2019年07月02日

短縮拓馬篇−3章2 ★

 シズカの狐は幽霊と似た存在だ。それを見える者はシズカと、拓馬の父と、そして拓馬。普通の人には見えず、狐がなつく対象であるヤマダは狐を見れない。それゆえ拓馬は彼女に狐のことを伝えておいた。動物好きなヤマダは不可視の動物を気味悪がることなく、むしろどんな愛らしい姿なのか気になっていた。

 狐が派遣されて半月ほど経ったころ。拓馬は連休明けの中間テストの真っ只中にいた。いまの時限の試験監督者は銀髪の英語教師である。彼は今学期から赴任した新人だ。新人といってもその年頃は三十歳ちかい、垢抜けた大人である。
 新人教師のあだ名をシドという。これはヤマダの命名だ。由来はミドルネームをふくめた、教師の名の頭文字である。このあだ名を使っていいか、ヤマダが申し出たときの彼は、奇妙なほどに戸惑っていた。だがすぐに快諾し、以後多くの生徒は彼をシド先生と呼ぶようになった。
 シドは諸事情により一学期のみの就任をするという。以前は警備員を務めたと自称する、経歴の異色な男性である。一般的でない髪色もさることなから、色黒で、黒いシャツを着て、黄色いサングラスをかける風貌もまた稀有だ。風変わりな姿とは裏腹に、その人柄は温厚で愛想がいい。それゆえ生徒からは高い支持を得た。なお彼は身の丈一八〇センチを超えた偉丈夫なせいか、女子の人気が特にあるようだ。
 拓馬もこの偉丈夫には好感をもっている。拓馬はさきの連休中、飼い犬の散歩の際にシドと出会っていた。彼は拓馬の犬をいたくかわいがってくれ、犬もまたこの教師を気に入った。両者の態度を間近で見た拓馬は、シドの動物好きぶりに親しみをおぼえた。
 ただこのときの邂逅はけっして平和的なものではなかった。新任教師は校長の指示を受け、拓馬たちと衝突しかねない不良少年らの動向を時々さぐっているのだという。彼の採用目的は、拓馬たちを守ることでもあるとか。だから前職が警備員という男性が急遽配属されたのだと、拓馬は腑に落ちた。
 試験監督中のシドは教卓の椅子に鎮座する。彼は連休中に拓馬と会って以来、スーツのジャケットを羽織らなくなった。黒い長袖シャツをひじのあたりで腕まくりするスタイルでいる。ジャケットを着用する間は目立たなかった筋肉がありありと見えるようになり、体育教師に見間違う雰囲気をかもしていた。
 試験開始からしばらく経過し、体格の良い教師がやおら席を立ちあがった。彼は教室の後方へ進む。
「はい、どうぞ」
 シドがそう言うと、次に男子生徒の謝辞が聞こえた。どうやら生徒が筆記用具を落としたのを、シドが拾ったようだ。試験中は通常、生徒の離席ができない。その規則を生徒が順守するために、監督者が適宜対処することになっている。雑用を終えた教師はすぐ教卓にもどる、はずだった。
 教室中に鈍い音がひびく。その音には重量感があった。只事ではないと思った拓馬が室内を見回す。こういった異変に対処すべき教師をさがすと、いつも高い位置にある彼の銀髪が、生徒の机と同じ高さにあった。
「失礼! つまづいてしまいました」
 弱るのは髪の色素だけで充分、とシドは軽口を述べた。拓馬は彼がただの不注意で転倒したのだと思い、ほかの生徒もそう楽観する。教師が教卓へ鎮座すると、なにもなかったかのように試験が続行した。
 試験が無事終わり、答案が最後列から前へと渡った。それらの紙束をシドが回収する。
「皆さん、お疲れさまです。結果は後日、授業で」
 監督者は人のよさそうな笑顔を生徒に向けたのち、教室を出た。今日で試験は終わりである。重大なイベントを終えた拓馬は帰り支度をした。その最中にヤマダがやってくる。
「タッちゃん、いまから暇ある?」
「答えの確認でもするのか?」
「シド先生、あのまんまだと本当に倒れそう。だから一緒に帰るように誘いたいの」
 ヤマダは教師の転倒を一時の不注意として見過ごす気がない。拓馬は先日、シドが休みを返上して町中を練り歩いたのを思い出した。彼は疲労がたまっているかもしれない。
「そんなにつらそうだったか?」
 ヤマダが二度うなずく。
「とにかく、話をつけてくる!」
 ヤマダとそのお守りの白い狐が教室を走り出た。拓馬が廊下に行ってみると、答案の束を持つ教師が他の女子生徒に捕まっていた。シドが女子らに解放されたあとで、ヤマダが声をかける。その会話は拓馬に聞こえない。
「あれ、帰らないの?」
 鞄を持つ千智が拓馬に話しかけてきた。拓馬は状況を正直に話した。彼女はうなずいて「まあ、ヘンよね」とヤマダに同意する。
「先生は三郎の攻撃を全部かわせるのに、なにもない床でつまづくなんて」
 三郎は剣道部員だが、徒手での戦いにも興味を示す男子だ。それゆえ彼は武芸家だと見込んだシドに徒手で稽古をつけてもらったことがある。拓馬は稽古風景を終始観戦してはいないものの、シドの回避行動の中で、彼の足がふらつくところは見なかった。
「あ! 危ない!」
 千智は鞄をその場に放りすてた。
(まさか先生がたおれて……)
 拓馬の不安は的中しかけていた。大柄な教師は、女子生徒にもたれかかる。小柄なヤマダでは教師の体を支えきれない。両者が体勢を崩す。大きな音が廊下中に伝わった。
「先生、ヤマちゃんがつぶれちゃう!」
 千智は倒れる彼らの耳元でさけんだ。女子に覆いかぶさった教師の意識はなく、下敷きになった生徒も反応がない。さいわい生徒の後頭部は教師の右手で守られてあった。
 拓馬は「先生をどかすぞ」と宣言した。ヤマダの上半身だけでも負荷を取り除く必要がある。そう判断して教師の肩を押そうとしたとき、教師が目を開ける。倒れたときの衝撃で彼のサングラスはずり落ちており、青色の目が露わになる。
「シド先生、気がついた?」
 千智が意識確認の言葉を投げかけた。教師は返答するよりさきに上半身を起こす。
「……無様なところをお見せしました」
 シドは座位に体勢を変えながらつぶやいた。いたって冷静に、落ちかかったサングラスをかけなおす。彼はその場で立膝をついた。ヤマダの肩と腿の裏に腕をとおす。
「オヤマダさんを保健室へ運びます。ネギシさんは答案を職員室へ届けてくれますか?」
 いましがた昏倒した男が、気絶中の女子を運ぼうと言う。拓馬は無謀だと判断する。
「俺がヤマダを運ぶよ。先生は休んでて」
「私は平気です。もうなんともありません」
 シドがヤマダの上体を起こした。するとヤマダが目覚め、拓馬と目が合う。
「……あれ? 学校?」
 次にヤマダは自身の体を支える者を見る。すると彼女は固まった。反対にシドは笑みを浮かべる。
「痛いところはありませんか?」
 ヤマダは視線をそらして「えっと……」と口ごもった。状況がまだ飲みこめないらしく、返答に窮している。そこへ慌ただしく廊下を駆ける音が近づいてきた。
「おい! 先生が倒れたって……」
 拓馬らの担任が騒ぎを聞きつけてきた。本摩はシドと生徒たちを見て、ぽかんとする。
「小山田が倒れた、のか?」
 本摩は聞いた情報と現実との相違に困惑していた。教師たちが事実を共有したのち、この場は解散となる。シドは即時帰宅することとなり、拓馬とヤマダも二人で一緒に帰った。

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posted by 三利実巳 at 23:15 | Comment(0) | 長編拓馬 

2019年07月01日

短縮拓馬篇−2章3 ★

 今日は授業が午前中で終わる土曜補習。一日の余暇時間が多い日ゆえに、生徒らは活気づく──のが通例だった。拓馬が登校したところ、教室内には異質な空気がただよう。同級生たちが不安そうに話し合っているのだ。
(テストでもやるのか?)
 成績にかかわる授業がある日は生徒たちがざわつくものだ。ただ、拓馬はそんな授業があるとは聞いていない。そこで拓馬は友人たちに「今日はなんかあったっけ?」と質問をする。質問相手は、たまたま拓馬と目があった長身の女子と小柄な女子だ。
「あったのは昨日!」
 長身の女子が答えた。彼女は千智といい、なぜかにらむように拓馬を直視する。
「昨日の夜に襲われた生徒がいるんだって」
 拓馬が想定した答えとはかけ離れた、物騒な出来事だ。拓馬はにわかに信じがたい。
「襲われたぁ? だれが?」
「うちのクラスのスケコマシよ。転校してきたばっかりなのに運が悪いわねー」
 被害者は今学期に転入してきた男子、と拓馬は察した。その男子の本姓は成石《なりいし》という。彼は女好きなようで、早くも同学年の女子たちと親しくするとか。拓馬はそんな軽薄な成石には思い入れが無いながらも、その被害状況がいかほどか、心配になる。
「襲われてどうなった? 学校には──」
 来れるのか、と噂をすれば話題の本人が入室してきた。成石は教室中の生徒の視線を一身に集める。見栄っ張りな彼にとってその注目が快感だったのか、成石は得意気に笑んだ。
(なんだ、元気そうだな)
 人騒がせなやつである。いらぬ心配をした拓馬はかるい怒りすら芽生え、あえて成石を視界の外に追いやる。この態度なら彼の不興を買えると思った。
 拓馬の反抗とは反対に、小柄な女子が成石へ駆け寄る。彼女はあだ名をヤマダといった。
「ナルくん、ケガはないの?」
「なあに、平気さ。きみはいままで僕のことを心配していたのかい?」
 ヤマダは自身のポニーテールを左右に振って「ううん」と否定する。
「それよか、どんな相手に襲われたの?」
 吊り目な彼女はそのキツそうな顔に似合う冷淡な態度をとる。だがヤマダなら拓馬と同様、被害者を案じたはずだと拓馬は思った。彼女と拓馬は幼少時からの古馴染みであり、おたがいに性格や信条を熟知する仲だ。
「余計なことを言わずに『心配してた』と言ってくれてもいいじゃないか」
 ヤマダの性情をよく知らない成石は大げさに落胆した。そこへ拓馬たちの担任の教師が教室に入る。本摩という中年の男性教師だ。白髪交じりの教師は成石の姿を認める。
「お? 成石が来ているな。その様子だと、体は大丈夫そうか」
「僕は体を鍛えていますからね」
「トレーニングもほどほどにな。危険な目に遭ってまで体力作りをするもんじゃあない」
 本摩は成石をいたわったあと、教壇に立った。教室全体を見渡し、神妙な顔を見せる。
「あー、実は昨晩ランニング中の成石が何者かに気絶させられた。今後も同じような被害が出るかもしれん。みんな、夜の一人歩きは控えるよーに」
 本摩は前列席にいる長髪の女子生徒を見た。彼女は須坂といい、成石と同時期に転入してきた。美人ではあるが社交的でなく、まだクラスに馴染めていない。
 須坂は担任から顔をそらした。これらのやり取りがなにを意味するのか、拓馬はよくわからなかった。
 突然、須坂の隣席にいる男子が大きく挙手する。
「先生、この襲撃事件は今回がはじめてですか?」
 この男子は仙谷三郎という、正義感あふれる剣道部員だ。生徒会の役員を率先して務めるところなど、とかく他人の役に立つことをやりたがる稀有な男子である。そのため人を困らせる悪党がいると聞くや、みずから成敗しに行く行動力がある。その付き添いに彼と同じ部の男子や、空手家の拓馬が連行されることがしばしばあった。拓馬はイヤな予感をしつつも、三郎の動向を静観した。
「わからん。前例があれば警察が知ってるだろうが、そんなことを聞いてどうする?」
「もちろん、不届き者を成敗して──」
「まえに不良連中とモメたのを忘れたか?」
 拓馬たちは以前、デパートの一画を占領する不良たちを立ちのかせるため、彼らと争った。この件はどこから漏れたのか校長に知られ、拓馬たちは反省文を書かされていた。本摩はそのことを言っている。
「問題を起こすと校長が黙っていないぞ」
 三郎はがたっと椅子をずらし、立ち上がる。
「では、悪人の好き放題にさせておけと?」
「そうは言わんよ。お前たちが危ない思いをする必要はないだけだ」
「我らの力を合わせれば不審者など!」
 三郎は「なあジモン、拓馬!」と前回の戦友に呼びかけた。ジモンというあだ名の大柄な男子は「おう!」と握りこぶしをつくる。対照的に拓馬は「俺も?」と他人事のように答えた。中年の教師は三者三様の生徒を見回す。
「正義感が強くて結構だ。でもな、来月に中間テストがあって、その後には体育祭が控えている。体力自慢のお前たちが万一ケガで欠場したんじゃ、クラスのみんなも面白くないだろう。犯人捜しはそのあとにするんだな」
 本摩は生徒の犯人捜索を引きとめなかった。起きた事件が一過性の出来事だと信じてか、生徒を止めても無駄だと思ったか、いずれにせよ現状は無難な説得だった。
 三郎はさきほどの勢いが削がれ、「わかりました」と言って、大人しく着席した。三郎の勝手な行動はクラス全体の迷惑になりうる、との可能性を聞いて、三郎は我を通しにくくなったのだろう。
「素直でよろしい。それじゃ、授業をやるぞ」
 本摩は話題を切り替えた。事件のない日と変わらぬ要領で、英語の授業を執る。だが拓馬の意識はなお事件に留まった。その解決ができそうな助っ人に思いを馳せる。
(このこと、シズカさんに言ってみようか)
 その予定を頭の片隅に置いておきながら、拓馬は授業に集中した。

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posted by 三利実巳 at 18:55 | Comment(0) | 長編拓馬 
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長編の習一篇は他サイトで大部分が投稿済(未完)です。現ブログにてざっくり投稿(完結)しましたが、下記リンクはまだ貼っておきます。
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