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2018年01月16日
拓馬篇−1章5
授業開始日、教壇に立つ本摩がホームルームを始める。
「みんな、おはよう! 前にも言った通り、さっそく転校生を紹介したいが……」
本摩は左腕に付けた腕時計を見る。
「長いこと校長に捕まってるみたいだなぁ……さて、どうするか」
本摩が「先に出席確認するか」とつぶやく。顔を上げた本摩は室内後方の戸を見て表情を明るくした。教室の戸の上部にはすべからく窓が付いている。廊下になにかいるようだ。
「お、一人来たな。お前たち、ちょっと待っててくれ」
本摩が廊下へ出ると彼の話し声が聞こえた。話は短く済み、すぐに本摩がもどる。
「お待ちかねの転校生の登場だ。自己紹介してもらうから静かにするよーに」
本摩は窓際に立つ。皆が教室の戸に注目する中、一人の女子生徒が手に鞄を提げて進み出た。彼女の髪は長く、後頭部にある髪留めで頭頂付近の髪をまとめていた。女子は無言で黒板に字を書く。自身の姓名を書き終えると振り返り、教室にいる生徒に顔をお披露目した。ファッション雑誌に現れそうな均整のとれた顔立ちだが、表情に柔らかさがない。
「須坂美弥です。よろしくお願いします」
玲瓏な声による非常に簡潔な自己紹介だった。本摩は物足りないと言いたげな顔をする。
「ほかに、言っておきたいことはあるかね?」
教師の問いに女子生徒は首を横に振るだけで答えた。長い髪が揺らいで、静止する。
「じゃ、須坂さんの席は最前列の真ん中の席だ。目の前の空いてる席に着いてくれ」
須坂は本摩の指示通りに三郎の左隣の席へ座る。三郎が須坂に片手を差し出した。
「オレは仙谷三郎という。このクラスに入ったのもなにかの縁だ、仲良くしよう!」
三郎は熱く握手を求めた。須坂は隣人の手を一度見たきり、そっぽを向いてしまった。三郎は己の予想とは違う展開に驚きを隠せない。目的を果たせなかった手で頭を掻く。
「嫌なら、いい」
先ほどとは真逆の態度だ。どこか堅苦しい雰囲気だった教室に笑いがこぼれる。
「三郎! めげるなよ!」
ジモンの激励を受けた三郎は大きくうなずいた。生徒のやり取りを傍観した教師は笑う。
「女子人気の高い仙谷でもフられることがあるんだなぁ」
「先生! オレにそんな気はありません。同じ仲間として……」
「わかってる。お前は義侠心の強い男だからな。そう急ぐな、追々打ち解ければいい」
本摩は飄々とした言い方で三郎をねぎらった。続いて本摩は二人目の転校生を待つ。
「さーて、もう一人転校生がいるんだが…」
本摩が言いかけた時、教室の後ろの戸が勢いよく開いた。栗毛色の髪の少年がわが物顔に教室内の真ん中を歩き、教壇に上がる。そして教卓に両手をつき、生徒を見回す。
「ぼくは成石ハイル。父が日本人で母がイギリス人のダブルだ。以前はイギリスに住んでいたけど、晴れて日本の高校へ通うことになった。いわゆる帰国子女というやつだね」
男子の転校生は先ほどの女子生徒とは対照的によく喋る。表情もまるで違い、活き活きとして自信にあふれている。能弁な生徒に対し本摩が声をかけた。
「あー、すまんが成石くん。一限目の授業があるのでシメに一言頼む」
本摩は演説に水を差した。現にホームルームの時間は終わろうとしている。一人目の自己紹介が短かったとはいえ、複数人の紹介を満足にできる時間は初めからないのだ。
「そうですか? じゃあ一つだけ。……ぼくは恋人募集中です!」
「正直な男だな。まぁ頑張れ。このクラスの女子以外ならお付き合いできるだろう」
男子生徒は意外そうな顔をしたが、すぐに自信満々の表情にもどった。
「えー、成石くんの席は最前列のドア側だ。名木野の隣だな」
「おや、かわいらしい子の隣だなんてラッキーだ」
成石は大人しい女子生徒の右隣の席へ堂々と座る。彼が隣りの生徒へウインクを飛ばすと、名木野はノートを盾のように構えて視線を塞いだ。
「恥ずかしがり屋なのかな? まあいいさ」
成石は名木野に拒絶されたことを気にする様子はない。本摩が手を叩く。
「よーし、これで転校生の紹介は終わり! みんな、一限目の用意をしなさい」
本摩は出席簿を抱え、急ぎ足で退室した。とうとう本摩が生徒の名を呼んで出席状況を確認することはなかった。だが転校生が着席したことで席がすべて埋まっている。再度確かめる必要はなかった。担任と入れ替わりに数学担当の女性教師が入室する。生徒たちの浮付いた気分が徐々になくなり、意識は学生の本分たる学業へと切り替わっていった。
「みんな、おはよう! 前にも言った通り、さっそく転校生を紹介したいが……」
本摩は左腕に付けた腕時計を見る。
「長いこと校長に捕まってるみたいだなぁ……さて、どうするか」
本摩が「先に出席確認するか」とつぶやく。顔を上げた本摩は室内後方の戸を見て表情を明るくした。教室の戸の上部にはすべからく窓が付いている。廊下になにかいるようだ。
「お、一人来たな。お前たち、ちょっと待っててくれ」
本摩が廊下へ出ると彼の話し声が聞こえた。話は短く済み、すぐに本摩がもどる。
「お待ちかねの転校生の登場だ。自己紹介してもらうから静かにするよーに」
本摩は窓際に立つ。皆が教室の戸に注目する中、一人の女子生徒が手に鞄を提げて進み出た。彼女の髪は長く、後頭部にある髪留めで頭頂付近の髪をまとめていた。女子は無言で黒板に字を書く。自身の姓名を書き終えると振り返り、教室にいる生徒に顔をお披露目した。ファッション雑誌に現れそうな均整のとれた顔立ちだが、表情に柔らかさがない。
「須坂美弥です。よろしくお願いします」
玲瓏な声による非常に簡潔な自己紹介だった。本摩は物足りないと言いたげな顔をする。
「ほかに、言っておきたいことはあるかね?」
教師の問いに女子生徒は首を横に振るだけで答えた。長い髪が揺らいで、静止する。
「じゃ、須坂さんの席は最前列の真ん中の席だ。目の前の空いてる席に着いてくれ」
須坂は本摩の指示通りに三郎の左隣の席へ座る。三郎が須坂に片手を差し出した。
「オレは仙谷三郎という。このクラスに入ったのもなにかの縁だ、仲良くしよう!」
三郎は熱く握手を求めた。須坂は隣人の手を一度見たきり、そっぽを向いてしまった。三郎は己の予想とは違う展開に驚きを隠せない。目的を果たせなかった手で頭を掻く。
「嫌なら、いい」
先ほどとは真逆の態度だ。どこか堅苦しい雰囲気だった教室に笑いがこぼれる。
「三郎! めげるなよ!」
ジモンの激励を受けた三郎は大きくうなずいた。生徒のやり取りを傍観した教師は笑う。
「女子人気の高い仙谷でもフられることがあるんだなぁ」
「先生! オレにそんな気はありません。同じ仲間として……」
「わかってる。お前は義侠心の強い男だからな。そう急ぐな、追々打ち解ければいい」
本摩は飄々とした言い方で三郎をねぎらった。続いて本摩は二人目の転校生を待つ。
「さーて、もう一人転校生がいるんだが…」
本摩が言いかけた時、教室の後ろの戸が勢いよく開いた。栗毛色の髪の少年がわが物顔に教室内の真ん中を歩き、教壇に上がる。そして教卓に両手をつき、生徒を見回す。
「ぼくは成石ハイル。父が日本人で母がイギリス人のダブルだ。以前はイギリスに住んでいたけど、晴れて日本の高校へ通うことになった。いわゆる帰国子女というやつだね」
男子の転校生は先ほどの女子生徒とは対照的によく喋る。表情もまるで違い、活き活きとして自信にあふれている。能弁な生徒に対し本摩が声をかけた。
「あー、すまんが成石くん。一限目の授業があるのでシメに一言頼む」
本摩は演説に水を差した。現にホームルームの時間は終わろうとしている。一人目の自己紹介が短かったとはいえ、複数人の紹介を満足にできる時間は初めからないのだ。
「そうですか? じゃあ一つだけ。……ぼくは恋人募集中です!」
「正直な男だな。まぁ頑張れ。このクラスの女子以外ならお付き合いできるだろう」
男子生徒は意外そうな顔をしたが、すぐに自信満々の表情にもどった。
「えー、成石くんの席は最前列のドア側だ。名木野の隣だな」
「おや、かわいらしい子の隣だなんてラッキーだ」
成石は大人しい女子生徒の右隣の席へ堂々と座る。彼が隣りの生徒へウインクを飛ばすと、名木野はノートを盾のように構えて視線を塞いだ。
「恥ずかしがり屋なのかな? まあいいさ」
成石は名木野に拒絶されたことを気にする様子はない。本摩が手を叩く。
「よーし、これで転校生の紹介は終わり! みんな、一限目の用意をしなさい」
本摩は出席簿を抱え、急ぎ足で退室した。とうとう本摩が生徒の名を呼んで出席状況を確認することはなかった。だが転校生が着席したことで席がすべて埋まっている。再度確かめる必要はなかった。担任と入れ替わりに数学担当の女性教師が入室する。生徒たちの浮付いた気分が徐々になくなり、意識は学生の本分たる学業へと切り替わっていった。
タグ:拓馬