2017年10月12日

拓馬篇−* ★

*
 日が暮れゆくころ。男は店舗と住居が混在する通りを進んだ。すれちがう人々は暖かい衣服に身を包んでいる。男は寒暖の感覚にうといが、周囲の者に合わせた格好をしていた。しかしそれでも男は好奇と畏怖が入りまじる視線を感じてきた。そこへいたる道中も現在も、人々が男を注目する。その理由を男はよくわかっていた。自身の風貌が特異なのだ。背と、髪と、肌と、目とが、この国の標準とかけ離れる。それらの外見が目立たなくなるよう帽子を被ったものの、あまり効果は体感できなかった。
 ひとり、男に対する強い好奇を放つ者が歩いてくる。その者は厚手のコートを羽織り、ニット帽子を被った子どもだ。年頃は十代の後半。大抵その年齢になると男女の違いがはっきりしやすくなるものだ。だが生地の厚い服装を着ているせいで、少年と少女の区別がつきにくかった。
 性別不明の若者は紙袋を大事そうに抱えていた。それでいて視線は男に向かっている。年若いがゆえの好奇心なのだろう。男は若者から物怖じしない無邪気さを感じた。その性情は男が普段庇護する存在と似ており、男は若者に心惹かれるものがあった。
 男と若者の距離が縮まる。若者は猫のように射ていた視線をふっと逸らした。凝視していることを男に気付かれれば失礼にあたると配慮したらしい。
 二人は最接近し、たがいに相手を無視しようとした。二人のすれ違いざまに足音以外の音が鳴った。重量の軽い金属が硬い物にぶつかる音だ。男がうつむく。アスファルトの地面に蓋付きの懐中時計が落ちていた。若者がいち早くしゃがむ。
「これ、お兄さんのものですよね?」
 柔和な声だ。男は若者の性別が女だと確信した。少女が時計を拾い、その側面のでっぱりをおさえる。蓋がぱかっと開いた。少女はうれしそうに「よかった」と言う。
「ちゃんとうごいてますよ」
 少女は時計を男にも見せた。たしかに針は正常に動いている。男は胸の内で「時計はうごいている」という言葉を繰り返した。しかし反芻してばかりでいては不審がられる。少女に返答せねばならない。男は突いて出る言葉がつとめて善人に聞こえるよう心掛ける。
「ありがとう。これは私の大切なものだ」
 男はそう答え、時計を返してもらった。穏便なやり取りは成功した。これでこの場を立ち去ろうとする──が、後ろ髪を引かれてしまう。そのとまどいは少女の態度によって生まれた。彼女はまだ足を止めている。
「その時計、指してる時刻がめちゃくちゃですよ」
 男は時計の盤面に注目した。針は現在とはまったく無関係な時刻を指し示している。
「わたしが直してみましょうか?」
 少女の親切心は落し物を拾うだけにとどまらない。その厚意に男は感じ入るものがあった。しかし彼女の申し出をことわる。
「いつもは止まっている時計だ。これでいい、じきに止まる」
「そう……だからお兄さんは複雑な顔をしてるの?」
 男が予期しない問いだった。過去に男の微妙な表情を読み取った者は数少ない。
「うれしいのと悲しい気持ちが混ざってるみたい」
 思いがけない言葉を得た男はだまっていた。どう返事をしてよいかわからなかったのだ。
「……変なこと言った? それじゃ、その時計は大事にしてね」
 少女は離れていく。男はしばらく少女を見送った。そして彼女の姿を見失わぬうちに時計を見る。針は止まっていた。男はこの状態に困惑している。針が止まる事態は自分が少女に述べた通りのこと。とはいえ、この現象は一度も体験したことがなかった。時計は壊れておらず、電池が古いわけでもないのだ。多くの被験者は時計の蓋を開けられないか、針が稼働しつづける時計を返してきた。少女は過去の例に見ない時計を、男に与えてきたのだ。
 男は未知の現象について思い悩むのをやめた。次に形無き仲間に語りかける。
『あの娘を追え。勘付かれないようにな』
 男は少女が去った逆の道を歩く。男の目的は達成された。あとは人目につかぬ場所へ移動し、仲間の報告を待つのみ。その胸中に抱く思いは、なにもない。男はそう信じた。

タグ:拓馬
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