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2018年08月18日

拓馬篇−終章◇

「──ほんとうに、それでいいんですね?」
 鞄を肩から提げた異人が、寝台にいる老爺にたずねた。寝台上の座椅子の背もたれによりかかる老爺は「はい……」と諦観の面持ちで返答する。
「この老いぼれの怨みを一瞬晴らせたとて、それがなんになりましょう」
 白髪の老爺は枕元に立つ異人を見つめた。二人は、この場にいる銀髪の男の処遇について話し合っている。
「孤独に生きた六十有余年……その苦しみが、彼の死によって帳消しになるとは思えません。そのような無為なことのために……これからの子どもの笑顔を、うばいたくないのです」
 その会話を傍聴する者は三人。老爺の世話係の女性と、銀髪の男と、男の仲間の少女。
 主題たる銀髪の男は二種類の男性形態があり、現在は教師として潜伏した際の姿──老爺の家族をさらった時とは異なる姿──でいた。服装はこの世界に合わせて、変えている。灰色の外衣に身を包んだ様子は、犯行当時のものとあまり差がなかった。
「その言葉は本心なのですか?」
 無表情な銀髪の男が老爺にはじめて話しかけた。会話はすべて異人まかせにすすめていたためか、老爺は心底おどろいた様子で目を大きくする。その視線は天井と壁の境にある。そこは座椅子によって上体をななめにたもつ老爺の正面にあたる。彼は一向に銀髪の男と目を合わせようとしない。
 異人もまた、銀髪の男の急な発言にびっくりしている。
「先生、どこにうたがう余地があるんだい? この方は孤児の支援をしてきた慈善家だって、知ってるだろう。だから先生には子どもの教育を続けてほしいとおっしゃって──」
「その点は承知しました。しかし腑に落ちないところがあるのです」
「どんなところ?」
「私の正体を明かした時の反応が、とても落ち着いていらっしゃった。それは貴方が事前に私のことを伝えていたせいではありませんか」
 異人は頬をぽりぽりと指でかく。
「んー、そんなことでおれをうたがう?」
「はい。貴方には『私を死なせない』という意志があるようですから、口裏を合わせてもおかしくないと思います」
「まえもって話をしにきてたことはみとめるよ。先生が向こうでどんなにいい教師をやれてたかってことも伝えた。けど『口裏を合わせる』ってのは心外だな。おれが無理やり言わせたみたいじゃないか」
 異人はにこやかに男の指摘を否定した。老爺がひかえめにうなずく。
「自分の心にないことを言ったつもりはありません……この身はすでに老いさらばえ、他人をたすけるどころか自分がたすけられているありさまです。かような立場でいて、他人を救済できる人材を減らすのは愚行でしょう」
 老爺はついに銀髪の男に目を向けた。いささかの緊張はしていたが、皮肉めいた笑みをうかべる。
「それに、他人を教えみちびくことは並大抵の職務でない。長くつづけていけば、そのうち……学ぶ意義を見いだせず反発する者や、だれも信用しようとしない者などと出会う機会があるはずです。そういったかたくなな人も、あなたが根気強く接してください。かれらが納得のいく生き方を見つけるまで、手抜かりなく……これはやりがいのある役目ですが、ときに苦行にもなりうることです。その奉仕が、あなたへの罰──」
 話の途中、老爺が咳きこんだ。のどに痰がからんだらしい。咳がおさまると、老爺は天井をあおぐ。その顔は晴れやかだ。
「この役目を不老のあなたにお任せできるなら、これから救われる子は大勢おりましょうな。なにせ、二つの世界を行き来なさるのですから。あなたの救いを待つ者はきっと、どちらの世界にもいるでしょう」
 老爺は「長話でのどがかわきました」と言い、異人と反対側の枕元に立つ女性に手のひらを向ける。女性はそばの棚に置いていた吸い飲みを持つ。ちいさなジョウロのような形状で、ねながらでも水が飲める道具を、老爺は体を横向きにしてから口をつけた。
 給水中で老爺が話せない間、異人が「わかったかい?」と銀髪の男にたずねる。
「おれが先生の了解なしで一報を入れた理由は、先生の処罰が激しいものにならないか心配したからだ。そこんとこの先生の予想は合ってる。もし被害者が興奮した感情に振り回されて、あなたを『殺してくれ』とたのんできたら……おれは即決する自信がなかった。『もっとよく考えてほしい』と、言ったと思う。じっくり考えたうえでの希望なら、しかたないと思えた」
「被害者が私の処罰を適切に決めるために、貴方が先回りしたのですね?」
「そういうこと。でも、取り越し苦労だったよ」
「貴方が最初に訪問した時も、彼は私の消滅をのぞまなかったのですか」
「そう。いまと同じことをおっしゃってくれたよ。もっとも、先生の近況を知ったその時は、とてもびっくりしておいでで、こんなに流暢にしゃべってもらえなかったけどね」
「私のせいで容体を悪化させてしまったのでしょうか」
「たしかに体に障ったかもしれない。けどクラさんがついてたから大丈夫。ちょっと診たら、かえって元気になったくらいだよ」
 水分補給を終えた老爺が居住まいをもとにもどす。
「はい、高名な魔人に診てもらえて、光栄です。しかし意外でしたな。ここ数十年、めっきり人里にあらわれなくなっていたそうですから、もう人間への関心を失ったものとばかり……」
「外回りは息子くんがやってるのでね。代替わりしたってとこですよ。まあ、本人の周りがちょっとゴタついてたせいもあるんですけど……」
 異人は「ほかに伝えておきたいことはあるかな」と銀髪の男に問う。
「あんまり頻繁にはこれないからさ、いまがチャンスだよ」
「では最後に」
 銀髪の男が老爺に対して、深々とこうべを垂れる。
「私はあらゆる人々を連れ去り、その肉体を亡人に喰わせました。貴方の御家族も、だれひとりとして生き残っていません。彼らに無念の死を遂げさせたことと、貴方につらい幼少期をすごさせたことは、とても許される所業ではありません。いかなる贖罪も、その非道を打ち消す効力はないと存じます」
 老爺は「もういいのです」と謝罪をさえぎる。
「幾万の誠意ある言葉よりも、たった一回の善意ある行動に価値があります」
「無礼を承知で申しあげます。そのような綺麗事だけを述べていて、まことに貴方の心は満たされるのですか?」
 銀髪の男が顔を上げないまま言った。場が凍りつく意見だった。きれいにまとまりそうな談話を、銀髪の男がわざと掻き乱している。
「私はこれから向こうの世界へもどります。二つの世界は時間の流れが決まっておらず、数年、数十年が簡単に過ぎてしまうことがあります。貴方と私がふたたび会うことはもう無いかもしれません。私に言いたいことがあれば、いまのうちにおっしゃってください」
 老爺は男の発言が挑発ではなく気遣いから出た言葉だと察し、こわばった表情をやわらげる。
「……あなたへの憎しみがないと言えばウソになります。なぜわが一族が落ちぶれねばならなかったのかと、嘆きたい気持ちもあります。ですが、そういった感情を爆発させるにしても、歳をとりすぎたのです。言うことがあるとすれば……『あのときなぜ見逃してくれたのか』と聞くくらいでしょうか」
 男は頭を上げる。真顔だった表情に苦渋がにじむ。
「『見逃した』……」
「あなたが屋敷を襲撃したときのことです。わたしの親や叔母が黒い魔物に捕まるなか、わたしは窓掛けで身を隠していました。それは家屋に侵入した者の目をくらませても、外からでは窓越しに見つかってしまうお粗末な隠れ方です。あなたはたしかにわたしを見つけていたのに、捕えようとせず、去っていった」
「その時はすでに撤収の指示を同胞に出していました。子どもひとり程度、いてもいなくとも同じだと思ったのです」
 老爺は落胆した様子で「そうですか……」と力なく答える。
「幼子をあわれんだ、というわけではないと……」
「わかりません。その頃の私は、自分自身の感情に気付けなかったのです」
「そう、でしょうな……あのとき、あなたがいまの自我を持っていたなら、あの悲劇は起こりえなかった」
 老爺の目じりに涙がたまり、耳元へながれていく。
「あぁ、どうして……わたしの家族が犠牲にならなくてはいけなかったのか……」
 それきり老爺は嗚咽をもらすばかりで、言葉らしい言葉が出なかった。世話係の女性が涙ぐんで「今日はこれでお帰りを」と客たちの退室をもとめた。三人の客人は女性が開ける扉をくぐった。最後尾の銀髪の男が室内を振り返る。
「貴方の御意志、しかと受け止めました。その気持ちにそぐうよう、努めてまいります」
 その宣言を老爺はどう思ったのか、確認することなく扉は閉まった。
 三人は一時外へ向かう。その道中、異人は男の背中をたたく。
「ちょーっとご老人には刺激的な言葉があったかな」
「失言をしてしまいましたか」
「いや、いいんだ。腹を割って話したかったのは、お互いさまだろうからね」
 次もその調子でいい、と異人は男に助言した。異人はもう彼自身の世界にいる子らへの謝罪会見を見据えている。男は「気が早いですね」と異人の言葉に難色を示す。
「私はまだ、被害者の願いを具体的にどう着手していけばよいのかつかめずにいます。それが形になったあとで、あの子たちに今後のことも合わせて話したいと思います」
「ああ、ごめん。もっとじっくり飲みこんでていいんだよ」
「すいません、私の思案や決断には時間がかかるもので」
「それはあやまるようなことじゃない。なやんだり迷ったりするのが、正常な人間だ」
 のんびり考えられる場所へ行こう、と異人は暗にこの世界での滞在をほのめかす。
「おれと一緒に行き帰りするぶんには、向こうの時間経過は数分程度ですむからね。よーく考えてよ」
「はい」
 三人は山中に建設された療養場を出た。家屋のない野山へ行き、自然の中を散策する。無言の少女のかたわらで、男性二人は今後の方針を語る。
「うーんと、これは拓馬くんたちとの申し開きがおわってから、先生に言おうと思ってたんだけど……」
「なんでしょう?」
「向こうで先生が最後におそった子、まだ入院しているんだ。もちろんおれが帰ったらその子を復帰させるつもりだよ」
「はい、お願いします」
「ただ、そのあとが大変なんだ。調べてみたら彼、家の事情が複雑でね。先生の手でなんとかできないかな?」
「家庭内の問題は私では対処しかねます。専門家に相談すべきではないかと──」
「なにも家族の問題をまるっと解決しろってことじゃない。子どものほうを、更生させてほしいんだ。先生とは接点がある子だし、どうにか関われるはず。その子をたすけることが、さっき要求された罪滅ぼしになると思わない?」
 男は立ち止まり、しばし考えた。異人と少女は男の動向を見守る。
「ひとりで全部やろうとしなくていい。おれがサポートするし、たのめば拓馬くんたちだって手を貸してくれると思う」
「そうですね……貴方のつてがあれば、懸念がひとつ解消できます」
「お、どんな?」
「被害に遭った子の記憶を一部、封じてもらいたいのです。記憶を保持したままでは、私への憎しみが先立って、更生をほどこすことは不可能だと思います」
「ああ、わかったよ。クラさんにそう言っとく」
 およその計画は決まったが、散策は続く。異人はこまごまとした被害者の少年情報を話しはじめた。

タグ:拓馬
posted by 三利実巳 at 23:23 | Comment(0) | 長編拓馬 
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