アフィリエイト広告を利用しています

広告

posted by fanblog

2018年07月10日

拓馬篇−7章X

 月明かりの下、男は家屋の屋根づたいに移動する。現在その筋骨隆々な巨体は物理的に存在しない。おかげで家々を踏み壊さずにいられた。
 男はある家屋を目指した。そこへ到着するまで、己が姿を誇示していく。そうすることで、捕獲対象が男を察知するのを期待した。
 何者とも遭遇せず、男は通いなれた家の庭に立った。庭のすみに色とりどりの草花が息づいている。その家の婦人が丹精こめて育てたものだ。この家でまちがいない、と男が再確認する。
 男が家屋を見上げた。屋根に白い狐が四肢をそろえて座している。それはこの世の生き物でない。その証拠に夏季ではありえない、冬毛相当の分厚い毛皮をまとっていた。
 狐の豊かな被毛が月光を浴びている。男には神秘的な獣に見えた。同時に愛くるしくもあった。できることなら、敵の立場では出会いたくなかった獣だ。
 毛皮を輝かせた狐は男を見おろす。
「人でない者が何用か?」
 狐が女性の声で問うた。この化け狐は基本的に女性型だ。元いた世界では妙齢な美女として有名な個体だが、こちらでは力の消耗を避けるためか獣型でいる。臨戦態勢になれば人型へ化けるはず、と男は見込んだ。
「おまえに用があって来た」
 男は屋根へ跳び乗ろうとする。狐が太い尻尾を横薙ぎに振った。尾から強い風が巻き起こる。男は突風に押され、庭へもどされた。それ以上狐は仕掛けてこない。
「かかってこないのか?」
「不埒者を滅せよ、とはうけたまわっておらん。疾(と)く去れ」
 狐は防戦に徹するつもりだ。こう距離を保たれていては、至近距離での戦闘を得意とする男に勝機がない。狐の戦意を高める必要がある。
「妖狐が人間の若造の言いなりになる、か」
 男は噂に知る、狐の誇り高さを利用することにした。
「ずいぶんと格が落ちたものだ」
 あからさまな挑発ではかえって警戒される。男はあえて礼儀をわきまえない正直者をよそおう。
「いや、以前の主は名前だけの輩だったな」
 狐の足元に巻いていた尾が荒々しく薙ぐ。今度は風が発生しなかった。挑発が利いているのかいないのか。確信がないながらも男は口上を続ける。
「すべての生者を統べる力を持ちながら、力の使い方をあやまり、身を滅ぼした」
 古くから民間に言い伝えられてきた伝説だ。男は当時を知らぬ。男が当事者である狐にあれこれ批評する義理はなかった。それゆえ狐の心中を掻き乱すには適切な話題だと判断する。
「民草(たみくさ)に語られる道化のことなぞ見棄てて当然だ」
 狐は主君を見限ってはいない──そのことは男の耳に入っていた。時を経て、主君が帰還する瞬間を夢見ている。そのため、狐は主が好む道具や宝飾品を収集しているという。狐がいまの人間に仕えるのも、主君の精神体が異界へ流れおちたのを捜索するためだとか。その忠義心は見上げたものだ。しかし男は狐への無理解を示しつづける。
「王の名が聞いて呆れるな」
 狐が牙を見せはじめた。男への敵意を表出しているようだ。
「愚昧(ぐまい)な王を悪しざまに言われて、気が立ったか?」
「──しめ」
「いまの主人とは関係のない話だろう。せいぜいあの若造にかわいがられるといい」
「小童が、口をつつしめ!」
 狐は心酔する主君を侮辱されたために激昂した。姿を五つに増やし、男に襲いかかる。
 狐得意の幻術は男の予想ずみだ。男は突進してきた狐たちをかるくいなす。体当たりをかます者、爪を振るう者、噛みつきにくる者、そのどれもが男への攻撃を当てられずに地に立った。再度攻勢を仕掛けてきたが、男はそれらを無視する。
 最後方にいる狐めがけ、男は距離を詰める。間合いに入った瞬間に平手を突きだした。狐の下あごから頭部をつかむ。その勢いで、狐を地面へ押しつけた。すると周囲の幻影が消える。
「なぜ……見破れた?」
「見破ってはいない。術者は後方に控えるのが相場だと思ったまで」
 男は捕えた狐の力を放出させる。あたりに黒いもやが立ちこめた。
 力をうばわれていく狐がきゅーきゅー鳴く。その鳴き声が男の精神攻撃になる。
(人型に化けてくれればやりやすかったんだが……)
 その利点は攻撃の当てやすさ以上に、男の心的負担が関係する。男は小動物には思い入れが強い。元来、獣を痛めつけることは趣味でなかった。その反面、人間の怨嗟や断末魔には慣れていた。
 力を失った狐は気絶した。男はぐったりした狐を拾う。両腕に抱え、狐の上等な被毛をなでる。ささやかな幸福感が湧きあがった。しかし愛玩のために狐を捕獲したのではない。
(こいつを餌にする……次は──)
 柔らかい毛皮を惜しむように触れつつ、男は家屋をすり抜ける。室内に照明は灯っていない。住民はみな床に就いているようだ。男はこの家でもっとも年若い者の部屋へ向かった。
 年少の住民のもとへ難なくたどりつく。室内は年相応の教材と文具類が机に並ぶ。その中には護符と天然石も散らばっている。御守りの類は寝台の小さな棚にもあった。その寝台に、男の第二の目的物が寝息を立てている。
(また、力を貸してほしい)
 男は片腕に狐を抱いたまま、空いた手で長髪の子どもの額をなでる。この子に何度ふれただろうか。この機会も終わりの時が近づいている。
(ツユキとの決着をつける……)
 そのための歓待の場はすでに企画した。あとは支度をすすめるのみ。男の支度とは、活力あふれる子から力を分けてもらうこと。
(これが最後だ)
 男は慈しみをこめて、子どもの頭をなでた。

タグ:拓馬
posted by 三利実巳 at 23:40 | Comment(0) | 長編拓馬 
この記事へのコメント
コメントを書く

お名前:

メールアドレス:


ホームページアドレス:

コメント: 必須項目

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

プロフィール
画像は親戚のトイプードルの頭頂です。クリックしても全体像は見れません
三利実巳の画像
三利実巳
最新記事
<< 2022年10月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
お知らせ
21-5-16,3月以降更新停止していますが生きてます。今は他のことを手掛けているのでそっちが飽きたら戻ってきます
検索
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
月別アーカイブ
2022年10月【1】
2021年03月【1】
2021年02月【2】
2021年01月【1】
2020年12月【1】
2020年11月【4】
2020年10月【3】
2020年09月【2】
2020年08月【1】
2020年07月【1】
2020年06月【1】
2020年05月【1】
2020年04月【1】
2020年03月【3】
2020年02月【5】
2020年01月【3】
2019年12月【1】
2019年10月【1】
2019年09月【1】
2019年08月【2】
2019年07月【5】
2019年06月【2】
2019年05月【21】
2019年04月【15】
2019年03月【12】
2019年02月【14】
2019年01月【18】
2018年12月【15】
2018年11月【11】
2018年10月【14】
2018年09月【6】
2018年08月【12】
2018年07月【21】
2018年06月【9】
2018年05月【9】
2018年04月【5】
2018年03月【8】
2018年02月【11】
2018年01月【8】
2017年12月【21】
2017年11月【21】
2017年10月【21】
リンク集
×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。