2011年11月26日
穆園広場(ぼくえんひろば)と高木兼寛
昨日の記事の続きです。

穆佐城(むかさじょう)跡の曲輪群Dは穆園広場(ぼくえんひろば)です。

昭和60年代に広場として整備されました。


穆園広場

穆園広場は高木兼寛(たかぎかねひろ)の記念広場です。

高木兼寛生誕地って書かれていますね〜

高木兼寛氏は江戸時代末期(1849年)に穆佐で生まれました。
薩摩藩の郷士です。当時はこのあたりは薩摩藩だったのですね。

明治時代には軍医となり脚気(かっけ)の予防に尽力した人です。ビタミンの父と呼ばれています。

高岡町には「ビタミン館」と名前の付けられた道の駅もありますアイス


看板

看板には高木兼寛氏の紹介が書かれています。

「イギリスに留学中、多くの優秀賞、名誉賞を受賞し、明治13年11月に帰国した高木兼寛は、・・・」

カメラ看板の拡大写真はコチラ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/zakadon/29924527.html


高木兼寛先生の像 & 天満宮

広場の中には高木兼寛の像があります。
この土地を管理していた慈恵大学の理事長さんが建てられたみたいです。

そして広場の片隅に天神宮もありますね。
嘉永二年(1849年)と書かれています。高木兼寛の生まれた年です!なぜ・・?

穆園広場(ぼくえんひろば)滞在時間5分・・・



メモ高木兼寛 みやざき ひむか学ネット
http://www.miyazaki-c.ed.jp/himukagaku/unit/hito_04/index.html

メモ高木 兼寛 宮崎県郷土先覚者
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/kenmin/kokusai/senkaku/pioneer/takaki/index.html



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Posted by tabibi at 22:26 | 高岡町 | この記事のURL | コメント(0)

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