2018年02月19日

拓馬篇−2章◆

 放課後、椙守は昔なじみの根岸をともない、二階の教室から一階事務所へ向かった。目的の輸送物は園芸用肥料袋十キロを三つ。椙守は根岸と協力し、園芸部の物置まで三往復するつもりでいた。思いがけず、往復回数を減らせる見込みになった。もう一人、椙守の助力を申し出た生徒がいるのだ。その生徒は仙谷という、椙守とはあまり親交のない男子剣道部員だ。
「例の件で拓馬に伝えたいことがあったんだが、用事があるなら──」
 今日はやめよう、と普通なら言うところを、彼は「オレも同伴しよう」と言い出した。人手が増えても困ることはない。しかし、椙守はそれほど親しくない人物に借りを作ることに気兼ねして、「部活に遅れないか」と婉曲的に断りを入れた。仙谷は自信に満ちた笑みで「人助けをしたことに怒る部員はいない」と鷹揚にかまえている。椙守が却下する余地はない。椙守はヤマダの手助けを断ったことに若干の罪悪感をもちながら、その要求を飲んだ。
 移動中の仙谷はなぜか根岸への伝達を後回しにし、椙守に関することを聞いてくる。
「園芸部は文化部といっても体力勝負だろう。体にムチャはかけてないか?」
 接点のすくない他人から労わられている。椙守はむずがゆさを押しとどめて、あたりさわりない返答をこころがける。
「毎日やってはいないから、そんなには……」
「そういうものか。オレは毎日活動する部にばかり入っていて、それが当たり前だと思いこんでいたようだ」
「だけど十キロの肥料袋を運ぶのは、ムチャ以前にムリだな」
 椙守は他人から非力さを話題にされるまえに、みずから暴露した。そのほうが気分の落ちこみ方がゆるやかになる。ただ、弱みをさらすことへの抵抗はあった。特に運動能力に秀でた者には理解されない弱さだ。
『その程度のものも、持てないのか』
 長年別居していた父は、久方ぶりに出会った息子に落胆した。働き手になるはずの子が、水を張った花桶を満足に運べないありさまを見たからだ。その花桶は学校の掃除で使用するバケツよりずっと底が深く、大きなタイプだ。使用の際は水を桶の半分ほどにそそぐ。器に対する内容量に余裕があるため、見た目には簡単に持てる気がした。しかしそういかなかった。重量もさることながら、持ち手のない桶を体の負担なく運ぶ持ち方がわからなかったせいだ。筋力も知識も欠けた素人では持てなくて当然である。なのに、己の経験則で物事をはかる父はそんな予測を立てなかった。想像力のない人間だ。母に離婚を言い渡されたころから、なにも成長していなかった。
(そういう人だと、わかっていたけれど──)
 母の怨嗟はよく聞かされていた。その言い分にはいくらか独りよがりな部分があっただろう。だが実際に父の無理解に直面するようになって、椙守自身にも以前の母の頑なさが生まれるようになった。
(仕事のできない子どもだとわかれば、家を継がせる気もなくなるはず)
 椙守はあえて自分の身体を卑弱に保っている。筋肉増強に役立つと言われる食品は極力避けるし、運動も最低限におさえる。そうすることで父の思い通りになる未来を避けようと考えた。のぞんで弱い体でいるのだから、恥じることはないのだろうが──
「十キロが持てないから、拓馬を頼ったんだな。そこになんの不都合がある?」
 階段を下りるにあたり、仙谷がたずねた。その内容から察するに、彼の目には、椙守が自身の筋力に負い目を感じているように映ったらしい。
「得意不得意はだれにでもある。できないことを他のだれかがやってくれるなら、それでいいじゃないか」
 熱血漢には不似合いな言葉かけだった。「がんばればやれる」と無計画に向上心を振りかざす体育会系ではないようだ。話しのわかる相手かもしれない。
「肥料運びに限定すれば、そうだよ」
「なぜ限定する?」
「家の仕事は他人にまかせられない」
「そうか? 素人考えだが、それこそ他人任せで解決できそうだと思う」
 どんな考えだ、と椙守は聞き返しそうになる。しかし彼の言わんとすることがパッとひらめいた。仙谷は、ほかにも家業を担う同級生を知っている。
「オレたちと同じクラスにいるジモン、あいつは親の仕事の手伝いをしている。家族経営の店だ。身内だけじゃ手が回らないから、何人か従業員を雇っているそうだ」
「うちの花屋も、だれかを雇えばいい、と?」
「ああ、たとえば拓馬はどうだ? 力はあるし、いろいろ気が利く」
 根岸が「勝手にすすめるなよ」と抗議する。
「俺、花のことなんかわかんねーぞ」
「裏方の仕事をやればいいんじゃないか?」
「そういうもんでもねーって」
「なんでだ?」
「こいつの親父さんは後継者を育てたいんだよ。椙守がやらなきゃ、意味がない」
 根岸が父の目論見を看破している。椙守がすすんで家の事情を話したおぼえはなく、彼の洞察による理解だとわかった。旧友の適切な弁護を受け、椙守は意外性と安心を感じた。
「他人が肩代わりできやしないんだ」
「雇われ店長というのも、いけると思うんだが」
「他人が店を継ぐのか?」
「そうだ。どうも椙守が客商売をやるのは、ミスマッチのように思えてな」
 学者や教師のほうが向いている、と仙谷は直球で言う。直後にすまなさそうに表情をくもらせる。
「いや、本人がやりたいのなら、オレが口出しすることじゃないんだが……」
「無理してる、ってか?」
「そういうふうに心配するやつがいるから、な」
 二人の言い方によると、この二人以外にも椙守の身を案ずる者がいるようだ。その人物がだれとは匂わせていないが、心当たりはあった。椙守が自身の情けない姿を見られたくなくて、同行を拒否した女子だ。
(ヤマダは……そういう子だ)
 おそらく仙谷が椙守家の改善策をするすると述べるのも、彼女がそのような話題を彼にしたからだろう。でなければ親密でない同級生のことを真剣に考えられるとは思いにくかった。ひょっとすると、仙谷の主張は彼女の受け売りかもしれない。
(可能性は、そっちが高いな……)
 椙守が同行者以外の生徒にも温情を感じていると、目的の事務所前が見えてきた。そのそばには外部の大人がよく出入りする玄関がある。そこに背の広いスーツ姿の人物がしゃがんでいた。頭髪は銀色。ひと目で特定できる教師だ。
「シド先生! なにをされてるんです?」
 仙谷が興奮ぎみに話しかけた。彼が高揚する理由は、この教師を尊敬しているからだろう。そのきっかけは教師の運動能力にある。二人が学校の広場で組手をするさまを、椙守は見かけたことがあった。
 武芸に秀でた教師はこちらに顔を向ける。特徴的な黄色のサングラスが変わらずある。
「届け物を見ていました」
「もしかして肥料ですか?」
「そうだと思います。園芸用だと書いてありますから」
 仙谷はせかせかと駆け寄った。椙守と根岸もそれに続く。しゃがむ教師の肩越しに、長方形のビニール袋が積み重なっているのを確認した。袋の数は三つ。いちばん上の袋は教師が触ったせいか下の袋の横幅からはみでた置き方になっている。
 仙谷は「これで合っているな?」と椙守に問い、椙守は「これだ」とうなずく。
「手分けして運ぶんだが……どうしようか」
 椙守の理想は、自分とだれか一人が同じ袋を一つ持ち、のこり一人が一つ運ぶこと。二往復で済ませようと考えていた。すると教師が「三人で一袋ずつ持っていくのですか?」と大それたことを言いだした。椙守は頭をぶるぶると横に振る。
「そんなの、僕はできません」
「そうなのですか?」
「そうですよ! 先生は運動神経がいいから、非力で運動音痴な男のことなんてわからないでしょうけど──」
 嫉妬がましい言葉を、教師は目を丸くしながらさえぎる。
「貴方が、非力?」
 その言葉は実際、他人の話を止めるために発したものではなかった。ただ、まことに意外そうに言うので、椙守の口が思考とともに止まったのだ。
 黙る二人に代わって、根岸が反応を示す。
「シド先生、この椙守ってのはどう見てもガリガリのヒョロヒョロだろ? こんなやつがそんな重たいもんを持ったら、骨がぽっきり折れそうじゃねえか」
 根岸は擬態語を二つも重ねて、椙守の貧弱さを説いた。その強調表現は椙守の心をちくちくさせる。だが真実なので反論はしなかった。
 今年勤務したばかりの教師は椙守を観察し、「言われればそうです」と納得する。根岸は「見てわかるだろ」とあきれた。根岸の反応こそが正常だ。しかし、教師は意味深にほほえむ。
「この三人の中で、伸びしろが大きいのはスギモリさんだと思いますよ」
 教師は「伸びしろがある」とする具体的な能力を言っていない。だが椙守以外は武術の心得がある点で共通する。このメンツにおいて、武術にまつわることを指すのだと推測できた。それゆえ、生徒たちは三者三様におどろく。根岸は教師がとち狂ったのではないかと疑う声を、仙谷はまったくマークしていなかった強者が発掘されたことへのよろこびの声を、そして椙守は予想外の高い評価を得たという戸惑いの声をあげた。
 三人の驚愕をよそに、教師は悠然と立ち上がる。
「スギモリさんは強くなりますよ。時間はかかるかもしれませんが……私が保証します」
 教師は生徒たちの質問を受けつける間もなく去った。あとには強烈な発言を咀嚼しきれぬ生徒がのこる。根岸は「ほんとかぁ?」と椙守をいぶかしがる。
「お前が強くなるって? 俺らより?」
「いや、それは……『伸びしろ』の捉え方次第だと思う」
「ほかにどう解釈できるんだ?」
「『伸びしろ』の意味は『成長の余地』だろう? 僕はまず、一から鍛えなきゃいけないから……」
「ほぼゼロからのスタートか。そっから俺や三郎ぐらい強くなった場合でも『いちばん伸びしろが大きい』とは言えるな」
 教師の目測は三人の強さの限界値でなく、現在の強さから予想できる成長の幅を指している。そのように考えると根岸はいたく合点がいった。彼の反応は至極当然だ。根岸や仙谷が日本一の武芸家になることより、椙守がそのへんの悪漢と対等に戦えることのほうが、現実に即した話のように聞こえる。だが椙守は自分で述べた解釈ながらも、「どうあがいてもこの二人には勝てない」という結論を否定したくなる。
(あの先生は、その程度のことであんな思わせぶりに言うだろうか?)
 出会って一ヶ月も経ってはいない。しかしその人柄は誠実だと評判だ。いたずらに他人をまどわすような、虚言癖のある人ではなさそうだった。──というのは表面化した理性がもっともらしく並びたてる根拠だ。本音では「ずっとかなわないと思っていた相手に勝てる」という夢のような可能性に胸が躍っている。
 一人、口に手を当てて沈思黙考していた仙谷がうごいた。彼はいきおいよく肥料を持ち上げる。
「未来の強者よ、両手を出してくれ」
 なんの脈絡もない指示だ。普段の椙守ならば理由をたずねてから行動する。そのはずが、新任教師の言葉を真に受けたばかりに気を良くし、素直にしたがった。
 両手のひらを天井に向けて胸のまえに出すと、仙谷は持っていた肥料を下ろした。椙守の手腕に十キロのおもりがのしかかる。椙守の体は前方の重力に引っ張られ、前のめりになった。そのまま地面へ倒れる。かと思ったが、仙谷がおもりを支えたことで転倒は防げた。しかし勢いあまった椙守はあごを肥料にぶつけてしまう。椙守が痛がっていると、仙谷はかるがると肥料を肩に担ぐ。
「いまのところ、からっきしダメなようだな」
 現実を突き付けられた椙守は一気に不機嫌になる。
「だから、人手を借りたんだろう!」
 責められる仙谷はまったく堪える様子なく、「それはそうだ」とほがらかに肯定した。

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posted by 三利実巳 at 04:25 | Comment(0) | 長編拓馬 
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