2017年12月05日

拓馬篇前記−美弥4

「才穎高校ってね、おもしろい子が多いのよ。いま掃除してるマヨちゃんもそこの出身だし」
 マヨと呼ばれた店員はモップを四角いバケツの中に浸している。マヨは手を止めた。ほほえみながら、美弥たちに向けて手を振る。明るい人のようだ。
「マヨちゃんの弟も同じ高校なのよね。その子の勧めで、マヨちゃんが今月から店に来てくれてるんだけど……あ、もしかしたら同級生?」
「美弥は、こんど二年生になります」
「じゃあ同い年ねぇ。その子はいい子よ。苦労人タイプと言ったらいいのかな、困ったことがあったらなんでも手を貸してくれるって。マヨちゃんもキリちゃんもよく助けられてて……キリちゃんってのはうちのバイトちゃんね。この子も才穎の子でね、マヨちゃんたちの妹分よ」
 この店には美弥が通う予定の学校関連の者が多い。そうと知った美弥は、この店の者に頼ることが二重の意味で自分を救済するという期待が湧いた。この場での付き合いが学校での付き合いともつながっていくのだ。だが美弥は自分の都合を他者に押し付けることは気乗りしない。
(『オーナーの知り合いだから仲良くして』って、そんなの無理よ。その子のバイトはこの店かぎりのこと……学校にまで持ちこめない)
 店に勤める才穎の生徒は金稼ぎのために働いているのだろう。時間外手当が出るわけでもない人付き合いは要求できない。第一、自由意思のない交友は不毛だ。美弥にはだれとでも仲良くできる社交性はない。人を選ぶ美弥と友人になれる相手かどうか、確認をしたのちに親睦を深めるべきだ。
(あんまりここに来ないほうがいいのかも……)
 もし美弥と馬の合わない相手だったら、勤務中に美弥が来店した際に二人とも気まずい思いをする。ただしその事態は相手が美弥と同じクラスになった場合に起きやすいことだ。
(同じ学校にいても顔を会わせないなら、気にしなくてよさそう)
 クラスがちがったり、学年が異なったりすれば、顔と名前を知っているだけの他人同然ですごすかもしれない。そういったドライな関係を保てていたら店で鉢合わせになろうともかまわない。
(『マヨちゃんたちの妹分』ってことは、いまの一年生の妹分でもあるみたいだけど、高校に通ってるんだから同級生よね? 年下っぽい人かな)
 美弥はまだ見ぬ人物を想像した。友人にはなれない可能性を感じながらも、共通の知り合いがいる接点により、ささやかな仲間意識が芽生えた。
 しかし美弥は同級生の名を問わなかった。聞けばみちるが口利きをしそうだと思ったからだ。下手をすれば、仲良くするように頼んだみちるにも迷惑をかける。姉の知人に余計な負担は背負わせられない。交友はあくまで学校生活の中でおさめておこうと考えた。
 みちるが一方的な喋りを美弥たちに聞かせていると、お盆を持った店員がやってきた。少年の雰囲気がある、短髪の似合う女性だ。彼女は穏やかに笑む。
「お待たせしました。ありあわせのものですけど、どうぞ」
 テーブルに二人分の軽食が並ぶ。ミルクティーと、丸い形のアイスがのった分厚いホットケーキだ。パン生地は一から焼いたものだろう。ホットケーキに接地するアイスの部分はシロップのように垂れている。その下には透明なシロップもかかっていた。
(これをタダで食べるのは……)
 美弥はどうしようかと思い、律子を見た。姉も困ったような目で妹を見てくる。そこへみちるが「店長、アタシのぶんはー?」と食事を運んだ女性にねだった。店長は「ありますよ」と造作もなく答える。
「マヨさんのぶんも作りました。みんなで食べましょう」
 やったぁ、とマヨが歓声をあげる。マヨはバケツの取っ手を持ち、早々に片付けをはじめた。みちるは「アタシも運ぼうっと」と言って立ち上がる。
「三人分はお盆にのせられないのよね〜」
「一度にたくさん運ぼうとしたら、ひっくり返しそうだから……」
「マヨちゃんならやりかねないわ」
 二人が盆の大きさについて話していると、店内のどこかから「ひゃー!」という悲鳴があがった。からんからん、と乾いた物音も遅れて聞こえた。みちるが「バケツをひっくり返したかしら」と冷静に推測する。店主の二人は落ち着きはらった様子で厨房へ入った。美弥たちは少々びっくりしたのだが、店の者にとってはこの叫び声が日常茶飯事のようだ。
 客席にいるのは美弥たち二人だけになった。律子が安堵の笑顔を見せる。
「なんだか、にぎやかなところね」
「平和ね……」
「ウダウダ悩むのが馬鹿らしくなってきちゃった」
 律子はだいぶ憂さが晴れたようだ。姉のすっきりした表情を久々に見たと美弥は感じる。
(よかった……お姉ちゃんが安心できたみたい)
 その心境の変化は大収穫である。美弥自身が「心配しないで」と言っても、律子は美弥の味方のすくなさを案じてしまう。その目で美弥の援助をしてくれる者たちを確かめて、やっと重荷が外れたらしい。美弥の心も軽やかになる。
(人の好き嫌いをしてる場合じゃなさそうね。友だちをつくったら、お姉ちゃんの心配事はもっと減る)
 頭ではわかっている。そうすれば律子はよろこぶのだと。がんばれば一人二人の女子の友だちは早くにできそうだ。だが、どうにも男子とは関われない。
(小学生のころはなんともなかったのに)
 小学校と中学校時代に境目がある。思春期も関係するだろうが、一番の要因は父だと美弥は感じている。美弥が中学にあがる前に母が亡くなった。当時の律子は未成年。あとには親無しの児童が二人残る。役所の人が二人の監督をしようと動いたところを、父が姉妹の保護者になった。美弥は当初「お父さんと暮らせる」と期待したが、父は美弥の想定する愛情を欠片もそそいではくれなかった。わが子の愛を持たずに父親の座についた男だ。そうわかると、美弥は男性そのものが我欲に生きる存在でないかと錯覚した。
(ほんとは、そんなことない……と思いたい)
 才穎高校の転入試験をした時に会った校長はやさしい中年男性だった。その補佐役をした男性教師も人当たりがよさそうだった。だが美弥は彼らでなく、素っ気ない女性教師や事務員に安心感を持ってしまった。普通の感覚ではありえないことだと、われながら感じる。
 美弥は男性不信の改善策が見つからないまま、一同のおやつタイムがはじまった。まずはマヨがさきほどの悲鳴の理由を説明した。その下半身はズボンを穿いていたのが、いまは膝丈のスカートだ。モップをバケツ内ですすぐ作業中にバケツを倒してしまい、ズボンがびちゃびちゃに濡れてしまったという。
「なーんでか知らないけど不器用なんですよ。だから家事は任せられないって母親に言われちゃって」
 それでも義務教育時代に培った掃除と配膳なら人並みにできる、との理屈でこの店に勤務していると語る。みちるは「その二つもアヤシーけどね」とシニカルに指摘した。マヨが茶目っ気のある苦笑を浮かべる。二人のやり取りを見て、美弥と律子はくすっと笑った。

タグ:美弥
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