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2020年10月15日

習一篇−3章7

 習一はサンドイッチのうちツナ入りのものをはじめに食べた。マヨネーズであえたツナとしゃきしゃきしたレタスの食感がある。味そのものはありふれたもののように感じる。だが口の中に旨みが染みわたった。おそらく昨晩なにも食べなかったせいだ。一般的な食事をいたく美味に感じ、一口、二口と次々ほおばった。
 二切れめを食べかかる頃には飲みこみがわるくなり、水筒の茶を飲む。氷粒で冷やされた茶も、なんの変哲もないただの飲み物だろうに無性においしく思えた。
(普通の手料理……食ってなかったな)
 店の商品ではない手作りの食事を長い間、口にしなかった。こんなことはほかの生徒ではありえないだろうと習一は思った。この学校にこれる生徒とはたいがい勉強に集中できる家庭環境のととのった者ばかりだ。たとえ昼食は店で買った弁当や総菜パンですます者でも、朝夕の食事はちゃんとしたものを家族が用意してくれる、と習一は生徒らの雑談内容から推測している。これは習一の通学する学校での近況だ。栄養が不十分であったり保護者が家事に積極的でない子どもでは、勉強漬けの生徒があつまる学校にはなかなか入れないとの傾向をうかがわせた。
(で……これはだれがつくったんだ?)
 この食べ物をとどけた少女は「つくってもらった」と言った。つまり彼女の作ではない。では彼女を使い走りにする教師が調理したのだろうか。万事を無難にこなしそうな男ゆえ、料理ができてもおどろきはしない。しかし「もらった」という表現にはふさわしくない相手だと習一は思う。どことなく他人行儀な言い方なのだ。それにあの少女ならきっと「シドがつくった」と素直に言いそうだ。
(オレの知らないだれか、か?)
 その可能性がもっとも状況に合う気がした。銀髪の彼らのほかにも習一の支援者がいる──その仮説を胸に秘め、四種のパンをひとつずつ食べた。これでもらった食料の半数を消化する。残りの半分は昼食用にとっておくことにした。食おうと思えば全部たいらげられる気はしたが、まだ本調子でない状態で胃に負担をかけるのは得策ではないと考えた。そんな計算的な思考が浮かぶのと同時に、自分のために作られたものを一気に失くすのを惜しいとも感じた。
 空になったラップをくしゃくしゃに丸め、室内の片隅にあるゴミ箱へ捨てる。ゴミ箱には三角型の蓋が被さっており、蓋を押すとゴミをゴミ箱へ入れられる仕組みだ。ゴミを捨てる際にゴミ箱の中身に注目してみると、中は空っぽだった。これは掃除をきちんとこなす生徒がいる証拠である。習一はその反対の例として、他校の生徒の雑談で「ゴミ箱にゴミがあふれてて使えない」と耳にしたことを思い出した。それはおそらく不良が多数そろった学校の出来事であり、課せられた掃除をまっとうしない者が多いせいで発生する。ここはそんな事態が起こりえない学校なのだ。習一のような異端児が多数派にならないかぎりは。
 習一が自身の場違いぶりを感じとる中、廊下からキュキュっという足音が響く。滑り止めのゴムがすれたときによく鳴る、生徒が常用する靴音だ。だれかが登校してきたのだ。
 習一は自席にもどり、いまは用のない食べものを鞄に収めた。入れかわりにクリアファイルと筆記用具を出す。ファイルの中には数枚のプリントをステープラで留めた束が三種類あった。収録された課題内容は国語と数学と英語。どれも二年生の一学期で学んだ範囲らしい。これらは習一が去年に学習した部分だ。習一は手始めに数学に手をつけることにした。
 筆箱の中をかきわける。かちゃかちゃと鳴る文具の音と、足音が混ざった。廊下で発生した音源が室内へと移る。生徒が入室してきた。習一は首をうごかし、目の端で人影を探った。影はゆっくりと習一に近づいてくる。
「小田切さん、おはよう。ずいぶん早いな」
 入室者は普通の生徒と接するかのごとく習一に挨拶をした。そんな物好きはこの学年にひとりいる。
 習一は自分に話しかけてくる生徒を正視した。身長は一八〇センチほどの体格の良い男子だ。彼は習一の一つ年下だが同じクラスの同級生である。名字を白壁《しらかべ》という。変わった名前だと思ったが最後、習一は彼の名を忘却できないでいた。
「ああ、あんたもな」
 習一は無愛想に返答し、プリントに視線をもどす。白壁は無関心を装う習一に屈さず、隣席に座る。そこは彼の席ではない。それは昨日の授業に参加した習一がよく知っていた。
「そのプリント、夏休みの宿題じゃないな」
 他人の席に着いた男子は敵意も警戒もなしに会話を続行してくる。習一はすこし混乱する。彼が習一にも友好的な態度をとる生徒だということは覚えていたが、昨日の彼は習一に接触してこなかったため、もはや彼のお人好し活動はおしまいになったかと思っていた。
 この男子は習一の数少ない一学期の登校日にもいまの調子で話しかけてきた。彼の行動はおそらく、喧嘩の強い習一の怒りを買っても平気だという自信があってできることだ。白壁には中学時代の空手の好成績を評価されて入学を果たした、との噂がある。
「おれは朝練をしにきたんだが、今日はないのを失念していた。物覚えがわるくて、いかんな」
 白壁は習一が会話に加わらないのを不満とせず、しゃべり続ける。
「小田切さんはその課題をこなしに学校にきたのか?」
「……ああ」
「家じゃ、集中できないか?」
 あかるい調子で話してきた男子が、声のトーンを落とした。その言葉の裏にはただならぬ気配があり、習一は顔を上げる。
「なんで、それを聞く?」
「親と仲がわるいから……荒れてると聞いた」
 それは真実だ。習一は親への憎しみから悪事を厭わぬ悪童へ転向した。その事情をだれから聞いたか、およその見当はつく。情報の出どころは昨日、習一を唯一気にかけてくれた教師だ。
「他人が口出しすることじゃないが、もったいないな」
 おせっかい焼きの男子が習一の解くプリントに視線をやる。
「荒れるまえの成績はトップだったんだって? すごく出来がいいんだな。下から数えたほうが早いおれとは大違いだ」
 白壁が空手バカだという評判は習一も聞いていた。とはいえ、彼の話し方は理路整然としているほうだ。落第生になりそうな馬鹿ではなさそうだと習一は思っている。
 健全な肉体と精神を持つ男子は「なのに」と声を低める。
「わざと留年して、親に恥をかかせて……いまはそれで気がすむんだろうが、せっかくの自分の将来をダメにするのは、もったいなくないか?」
 習一は答えない。白壁の主張は正論だと思う。だが、ほかに父への抵抗の手段がなかった。
「親だけじゃない。ここの教師もどうか、というやつはいるだろうさ。でもそいつらに刃向ってるだけじゃ、自分のためになってないと思うんだ」
 友人でもない男子が自分の考えをぶつけてくる。習一は彼の熱意をうっとうしく感じるものの、イヤな気持ちにはならなかった。
「なあ、小田切さんは本当はなにがしたい? おれが空手に打ち込むような、やりがいのあることはないのかな」
「ないな、なにも……どれもつまんねえよ」
 習一は白壁を邪険に扱えなかった。彼は真っ正直に習一の身を案じている。このような無垢なる善意を悪意で振りはらうには習一の悪辣さが足りていなかった。
 習一はふたたび問題を解く。白壁はだまった習一を見て、やむかたなし、といった様子で席を立つ。
「才穎高校には寮があるんだとさ」
 やぶから棒に、白壁は他校の名前を出した。その学校は最近習一に関わりをもつようになった銀髪の教師と関連がある。あの教師のことも白壁は聞いているのだろうか、と習一は興味が出てきた。
「先生たちは結構おもしろいらしいし、そこなら小田切さんの居場所が見つかるかもしれないな」
 白壁は暗に習一の一人立ちを勧め、自席へ着いた。習一は頭を起こし、白壁の姿をはっきりと捉える。前列の席に座る生徒の背はしゃんとしていて、広かった。

タグ:習一
posted by 三利実巳 at 03:13 | Comment(0) | 長編習一 
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