2019年05月13日

クロア篇−10章6

 クロアは母がアンペレ公夫人になるまでの経過を知り、言いようのない感情に襲われた。フュリヤの行動は公正さに欠ける。彼女が遠因となって、賊の掃討が阻止された現状もある。それらを踏まえれば母を「卑怯者」と糾弾すべきだと言える。だがフュリヤ個人の責任だろうか。
 フュリヤが住んでいた村の者が、フュリヤとその母との約定を履行していたら。フュリヤは金銭に困らず、親の余生を案ずることはなかった。孤独な親の安住を求めての婚姻を交わさなくてもよかった。ならばこの母子を騙した連中を咎めるべきか。
 村人らには道義にもとる決断をせざるをえない事情があった。魔人に捧げる宝物はなく、それを用意する資金源もない。そのために人身であがなった。その後も労苦に見合う稼ぎが得られず、約束を反故にしてしまったのかもしれない。フュリヤが「責めないで」と言うからには、そうでなくてはクロアの腹の虫が収まらなかった。
 そもそも魔物討伐は地元の領主に申請が入っていた。領主が討伐を成功させていたらヴラドの出る幕はなく、ひとりの女性が魔人に身を差し出す事態になりえなかった。人民を守るべき輩が職務を全うしなかった点を弾劾すべきか。
 為政者への非難はクロア自身、身につまされるものがある。弱小な正規兵を有するアンペレは賊の横行を看過していた。それは鎮圧できる兵力がなかったせいだ。目に余る蛮行に及べば大都市の援軍を要請できるが、その段階に至らずに野放しにしてきた。それと同じ状況下にあったと考えると、他国の領主を責める資格がクロアには無かった。
「……お母さまは卑怯者じゃありませんわ。どうしようもなく、運がわるかったのです」
 クロアは我ながら陳腐な表現のように感じた。しかしほかによい言葉が思いつかない。
「お婆さまも不運です。夢魔に襲われて、家族に見放されて、子をひとりで育てて……大事な子を手放すはめになったのに、なんにも報われない。そんなの、馬鹿げているわ!」
 感情が昂ぶったクロアは母を抱きしめる。
「不運が積み重なって、その不運をぜんぶ吹き飛ばせる幸運が目のまえにやってきて……手を伸ばさずにいられる人はいないわ。だれもお母さまをわるく言えやしないの」
 母の手がクロアの背をなでる。クロアは久しく母に体をさすってもらい、童心にもどった。母と過ごした記憶に追い立てられる。顔を上げ、一層強く母にすがる。
「お母さまはいつだって家族を、周りを気遣ってきたでしょ。ずるい女にはできっこない!」
「いいえ、そこがずるいのよ。みんなに見捨てられないよう、媚びを売ってきたの」
「媚びでもなんでも、卑しさが見えなければ本当の誠意ですわ。それに、どうして歓心を買わなくてはいけないんです? 領主の夫人を、みなが冷たくするわけがありませんわ」
「わたくしが居なくなったあとも、ここの人たちが母の世話をしてくれるように……」
「お母さまが居なくなる……? それはいまみたいに、ヴラドが迎えにくるときのこと?」
「そう、とも言えるわ。いつまでもここに住めるとは思っていなかったの」
 フュリヤは天井を仰いだ。遠い、かなたを見つめる。
「あの方が気付くまえに、クノードにすべてを話して、出ていこうと考えていたわ。子どもが大人になるまでは居ようと思ったのだけれど、クロアの下の兄弟が産まれたらどんどん先延ばしになって……ぐずぐずするうちに、ヴラドは起きてしまった」
 こんなふうにフュリヤがぼうっとすることは過去に何度もあった。クロアは母が自分と似て散漫な気質なのだと思っていたが、あのときは母がヴラドのことを想っていたのかもしれないと考えなおした。
「わたくし、これでよかったと思うの。ヴラドがなにも知らないのをいいことに、彼の側にもどって、さもずっと、眠りつづけていたふりをしたら……わたくしは一段と狡猾な女になり下がっていたの」
「お母さまはそんな女になれませんわ。きっと正直に、ヴラドにお話しになると思います。長い間、だれにも話さずになやんできたことなんだもの……はじめて好きになった人には、言いたくなるんじゃないかしら」
 フュリヤはこっくりうなずく。
「そうね……わたくしは言ってしまうんだわ。冗談めかして、長い間、見ていた夢のように。それを聞いたら、あの方は怒るかしら」
「魔人がマヌケなのもいけないんですわ。お母さまを何年もほったらかしにして、子を三人も育てる時間を持たせたんです。ヴラドが一方的にお母さまを叱責するようなら、わたしが言って差しあげます。『あなたが鈍感だったことにも責任がある』と」
 フュリヤがうれしそうにほほえむ。クロアはその表情に救われた。
「クロアは優しい子ね。思いやりのある子に育ってくれて、わたくしは幸せだわ」
「お母さまとお父さまの子ですもの。根性が曲がるはずありませんわ」
「だけどその気の強さは……女の子には持て余してしまうわ。そこがわたくしの心残り……」
 今生の別れのようなつぶやきだ。母との離別の未来を否定したいクロアは食ってかかる。
「ヴラドは永遠に生きる魔人でしょう。お母さまがいますぐ眠りにつかなくてもいいじゃありませんの。お婆さまとお父さまの今際(いまわ)の際(きわ)まで屋敷に居て、その後で好きなだけ眠ればよろしいのだわ。いましかできないことを優先しましょう」
「そんな虫のいいこと、あの方は聞き届けてくれるかしら……」
「話してみますわ。ヴラドはあんまりオツムはよくないそうですから、言いくるめる余地はあります」
 母はなおも憂鬱な顔をする。クロアはその反応に釈然としなかった。
 クロアはあるひとつの結論を見い出し、居住まいを正した。母と、眠る父を交互に見る。
「……お母さまがヴラドのもとに行きたいと願うのでしたら、邪魔しませんけれど」
 フュリヤは目を見開き、顔を伏せる。心にもない指摘、とは見えない反応だった。クロアは自分の希望と母の希望が同一ではないことを知る。
「お母さまは……魔人を愛しておいでなの? その、お父さま以上に」
「自分でもよくわからないの……気持ちが、どちらに傾いているか……」
 でも、とフュリヤが言う。
「あの方がわたくしを捜していると知ったとき……心の中で、とても喜んでしまったわ。わたくしは、無くてもよいものじゃないと、思っていただけた証拠だから──」
 フュリヤは実母を除いて、この世に生を受けた時から存在を疎まれていた。初めて人として真っ当に接した者が、くしくも自身を金品同様に手に入れた魔人。それがどれだけの輝きを放っただろう。クロアには想像のつかないことだ。公女というだけで無条件で愛され、敬われる環境で育った苦労知らずには、母に同情することさえ侮辱に値すると思える。
「お母さまのなさりたいようになさってください。ずっと、ご自分の思いを押し殺してこられたんですから。もう、我慢しなくてよろしいのです」
 クロアは就寝の挨拶を済ませ、足早に退室する。話し合うことは尽きた。あとはフュリヤ自身の意思に委ねる。それが現状における最大の孝行だと考えた。

タグ:クロア
posted by 三利実巳 at 00:00 | Comment(0) | 長編クロア
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