2018年01月25日
拓馬篇−2章1
午後の授業の開始を知らせるチャイムが鳴る。担任の教師が入室した。新しい先生が来る、と期待していた生徒が気落ちする。それを察した本摩はすぐに授業を説明する。
「まだ教科書はいらないぞ。新人の先生が来ているので、まずは自己紹介してもらう」
本摩が拍手をし、担任を模倣した生徒も手を叩く。戸が開くと灰色のスーツを着た男性が現れた。拓馬が入学式で見た長身の男だ。式典と変わらず色の薄い髪と黒灰色のシャツが印象的で、さらに黄色のサングラスが加わる。不良度が増した姿だ。唯一の救いは、彼の表情が親切そうな、いわゆる良い人の雰囲気があることだ。新任の教師は教壇に立つ。
「Hello, everyone! My name is Sage Ivan Dale. いまから名前を書きますね」
突然、自然な日本語が出てきて生徒たちは面食らった。セイジと名乗る男は黒板にチョークでアルファベットを書く。彼の左手には指輪が光っていた。
「私の名前はまるきり西洋人ですけど、国籍は日本です。日本での暮らしは長いですよ」
教師は名前を書き終え、生徒に体の正面を向ける。
「一学期の間だけのお付き合いになりますが、精一杯皆さんと楽しく学んでいけるようにがんばります。どうかよろしくお願いします」
話す内容は至極普通なもので、口調には誠実さがある。再び拍手が起こった。
「さー、質問タイムだ。先生に気になったことを聞いてみよう! 何語でもいいぞ」
最初に挙手した者が千智だ。手をあげたのを本摩が当て、質問の権限を与える。
「How old are you?」
「I will be twenty-seven this year. 皆さんとは十歳違いでしょうか」
「へー、二十七歳ね。この学校に来る前はなにをしてたの?」
「警備の仕事です。おかげで体力には自信があります」
三郎が「体力に自信がある」の言葉に反応し、右腕をぴんと上へのばした。
「先生はどんな武術を学んでこられたのですか?」
「ジャンルは特にありません。私が師事した方は我流で武術を会得していたもので」
「では、どんな武器が扱えますか?」
三郎の質問は趣味に走っている。だが教師は年齢を聞かれた時と同じ態度で返答する。
「剣や長刀、弓などいろんな武器を学びました。基本的になんでも扱えると思います。ですが武器を使うことはあまり好きじゃありません」
「消去法でいくと、拳で戦うことが好ましいのですか?」
「そうです。むやみに拳をふるうのも考えものですけどね」
「よくわかりました! 回答ありがとうございます」
三郎は折り目正しく礼を言った。三郎の満足げな様子を見たヤマダが質問する。
「先生のサングラスはファッション? よく教頭になにも言われなかったね」
「ファッション、ということにしてください。ちなみに校長の許可は下りています」
「わざわざ校長に……あ、あとその黒シャツも聞きたい。あんまり仕事で黒シャツを着る人はいない気がするんだけど、黒を選んだのも理由ある?」
「私は見ての通り色黒です。黒いシャツを着たら色白に見えてきませんか?」
生徒たちは吹き出した。色白を美徳とする日本女性らしい主張が不似合いだったせいだ。
「あはは、そうかもしんない。でもその肌は先生に似合っててカッコイイと思うよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
ヤマダは質問を終えた。しばしの間が空く。あー、とうなりながらジモンが手を上げた。
「先生の名前、三つもあるんじゃろ。どの名前で呼んだらいいんかの」
「どう呼んでもらってもかまいません。Anything is OK!」
ジモンが「迷うのう」と悩むとヤマダは二度めの質問をする。彼女は照れくさそうだ。
「名前のイニシャルを並べたニックネーム、どうかな? 『シド』って呼べるんだよ」
若い教師は目を見開く。人当たりの良い笑みは薄れ、茫然自失なまでに驚いている。テンポよく質問に答えてきた者がはたと言葉を詰まらせた。その異変にヤマダが焦る。
「あ……あだ名はまずかった?」
軽い気持ちで発した言葉に悔いる者をよそに、ジモンは妙案を得たように手を打つ。
「『シド先生』か! そりゃあ呼びやすいし覚えやすいのう。わしは気に入った!」
ジモンはやっと腑に落ちる答えを見つけて明朗に笑った。千智も「カッコよくていいんじゃない?」と同調する。独り合点な二人に向かって拓馬がとがめる。
「俺らじゃなくて、先生がいいって思わなきゃ呼べねえんだぞ」
拓馬の主張に三郎がうなずき、本人への確認を投げかける。
「先生、ヤマダのネーミングセンスをどう思われますか?」
三郎の問いに、銀髪の教師はやっと反応を示した。その口角は上がっている。
「いいですね。素敵なニックネームをもらえるとは思っていなくて、ついぼうっとしてしまいました。ぜひ、私をシドと呼んでください。Please call me Sid! OK?」
オッケー、という声が上がった。本摩が教壇に上がり「先生と打ち解けたところで授業に入るか」と教科書を開く。ジモンが嫌そうな顔をした。
「今日ぐらい、勉強なしにはならんかの?」
「今日の分を後回しにして、後の授業がぎゅうぎゅう詰めになったら苦しいぞ?」
ジモンは「あ〜い」と渋々了承する。そのやり取りを新人教師はにこやかに眺めていた。
「まだ教科書はいらないぞ。新人の先生が来ているので、まずは自己紹介してもらう」
本摩が拍手をし、担任を模倣した生徒も手を叩く。戸が開くと灰色のスーツを着た男性が現れた。拓馬が入学式で見た長身の男だ。式典と変わらず色の薄い髪と黒灰色のシャツが印象的で、さらに黄色のサングラスが加わる。不良度が増した姿だ。唯一の救いは、彼の表情が親切そうな、いわゆる良い人の雰囲気があることだ。新任の教師は教壇に立つ。
「Hello, everyone! My name is Sage Ivan Dale. いまから名前を書きますね」
突然、自然な日本語が出てきて生徒たちは面食らった。セイジと名乗る男は黒板にチョークでアルファベットを書く。彼の左手には指輪が光っていた。
「私の名前はまるきり西洋人ですけど、国籍は日本です。日本での暮らしは長いですよ」
教師は名前を書き終え、生徒に体の正面を向ける。
「一学期の間だけのお付き合いになりますが、精一杯皆さんと楽しく学んでいけるようにがんばります。どうかよろしくお願いします」
話す内容は至極普通なもので、口調には誠実さがある。再び拍手が起こった。
「さー、質問タイムだ。先生に気になったことを聞いてみよう! 何語でもいいぞ」
最初に挙手した者が千智だ。手をあげたのを本摩が当て、質問の権限を与える。
「How old are you?」
「I will be twenty-seven this year. 皆さんとは十歳違いでしょうか」
「へー、二十七歳ね。この学校に来る前はなにをしてたの?」
「警備の仕事です。おかげで体力には自信があります」
三郎が「体力に自信がある」の言葉に反応し、右腕をぴんと上へのばした。
「先生はどんな武術を学んでこられたのですか?」
「ジャンルは特にありません。私が師事した方は我流で武術を会得していたもので」
「では、どんな武器が扱えますか?」
三郎の質問は趣味に走っている。だが教師は年齢を聞かれた時と同じ態度で返答する。
「剣や長刀、弓などいろんな武器を学びました。基本的になんでも扱えると思います。ですが武器を使うことはあまり好きじゃありません」
「消去法でいくと、拳で戦うことが好ましいのですか?」
「そうです。むやみに拳をふるうのも考えものですけどね」
「よくわかりました! 回答ありがとうございます」
三郎は折り目正しく礼を言った。三郎の満足げな様子を見たヤマダが質問する。
「先生のサングラスはファッション? よく教頭になにも言われなかったね」
「ファッション、ということにしてください。ちなみに校長の許可は下りています」
「わざわざ校長に……あ、あとその黒シャツも聞きたい。あんまり仕事で黒シャツを着る人はいない気がするんだけど、黒を選んだのも理由ある?」
「私は見ての通り色黒です。黒いシャツを着たら色白に見えてきませんか?」
生徒たちは吹き出した。色白を美徳とする日本女性らしい主張が不似合いだったせいだ。
「あはは、そうかもしんない。でもその肌は先生に似合っててカッコイイと思うよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
ヤマダは質問を終えた。しばしの間が空く。あー、とうなりながらジモンが手を上げた。
「先生の名前、三つもあるんじゃろ。どの名前で呼んだらいいんかの」
「どう呼んでもらってもかまいません。Anything is OK!」
ジモンが「迷うのう」と悩むとヤマダは二度めの質問をする。彼女は照れくさそうだ。
「名前のイニシャルを並べたニックネーム、どうかな? 『シド』って呼べるんだよ」
若い教師は目を見開く。人当たりの良い笑みは薄れ、茫然自失なまでに驚いている。テンポよく質問に答えてきた者がはたと言葉を詰まらせた。その異変にヤマダが焦る。
「あ……あだ名はまずかった?」
軽い気持ちで発した言葉に悔いる者をよそに、ジモンは妙案を得たように手を打つ。
「『シド先生』か! そりゃあ呼びやすいし覚えやすいのう。わしは気に入った!」
ジモンはやっと腑に落ちる答えを見つけて明朗に笑った。千智も「カッコよくていいんじゃない?」と同調する。独り合点な二人に向かって拓馬がとがめる。
「俺らじゃなくて、先生がいいって思わなきゃ呼べねえんだぞ」
拓馬の主張に三郎がうなずき、本人への確認を投げかける。
「先生、ヤマダのネーミングセンスをどう思われますか?」
三郎の問いに、銀髪の教師はやっと反応を示した。その口角は上がっている。
「いいですね。素敵なニックネームをもらえるとは思っていなくて、ついぼうっとしてしまいました。ぜひ、私をシドと呼んでください。Please call me Sid! OK?」
オッケー、という声が上がった。本摩が教壇に上がり「先生と打ち解けたところで授業に入るか」と教科書を開く。ジモンが嫌そうな顔をした。
「今日ぐらい、勉強なしにはならんかの?」
「今日の分を後回しにして、後の授業がぎゅうぎゅう詰めになったら苦しいぞ?」
ジモンは「あ〜い」と渋々了承する。そのやり取りを新人教師はにこやかに眺めていた。
タグ:拓馬
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