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2019年05月04日

クロア篇−9章4

 白い魔獣はリックの提案に乗った。縛に就いた人間を前足で殴打していく。その制裁は十人いる男たちを二回ずつ倒すことで終結を迎える。二順目になると、魔獣の疲労が積み重なったのか、打撃の勢いが鈍った。振り上げる前足が重々しくなると、私刑の提言者が「おめえの怨みはそんなもんか」とけしかけるありさまだ。クロアは現場を始終見ていて、ひとつ思った。
(あの魔獣に人を殺せる力がのこっていないと、リックさんは見抜いていたのかしら)
 魔獣が賊への私刑をやりはじめたとき、殴られた側は地に倒れた。その衝撃は、手足を縛られて踏ん張りがきかなかったから転倒した程度のもの。さほど強い打撃であったようには見えず、むしろクロアが魔獣を強打した時のほうが豪快にふっとんでいた。
 魔獣が「もういい」と弱音に近い報復完了の意を示した。その直後に自身の体を小さくする。クロアは小動物のごとき魔獣を持ちあげた。獣はぐったりと脱力している。
「だいぶ弱っていたのね。あとはゆっくり休ませてあげましょう」
 弱りきった獣をベニトラの背中に乗せた。すると長い尻尾がベニトラの背に到達して、衰弱した獣の体を覆った。弱った獣は、ふかふかの毛皮の寝台と尻尾の毛布に挟まれている。その様子を見たクロアは、ちょっとうらやましいと思った。
 私刑がおわったため、兵を呼びもどす。ボーゼンの指示によって賊による盗品はあらかた押収できており、あとは術具を使って住居の出入口を封鎖するだけだという。
 撤収の作業が終わると、最後に連行する賊同士を一繋ぎに縄で結ぶ。足を拘束していた縄はほどき、自力で歩かせた。捕縛された賊全員が魔獣によって肉の的になった者たちだ。その顔や服に土と少量の血が付いているが、傷はなく、歩行に不自由はなかった。魔獣に痛めつけられたとは傍目にわからない。
 ボーゼンとその武僧兵隊を引率者とし、ユネスの歩兵隊が賊を囲んで護送する。クロアたちはその後詰めを担った。散々自由にうごいたリックとフィルは早々に下山していた。
 帰還の道中、クロアはベニトラの背にいる魔獣のことを話題にする。
「あの白い魔獣、なぜちいさくなったのかしら」
「精気の回復のためじゃないかな」
 とマキシが言う。クロアは思い当たる実例があり、現在は巨獣の姿で歩く招獣を見る。
「だからベニトラも、屋敷ではずっと猫みたいな姿でいるの?」
 ベニトラはクロアの顔をちらりと見て、ぷいっと進行方向を見据えた。中途半端な反応だ。ある一面ではクロアの言うとおりだが、ほかにも理由があって幼獣の姿ですごしているようだとクロアは推測した。
 ベニトラの背には疲弊した魔獣がいる。縮んだ魔獣は死んだように眠っていた。マキシが眠る魔獣の背中をなでる。
「ところでこのアゼレダ、だれが招獣にする?」
「故郷に返すのではないの?」
「いますぐは無理だろうな。輸送には体の負担がかかる。欲をいえばこの土地で半月ほど静養させたいところだ。だがアンペレには魔獣の保護施設がないだろう? 町中で暴れても無害ですむよう、招獣にしておいて、力の制限をかけるべきだと思うんだ」
「たしかに……でも人をうらんでいるのに、招獣になりたがるかしら」
「そうだな……もしかしたら、魔獣の意を汲んでくれたリックを選ぶかもしれないな」
「それはそれでよろしいですわ。お強い庇護者がいれば安全ですもの。希少種の保護を理念とするあなたも喜ばしいのではなくて?」
 マキシは「いや、それが……」と言葉を濁す。
「この魔獣が魔界に行かれると、困るんだ」
「どうして?」
「……グウェンと交配できるかと思ってね」
 クロアは「まあ」と口元を手で覆った。会って数時間と経たぬうちから自身の招獣の婿を決める招術士がいたものだ、と口には出さずにおく。だが態度で伝わったらしく、マキシは不服そうな顔をする。
「そんなに変な話じゃないだろう。僕たち人間にもそういった保護対象となる種族がいる。全体数の少ない玉人を保護し、婚姻を推奨するじゃないか。玉人は公女もよくご存知のはずだ」
「ええ、ロレンツ公がその末裔でいらっしゃるものね」
「魔獣にも見合いがあっていいはずだ。もちろん、無理強いはさせないがね」
「わかりましたわ。招術士の候補には魔人の方々を除外させてもらいましょう」
 当の魔獣の意思は無関係に、二人は魔獣の行く末を決めた。寝こける魔獣はベニトラの長い尾に包まれていた。

タグ:クロア
posted by 三利実巳 at 00:00 | Comment(0) | 長編クロア

2019年05月03日

クロア篇−9章3

 山の斜面を駆け抜け、フィルが到着した先にはリックがいた。地中に大部分が埋もれる岩に腰かけ、休んでいる。彼の肉体には外傷がなかった。
「リックさん、賊に与(くみ)する魔人と一戦交えたのではなかったの?」
「やつはすーぐ帰っちまったよ。ま、本気で勝敗を決めるときゃ、数日がかりになると思うがな」
「そんなに、お強いのね?」
「そらそうよ。むかーしの戦争で敵方を蹂躙した魔人だぞ」
「そんな魔人が、なんでチンケな賊の仲間になったのか、お聞きになりました?」
 リックはあご鬚をさすって「あいつも人さがしだとよ」と答える。
「貢ぎ物の女がいなくなったらしい。その捜索を賊が手伝ってくれるんだと」
「貢ぎ物の女?」
「あー、何年前だか知らねえが、もらったんだとよ。半魔で長生きする女だから、ナマモノでも受けつけたらしい。あいつは長いことカタチが残るもんを報酬に選ぶんだ」
「人をお金か物みたいに……」
「文句があんなら女を差し出した連中に言うんだな」
 リックは立ち上がり、フィルと肩を並べて歩く。クロアたちも兵が待つ場所へ移動した。
「その女を見つけて、ヴラドにくれてやりゃあいい。そうすりゃ賊なんざすぐとっつかまる」
「その女性のこと、リックさんはご存知ないの」
「知らん! ここ最近の話はワシもフィルも把握できてねえ。遊びに行ってもヴラドの部屋には入らねえで、やつの飛竜に会うだけだかんな」
 あいつは用もなく起こすと怒るんだ、と愚痴った。まことにリックはあてがないらしい。
「でしたら……女性の名前や外見の特徴をヴラドに聞いてみたらどうかしら? わたしたちが代わりにさがすと言えば、鞍替えするかも」
「さあてな。最悪、あいつも女の名前と顔を忘れてるかもしれんぞ」
「え、本当に? だって大事な貢ぎ物じゃ……」
「あんまりオツムは良くねえからよ。感覚で覚えてる部分でないと信用できんぞ、あいつ」
「そんなにバカなの……」
 ダムトが「クロア様が他人のことを言える義理はないですよ」と口を挟む。クロアは腕をぶんと振って、従者の正論に反抗する。
「とにかく! 次は館の魔人を調査するわ。ダムト、ヴラドの住処を調べてちょうだい」
「そのあたりは調べなくてもわかりますよ。有名ですから」
 ダムトはマキシに「貴君は知っておいででしょう」とたずねた。マキシは同意を示す。
「ヴラドの館は旅人が一夜を明かす宿の代わりになるらしいね。噂通りの場所にあったという証言はとれている」
「彼の館に手がかりが残っているか、さがしてみますか」
 ダムトが話をまとめた。一同はほかの隊との合流のため、きた道をもどった。
 負傷兵のいた場に近付くにつれ、ベニトラの移動速度が速まる。火急の用ができたのかしらとクロアが心中でつぶやくと『魔獣が起きたらしい』と返答があった。
「あの魔獣がもう目覚めたの? ベニトラのときは長い時間、寝ていたのに」
「衰弱しているとはいえ兵に危害を加える危険があります。急ぎましょう」
 ダムトが巨大トンボの飛獣を呼び、トンボの背に飛びうつった。彼は飛獣を高く上昇させ、木のうえまで上がる。クロアもベニトラを上空へ飛翔させた。

 クロアが見下ろした大地には白い巨獣と二人の戦士がにらみ合っていた。戦士側の後方には捕縛した賊たちがいる。ボーゼンらは虜囚を守っているようだ。ダムトがそっと着陸したのを真似て、クロアも穏便に着地する。白い魔獣はクロアをじろっと見た。
「わたしたちにはあなたを痛めつけるつもりはありませんわ。威嚇はやめて──」
「助けてくれてありがとよ」
 魔獣は自身の突き出た口をクロアに向けてしゃべった。謝辞を述べられて、クロアの警戒心はうすれる。だが周囲に待機する兵と賊たちはなぜか戦々恐々とした。
「だがオレに好き放題したバカどもにはケジメをつけてやらにゃならん」
「それはわたしたちが法で裁くことですわ。私刑は認められません」
「魔獣に法も規則もあるか!」
 獣ががなった。ボーゼンが杖を構えなおす。
「きさま、クロア様に楯突く気か!」
 怒号を飛ばす宿将を、腹部の出血痕がのこる歩兵隊長がなだめる。
「ちょいと待った。クロア様はあいつの言ってることがわかるみたいだ」
 クロアはユネスの発言が瞬時に解せなかった。そばにいるダムトが察して「たまにあることです」と告げる。
「魔獣は高い魔力によって人語を話します。魔力は精気を消費して内外に影響を及ぼすので、弱っている状態では会話機能がうまく働かない場合があるのです」
「ではなぜわたしには聞こえるの?」
「魔族の血が入っているからですよ。俺も聞こえますし」
 マキシが「ほかにも要因はある」と言う。彼はこれまで妖鳥で移動していたが、いまは自分の足で立っている。
「聞き手が強い魔力を有し、魔獣との意思疎通を願うことでも言葉はわかるようになるんだ」
 マキシは急に「グウェン!」と名を呼んだ。彼の招獣が出現する。白い鱗で覆われた獣だ。説得中の魔獣と風貌は似ているものの、体が一回り小さい。
「むやみに人を傷つけないで。私たちの種族全体が危険だと思われてしまう!」
 高い声だ。クロアは女性が話したと思ったが、レジィとフィルの声ではない。グウェンという名の招獣がしゃべっているらしい。
「いまは心と体を癒しましょう。それまでこの人間たちは守ってくれる──」
「そして鱗を剥ぐんだろう。オレの仲間がそうだった!」
 魔獣が拘束中の賊をにらんだ。賊は短い悲鳴をあげる。
「こいつら、オレをどう見ていたと思う? 『番犬代わりに戦わせればよし、死ねば死体を売って稼ぐもよし』だとよ。オレを殺すつもりでいたクズどもを襲って、なにが悪い!」
 魔獣が咆哮する。グウェンはなおも諌めようとした。しかしリックが間に入り、阻む。
「このしょっぴいた連中、おめえの気が済むまで殴ってみっか?」
 粗暴な提案だ。クロアたちは騒然とした。リックは「条件付きだ」と加える。
「一発殴るごとに賊は入れ替える。殴ったやつはフィルが治して元通りにする。ようは殺しはナシだ。な?」
 リックがクロアに賛同を求めた。クロアはなやむ。
「そんなこと、勝手にやっていいのかしら……」
「このまんまじゃ、あの魔獣をおめーらが退治するはめになる。どっちがいいんだ?」
「それはいけないわ。あの子はただの被害者だもの」
「だろ? だれも死なねえ程度に望みを叶えさせてやれよ。長いこと耐えてきたんだからよ」
 クロアは自分の次に権力のある武官を見た。ボーゼンは苦渋の表情で「黙認します」と言う。
「どうか死者は出しませぬよう、それだけはお守りください」
 ボーゼンは兵に命令を出して、クノードに撤退指示をあおぐ者や賊の住居の調査に当たる者など、とにかく兵全体に移動を命じた。私刑の場を目撃させないようにする気遣いだろうか。
 残された捕縛者は怯え、その場をうごけないながらも身を寄せ合う。リックは最前列にいた賊を片手で捕まえた。無理に立たせ、引きずるように歩かせる。殺さないでくれ、という賊の嘆願をリックは鼻で笑う。
「死にはしねえさ。うちのフィルは年季の入った療術士だ」
「『熟練の』と言ってくれます?」
 免れない痛みに恐怖する賊とは対照的に、二人は笑った。

タグ:クロア
posted by 三利実巳 at 00:00 | Comment(0) | 長編クロア

2019年05月02日

クロア篇−9章2

 妖鳥に運ばれるマキシが下りてきた。レジィは妖鳥から離れるが、招術士は自身の招獣に抱えられたままだ。
「アゼレダに物理攻撃は効きにくい。まず僕がレジィの招獣と一緒に撹乱しよう。きみはその隙を突いてくれ。弱点は赤い魔石だ」
 敵対する魔獣は首輪の下の胸元に、赤い石が埋め込んであった。
「首輪の効力は、アゼレダなら無効化できると思う。外すのは後回しだ」
 マキシが再度上空へ上がった。レジィは黄鼬を呼ぶ。
「マルくん、電撃をあの白い魔獣にぶつけて!」
 薄黄色の細長い獣が地面をとたとた走る。毛を逆立てたのち、雷光を放った。一筋の光が矢のごとく魔獣の胴に命中する。魔獣は雷術を当てた小動物をぎろりと睨んだ。黄鼬はびくっと硬直する。魔獣が標的を小さな招獣に変えた。魔獣が跳びあがったところを光の矢が降り注ぐ。空からの攻撃だ。体勢を崩した魔獣は着地の姿勢をとることに専念し、四肢を広げた。攻撃の意思が削がれた瞬間を狙い、クロアは杖を思いきり振るった。赤い石を砕き、魔獣の胸をも殴りぬく。相手は物理防御力が高いというので遠慮はしなかった。魔獣の体は吹っ飛び、大木にぶちあたる。木の幹にへばりつく魔獣が、ずるずると木の根元にずり落ちた。
「やり過ぎたかしら……?」
 クロアの心配をよそにダムトが素早く魔獣に接近する。魔獣は気絶しているようで、抵抗なく首元を触られていた。ダムトは隠し持った短剣で首輪を切る。これで魔獣を縛りつける道具はなくなった。
「じゃあレジィ、魔獣の治療を頼むわね」
「はい。念入りに治します」
 負傷した魔獣はレジィに託し、クロアはボーゼンたちがいた方角を見た。賊との混戦を避けるために戦地を隔てたせいで、剣戟の響きは聞こえない。
「公女! 空へ来てみろ、竜が飛んでいくぞ!」
 滞空していたマキシがさけぶ。クロアはベニトラの背に乗り、彼のいる空へ上がった。マキシが言うものは西の空、彼方にあった。青紫色の翼を生やした大きな爬虫類だ。その背に人を複数乗せて飛行している。
「剣王国に行く飛竜かしらね。それがどうかなさったの?」
「あれは賊の居住地から飛び立った飛竜だ! 賊が飛竜を使って逃走しているんだ」
「ええ? もう、あんなに遠いのに……」
 遠景の飛竜はみるみる小さくなっていった。
「嘘みたいに飛行速度が速いぞ。僕らの飛獣では追いつけないな」
「そんなに機敏にうごかれたら、お父さまの弓でも射止められないわ」
「ああ、賊の完全捕獲は無理だったな。アゼレダを救出できただけ良かったと思おう」
 クロアはほかの隊との合流を図る。気絶中の魔獣はベニトラの背に乗せ、徒歩で洞穴へもどる。付近には縛られた賊が数人固まっていた。そして治療中の兵もいる。その中にユネスとボーゼンがいたので、クロアは心底驚いた。この二人はやすやすと傷を負う武人ではないのだ。軽装のユネスは腹部におびただしい出血の痕が残る。
「ユネス! ボーゼン! どんなやつにやられたの?」
 クロアの問いには療術士に徹するフィルが答える。
「館の魔人、ヴラドです」
 フィルは居たたまれない様子で目を伏せる。恐れていた事態が、こうして現実になったのだ。
「じゃあ、さっき逃げていった竜はあなたの……」
「そうです、我が子が悪党に関与しているのです。『ヴラドが決めたことだから』と」
 クロアは杖を握りしめ「ヴラドも逃げたの?」と聞く。フィルは首を横にふる。
「いえ、場所を移して、リックと戦っているはずです」
「あなたの見立てだと、どちらが有利なの?」
「わかりません。実力は……互角だと思います」
「ではわたしたちが加勢するわ。案内してくださる?」
「よろしいですけど、公女たちがかなう相手とは……」
「やってみなくちゃわからないわ」
 クロアの強い押しによってフィルが了承する。クロアは気絶中の魔獣をベニトラの背から降ろし、空いた飛獣の背に乗る。ダムトもクロアの後方に乗った。マキシはどうする、とクロアは周りを見たところ、彼も妖鳥に抱えられた状態で待機している。クロアたちはフィルに先導してもらい、その後ろを追いかけた。フィルはおそらく、あるじの気配のするほうへまっすぐ向かっている。その感覚はクロアがベニトラを追跡したのと似た感覚だろうと想像できた。

タグ:クロア
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2019年05月01日

クロア篇−9章1

 クロアが待ちかねた決行の日は予想以上に早かった。最初の作戦会議を行なった翌々日に決定する。即断の要因にはマキシが主張した希少な魔獣の保護があがったが、そのほかにも原因がある。リックの大食ぶりに対応しきれない料理人が音をあげてしまったという。早々に客分の役目を終えて退去してもらうため、片を付けることになった。
 当日、早朝に隊を率いて出発する。総数は百人余り。それ一つが小隊と言える規模だ。あまり人数が多いとリックが「巻き添えを食らわすかもしれん」と物騒な意見を述べたため、兵数は抑えた。
 討伐隊は五つの兵種に分けて、個別の隊とした。ひとつは戦場となる山林にて小回りの利く軽歩兵。指揮官はユネス。ここにリックとフィルが加わる。次は同じく歩兵の術官部隊。指揮官はプルケでタオが治療役に入る。タオの仲間二人もこの隊に付き添った。次は歩兵の武僧部隊。自身が武僧兵であるボーゼンが指揮を執る。残りはみな騎馬か飛獣に乗った兵である。ルッツが騎兵、クノードが弓の飛兵部隊を統べる。ルッツは初め指揮官の任を遠慮していたが、短期間で兵卒の信任を集めたのを理由に、客将として不足なしと見做された。
 クロアはどの隊にも含まれず、いつもの従者とマキシの四人で自由にしてよいという。ただ一点の決め事はあった。囚われのアゼレダはクロアが相手にする。招術士マキシがクロアに同行するのも、魔獣と相対するためだ。
 クロアたちは歩兵に歩調を合わせて進み、途中で隊を二分した。賊の居城の正面から行くものと、賊の逃走を予想される西側へ回り込むもので別行動をする。正面は軽歩兵と武僧兵の隊が担当し、クロアも向かう。それ以外の隊が所定の位置についたと連絡が入れば正面部隊が突入する。賊が住む洞窟に近い木陰で歩兵が待機した。
 あたりは傾斜が幾分平らであり、洞窟の周囲は開けた場所になっていた。洞窟から出て行く人影が見えるたび、クロアは賊を捕まえ損なうのではないかと気をもんだ。
 人の出入りを傍観していた一同が、急に息をのむ。洞穴から巨大な獣が現れたのだ。巨狼の毛皮を鱗に変えたような白い魔獣が、引き綱で制御されている。風貌はマキシがもつ招獣とそっくりだ。しかし奇声を発し、よだれを垂らす様子は正常に見えなかった。それでも綱を握る人間に大人しく従う。その理由は外的要因によって精神が蝕まれているからだろう。マキシが苦々しく「酷いな……」とつぶやいた。
 無残な魔獣がクロアたちのいる方向に吠え立てた。無情な飼い主は異変に気付き、住居の穴に向かって団員の集結を号令する。潜んでいたアンペレの将軍も隊員に呼びかける。
「兵は魔獣を相手にするな! 必ず二人以上で賊ひとりと戦え!」
 ボーゼンは味方全体に命令を下した。クロアもベニトラに魔獣の注意を引き付けるよう言い、足の速い招獣のあとを追った。猫の大きさだったベニトラは猛獣へと変わる。木の幹を自在に蹴って隊員たちの頭上を越えた。ベニトラが真っ先に白い魔獣に飛びかかり、敵の意識を自身に集中させた。ベニトラにおののいた飼い主は引き綱を放し、自身の腰に提げた剣を抜く。その切っ先はベニトラでなく襲来するアンペレの兵に向けられた。先陣を切るのはユネス。一刀のもと剣を弾き飛ばし、無防備な賊の腹を蹴った。
「お手本はこんな感じだ。三人がかりでもいいから敵をひとりずつ倒すんだぞ」
 ねらいは胴体と足だ、とユネスは兵たちに忠告する。剣を鞘にもどすと打倒した賊の足首をつかむ。そして引きずり、後方へ下がる。最前線を離脱する隊長を歩兵たちが見送った。
 クロアは賊の包囲をユネスたちに任せ、ベニトラを追いかける。朱色の招獣は兵たちを賊との戦いに専念させるために戦地を移していた。
『そっちの調子はどう?』
『爪や牙が通りにくい。やはり首輪と赤い石を破壊するが先決か』
『わかったわ。わたしたちがやる』
 クロアはすでに招獣の居場所を感じる技を会得していた。この数日、ナーマが町中でうろつくのをこっそり追って、確認した。接近された招獣も招術士の気配がわかるという。ベニトラの気配はなぜかクロアから遠ざかった。木々を抜けて招獣が留まった場に行くと
 見晴らしのよい川辺へ出る。ベニトラは人が戦いやすい場所へ魔獣を誘導したのだ。
『ありがとう。気を遣ってくれたのね』
 クロアは攻撃を仕掛ける前に後ろを確認する。ダムトはついてきていたがレジィとマキシの姿が見えない。ダムトが上空を指差した。空には上半身が女の人間に近い妖鳥が飛行し、その両腕に人が二人抱えられていた。

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2019年04月30日

クロア篇−8章7

 初回の会議をおえた夜。クロアは自室で体操をしていた。いよいよ本格的な戦いにおもむくと思うと、じっとしていられない。全身という全身を自分の思いどおりにうごかせるよう、筋肉をのばしたり関節の可動域を限界まで広げたりした。
 クロアは素手でやれることを一通りやると、次に杖を両肩にのせて、上半身をひねる運動をした。左右に体をうごかすうちに、猫も円卓のうえで同じような体操をやりだした。後ろ足と尻尾で体を支え、前足を後頭部に置いて、胴体をひねる。クロアの真似をしているようだ。
「あなたも気合じゅうぶんね!」
 この真似っこは遊び感覚だろうとクロアは思ったが、わるい気はしないので褒めておいた。
 クロアたちが体をひねる運動をしていると部屋の戸を叩かれた。だれかが訪問してきたのだ。クロアは運動を継続したまま「どうぞ」と言い、入室をうながした。
 入室者はダムトだった。彼は冷めた目でクロアを見てくる。
「ヒマなのですか」
「否定はしないわ。あとはお風呂に入って、ねるだけだもの」
「では俺と試合しますか?」
「あなたと……?」
「体をうごかしたいのでしょう。お付き合いしますよ」
 ダムトはトンボの飛獣を呼びだした。その大きさは背に人がどうにか二人立てるほど。この飛獣に乗って移動しようとしているのだ。
「どこへ行くの?」
「室内訓練場です。そこだと明るい照明がありますし、夜間でも安全に試合ができます」
 クロアは言われるままダムトに従った。安定感のとぼしいトンボの背に乗り、部屋の窓を抜ける。クロアは前方にいるダムトにしっかり捕まり、トンボによる飛行を体験した。
 到着した訓練場は一階部分の室内灯が煌々と光っていて、二階部分は暗かった。飛獣が無人らしき二階の窓辺へ接近した。ダムトは窓にふれ、引き戸のように横へうごかす。
「ここはよく施錠わすれが起きます」
「へー、そうなの。そんな管理でだいじょうぶなの?」
「侵入者がいても大事になりません。金目のものも危険物もありませんから」
 ダムトが開けた窓からひょいと室内へ入る。クロアもその入り方に倣い、飛獣から飛びおりて、室内訓練場へ入った。クロアが窓を閉めようかと振り返ると、体積をちぢめたトンボと猫も入ってきて、少々面食らった。とくにベニトラが付いてきているとは思っていなかった。
 従者が部屋の照明を点け、試合用の棍棒を持ってくる。棒の長さは一般的な片手剣程度。クロアが携帯する杖もそれぐらいの長さだ。
「さて、かるく腕ならししますか」
 ダムトが先制してきた。上段からの振りかぶりを、クロアは棍棒で受け止める。木製の棒同士がぶつかると乾いた音が鳴った。こうした打ち合いが続き、十数合ほどを経て、クロアは試合以外の関心が湧いてくる。
「ねえ、さっきの会議のことなんだけど!」
「はい、なんです」
「賊に捕まってる魔獣を、見殺しにする気があったの?」
 クロアはいまになって、会議中のダムトの発言が変だと思ってきた。
「わたしは、その魔獣をたすけたくて、戦士集めをしてたのよ」
 棍棒を空振らせながらも、クロアはしゃべる。
「わすれたわけじゃ、ないでしょ?」
「はい、あれは……あそこで会議をおわらせるための言葉でした」
 クロアはダムトの言っている意味がわからず、棍棒のさきを床へ着ける。
「……? てっきりわたしは、そういう方法もあるとあなたが提案しただけかと……」
「俺はあの場で公表したくなかった偵察情報を握っています。それを自然と、言わなくてすむように配慮しました」
「じゃあなに、わざとマキシを怒らせた……の?」
「彼の性格ならきっと食いついてくれると思っていました」
「他人の気持ちをもてあそぶなんて、いい度胸ね」
 クロアは従者の非人情な判断を不快に感じた。主人になじられた従者は目を伏せる。
「咎めは事がすんだあとで、存分にお受けします」
「いったいなにを隠したかったのよ?」
「賊のもとにヴラドがいる、という情報です」
「それはタオさんから聞いたわ。わたしには教えていいことなの?」
「ええ、クロアさまがヴラドに怖気づくことはないでしょうから。ですが普通の兵士にとっては死活問題です」
「そんなに、強い?」
「おそらく、特別な武器なしでヴラドに勝てる者はいません」
 ヴラドはとてつもなく強い魔人、とクロアは理解し、ダムトの配慮についても察しがつく。
「そんな魔人と戦うと知れたら……討伐隊にくわわってくれる兵士がいなくなっちゃう?」
「そういうことです。無論、死者が出ないように俺やタオたちが全力を尽くします」
 ダムトの一計は討伐隊がとどこおりなく編成するための根回しだった。クロアはどうあってもこの従者にはかなわないと思うかたわら、彼の心根は決してわるくないのだとも信頼した。

タグ:クロア
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2019年04月29日

クロア篇−8章6

 クロアとレジィが会議室を出る。廊下にはなぜかタオが立っていた。
「あら、あなたはお部屋を案内されているんじゃ……」
「あとで教えてもらう。いまは公女と話がしたい」
「かまいませんけど……レジィはどう?」
 少女はさきほどの会議の記録を官吏に見せる役目を抱えている。
「あのう、書記の仕事がのこってるので……」
「わかったわ、わたしだけで話す。あなたは記録を提出できたら、もう休んでいいわ」
 レジィは「わかりました」と言うと、筆記板を大事そうに抱きながら、離れていった。
「さて、どこでお話ししましょうか」
「皆の話し合いに使っていた、そこの部屋は?」
「そうね……どうせ空いているのだし」
 クロアはふたたび会議室へもどった。この部屋はもう今日使われることはないはずだ。しかし人がやってくる可能性はある。それは清掃だ。会議室の清掃がどの時間帯で行われるのか、クロアは把握していない。
(人がきたらきたで、また場所を変えましょ)
 そう楽観し、いつもは私用で立ち入らない部屋の椅子へ座った。ベニトラは長机のうえをぽてぽて歩きまわっている。他者の目を気にしなくてよい状況なので、獣の好奇心がぞんぶんに発揮されているようだ。
「私が公女に協力する理由なんだが……」
 タオはいきなり本題に入ってきた。猫に見とれていたクロアはその唐突さにびっくりする。
「え、それが、わたしにする話?」
「そうだ。訓練場で『あとで言う』と約束したはずだが」
 そんな文言はクロアの頭からすっかり消え去っていた。クロアは彼の律義さに感じ入る。
「そうでしたの。義理堅いお人ね」
「なに、理由には私事も混ざっている。純粋な善意で貴女に協力するわけじゃない」
「どんな私事ですの?」
「知人をさがしている」
 どこかで聞いたような話だ。それがリックのことだと思い出すと、クロアは「飛竜?」とたずねた。タオは「だいたい合っている」と答える。
「その飛竜を従えている者……が私のさがす人物だ」
「でも、どうして『人さがしのために賊の討伐をする』という発想になりますの。そんなに賊に捕まりやすいお方なの?」
「捕まってはいない。賊と行動を共にしている、との目撃情報を聞きつけた」
「どこから聞いたのです?」
「ダムトだ」
 そう言われて、クロアは無性に納得がいった。タオとリックが同じ動機でクロアたちに協力するのも、ダムトの言葉かけによる影響なのだ。
「じゃあリックさんが町にきたのも、ダムトの手引き?」
「それは知らない。ダムトはリックにも情報を伝えはしただろうが、公女の手助けをしろとまではたのまなかったと思う。リックとフィルが傭兵の頭数に入るのなら、私の仲間を二人連れてこなくてすんだはずだろう?」
「そのとおりですわ。じゃ、リックさんは個人的にたすけてくれる認識でよさそうですわね」
「あいつの場合はタダ飯にありつきたかったようにも思うが……」
「動機はどんなのでもかまいません。ところであなたがさがす方のことを教えてくださる?」
「ヴラドという魔人だ。知っているだろうか?」
 クロアは聞きおぼえがなく、「存じておりません」と答えた。
「ヴラドは聖王国と剣王国の境にある、古い館に住んでいる」
「古い館……?」
 クロアは妙にその言葉にひっかかりを感じる。
「古い城、ではなくて?」
 古城という単語を、魔人に関連する説明の中で聞いたおぼえがあった。タオは「そちらは別の魔人だ」と否定する。
「古城の魔人はディレオスという。彼はこの国の山中に立派な城を所有している」
「そうでしたの、勘違いしてしまいましたわ」
「気に病まなくていい。いままで貴女に縁のなかった魔人たちだからな」
 存外やさしいなぐさめを受けて、クロアはかえって気恥ずかしい思いをした。
(無愛想だからダムトと似たような人かと思ってたけれど……だいぶちがうのね)
 半魔にもいろいろと性格の種類があるものだ、とクロアはあらたな発見を得た。
「ヴラドの説明をくわえると……提示する報酬に応じて、他者を助けることで有名な魔人だ」
「『報酬に応じて』……ということは、ヴラドは賊と取引をした、と?」
「その可能性は高い。やつは依頼内容の善悪にこだわらないからな」
「どうすれば賊と離反させられるのです?」
「賊がヴラドに与えるはずだった礼を、こちらが渡す。それが手早くすむ方法だと思う」
 単純明快な解決法だ。しかしその実行には課題がのこっている。
「ヴラドはなにをほしがっているのかしら……」
「……それを知るために、やつに会う。賊の護衛というくだらん真似をやめさせなくては」
 タオはヴラドの目的物の詳細を知らないらしい。これからそれを明らかにする、との問題意識がクロアに芽生えたところで、二人は会議室を出た。

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posted by 三利実巳 at 00:00 | Comment(0) | 長編クロア
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