方から眺めてもおれねえ。

これも渡世のわずらいだ。その辺に網を張っていて一揆の奴等がやって来たら、たかが百姓、チョイチョイと叩きなぐつて足腰を折っぺしょってもと来た方へポイ返してやるまでよ。その積りでいろ。

半助 それがいけねえ。今日の出場でばはただの出入りじゃねえ。元来なれば利根を渡って縄張り違えなこの辺の百姓一揆なんどに引張出されるのは少し筋の違った話だが、水戸の天狗があばれ出すのなんのと噂のあるご時世だ、八州様お声がかりとあって、代官お手代役浜野様のいいつけで弥造の方から話がありゃ、まさかに懐手して佐貫の方から眺めてもおれねえ。
これも渡世のわずらいだ。その辺に網を張っていて一揆の奴等がやって来たら、たかが百姓、チョイチョイと叩きなぐつて足腰を折っぺしょってもと来た方へポイ返してやるまでよ。その積りでいろ。

子分二 へい、合点だ。行きやしょう。ホー、えらい騒ぎだ。(四人本舞台へ。子分二が道の三方を見込んだ末)この辺で?
半助 よかろう(四人が立ちはだかる。それをジロジロ見ている長五と仙太。四人の方でも気づいて睨んでいる。半助が子分一に無言で二人に顎をしゃくる)
子分一 (二人に)おい、お前達あ何だ?
(仙太と長五返事をせぬ)

子分二 おい、何だといっているんだ? (二人返事をせぬ)……この辺に見かけねえ面だが、今日出張でばりの外手ほかでの者じゃ無さそうだ。何だ?
子分三 旅人らしいや。なあおい?
仙太 へい。今日のところ、お見こぼしなすって。
半助 ウロウロしていねえで怪我のねえうちに行きな。
長五 へへへ。
半助 それとも、まさか上林の弥造どんちのかかりうど衆じゃあるめえ?
仙太 へえ? 上林の弥造?

半助 今日は弥造どんが捕親とりおやだ。そいでお前さん方も助すけに出たというのででも……?
仙太 え! そいじゃ、お前さんは?
子分二 手前達、モグリだな。北条の喜平身内、上林の弥造貸元の飲分けの弟分で佐貫の半助親方を知らねえような奴あ、この辺じゃモグリだぞ。
長五 さてはお前が半助か。どうりで、ニョロニョロした面あしていやがる。ご冗談、モグリはそっちだろう、アハハハ。(この罵言に四人呆れかえり、次に子分達怒声を発して長五に襲いかかろうとする)

仙太 おう、待ちな! (とピタリと縁台の端に片手をかけて小腰をかがめ)ごめんねえ。佐貫の半助親方とわかりゃ、往来中で失礼さんだがご挨拶がしてえ。
半助 挨拶だ? フン、いくら利根を此方へ越したからって、佐貫の半助、てめえちみてえなどこの馬の骨とも知れねえ旅烏の冷飯食いの口上を受ける義理はねえ。生意気なことを並べていねえで、足元の明るいうちにサッと消えろ。

長五 なにをっ! この石垣ヅラめ!
仙太 待て。いや、そっちに義理があろうとなかろうと、弥造の兄弟分と聞いちゃ素通りならねえのだ。
ま、控えて下せえ。あっしゃ仰せの通り渡世に入って日の浅え冷飯食いで、はばかりながら生まれは御当地、当時……。
半助 やい、やい、やい! いい加減にしろい、佐貫の半助を前に置いて、名も戒名もねえ三ン下奴の手前等が、相対あいたい仁義もすさまじいや。たってとありゃ川を渡って佐貫の方へ這いつくばってやって来い、草鞋銭の百もくれてやらあ。
仙太 その佐貫の半助に少しばかりいいてえことがあるんだ!
半助 何を! 何だと?

(そこへバタバタと町の方から走ってくる町方手先。走り過ぎようとして半助等を認める)
手先 おお、佐貫の親方衆じゃありませんか!
子分一 町方の衆だね。どうしなすった?

手先 丁度いいところであった。いや、どうもこうも、本宿筋から通りへかけて、まるでゴッタ返しているのだ。叩きこわしの奴等と植木村の百姓が丁度一緒くたになりやがって、米屋から質屋、目ぼしい商売店を片っぱしから、ぶちこわして、段々此方へ押して来ているのだ。

町方からお手代配下御出役、その上に火消しまで出張って、せきにかかっているが止ることじゃない。
お前さん方も早く加勢に来てくれろ。実あ本宿手前の土橋をさ……たしか此処からも見える筈……(右奥へ行き遠くを指して)ほら、あれだ。あの橋を落して、夢中になって後から後からと押して来る奴等を、いやおうなしに川へはめちまおうというので、火消しの連中と弥造さんの手の人とが引落しにかかっているが、まだ落ちねえ。早く加勢に来てくれ!

半助 よし! それ行け!
仙太 (前に立ちふさがる)待った! いいてえことがあるというのは此処のことだ。弥造の兄弟分で一揆を川へ落そうとするからにゃ、ことあ念が入ってらあ。そこを動くと踊りをおどらせるぞ!

半助 退けっ!
(トタンに右奥遠くでドドドと土橋が水へ落ちる音。それに混って多勢の叫声、悲鳴。エエジャナイカの騒音。長五と子分三と手先が「オッ落ちた」といってその方を見る)
半助 それ、此奴等を眠らしちまって駆けつけろ!
(半助はじめ四人ドスを引っこ抜いて二人に突いてかかる)
長五 (殆ど冗談半分に)そら、突け、やれ突け! (子分二と三のドスを三、四合引っぱずして置いて持っている棒で相手の頸の辺をなぐりつける)そっちじゃ無えぞ! (その間に仙太は半助と子分一の刀をかわし、身を引くトタンに持っている棒を二人の足元目がけてバッと投げると、それがきまって半助が前へ突んのめってしまい、子分一はよろめいてストストと前へよろけ、茶店の屋台に頭をぶっつけて目をまわす。
手先はドンドン逃げ出して行く)

仙太 口程にもねえ奴等だ。
長五 水でも喰らえ! (と子分二を締上げながら右の方へ押して行き、突飛ばすと茶店の斜裏が川になっているらしく、ドブーンの水音と子分二の悲鳴。仙太も黙って子分一の首を掴んで引きずって行き、川へ叩き込む。その隙を見て半助と子分三は刀を拾って町の方へ逃げ出して行く。
長五戻って来て、それを見送る)喧嘩となりゃ江戸で鍛えたあんさんでえ、この辺の泥っ臭え奴等に負けてたま……お、居ねえ、弱いのも弱えが、逃足も早い。アハハハ、いい気持だ。見ろ、あにき、半助親方ドスを担いで逃げて行かあ。
仙太 (右奥を眺めやりつつ)ウーム。
長五 どうした? 何だ? よく唸る男だぜ。
(自分もそっちへ行き眺める)ほう、あれ、あれ! 後から後からと川へ落ちてら。
(水音。人々の騒音)何てまあ馬鹿な百姓共だ。後から押されて押されるままにゾロゾロ川へ落ちる奴があるか! お! あれ! しかし無理もねえ、両側はビッシリ家並で、後から押す奴は橋が落ちたことあ知らねえのだ。

仙太郎と長五郎が佐貫の半助を相手にしている間に土橋が落とされ一揆の百姓たちが後から押されて川に落ちているのを仙太郎はどんな気持ちで見ていたのでしょう。
この続きは次回をお待ちください。


2018年10月27日
百姓の娘の覚悟
仙太郎が渡世人をやめて百姓になるということで長五郎と言い争いになったところで今回はその続きです。

(花道より袋をかつぎ、手拭で頬被り、すそをはし折ったお妙出る。その前後を取巻き、すがりついて互いに手を引き合った八人の男女の子供達――餓え疲れて眼ばかりキョトキョトさせ、はだしだ。中に割に身体の大きい男の子二人は竹槍を杖に突いている。
その後に幼児を負った女房二人――これは餓えと疲れの上に極度の不安のために気も遠くなったらしい様子で、ボンヤリ無言で、フラフラついて来る)
子供一 やあ、町が見えら!
子供二 取手の町だんで! 父ちゃん兄ちゃんが待っとるぞ!
子供三 父うにあったら、おら、おまんまば食わしてもらうのじゃ! そいから、江戸へ行くんじゃ! な、嬢様!
(お妙、そういう子供三の顔を見ていたが、フイと横を向いて黙ってスタスタ行く。子供等、女房達もそれを追って、一同七三に立つ)

子供一 嬢様、おら達はなぜん、川を向うへ渡らねえのだえ?
お妙 それはね、どうせ利根を渡らねばお江戸へは行けないけれど、新ちゃんのいったようにこの取手で父ちゃんや兄ちゃん、村を出て向うを廻って皆さんと一緒になってから渡ります。さ、早く行こうね! (女房を顧みて)お滝さん、しつかりなすってくんなんせよ。

女房一(喘いでいる)……嬢様、わしあ、はあ、もうおいねえ……はあ腹あ空いて……。
子供二 おらも腹あ空いて、おいねえなあ!
子供四 足がガタクリ、ガタクリすっで俺あ!
子供五 おらの目、どうかしたて。田んぼや木なんどが見えたり見えなんだりするのだぞ。
お妙 困ったねえ。(袋をおろして中を手さぐる)お芋も、もうねえものを。ホントに……。

子供六 ワーン(手離しで泣き出す。それにつれて八人の子供の中六人までが泣き出してしまう)ひだりいてや! ワーン。
お妙 かにして、よ! 泣くのは、かにして、どうしたらいいのだろう? 私だっても、私だっても……(羞ずかしいやつれた顔がベソをかきかけている。

途方にくれて一同を見渡していた末、自分までが引入れられてはいけないとキッと気を取直して)……いいえ、泣く子は此処に置いて行きます! お江戸までも行って、お願いをせねばならぬ者が、お腹が空いたくらいで泣くほどなれば、置いてきぼりになって死んだがよい! さ、早く行きましょう! 行くべ、さ! (構わず歩き出して、本舞台の方へ。一同も仕方なくシャックリ上げたりしながらも泣声だけは止めて、ゾロゾロそれについて行く。茶店の横を折れて町の方へ行きかける。――先程から一行の様子を無言で見ていた長五郎と仙太)

長五 (ツカツカ前へ出て)チョイと待った。お前さん方どこへ行きなさるんだ?
(ギックリして立止るお妙等。マジマジ二人を見詰めていた後、ジリッと身を引いて無言で再び行きかける)
長五 聞こえないのか、待ちなといっているのに。
仙太 長五、てめえ……!
長五 そうじゃねえてば、怪我でもあっちゃと案じるからだ。姐さん方、町へ入っちゃいけねえ。
お妙 ……お役人様でござりますか?
長五 なによっ? 俺達がけえ? 冗談いっちゃいけませんよ、大概なりを見てもわかりそうなもんだ。

お妙 それなればここを通して下せまし。町に用事があります。
長五 わかっていまさ、先刻から見ていりゃ、一揆の連れの衆らしいが、あの町の騒ぎが聞こえねえ訳じゃあるめえ、丁度ワイワイ連中のぶちこわしの最中にぶっつかって、お前等の連れの百姓衆まで一緒に巻き込まれた様子だ。それに町方あたりでも手を出したらしいて。あの騒ぎの中に割って入りゃ、見りゃ子供衆で、ひどい怪我をするのは知れたこと、悪くすれば踏殺される。

お妙 色々ご存じのようですから、おかくしはしませぬ。
何処のお方か存じませぬが、私共は南の方植木村ほか三村の者、この町で他の村の衆と一緒になって江戸へお願いにあがるのでござります。
私達が早く行かなければ皆様が此処から立てぬようなしめし合わせになっておりまする。どんな苦しみ怪我を受けるくらい、たとえ踏殺されても、それは村を出る時からの覚悟、三百人の中、百人二百人と殺されても、江戸までは行きまする。

長五 (呆れてしまい暫く無言で相手を見ていた後で急に笑い出す)アハハハ、いや、まだ十八か十九、取ってはたちとはなんなさるまいが、綺麗な顔をしている癖に恐しい事をいいなさる。しかしそいつは短気というものだ。江戸へ願いに行くというのも、どうせ百姓衆のことだから石代貢租のことだろうが、それにしてからが、ウヌが命が惜しいからだ。
お妙 ……村にいても食べて行けませぬ。一寸刻みに殺されているのでございます。覚悟はチャンとしておりますること故、黙って通してくだせまし。

長五 ……ウーム。そうか。じゃ、ま、何もいわねえ、お行きなせえ。(お妙等一同ゾロゾロ町の方へ去り行く。見送っている長五。見ると仙太郎は縁台の横の地面へ膝を突いて、片手を突き、下を向いている)……驚いたなあ、百姓の娘でも、ああなるのか。顔も恐しい別嬪だが、ゾッとするようなキップだ、のう兄き……。どうしたんだ、坐りこんじまって? どうした、気合いでも悪いのか?
仙太 ……ウム。……長五、見ろ。
長五 何だえ?
仙太 俺あ、うれしくって、ありがたくって、ならねぇんだ。あれが百姓だぞ! あれが百姓だ! 俺あ久しぶりに、ホントに久しぶりに涙が出て来た。

今回はここまでとして次回に続けます。


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