2018年08月02日

拓馬篇−10章2 ★

 防音部屋のような静寂さの中、拓馬は自分のすべきことを思い悩む。
(シズカさんを待つにしても、ぼーっとしているわけにいかないよな)
 この場でやれること。それは体育館の扉に設置してあった最終問題の答え探しだ。
(七文字の単語を答えるんだっけか……?)
 七つの解答用の小道具はそろっている。しかし解答は未着手だ。おそらくヤマダもまだ答えの候補を見つけていない。
(ちょっくら考えてみるか)
 問題の訳文のメモや、問題を訳す際に参考にした異界の文字一覧表などはすべてヤマダが所有している。それらは、ヤマダの枕として利用中のリュックサックに入れてある。
(枕代わりはやめとこう)
 気を利かせたつもりだったが、結果的に物事を煩雑にするだけにおわった。拓馬は「ごめんな」とつぶやきながら、そっとヤマダの頭を床におろす。彼女の荷物を持ち、席に着いた。必要な文具類一式を机にならべる。そのうちのリング式のメモ帳を開いた。パラパラとページをめくり、この場に関わる記載をさがす。ストンと折りたたんだ紙が机に落ちた。紙を開いてみると、それは異界の文字をアルファベットに置き換える表だった。文字に七箇所、丸が描いてある。
(この七文字……で合ってるか、いちおう確認しとくか)
 拓馬は現物の解答用ピースをさがした。文具類があった収納スペースには見当たらない。リュックサックの外側についた正面ポケットに硬い感触があり、そこのファスナーを開くと文字の書いたピースがあった。鷲づかみで机上へ取り出す。ピースの向きはなにが正しいのかわからないため、一覧表を見ながらととのえていった。
(丸をつけたところ……と対応してるな)
 次にこのピースを使って解くべき問題文のメモをさがす。一覧表をはさんでいたメモ帳に、記載があった。
(幸運の女神の名前……か)
 拓馬には心当たりがない分野だ。
(この答えはたぶん、和名じゃないよな)
 母音は「U」「A」「O」の三つ、母音のまえにつくべき子音は「F」「R」「N」「T」の四つ。「N」を「ん」と読むのなら子音と母音の数は合う。だが「ん」のつく四文字の女神は記憶にない。そもそも日本の神さまは長い名前が多く、四文字では足りない。
(日本で『幸運』っつうざっくりした運担当の神さまはいない気がするし……)
 運は運でも商売運であったり恋愛運、健康運なりと、日本ではよく細分化されている。神さまも分業しているのだ。
(やっぱ西洋か)
 外国の名前ならば、解答に必要とする子音はどれも母音なしで発音できる。どんな配列だろうと名前として読めそうだ。
(総当たりでためすとしたら、何通りになるんだろ?)
 拓馬は適当なメモ用紙を出した。数学でならった計算式を書いていく。
(異なる七つの文字を、一列にならべるのは、七の階乗か)
 七かける六かける五……と続いて二まで書いた。本来の数式では一もかけるのだが、答えを出す際には無意味な計算ゆえに省略した。
(五〇四〇通り……ひとつずつ一秒間でためしたとしても、一時間はかかるな)
 一時間は三六〇〇秒。そうと知っているので大ざっぱな算定が簡単にできた。しかし知らぬ知識はどれだけ頭をなやませてもわかるはずがない。
(シド先生が作った問題だと、いじわるはしてこないと思うんだけどな)
 あの素直な教師ならきっと、どこかに答えを用意している──たとえば彼が拓馬たちに持たせた辞書に。
(箱の問題で一個、辞書に答えが載ってるのがあったな)
 それは拓馬が答えを導いた問題だ。問題文にある英単語を、辞書で調べるだけで解答できた。そんなふうに、辞書を検索すれば見つかる答えなのかもしれない。拓馬は辞書を引っ張りだした。キーワードとなる「God」をさがす。項目はあったが、その用例にそれらしい女神の名前は書いてなかった。
(ダメか……)
 そう何度も同じ手段は通じないらしい。あきらめてほかの可能性を考えていくと、他力本願的な発想に行き着く。
(もしかして、シズカさんが知ってる言葉なのか?)
 赤毛の洞察では、体育館前の問題はシズカ向けにつくられているという。異界の文字で表記した問題文だけでなく、答えもシズカ用であるのなら、拓馬たちの長考は休憩と同じことになる。
(やっぱりキツネを見つけようかな……)
 シズカの到来を恐れる少女の言動をかえりみるに、異形はこの教室に近寄らない、シズカとはもうすこしで合流がかなう。拓馬がヤマダを置いて、狐捜索に出かけてもよい条件はそろっている。
(しばらくここにいて、なんともなかったんだし……)
 拓馬は数分前まで蜘蛛の住処だった校舎を見る。窓越しに確認したところ、蜘蛛も黒い化け物たちもいなかった。
(いまがチャンスじゃないか?)
 拓馬はヤマダ向けの書置きをする。拓馬の不在中、寝起きの彼女が拓馬を捜しに教室を離れる事態はありうる。そうならないよう、配慮した。
 拓馬は紙に「俺が戻るまでここにいろ」と自身の名を添えて書く。その紙をヤマダの腹に置いた。謎解きに使った文具類は帰ってきたときにまた使うと思い、そのまま放置した。
 廊下を出ると、こちらの校舎にも黒い化け物が一体も見当たらなかった。
(あの赤毛がなにかしたのか?)
 拓馬はこの好都合な状況を、別行動する同志がつくりだしたものだと仮説を立てておいた。胸中の謎を処理できた拓馬は連絡通路を通り、白い糸が残る校舎に立った。こちらの廊下を一見したところ、廊下の端と端は糸の被害がすくないようだ。拓馬の位置にちかい末端の部屋は自習用の学習室である。
(こっちのほうは、指差されてなかったな)
 少女が示した狐の居場所を思うに、この階の両端は不在だと直感した。
(普通の教室から見ていこう)
 手始めに直近の教室に入る。室内に糸はなく、異形の姿もない。拓馬は安心して教室を調べた。教卓の下、机と椅子の間、掃除ロッカーの中などをくまなくしらべた。ひととおり目を通して、獣はいないと判断する。
(この教室はハズレだ)
 次の教室に移る。隣の教室は二つあるうちのひとつの戸口に糸が絡まっていた。もう一方の戸は無事だったため、そこから入室する。出入口が片方のみの教室にいて、拓馬は緊張した。
(ここで入口に化け物が出てきたら、どうすっかな)
 自身の状況をあやぶんだが、危険な存在は現れず、杞憂ですんだ。この教室も丹念に捜索したが不発だったため、次へと向かう。
 三つめの教室は戸口が両方とも糸で覆われていた。拓馬は糸の被害が比較的すくない引き戸を左右に揺さぶり、糸をはがす。がたがたと何度も戸をうごかしたのち、入室できた。
 糸で覆われた教室に入ったとたん、教卓の下にある白い物陰が目についた。犬や猫が寝入る仕草のように、丸まったなにか。
(キツネか!)
 拓馬は歓心をおさえながら教卓に接近した。かがんでみるとその白い物体は獣だとわかった。分厚い尻尾はまぎれもなく狐のもの。拓馬は狐をやさしく抱き上げた。狐は呼吸をしておらず、うごいていない。まるで死骸のようだ。だが体の熱は失われていないように感じた。これがエリーと名付けられた異形の言う、生きても死んでもいない状態か。この仮死状態はヤマダかシズカが接触すると解除されるという。
(ねてるヤマダに触らせても、復活するのかな?)
 ささやかな疑問を持ちつつ、拓馬は狐を抱いて空き教室へもどる。白い糸の張った廊下をふたたび行き、連絡通路へ出る。するとさっきまでいなかった異形が床からぬっと顔を出した。拓馬は面食らう。それが一体だけでなく、複数体が一挙に出現したため、足を止めざるをえなかった。黒い物体たちは道をふさいでいるのだ。
(これは突っ切れないな……)
 拓馬は迂回ルートを通ることに決めた。即座に思いついた経路は二種類。一階の連絡通路を通り二階にもどるか、二階職員室付近の連絡通路を通るか。
(階段の上り下りは地味にキツい……)
 体力の温存が図れる、職員室前経路を選ぶことにした。化け物たちは動作の緩慢な連中なようで、拓馬の脚力についてこれず、拓馬は難なく逃走できた。

posted by 三利実巳 at 23:30 | Comment(0) | 長編拓馬 
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