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2018年07月02日

拓馬篇−7章◆ ★

 使い古された音楽が流れる。閉館の合図だ。利用客を追い出そうとする曲を、金髪の少年は不快に感じながら聞いた。少年は仕方なく、机に突っ伏した上半身を起こす。何十分ぶりかに周りを見てみると、図書の貸し出し手続きをする人が受付へ集まっていた。少年は自分に注目する者がいないの確認し、空調の利いた施設を出た。
 外は日が落ちたが、完全には暗くなっていなかった。日長な季節なのはいい。だが少年はこれ以上気温が高くなるのを憂鬱に思う。
(涼しいところ……他にもさがさねえとな)
 屋外は蒸し暑さが残っている。もとが温室で育ってきた少年にはこたえる季節だ。家に帰ればきっと母が快適な温度に調整しているのだろうが、まだ帰宅する気になれない。
(いまは飯食ってる時間かな……)
 あてもなく歩きながら、実家ですごす人々の行動を想像した。母と妹、そして父親──二人めまでに感じた温かい情が、三人めでどん底まで失われる。胸糞がわるくなる記憶を振り払うように、少年は歩みを速めた。
 無心に歩くと体が熱くなる。少年はむだに体力を消耗したくないと思い、手近な休憩場所へむかう。そこは無人の公園だ。以前まではよく滞在した場所だ。ある一件を境に寄りつかなくなった。そのときの辛酸がこみあげてくる。忌々しい思い出だ。その記憶を直視しつつ、公園に設置されたベンチで休んだ。
(あんな、のうのうとした連中に一杯食わされるなんざ……)
 喧嘩には強いと思っていた自分を、上回る同世代がいた。それが腹立たしい。また、その男子を保護しにきた教師もいけ好かない。
(善人ヅラしやがって……)
 教師の口ぶりは穏やかだが、少年への仕打ちは手酷いものだった。教師の警告に従わなかった非が少年にあるとはいえ、納得しきれない。ためらいなく他者の首を締め上げてくる物騒な男だというのに、彼は依然として教師であり続けている。職務で求められる人格と、その残忍な本性が一致しない人物に対して、少年は憤りを感じる。少年の父がそういった二面性のある人間だということも、この不快感に一役買っている。
 あの教師に一泡吹かせてやらねば、少年の気が済まない。しかしどうやって報復したらいいのか、良策は出なかった。多対一で襲撃したとしても勝てる相手ではない。教師は刃物を持つ敵への対処法を心得ていた。あの落ち着きぶりと無駄のない攻撃を考慮するに、修練を積んだ格闘家だとわかる。そんな強者をどのように無力化するか。直接本人にはたらきかけるのでは到底かなわないだろう。
(やっぱり、生徒をかっさらうか?)
 教師に近しい学校関係者を人質にする──その計画は思いつきこそすれ、実行を移すには至らない。自分より強い者には勝てない腹いせに自分より弱い者に八つ当たりする、という行為に嫌悪感があるせいだ。せめて自分と同程度の者に打ち勝ち、その結果をダシに教師を呼びよせる。その段取りを果たすために教師のいる学校近辺を偵察したものの、ある生徒との遭遇によって計画は頓挫した。そいつは行動の読めない女子だ。彼女が巻き起こす奇天烈な言動に、少年はかなり参った。
「くそっ……あのフザけた女……」
 あの女子には怒りとはちがった不快感を味わわせられた。これも不愉快な感情にはちがいないが、女子への憎悪はあまり湧かなかった。女と張りあっても得られるものはない。おまけに、常識の枠から外れた変人をどうこうしようとするのがまちがいだ、と諦観する気持ちが先立った。
 あれこれ思索するうちに、空にはわずかな青も夕日の色さえも無くなった。完璧に夜だ。
 次はどこへ行こう、と少年が思った矢先、じゃりじゃりと砂を踏む音がする。なにかが公園内を歩いているようだ。
「だれだ……?」
 もし自分に敵意のある者が接近していたら。そう警戒した少年はベンチから立ち上がった。足音が近づいてくる。外灯の光が照らす地面に、人影がよぎった。だがその影をつくる人自体はよく見えない。
 少年はポケットに入れた携帯電話のライトを発光させる。光は男の胴体を映した。一般的な身長の男ならば頭のある高さに、胸が見える。相手はかなりの長身だ。くわえて筋骨隆々な体型のように見えた。この体格では少年が勝てる見込みは薄い。負けそうだからといって、少年は強者に媚びへつらう気がさらさらなかった。
「危害は加えない。お前がこちらの要求を飲むのなら」
 低い男の声にはいかなる感情も伴っていない。機械的な言い方が一層凄みを増した。
「他校の生徒へ報復するつもりだろう。それはやめておけ」
 まさにいま考えていたことだ。その計画は実行に移せるかどうか未確定。正直にそう言っても虚偽にならないだろう。にもかかわらず、あまのじゃくな少年はつい虚勢を張る。
「だれに吹きこまれたか知らねえが、いまさらやめてたまるか」
 少年は「外野は黙ってろ」と吐き捨て、男から離れた。自分が練った計画をわけのわからない者に邪魔されたくはない──と頭では理屈をこねたが、それは建前だ。本心ではこの男の尋常でない威圧感に恐怖を感じる。それゆえ逃走を選択した。しかし肥大化した自尊心のせいで、無様に走るのだけはやめた。
「お前のためでもある。やめるんだ」
 後方からの語り掛けを少年は無視した。振り返らずに歩く。すると男の手がぐいっと肩を引っ張り、歩みを止めさせた。少年は意図しない妨害に憤慨する。
「しつこいな! てめえになんの関係があるってんだ」
「やめないと言うのなら、できないようにするほかない」
 その脅しは実現可能なのだと、少年は男の印象から感じた。それでもなお他者に屈さない姿勢をつらぬく。
「オレを痛めつけたってムダだ。仲間たちはオレの指示なしでも実行する」
 男の手が少年の肩から離れた。あきらめたか、と少年は胸をなでおろす。少年が公園を発つ際に、引き止める声は聞こえなかった。
 少年は道路のわきを歩きはじめた。黙々と、さきほど起きたことを整理する。遭遇したのは見知らぬ男だ。やつの要求を飲むことで得する者はだれか。それは少年が復讐を考える出来事に関わった連中だ。そう考えるのが妥当だが、その連中にはさっきの男がふくまれない。声も体も、合致する者がいないのだ。しいていえば低い声は暴力教師と似てたが、彼はあそこまでいかめしい外見ではない。
 謎への仮説を立てられないまま、少年は街灯の下を歩く。いつもは帰りたくない家が、行き先の候補に挙がった。家に帰ればあの男も近寄ってこれないだろう。自分が家族から白い目で迎えられたとしても、もはや慣れたことだ。そんな帰宅念慮が芽生えた瞬間、路面に映る少年の影がゆがんだ。影が増大した──と思うと、首筋をつかまれる。恐怖を感じる間もなく、無理やりに押し倒された。
「お前の仲間三人とも、計画には消極的だ」
 その声は公園にいた男だ。こいつは少年の仲間の様子を見にいっていたらしい。この短時間で仲間の居所をつきとめるとは、ますます異様な男だ。
「三人に中止するように言え。それが皆の幸せになる」
 少年は抗えない圧力を全身に受け、承服の念がよぎった。
「……これが最後だ、私に従え」
 絶体絶命の窮地。そのさなかにいながら、少年は男の言いなりになるのをためらう。無言でいると男は「なにを迷うことがある」と言ってくる。
「その身を危険にさらしてまで、意地を通すべきことか?」
 まったくの正論だ。少年に恥をかかせた連中への仕返しと、少年の体が無事でいることのどちらが大事かはわかりきっている。だが正論を聞き入れる器量は、いまの少年にはない。高圧的な男への反意が燃え上がる。
「……絶対、やってやる……」
 反骨精神のおもむくままに、本意とは多少異なることを口走った。男の意思にそむく表明をした直後、なぜか拘束が解かれる。
「再三の忠告は無意味だったか」
 解放されるのか、という期待も無体に、無骨な手は少年の顔面を襲った。頭が割れそうなほどに握りしめられる。頭をつかまれた姿勢で宙へ持ち上げられた。少年の全体重が自身の頭部へ集中する。その荷重に耐えかねた少年は苦悶の声をあげた。
 少年はすこしでも頭部にかかる圧を下げようとして、自身の体を持ち上げる男の手首をにぎる。懸垂の要領で支点を増やし、体重を分散させたが、痛みはあまり変わらなかった。
 少年の頭部をつかむ手の隙間から、男の顔がのぞく。男は色の濃いサングラスで目元を隠している。少年はせめてもの反抗として、その憎き面構えを見てやることにした。片手で乱暴にサングラスをはぎ取る。存外簡単に外せた。それができたわけは、そんなくだらない抵抗をされるとは男が予想しなかったためだろう。
 街灯が男の顔を照らした。明らかにされた顔に、青い光が二つ浮かぶ。冷たい瞳だ。感情が灯っていないその目を見て、少年は別の人物を想起した。それは己をたやすく負かした教師だ。彼も目の色は青かった。その教師の目つきからも、無慈悲さを感じていた。
 少年は手にしたサングラスを捨て、男の腕を両手でつかむ。
「オレに、なにをする気だ……?」
、体に巣食う恐怖を抑えつけながら問う。前途の明るい回答を得られないとわかっていながら、されるがままでいることは自身の反抗心が許さなかった。
「我が同胞の糧となれ」
 意味不明な言葉が投げられた。と同時に、少年の視界が真っ暗になる。頭部に感じた痛覚はなくなり、体がふわついた。
 どれだけ時間が経ったのか、数分も経たなかったのかわからない。少年はいろんな感覚があやふやになった。
 少年はかたい床の感触を頬や腕から得た。自分が地面に倒れているとわかると、目を開ける。暗がりを照らす灯りが点々とあった。だが色や形は街灯とはちがう。灯りは火のように揺らいでいる。いまどき松明を照明に利用する場所があるのか、となにげなく考えた。
 灯りの下に、うごめく黒い物体を発見する。少年は黒いものがなんなのか気になった。視界を広げるために上体を起こす。両腕を支えにして座位に変えようとしたが、突然腕を引っ張られた。少年の腕をつかむその手は大きい。大柄な男性の手だ。
(さっきの男?)
 少年の予想は当たり、自分を襲った男が少年を捕まえている。いやな予感がするものの、男を遠ざけるには少年の力が足りなかった。
 男は少年を力任せに立たせる。
「皆、喧嘩をせずに分け合え」
 少年は黒い物体の群れの中へ投げられた。硬い床に体を打ちつけ、衝撃にむせかえる。痛みをこらえていると、黒いものたちは少年を取りかこんだ。それぞれが頭部らしき部分に二つの光を灯している。光の多くは赤い色だ。創作の世界ではよく敵意を示す目の色だが、果たして通例通りなのか。少年はそうでないことを祈った。
 不気味な生き物は少年の腕、足、腹など体の至るところに顔らしき部位を近づける。二つの光の下に縦長の楕円形に開いたへこみができ、その中へ少年の肉体の一部を入れた。
(まずい!)
 少年は身の危険を感じた。体をよじるが、無数の生き物は少年の逃亡を見逃してくれない。少年は仰向けの状態で手足を拘束された。自力での脱出がかなわないと判断すると、一縷の望みをかけて、少年以外の人間を捜す。男は冷然と少年を見つめている。
「悔いても遅い。お前には助かる機会を与えた」
 むげにしたのはお前自身──と男に突き放された。
 少年の視界一面に黒い物体が集まってくる。少年は恥も外聞もなく悲痛な声をあげた。次の瞬間、肉をちぎられる痛みが駆け巡る。苦痛は少年の意識が途絶えるまで、無間地獄のように繰り返された。

posted by 三利実巳 at 03:00 | Comment(0) | 長編拓馬 
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