2017年12月19日

拓馬篇前記−美弥11

 電灯の明かりが必要になってくるころ、美弥たちはデイルとの雑談を切り上げた。きっかけは彼が「もう暗くなってきましたね」と帰宅をすすめたことにある。美弥と彼は同じアパートの住人だ。外が真っ暗であろうと帰宅に支障はない。彼の言葉は「じゅうぶん話し尽くした」という意思表示だと思われた。
 デイルは別れ際も穏やかに姉妹と言葉を交わす。おかげで今後の交流を維持できる別れ方を果たせた。
 デイル自身は美弥の視界に男性がいることを避けたいと考えている。男性である彼と接触すること自体が美弥の負担になるとも思っている。それゆえ、彼から積極的に美弥にアプローチをかける気配はなかった。あとは美弥が彼を頼るかどうかに一任される。その状態は美弥の居心地がよかった。
 姉妹が美弥の部屋へ帰る。時刻は夕飯時。しかし美弥たちは腹が減っていない。軽食のホットケーキがまだ胃に残っているようだ。いつもなら料理にとりかかるところを、二人はまず座卓のまわりでくつろいだ。
「今日はいろんな人としゃべったね」
 律子が安息と疲労をこめて感想を述べる。彼女の疲れはおそらく美弥のデイルに対する態度への気疲れだ。
「私があの教師につっかかったから、ヒヤヒヤしてたんでしょ」
「そうよ。あの先生はやさしかったけれど、ふつうの人はビビっちゃう。もうやめてね」
「べつに、私に近寄らないんだったらそれでいいと思うけど」
「そうやって自分から他人を見限るの、よくない」
 めったに批判をしない律子が強い口調で言った。美弥は姉が本気の助言をしているのだと思い、傾聴する。
「美弥は頭がまわるし、家事は得意だし、一人でなんでもできる子よ。わたしの自慢の妹。だけど第一印象を信じすぎるのが心配なの」
「第一印象?」
「まず『男性だから警戒する』っていうのがそれ。相手と話して、いったん誤解を解くとこまではいい。でもなにかのきっかけでまた振りだしにもどるでしょ。ずっと警戒心が残ってる」
「さっきの教師のことを言ってるの?」
「うん、あの人がいちばんいい例だわ。はじめの印象は最悪だったでしょ?」
 デイルの灰色の頭髪を見て、美弥は染髪している不良ではないかと嫌悪した。彼はその髪を地毛だと言う。美弥は彼の言葉を信じた。だが、一度感じたマイナスイメージはぬぐいされない。どこかで悪事を働いていても納得できる程度には、彼を完全なる善人とは見做せなかった。
「デイルさんがいい人かわるい人か、一日会っただけじゃわからない。美弥とそりの合わない人かもしれないけど、そう決めつけるのはまだ早いと思うの。人付き合いはオーディションや面接でふるいをかけるものとはちがうんだから」
 他者を審査する時とは、応募者の能力が基準値を達するのを調べるか、定員を超過する際に脱落者を決める目的で行われる。律子の主張をもとに置き換えれば、美弥は自身の友人知人を選り好みしていることになる。美弥と親しくなろうとする者が、美弥の希望の定員を超えることなどないだろうに。
(私は大した人間でもないのに……)
 美弥の考えは傲岸不遜である。他人をさしたる理由もなく邪険にあつかっていけば、最終的に孤立する。おまけに美弥は姉に養ってもらう身だ。一人で生きていけると豪語する資格がない。この態度のままではいたずらに姉の心労を増やしてしまう。
「デイルさんは美弥のことをよく考えてくれてる。その動機が『学校の教師だから』、『校長先生に言われたから』っていう、周りに強制されてることだとしても、美弥のためになるんならそれでもいいじゃない。それがあの人の仕事なんだもの」
「仕事でやってる……そのほうが信じられそう。ヘタにいい人ぶられても『裏がある』と疑っちゃうし」
「美弥ったらリアリストね」
 律子が笑った。姉の笑みには妹の同感を得られた安堵と、妹が子どもらしくない物の見方をすることへの憐憫がふくまれていた。その憐憫はもとをたどれば律子の不甲斐なさから生じるものだと、姉は固く信じている。美弥への憐れみは律子自身への責めにもなるのだ。美弥はこれ以上の姉の自責を止めるべく、年相応の言動をしておく。
「お姉ちゃんはあの教師のこと、ずいぶんいいふうに言うのね。もしかして気になってるの?」
 美弥はかるい気持ちでたずねた。デイルの話題は卑近な例として出たのだとわかっていたものの、場の空気を変えるにはちょうどよい素材だ。
「え、あの、男の人を?」
 律子はとまどっている。律子に贈り物をした男性の話の時はそっけない反応だったのだが。恋愛疑惑をにおわせないまま単刀直入に聞いたせいだろうか。美弥は姉に慕情はないものと見て会話を続ける。
「そこそこ頭が切れるみたいだし、本音はどうだか知らないけどやさしい人だったし。そういう男性はお姉ちゃんの好みのタイプじゃなかった?」
 デイルの容姿が秀でていたことを美弥はあえて根拠に取りあげなかった。あれぐらいの人物は律子の職場に腐るほどいる──と言い切れる数の男性俳優やモデルは列挙できないが、美男に見慣れた姉が一喜一憂する特徴ではないと思った。
「そんなの、まだわかりっこないでしょ。ちょっと話しただけじゃ……」
 律子の目が泳ぐ。姉が美弥と視線を合わせない時はうしろめたさを感じている場合が多い。美弥は姉に淡い情が生まれつつあるのだと察する。
「……ほんとに、気があるの?」
「ダメよね、美弥があんまりよく思ってない人なんて……」
「私はあの教師がダメなやつだとは思ってない。男の中じゃ『いい』と思えるほう」
 律子は妹の許しが出ても、まだ美弥を直視できないでいた。
「はずかしがることないじゃないの。あんな少女漫画にでてきそうな完璧な人、年頃の女子があこがれるのは正しい反応だと思う」
「でも、美弥はぜんぜん、そんな気持ちがないでしょう?」
「だって男はみんな敵だと思ってるから」
 自身が正常な反応のできない女子だと美弥は断言する。
「だけど、あの先生はちょうどいい距離感をたもってくれそう。だからそのうち男嫌いがマシになると思う。その時は、どう感じるかわからない」
 美弥はデイルが恋愛対象になるとはまったく思っていない。だがこう言っておけば姉の心が休まると判断した。律子はやっと美弥と目を合わせる。
「そうね……学校でいい人が見つかるといいね。あ、それは恋人にかぎったことじゃないのよ?」
「わかってる。恋人は一人しかつくっちゃいけないけど、友だちは何人いてもいいんだもんね」
 姉妹はようやく意見と心情を一致させた。話に区切りをつけた二人はそれぞれの家事にとりかかる。美弥は風呂の準備を、律子は夕飯作りを。律子の手掛ける料理はかけそばだ。乾麺の蕎麦と市販のつゆを使い、適当に野菜をきざんでゆでる。美弥にとっては小学生のころから作っている簡単な料理だ。しかし幼少時から仕事で忙しい律子はちがった。律子は料理に慣れず、麺を鍋底にこびりつかせたり沸騰した湯をふきこぼしたりと失敗続きだ。当人が人並みに料理の腕を身に着けたいと言うので、美弥は非効率的だとは思いながらも姉に食事の用意を任せている。
(店にいたマヨさんも、料理下手だっけ)
 美弥は洗剤が泡立つスポンジで浴槽を拭きつつ、今日得た情報を顧みる。あの明るい店員には家事のできる弟がいるという。彼は美弥の同級生だと聞いた。
(弟さんとは、打ち解けられるかな)
 姉の不始末を処理させられる者同士、共感する部分は多そうだ。性別の垣根を超えた交流を望める生徒が、同じ学校にいる。そんな稀有な存在がいると思えるだけで、美弥は前途に光明を見つけられる気がした。

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