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2015年10月16日
人間の食料事情ってけっこう綱渡りだったんだと分からせてくれる本
今日、紹介したいのは、
食糧の帝国〜食物が決定づけた文明の勃興と崩壊〜
エヴァン・D・G・フレイザー (著), アンドリュー・リマス (著), 藤井美佐子 (翻訳)
である。
この本では、人間がその歴史を通じて、食料を得ようと、どのようにして奮闘してきたかが語られる。
例えば、本の始めのほうで、紀元900年頃のヨーロッパにおいて、
修道院が森林を開拓して、耕作地に転換し、そこから経済を発展させていく様子が描かれる。
そのようにして食料は増産され、余剰のものはビールやワインなどのお酒にかわり、それが換金できる商品になり、経済が発展していくのである。
けれども、そういう開発が行き過ぎて、人口も増加してくると、今度は環境破壊の問題が出てきて、さらに土壌の劣化などで、食料の供給が追い付かなくなり、大規模な飢饉や疫病が発生する。
人類はそういう類の問題と戦い続け、のたうちまわり、ついに『ハーバー・ボッシュ法』という、肥料を好き放題合成できる方法を開発し、その種の問題にとどめを刺した。
しかしながら問題を克服した故にこそ、また新たな問題が発生してしまっている。
……というようなことが書かれているのである。
人類の歴史はそういう苦闘の上になりたっていて、安易にNAISEIなどはできるものではないな、とも思わされるが、逆に言えば、そういう安易なNAISEIで発生しそうな問題を、あらかじめ織り込んでNAISEIすれば、その作品のリアリティー感は、いやますというものである。
例えば、川の水で安易に灌漑をすると、塩害が発生して、全然食料が取れなくなるよ。とか、
安易に作物を作っているとすぐに土壌が痩せてしまうので、窒素を土壌に戻すためにはどうするべきか、とか、
そういうことを把握しているかどうかによってNAISEI系作品の深みが増すというものである。
特に人類が、土壌の『痩せ』と戦いながら、最後に『ハーバー・ボッシュ法』に行きつくまでの過程は感動的ですらある。
そして同時に、自分の食べる食料の供給がいかに危うい状態の上に成り立っているか、ということについても教えてくれる。
非常にオススメなので、ぜひともご一読をオススメする。
食糧の帝国――食物が決定づけた文明の勃興と崩壊 (ヒストリカル・スタディーズ) 中古価格 |
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2015年08月31日
資本を持っている人と、資本を持っていない人
久々の更新であるが、今日、紹介したいのは、
まんがでわかるピケティの「21世紀の資本」
山形 浩生 (監修), 小山 鹿梨子 (漫画) である。
この本は、トマ・ピケティという人が書いた『21世紀の資本』という本のマンガ解説本である。
『21世紀の資本』というのは、少し前に歴史的大ベストセラーになった経済学の本なのであるが、これはすごいページ数が多いうえに、普通に読んだら難しいらしいので、今回は分かりやすい漫画解説本をご紹介したいのである。でも一応は原著のリンクも貼っておく。
さて、この本がどのようにワナビの役に立つのかということなんであるが、
この本を要約して言えばつまり、
1.今の時代、先進国では経済成長が鈍くなっている。
2.故に、国民の生活が時代とともにどんどん豊かになることは期待しにくい。
(つまり戦後すぐ〜高度経済成長期のように、新しい建物やお店がどんどんできて、給料も恐ろしい勢いでどんどんあがっていくみたいな時代ではない。今どきは去年と今年の給料の額が変わらないような時代である。)
3.けれども資本(株、賃貸用の家や駐車場、自分の会社)を持っている人は、
その資本からの収益でどんどんお金ちになれる。
4.そうして『経済の成長による豊かさの増加(分かりやすく言えば昇給)<『資本による収益』 となる。
5.故に貧富の格差は固定される。
今はこのような時代なんである。
そして、興味深いことに、20世紀以前の大陸ヨーロッパにおいては上位10%の上流階級が、総資本の90%を所有していたとこの本に書かれてあった。
つまり、最近は世の中に閉塞感があるとか、格差が拡大しているとか言われているが、それでもまだネットで起業とかできるし、お小遣い稼ぎ用のアフィリエイトブログも持てるし、小説家になろうで書籍化作家になって一発当てたりひょっとしたらできるかもしれない。
けれども昔は例えば、大地主の貴族様がいて、そのほかはすべて小作人とかいうパターンもいっぱいあったわけである。そんで金持ち貴族はずーっと金持ち貴族のままで、貧乏小作農民はずーっと貧乏小作農民のまんまだったりする社会があったんである。
いわゆるNAISEI系の小説とか、そういうのに限らずとも、貴族とか農民とかが登場する小説はたくさんある。
けれども貴族が貴族であるということはどういうことなのか。貧乏農民が貧乏農民であるとはどういうことなのか。
それを資本の所有という観点から見直してみるならば、自分の書く小説世界により一層の深みを加えることができるかもしれないのである。
amazonでの評価も非常に高いし、とってもオススメな1冊である。
まんがでわかるピケティの「21世紀の資本」
山形 浩生 (監修), 小山 鹿梨子 (漫画) である。
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この本は、トマ・ピケティという人が書いた『21世紀の資本』という本のマンガ解説本である。
『21世紀の資本』というのは、少し前に歴史的大ベストセラーになった経済学の本なのであるが、これはすごいページ数が多いうえに、普通に読んだら難しいらしいので、今回は分かりやすい漫画解説本をご紹介したいのである。でも一応は原著のリンクも貼っておく。
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さて、この本がどのようにワナビの役に立つのかということなんであるが、
この本を要約して言えばつまり、
1.今の時代、先進国では経済成長が鈍くなっている。
2.故に、国民の生活が時代とともにどんどん豊かになることは期待しにくい。
(つまり戦後すぐ〜高度経済成長期のように、新しい建物やお店がどんどんできて、給料も恐ろしい勢いでどんどんあがっていくみたいな時代ではない。今どきは去年と今年の給料の額が変わらないような時代である。)
3.けれども資本(株、賃貸用の家や駐車場、自分の会社)を持っている人は、
その資本からの収益でどんどんお金ちになれる。
4.そうして『経済の成長による豊かさの増加(分かりやすく言えば昇給)<『資本による収益』 となる。
5.故に貧富の格差は固定される。
今はこのような時代なんである。
そして、興味深いことに、20世紀以前の大陸ヨーロッパにおいては上位10%の上流階級が、総資本の90%を所有していたとこの本に書かれてあった。
つまり、最近は世の中に閉塞感があるとか、格差が拡大しているとか言われているが、それでもまだネットで起業とかできるし、お小遣い稼ぎ用のアフィリエイトブログも持てるし、小説家になろうで書籍化作家になって一発当てたりひょっとしたらできるかもしれない。
けれども昔は例えば、大地主の貴族様がいて、そのほかはすべて小作人とかいうパターンもいっぱいあったわけである。そんで金持ち貴族はずーっと金持ち貴族のままで、貧乏小作農民はずーっと貧乏小作農民のまんまだったりする社会があったんである。
いわゆるNAISEI系の小説とか、そういうのに限らずとも、貴族とか農民とかが登場する小説はたくさんある。
けれども貴族が貴族であるということはどういうことなのか。貧乏農民が貧乏農民であるとはどういうことなのか。
それを資本の所有という観点から見直してみるならば、自分の書く小説世界により一層の深みを加えることができるかもしれないのである。
amazonでの評価も非常に高いし、とってもオススメな1冊である。
2015年06月21日
英国生まれの作家によるメイドを主人公にした小説ですよ!
今日は久々の掘り出しものである!
ご紹介するのは『貧乏お嬢さま、メイドになる』
リース ボウエン(Rhys Bowen) (著), 古川 奈々子 (翻訳) である。
もう題名だけで、こういうシチュエーションとかメイドとか好きな方は、即買いすべきだと思われるだろうからあんまり解説とかしてもしょうがないんであるが、それだけではアレなので、ひとくさりレビューしてみようと思う。
まず、舞台は英国(メイドものだから当然と言えば当然ですが素晴らしいですね!)
時代は、1930年代、ジョージ5世の治世下である。
と言われてもよく分からんかもしれないので解説を加えると、
彼の二つ前の王様(女王様)がつまりヴィクトリア女王である。
いくらか厳格な人物で、彼女の治世中の時代の空気もそんな感じになった。
分かりやすく言えば、森薫さんのメイド漫画に『エマ』ってのがあるが、
そのエマが作中で活躍してたのが1880年とかで、
そのヴィクトリア女王の時代(在位1901年まで)である。
で、その次の王様がエドワード7世で、
まあ厳格になってた時代の空気が幾らか陽気になった。(在位1901〜1910年)
そしてさらにその次がジョージ5世である。(在位1910〜1936年)
作中に主人公のお爺さんが主人公に向かって『あのヒトラーってやつには気を付けたほうがいい』ってなことを言ってるシーンがある、といえばどういう時代か感覚的に分かりやすいかもしれない。
主人公は、設定的には、
スコットランド地方の片田舎の公爵令嬢(王位継承権34位)ではあるが、
親の代で資産を潰して超貧乏で、兄嫁には邪魔にされるし、イヤな縁談はあるしで、
ロンドンに出てきて仕事を見つけて暮らそうと考える、というようなものである。
で、メイドに化けて色々やったりするんである。
この設定が極めて秀逸だと思う。
主人公は。王位継承権第34番目だけれども、一応は公爵令嬢で、王妃様とも顔見知りだし、宮殿とかにも顔パスで自由に出入りできるし、そこを舞台にもできる。
けれども貧乏は貧乏なので、一般大衆の社会にも紛れ込んで仕事をしたり色々することもあるんである。
つまり、社会のどの層にも飛び込める主人公の設定なんである。
これが極めて作劇上良い効果をもたらしている。
ストーリーはミステリー仕立てで進み、まあ面白いが、
それよりも何よりもこの小説は、登場するディテールにこそ価値があると思う。
例えばメイドの初仕事に出かけた主人公が、お客さん/家人用の正面玄関から入って、使用人が出入りするようの通用口を使うように怒られたりするエピソードとか、その他にも作中に登場するお店の名前とかがいい雰囲気を出している。
英国/イギリスとかメイドとか執事とか、そういうのが好きで、村上リコさんの本とかで勉強までしてしまった、とかいうような私みたいな人にはどストライクな作品であろうと思う。
非常にオススメなので是非ご一読あれ!
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2015年05月09日
女の子たちの関係
今日ご紹介したいのは、
『終点のあの子』柚木麻子(著)である。
プロテスタント系の女子校を舞台にした、スクールカーストというか派閥というか、そんなあれこれを描いた小説である。
この小説の特筆すべきところは、文庫版の解説にも書かれてあるが、人物の書き分けが上手いところだ。
文庫の解説によれば、女の子たちの類型は、以下のように分類されている。
@ボスキャラタイプ
Aボスキャラにくっつくタイプ
Bそうした上下関係から距離を置くタイプ
そしてこの作者は、これらの類型のすべてのタイプを外から見て描写するだけでなく、その内面にまで踏み込んで、つまりそれぞれの類型の登場人物視点で描いているのである。
そうして、これらの登場人物ごとの、優れている点や欠落している点についてもしっかりと描かれている。
昨今のスクールカーストものでは、以上の3類型に加えて、C底辺タイプ、とでも言うものが設定されて、そこから見上げるような構造の作品が多いのではないかとも思う。
つまり、@やAのようなタイプの人物は、外部から単に観察されるだけであって、その内部から、彼ら自身の価値観や考え方というものが十分に描写されていないような気がするのである。
@やAのようなタイプの人間とても、そのへんのお兄ちゃんお姉ちゃんであることにはかわりがなく、こういうと少し語弊があるが『下からの目線で』それをただひたすら傲慢なモンスターのように描くのはやはり小説としてはある種の欠落があるとも思うんである。
だから、そこらへんを、@やAのような人物の内面にまで踏み込んでちゃんと描いたこの作品の価値は高いと思う。
この本の中に『ふたりでいるのに無言で読書』という作品があるが、内容は、ちょっと人間関係で失敗したボスキャラタイプの子が、オタ系の(というか本好き系の)子と少し仲良くなるが、やっぱあんまり合わないなとなって離れていく系の話である。
なんだか妙に納得させられるというか、身につまされるというか、ぜひ一度読んでいただきたいようなお話で、とてもオススメである。
『終点のあの子』柚木麻子(著)である。
プロテスタント系の女子校を舞台にした、スクールカーストというか派閥というか、そんなあれこれを描いた小説である。
この小説の特筆すべきところは、文庫版の解説にも書かれてあるが、人物の書き分けが上手いところだ。
文庫の解説によれば、女の子たちの類型は、以下のように分類されている。
@ボスキャラタイプ
Aボスキャラにくっつくタイプ
Bそうした上下関係から距離を置くタイプ
そしてこの作者は、これらの類型のすべてのタイプを外から見て描写するだけでなく、その内面にまで踏み込んで、つまりそれぞれの類型の登場人物視点で描いているのである。
そうして、これらの登場人物ごとの、優れている点や欠落している点についてもしっかりと描かれている。
昨今のスクールカーストものでは、以上の3類型に加えて、C底辺タイプ、とでも言うものが設定されて、そこから見上げるような構造の作品が多いのではないかとも思う。
つまり、@やAのようなタイプの人物は、外部から単に観察されるだけであって、その内部から、彼ら自身の価値観や考え方というものが十分に描写されていないような気がするのである。
@やAのようなタイプの人間とても、そのへんのお兄ちゃんお姉ちゃんであることにはかわりがなく、こういうと少し語弊があるが『下からの目線で』それをただひたすら傲慢なモンスターのように描くのはやはり小説としてはある種の欠落があるとも思うんである。
だから、そこらへんを、@やAのような人物の内面にまで踏み込んでちゃんと描いたこの作品の価値は高いと思う。
この本の中に『ふたりでいるのに無言で読書』という作品があるが、内容は、ちょっと人間関係で失敗したボスキャラタイプの子が、オタ系の(というか本好き系の)子と少し仲良くなるが、やっぱあんまり合わないなとなって離れていく系の話である。
なんだか妙に納得させられるというか、身につまされるというか、ぜひ一度読んでいただきたいようなお話で、とてもオススメである。
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2015年05月03日
排外主義に対する問いかけ
今日ご紹介したいのは 『約束の国』 カルロ・ゼン (著) である。
この作家さんはわりとネット小説界では有名人なので、ある程度の面白さは保証済みである。
……が、しかしわりと読者を選ぶ内容でもある。
この小説は、架空世界が舞台にとられてはいるが、モデルは旧ユーゴスラビアである。
旧ユーゴスラビアは、カリスマ的な指導者であったチトーの死後、いわゆる民族主義が勃興して民族紛争が起こった。
そしてその過程で殺人、強姦、暴力行為などをともなういわゆる民族浄化などの野蛮な行為がおこなわれ状況は凄惨を極める。
そうして国家が四分五裂して、それぞれ独立し今に至っている。
が、そのようにして得た民族の独立であっても、それが薔薇色の未来を約束するわけではない。
この小説の主人公であるダーヴィド・エルンストは、ヒルトリア(旧ユーゴスラビアがモデルとなっている架空の国)の軍人であったが、独立運動の指導者となり、そのようにして苦難のうちに独立した国のひとつで大統領を務める。
しかし、どうにもこうにも国家運営に行き詰まり、ついには冬を前にして、国民が冬を越すための燃料にすら事欠く事態に陥り、絶望の果てにピストル自殺を図る。
そしてピストル自殺を図ったはずのダーヴィドは、自分が、独立運動に関わる前の、ヒルトリア軍の士官候補生であったころの自分にタイムスリップをしていることに気付く。
そうして、独立した後の国よりも、独立運動が起こる前のヒルトリアのほうが、多くの矛盾がありつつも、相対的にずっとマシであったという結論にたどりつく。
こうしてダーヴィドは、民族紛争の災禍、またその後のどん詰まりのような状況を避けるため、今度はヒルトリアの統一を守るための戦いを始めるのだった。
……というストーリーである。
架空の国が舞台になってこそいるものの、そこに描かれる状況は非常に今日的な課題を含んでいる。
このヒルトリアという国は旧ユーゴスラビアがモデルであるから、共産主義の国である。
独立運動が勃興した背景にはそもそも、共産党の独裁や、共産主義そのものの行き詰まりが背景としてあり、そこに民族問題が重なってくる。
このシリーズの3巻で、
行き詰った共産党独裁のかわりに、民主的な枠組みを取り入れてはどうか、
と主人公のダーヴィドは、提案されるが、ダーヴィドは、それは不可能であると言下に一蹴する。
つまり国内の矛盾が、国家に対する帰属意識を薄れさせ、
それが、民族などのより狭い対象への帰属意識を言い訳に排外的な空気をもたらす。
言い換えれば、
ある社会が行き詰ったときに、
その社会の一部であるもっと小さな集団に自らの帰属意識をもってゆき、
そうして他者を排除していく。
ということなのである。
そしてそのような空気が蔓延すると、民主主義による多数決の原理は、少数派を排除し、社会を分裂させ、利己主義を押し通す装置になってしまう。
日本は、もちろん旧ユーゴスラビアほどのシビアな民族問題を抱えているわけではないが、
しかし、このシリーズで描かれているテーマはグローバル化しつつある日本の社会においても問われるべき問題となっている。
……というふうに極めて重い小説であるように見えるし、実際そうであるが、非常に面白いのでオススメである。
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2017.09.11追記
先日、このシリーズの最終巻で4巻を読了したので感想を追記しておく。
ネタバレになるので、あまり詳しくは言えないが、落としどころとしては、まあこんなものであろうと思う。
結局のところ社会の行き詰まり具合は、覆い隠しようもないのであって、何らかの大きな破局は避けられないのであるが、その破局をいくらか修正したというあたりで、実にまっとうな着地点であったように思う。
あと作品全体を通しての総評であるが、全体的に割と面白かったように思う。
このような共産趣味の作品は他にあまり知らないので、その意味でも貴重であろうかと思う。
作品の欠点としては、この作品の重要な要素として共産主義と民族主義が非常に重要な要素を占める。
そして、共産主義の限界、その非効率性や行き詰まりについては十分に語られているように思うが、民族主義のそれについては、今一つ足りないように思われる。
主人公はタイムリープをする以前には民族主義者となり、国家を分裂させて、その分裂した後の国家の大統領になり、そのあげく経済運営に失敗して自殺するという流れなのであるが、
ということは主人公自身が非常な民族主義の徒であったはずなのである。
国家を分裂せしめ、民族主義をもってそれに替えようと人が思うためには、それなりの民族主義的な体験があるはずなのである。
例えば自分が〇〇民族であるから、▼▼民族のあいつに比べて就職で差別されたとか、〇〇民族に比べて■■民族は優遇されていて不公平だと感じたとか、そういう体験がなければ、おそらく民族主義者にはならないような気がするのである。
そしてこのシリーズはそういう記述に欠けているように思う。
そのせいでストーリーやキャラクターの説得性を半分がた失っているように思われる。
全体としては面白い作品であるだけに残念さもひとしおである。
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タグ:カルロ・ゼン
2015年04月21日
近未来の戦場
今日、ご紹介したいのは、
『富士学校まめたん研究分室』芝村 裕吏 (著) である。
おおまかなあらすじは、
自分に責任の無いゴタゴタに巻き込まれて、左遷されてしまった、コミュ障系アラサー女性技術者(自衛隊技官)が、ルサンチマンを燃料にして、ヒマにまかせて無人兵器を開発する。
というようなものである。
一応は恋愛要素も含んではいるが、その本質は軍事・工学系の小説である。
題名に『まめたん』とあるけれども、カバーイラストに描かれてあるように、この小説で主役をはるガジェットは、ロボット兵器である。
若干ネタバレになるが、小説中には、戦場における『随伴歩兵』の役割を代替させるための兵器というコンセプトで主役メカの開発がなされる。
しかし、小説を読む限りでは、
この兵器は、重機関銃などを搭載し、段差なども乗り越えて自走し、ネットワーク化された複数の機体で情報を共有し、いくらかの自律的な判断も行う。
そして、指揮をする人間を補佐しながら、市街戦をすら普通にこなすので『戦車の随伴歩兵』というよりは、歩兵の代替そのものであるように描かれている。
簡単に言えば、
ひとり、もしくは少数の、生身の人間の指揮官のまわりを、
自走するセントリーガンみたいな無人兵器が複数とりまいて、
大まかな指示だけを人間が出して、実際の戦闘は無人兵器がおこなう。
このような未来図は、バッテリーの容量などのハードの面や、情報の処理や判断といったソフトの面の両方でまだまだ課題があるので、実現するのはまだまだ先のことであろうと思われるが、しかし、おそらく遅かれ早かれ実現するものではあろうと思う。
なぜなら、
イラクでもどこでもそうだが、航空機などで正面戦力を撃破したあとは、戦争後に、その地域の治安を維持したり、抵抗勢力を掃討したりするために、歩兵が投入されるのである。
しかし、歩兵は戦車やら航空機やらと違って、生身の人間であるから、脆くて傷つきやすく、損害がたくさん出る。
そしてその人的損害は、国民感情的にも政治的にも容認しがたいものがある。
であるならば歩兵の損害を低減するために、無人兵器に活路を見出そうとするのは自然な流れであり、実際にそのような研究もなされている。
この小説は極めて現実的な近未来の戦場を描き出している。あり得べき未来の戦場である。
故に一読の価値がある作品であろうと思う。
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タグ:無人兵器
2015年04月11日
(古き良き)日常系マンガ
今日紹介したいのは、
『女子のてにをは 1』るなツー (著) である。
表紙を見ると、いわゆる百合系かなと警戒する方もおられるかもしれないが、読んだ感じでは百合ではない。
百合ではないが女の子たちがいっぱい出てくる日常系の漫画だ。
作者は女性で、いわゆる男性向けな、いやらしさは全くない。
否、むしろ、いやらしさどころか、その真逆をいく。
作中の年代はたぶん昭和で、作中に登場する電話が黒電話だったりする。
そして登場人物の女の子たちのスカートだって長いんである。
双子の女の子がいて、ソファーに座って一緒に映画を見ているコマが出てくるのだけれど、彼女たちのスカートは、膝丈下なのである。
座った状態で膝が見えない。
それに登場人物の言葉づかいもなんだかきれいである。
だから、読んでいると心がゆったりしてきて、なんだか安心したような気分になれる。
今の社会が失ってしまった慎み深さとか、そういうものにもちゃんと意味はあって、それは貴重なものであったんだなあと、教えてくれる作品なのである。
女の子たちの日常系漫画ではあるが、最近のよくあるそれとは、すこし趣が違う。
だからとってもオススメである。
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2015年03月11日
商船を主役に据えたSFは案外めずらしいぞ!
なんだか久しぶりであるが、今日ご紹介しようとしているのは、
『大航宙時代』−星海への旅立ち− ネイサン・ローウェル著・中原尚哉訳 である。
この本は商船員を主人公に据えた小説だ。
あらすじとしては、母親が事故でなくなったので、その家に住めなくなって、仕方がないから商船の船員になる、というような筋立てである。
あんまり血が沸いて肉が躍るような描写はない。
主人公も大体のことを順調にこなしていく、ある意味ストレスフリーのなろう小説にも似ていると言えるかもしれない。
でもじゃあハラハラドキドキしないから、面白くないのかと言えばそんなことはない。
主人公が新しい環境に適応していく様子を描いた青春小説めいたものとしても読めるし、なにより主人公たちが交易でお金儲けをしようとするのであるが、そういうお金儲けにまつわるワクワク感を表現している小説としても面白いと思う。
本格的に自分で商売をしたことがなくても、例えばアフィリエイトサイトを作ってみたり、株をちょっと買ってみたり、あるいはネットオークションで何かを出品してみたりというようなときに感じるある種の密かな楽しさみたいなものは皆様も覚えがあるかもしれない。この小説はそういう楽しさがあるも思う。
ディビットウエーバーのオナーハリントンシリーズなんかを筆頭として、ホーンブロワ―みたいな海洋冒険小説の舞台を宇宙に移し替えた系の小説はこれまであって、そしてそういう物語の主人公は大抵が軍人なのである。
けれども、海洋での冒険は何も軍人や軍艦に限らないのであって、むしろ大航海時代の主役は商人と商船であると思う。
だからそれの宇宙バージョンである本作品は、やっと来るべきものが来たか! という気もするんである。
この作品の設定で、乗組員がその職位?(階級?)に応じて船の?株を持つという描写がある。
例えば主人公は一番の下っ端だから四半株である。
(出世するとこれが半株とか一株とかになるらしい)
そんで、その持ち株に応じて、船員各自に割り当てられた「質量割り当て」があって、主人公たちはその割り当てのなかで物品を売り買いして交易をするんである。
でも、こういう制度はこの小説の発明した設定ではなくて、昔からあったようで、例えば昔のヴェネチアのガレー船の船員は幾らか私物を持ち込んで個人交易ができたとか、アフリカで象牙とか金とか買い付けてた船の船員は、自分個人用にも幾らか買って、無事にヨーロッパに戻れたらそれを売って大儲けとかしてたらしいとものの本で読んだことがある。
つまりこの小説は故事にならって実にツボを押さえた良い設定がなされているといえるだろう。
この小説シリーズは非常に、非常に期待できるといえるだろう。
とってもオススメである!
大航宙時代: 星海への旅立ち (ハヤカワ文庫 SF ロ 9-1) 中古価格 |
2014年06月28日
潜水艦が大活躍するマンガと、潜水艦についての資料本
今日は潜水艦についての資料本・オススメ本を紹介しようと思う。
まず、紹介するのは『沈黙の艦隊』というマンガである。
このマンガは、日本が極秘裏に開発した原子力潜水艦『やまと』が、
エリート自衛隊士官であり、天才的な操艦技術を持つ潜水艦艦長の海江田四郎によって、試験航海中に乗っ取られる。という筋立てで始まる。
この作品は、ストーリーが進むにつれて、
日米安保体制の信頼性、世界政府、政治と軍事の分離、平和を作り出すための構造、
などというふうに興味深い考え方が色々と提示される。まさに一読の価値があるマンガではある。
けれども、そういう細かいことはまあいいのである。
このマンガの価値がどのあたりにあるかというと、
それは何をおいても 「潜水艦が大活躍するマンガ」 ということなのである。
終戦記念日に放映されるドラマや映画の特番などが、その筆頭格かもしれないが、
マンガやアニメなどでも、潜水艦が活躍する話というのは、わりとある。
例えば最近だとアニメの『蒼き鋼のアルペジオ』あたりになるだろうか。
そして、そういう潜水艦が活躍するような作品を鑑賞するためには、
潜水艦の知識を事前に仕入れておくほうが楽しめるものなのである。
例えば、前述の『蒼き鋼のアルペジオ』の主役メカは潜水艦なわけだが、
その潜水艦のブリッジにはヘッドホンを付けた女性のクルーがいる。
彼女はいったいヘッドホンなどつけて、いったい何をしているのか?
そういうことも潜水艦についての一般常識を持っておけばすぐに分かる。
また、その潜水艦が魚雷の撃ちあいとかして、その魚雷が爆発する直前に、
艦長の男がその女性クルーに向かって「ミュート!」と叫ぶシーンがあるのだが、
その言葉の意味だって分かるようになるのである。
そして、そういうふうに潜水艦ってこんなもんなんだなと、最低限のイメージを掴むためには、この『沈黙の艦隊』というマンガは最適であろうと思う。
これほどに潜水艦を主役に据え、かつ潜水艦が大活躍するマンガを私は他に知らない。
非常にオススメである。
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あと、このマンガを読んで、もっと詳しく潜水艦について知りたくなったという場合には
学研の 『最強 世界の潜水艦図鑑』 が良い資料になるだろう。
写真や図版を多用しており、値段が高くないわりに、非常に分かりやすく良い本である。
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2014年03月17日
設定が変化球なわりに、痛切で美しい恋愛小説
今日紹介するのは 『きらきらひかる』 江國 香織(著) という恋愛小説である。
かなり有名な小説であるから、わざわざ私が紹介するまでもない気がするが、若い人っていうものは、あとからあとからあふれてくるものであって、だから、この小説を知らない人だっていっぱいいるのである。
私がいつのまにかアラサーになってしまうわけである。なんて恐ろしい!
まあ、それはいいとして、この小説は恋愛小説ではあるが、設定がちょっと変化球である。
同性愛者の男と、アルコール依存症気味で情緒不安定な女。
この二人は、それぞれにそのような問題を抱えているにもかかわらず、親の強い勧めで強引にお見合いをセッティングされる。
ふたりは、抱えている問題のせいで、お互いに結婚なんて無理だとおもっていて、結婚する気も無かったので、問題をそれぞれ見合いの相手に暴露する。
だが 『脛に瑕持つ身同士』 だからちょうどいいかもしれない、ということで、互いに秘密を承知の上で、しかし互いの両親にも黙って結婚することにする。
というような設定で、
ふたりはその夫婦関係に、問題はあっても、自分の居場所を見出していく。
けれども、やはり最初から無理がある関係なので、うまくいかない部分がでてきて……。
というような展開になるのである。
夫が同性愛者である夫婦の恋愛小説、ということになるから、普通の恋愛小説のように、性的な関係性は男女の間に薄いのである。
でもそれゆえに、単なる性的・恋愛的な関係をこえた、人が自分の居場所を守ろうとする、その痛切な感情がより浮き彫りになり、心を打つ。
著者ならではの、微視的な、透き通った描写・文章も非常に象徴的な効果を出していて良い。
江國 香織さんの本は、なんかやたら不倫の話とかが出てきて、辟易させるような作品が多いが、この本は貴重な例外のひとつであって、かの人の作品のなかでは最高傑作のひとつだと思う。
一度は読んでおいていい、非常にオススメできる作品である。
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