2020年01月18日

習一編−1章2

 白いコートの男は習一の注目があつまったにも関わらず、彫像のごとくたたずむ。そしてその男の片方の手は、習一には視認できなかった。
(手が、ない……?)
 袖に片手をひっこめているようには見えず、習一はその異様な存在に興味をいだく。
「そいつは……白衣みたいな服を着てるが、医者か?」
「ああ、ここの病院の人じゃないけどね」
「そいつが記憶を消す技を使えると?」
「そういうこと」
「その技は、消したもんをもどすことはできないのか?」
「ムリなんだ。消すことオンリーの機能なんで」
「機能? 道具なのか」
「そう。それで、きみは記憶を取りもどす気はあるかい?」
 そんな方法があるのか、と習一は即座に問いただしたかった。が、それは早計だと思った。聞けば婉曲的な合意になりかねない。
(だいたい、怖い思い出なんだろ……)
 習一はほかの被害者と同じ目に遭った。その被害者たちは襲われたときの恐怖を引きずっていたという。であれば習一が被害を受けた当時も恐怖体験をしたにちがいない。わざわざ恐ろしい記憶を復活させる利点があるだろうか。露木の説明によると、今後の生活に支障をきたすほどの忌まわしい体験だという。
(知らないまんまがいいんじゃないのか?)
 露木はそういう認識のはずだ。それをわかってなお、記憶の復活を提示した。
(思い出すことで、こいつになにかのメリットがある?)
 その疑念をぶつけても露木は答えないだろう。習一は相手の言動から真の目的をさぐろうと思い立つ。
「……聞くだけ聞いてもいいか?」
「ああ、いいよ」
「どうやって記憶をもどすんだ?」
「ある人と一緒にすごすんだ。そのうち思い出すよ」
「ある人って、オレの知ってるやつか?」
「きみはおぼえていないと思う。なにせ、消えた記憶に深く関わる人だからね。事件のこととまとめて、わすれてしまったはずだ」
 言い換えると、習一が襲われる事件に関わった人間だ。露木とどういう間柄の人間なのかわからないが、その相手とて暇人ではあるまいし、習一にもいちおうは学校生活がある。
「『一緒にいたら』とは言うが、学生のオレと一緒にいられるやつなのか?」
「ああ、平気だよ。その人は一ヶ月ばかし休業するから」
「そいつが長い休みに入るといってもな……」
 学校内に得体のしれない人物は連れていけない。習一はその懸念を表明する。
「オレが授業を受けてる横で、そいつが居座るわけにはいかないだろ」
「あ、言ってなかったね。じつは世間はこれから夏休みになるんだよ」
 習一は現在が夏休みの時期だという認識はない。
「夏休み……? まだ先の話じゃ──」
「それだけきみが長くねむっていたということ……そのへんは病院の人が記録してる。興味があればあとで聞いてみてくれ」
 習一は自分が長期の昏睡状態についていたらしいとわかった。その件は医療関係者に聞くべきである。ゆえに習一は門外漢に追究せずにおいた。
 二人の会話がとぎれた。習一はどうやって露木の本心を見抜いてやろうか思案してみたが、良案は出なかった。沈黙に耐えかねたらしい露木がずいと身を乗り出す。
「それで、習一くんはどうしたい? 記憶をもどす方針でいいのかな」
 食い気味で露木がたずねてきた。習一はその態度に引っ掛かりをおぼえる。
「なんでそんなにオレの記憶をもどらせたいんだ?」
「おれとしちゃ、わすれてるほうがいいと思うんだがね。『怖い目にあったこと』をおぼえていたって、得になることはない」
 怖い目、という表現に習一はいささかの反抗心が芽生える。
(オレはビビってるわけじゃない)
 怖い思い出から逃げる──それは軟弱な行為だと、習一はとっさに解釈した。
「ただ、きみの記憶をもどせてしまう人が同じ地域に住んでる。ずっとわすれたままでいるのは、むずかしいかもしれない」
「いつか思い出してしまう可能性をわかってて、こんなことをやったのか?」
 無駄なことを、習一は思った。しかし露木は得意げにうなずく。
「ああ、いずれ忘却の効き目がなくなるときはくる。でもある人との遭遇を避ければ、何週間、何か月かあとに遅らせることができる。その間にきみの体力をもどせればいいと思ってね」
 現在の習一の肉体はおとろえている。それは習一も痛感する弱点だ。このうえ恐怖体験による精神的負傷もかさなっては日々の生活がつらくなること必至である。
「もしある人との同行を認めてくれれば、その人がきみの元気を取りもどす努力もしてくれることになってる。どうだい?」
「どうって……それじゃ体力がもどるまえに記憶がもどるんじゃ」
「そう簡単に思い出しはしないよ。数日のうちはなにをやっても効果がもから」
「数日……」
「その兼ね合いもあって、おれがきみの決断を急かしてるわけだ。いまならきみを傷つけた犯人と会ったって、事件当時のことは思い出せないと思う。その特性を利用する──」
「つまり、アンタがオレと一緒にいさせたいやつとオレが会ってみて、それからどうするかをオレが決めていいってわけだ?」
「ああ、その認識で合ってる。で、どうしようかな。彼に明日、きみの見舞いにいくようたのもうか?」
 彼、ということは男性である。そしてしばらく休業するとの事前情報と合わせると、成人だろうと習一は推定したのち、頭を縦にふった。露木もうなずいて、
「実際に会ったあとで、決めたらいい」
 と席を立つ。彼は無言の仲間に向かって「帰ろうか」と声をかける。すばやい帰り支度だ。習一はあせった。
(おいおい、オレの見舞いにくるやつのことを教えずにおく気か?)
 こんな悪童にたずねてくるやからなぞたかが知れている。それでも事前に訪問者を把握しておきたいと習一は考え、
「帰るまえに、そいつの名前とか格好を言ってくれねえか?」
 と、露木を引き留めた。室内の戸に向かっていた露木が振りかえる。
「親子の会話がてら、お母さんから伝えてもらおうかと思ったんだが……」
 露木が小声で「まあいいか」とつぶやく。
「彼はシドと呼ばれる、才穎高校の教師だ」
 才穎高校は習一の所属する学校ではない。才穎は進学校ではあるらしいが、程度や格式の高くない高校だ。噂では入学試験において内面重視の建前のもと、変わり者ばかり集めるらしい。そんな進学校の常軌を逸した色物学校だ。
「肌が焼けてて背が高い銀髪の男性で、あとは黒シャツと黄色いサングラスが目印になるかな」
 変人が多い学校の教師という者もまた、特徴を聞くかぎり普通の教師ではなさそうだ。任侠やならず者と言われたらしっくりくる風貌である。そんな男が教師を勤めているのも、才穎高校ならではだろう。
 露木は習一がもう質問を繰りださないのを認め、そののちに退室する。彼の仲間も部屋を出た。その際、片方の袖がはためく。白いコートの男は片手だけでなく片腕もないらしい。
 奇妙な二人組がいなくなる。病室には習一ひとりきりだ。習一は気がゆるんだのか、急に疲労をおぼえた。ベッドにあおむけに倒れる。
 天井を見つめ、病院にくるまえのことを思い出そうとした。自分が通う学校のこと、つるんでいた悪友のこと。家族──
 過去にひたるにつれ、習一はみぞおちの奥に重石が積まれるように息苦しくなった。警官と話す間は意識にのぼらなかった、自身の苦境がなにも解決できていない。その一端が病室へ入ってきた。
 入室者は中年の身綺麗な女だ。習一とよく似た顔をしている。彼女は習一の母親だ。
「よかった、起きたのね」
 表向きは良い母親らしくいたわるが、その目には息子に対する恐れがあった。

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posted by 三利実巳 at 00:55 | Comment(0) | 長編習一 
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